学位論文要旨



No 117344
著者(漢字) 花房,規男
著者(英字)
著者(カナ) ハナフサ,ノリオ
標題(和) スフィンゴ脂質の培養メサンギウム細胞に対する影響
標題(洋) The Effects of Sphingolipids on Cultured Mesangial Cells
報告番号 117344
報告番号 甲17344
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1952号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 北村,唯一
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 講師 橋本,佳明
 東京大学 講師 高市,憲明
内容要旨 要旨を表示する

〔背景〕Sphingolipidは細胞膜の構成成分であるsphingomyelinに由来する一連の脂質である.Sphingolipidの一つであるceramide(Cer)とアポトーシスの関連が示され,細胞膜の構成成分のみならず情報伝達物質としての役割に注目が集まってきている.Sphingosine 1-phosphate (S1P)はsphingosine(Sph)からsphingosine kinaseによって産生されるが,当初,線維芽細胞を中心としてplatelet-derived growth factor (PDGF)のセカンドメッセンジャーと考えられていた.近年,細胞膜上の受容体が発見されこれを介した細胞外からの作用が明らかにされている.Sphingosine kinaseの活性は血小板で高く,S1Pは血小板内に蓄えられており,その活性化に伴って放出されるため,血小板が生体内での重要なsourceと考えられている.

 一方,腎不全は糸球体硬化がその組織像として特徴的であるが,メサンギウム細胞の増殖から最終的に糸球体硬化にいたる過程が腎不全の進展に重要であると,広く考えられている.一方,血小板はメサンギウム細胞の増殖に深く関係しており,慢性腎炎の組織あるいは尿中に血小板が見出される.さらにメサンギウム増殖腎炎モデルで血小板を除去すると,組織像が軽減することが知られている.こうした血小板の作用はPDGFによるものが考えられていたが,S1Pが血小板内に多く含まれることから,S1Pのメサンギウム細胞増殖因子としての可能性を探った.

〔方法〕ラット培養メサンギウム細胞(passage 5〜15)を用いた.96well plateに細胞を培養し,70% confluentとなったところで48時間の血清飢餓により細胞増殖を停止させ,S1Pを24時間作用させた.最後の6時間でbromodeoxy uridine (BrdU)を加え,そのDNAへの取り込みをELISA法で測定しDNA合成を評価した.また,細胞数の変化を細胞数に比例して呈色するMTSで測定した.同様にS1Pを加え24時間後にMTSを培地に加え,その色調の変化を吸光度で測定し細胞数を計数した.また他のsphingolipidであるCer, Sph, dimethylsphingosine(DMS)を加えた細胞でも同様に細胞数をMTS assayで計数した.

 sphingolipidの中にはアポトーシスを誘導するものがあるが,メサンギウム細胞のアポトーシスに対する影響をHoechst 33258による核の形態変化の検出およびfluorescein (FITC)-labeled annexin Vによるflow cytometryからアポトーシスを検出した.同様に48時間の血清飢餓の後,各10μMのsphingolipidを加え24時間培養した.その後,1mMのHoechst 33258およびFITC annexin V, propidium iodideで2重染色を行った.

 一方,S1Pは以前PDGFのセカンドメッセンジャーとして考えられていたが,血小板と関連してS1Pの作用が細胞外から作用している可能性を探った.まずPDGFによってS1Pが細胞内で増加するかということについて調べた.Tritium labelしたSphを含む1μMのSphを培地中に加え,5,20,60分後に培地・細胞から脂質を抽出.薄層クロマトグラフィで展開し,オートラジオグラフィでsphingolipidを検出した.またメサンギウム細胞の増殖を誘導するのに十分な量である5ng/mlのPDGFを培地中に加え同じ実験を行った.さらに今回使用したメサンギウム細胞におけるS1Pに対する受容体の発現をrat edg-1,2,5(h218/agr16)に対するprimerを使ったRT-PCRで検出した.

〔結果〕S1Pは0.1〜3μMの濃度でメサンギウム細胞へのBrdUの取り込みを増加させた.さらに3μMの濃度でS1Pは有意に細胞数を増加させた.一方,他のsphingolipidについては,高濃度で細胞数を減少させる傾向があったが,10μMでSph, DMSは有意に細胞数を減少させた.特に10μMのDMSを加えた群においてMTS assay上ほとんど生細胞は見られなかった.

 Sphingolipidのアポトーシスへの影響では10μMのDMSを加えたもので,Hoechst 33258ではアポトーシスに特徴的な核の形態変化が見られた.Flow cytometryによっても有意にannexin V陽性,propidium iodide陰性で示されるアポトーシスに陥った細胞の比率が増加した.一方,S1Pを初めとする他のsphingolipidではアポトーシスに与える影響は見られなかった.

