学位論文要旨



No 117346
著者(漢字) 植田,なみ紀
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,ナミキ
標題(和) 調節性膵外分泌におけるモーター蛋白質キネシンの機能の検討
標題(洋)
報告番号 117346
報告番号 甲17346
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1954号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 山下,直秀
 東京大学 講師 野田,泰子
 東京大学 講師 福本,誠二
 東京大学 講師 川邊,隆夫
内容要旨 要旨を表示する

 キネシンは細胞内小胞輸送に関わる酵素で、細胞骨格の一つである微小管の上を動いて細胞内小胞を直接輸送する、微小管関連モーター蛋白質の一つである。キネシンは2本の重鎖と2本の軽鎖から成っており、重鎖のN末端には球状の領域がある。この領域はATPを加水分解することによって得られたエネルギーをもとに酵素顆粒を輸送する運動機能と、微小管との結合機能とを持つ。軽鎖の役割はいまだ明らかではないが、輸送される小胞と関係があると考えられている。

 膵腺房細胞におけるゴルジ装置から下流の酵素顆粒輸送においては、微小管関連分子モーター蛋白質が直接微小管にそって輸送していると推測されてきたが、その同定と機能の解析はなされていなかった。しかし最近、キネシンが膵腺房細胞酵素顆粒上に存在し、セクレチンやコレシストキニン(CCK)で刺激すると酵素顆粒上のキネシン量が増加することが示され、これよりキネシンが調節性膵外分泌においてなんらかの役割を果たしている可能性が強く示唆された。しかし、その直接的な証拠は未だ証明されていない。そこでこの酵素顆粒上に存在するキネシンの膵外分泌における機能を検討するため、遺伝子組み換えキネシン蛋白を膵腺房細胞内に導入し、その膵外分泌に対する効果を検討した。

 キネシンの生理学的役割を証明するために、まず最初に遺伝子工学的に大腸菌に発現させ精製された遺伝子組み換えキネシン蛋白をストレプトライジン−Oを用いてラットの膵腺房内に導入し、そのアミラーゼ分泌に対する効果を検討した。遺伝子組み換えキネシンはカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を容量依存的に増強し、4nmolのキネシンで最大の増強効果が得られた。一方で100℃でボイルした遺伝子組み換えキネシンを用いた場合のカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌においては増強効果が得られず、また、アミラーゼの基礎分泌には両者とも影響を与えなかった。このデータは遺伝子組み換えキネシンが特異的にカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌に効力を発揮していることを示しており、キネシンがラットの調節性膵外分泌において促進的に働いていることが明らかとなった。

 次に遺伝子組み換えキネシンが膵腺房内において微小管関連モーター蛋白として酵素顆粒を運ぶことによってカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を増強していることを証明するための実験を行った。この目的のために共焦点レーザー顕微鏡を用い、膵腺房内に導入した遺伝子組み換えキネシンの細胞内局在を免疫組織化学的に検討した。まず膵腺房細胞内における遺伝子組み換えキネシンと、酵素顆粒を蛍光免疫二重染色を行って観察したところ、遺伝子組み換えキネシンが酵素顆粒と共在していることが示された。次に膵腺房細胞内における遺伝子組み換えキネシンと微小管の蛍光免疫二重染色を行い観察したところ、遺伝子組み換えキネシンが微小管とも共在していることが示された。これらの免疫組織