 次に,メサンギウム細胞でのSph代謝を見たが,細胞外に加えられたSphはそのほとんどがSphのままあるいはCerへと変化していて,S1Pへ変化したものはごくわずかであった.これはPDGFを加えたものでも同様の結果であった.さらにRT-PCRではS1Pに対する受容体のメサンギウム細胞での発現が確認された.

〔考察〕今回,S1Pがメサンギウム細胞の増殖を促進することが明らかにされた.以前,主として線維芽細胞においてS1PがPDGFのセカンドメッセンジャーであると報告されていたが,メサンギウム細胞においてはPDGFの有無にかかわらず,S1Pはほとんど合成されなかった.このことからメサンギウム細胞においては,sphingosine kinaseの活性は低く,PDGFのセカンドメッセンジャーとしての役割は持たないものと思われた.一方,S1Pの受容体のmRNAは今回使用したメサンギウム細胞でも発現が確認された.これらの受容体を介してS1Pが細胞外からメサンギウム細胞の増殖に関与していることが推測される.今回の研究は,新たな血小板由来のメサンギウム細胞増殖因子としてのS1Pの役割を示唆するものであり,S1Pの作用を調節することにより,今後腎炎治療に新たな手段が得られる可能性を示唆している.

審査要旨 要旨を表示する

 本研究では,活性化された血小板から放出されるスフィンゴシン1リン酸に注目し,その培養メサンギウム細胞に対する影響およびその機序に対してin vitroにおいて検討した.また,同時に他のスフィンゴ脂質の影響も検討し,下記の結果を得た.

1.スフィンゴシン1リン酸は,0.1〜3μMの濃度で培養ラットメサンギウム細胞において,そのDNA合成および細胞数の増加をともに促進させることが明らかになった.一方,他のスフィンゴ脂質のメサンギウム細胞数に対する影響を見たところ,10μMの濃度ではセラミド・スフィンゴシンで細胞数は有意な減少を認めたが,ジメチルスフィンゴシンではMTS assay上,生細胞の痕跡はほとんどみとめられなかった.

2.ジメチルスフィンゴシンによる細胞数の減少について,アポトーシスによるものが考えられたため,メサンギウム細胞でアポトーシスを検出した.Hoechst 33258で核を染色し,蛍光顕微鏡で観察したところ,ジメチルスフィンゴシンを加えた群で核のfragmentation, condensationを伴う典型的なアポトーシスに陥った細胞を多数認めた.定量を行うため,FITCラベルしたannexin Vでメサンギウム細胞を染色しフローサイトメトリーを行ったところ,ジメチルスフィンゴシンを加えた群ではコントロールに比較して有意にアポトーシスに陥った細胞は多かった.

3.こうした作用を持つスフィンゴシン1リン酸が血小板に由来する,つまり細胞の外から作用するかについて以下検討を行った.まず細胞膜受容体のmRNAレベルでの発現をRT-PCRで検出したところ,ラットでクローニングされている受容体edg-1, edg-2, edg-5 (agr16/h218)の発現を認めた.

4.一方,メサンギウム細胞内でスフィンゴシン1リン酸が合成されるかについて,前駆体であるスフィンゴシンをトリチウムでラベルしたものを加えその代謝を検討した.その結果,今回使用したメサンギウム細胞では,5分,20分,60分ではいずれにおいてもスフィンゴシン1リン酸はほとんど合成されなかった.このことはPDGFを加えたものにおいても同様の結果であった.このことからスフィンゴシン1リン酸はメサンギウム細胞において,autocrine作用あるいは線維芽細胞で示されたようなPDGFのセカンドメッセンジャーとしての作用は持たないことが推測された.

 以上、本論文は,in vitroにおいてスフィンゴシン1リン酸が糸球体メサンギウム細胞を増殖させることを示し,このような作用をもつスフィンゴシン1リン酸はメサンギウム細胞自身には由来せず,細胞外から膜受容体を介して作用する可能性があることを示した.メサンギウム細胞の増殖が,腎炎において非可逆性病変である糸球体硬化につながるとされている.edgの阻害あるいは血小板からのスフィンゴシン1リン酸の放出を抑制,さらにはアポトーシスを誘導するスフィンゴ脂質を利用することにより,メサンギウム細胞の増殖およびそれに引き続く糸球体硬化が抑制される可能性が考えられた.このため,スフィンゴシン1リン酸のメサンギウム細胞への影響を示した本研究は,腎炎の進展に新たな治療戦略を呈示する重要な研究と考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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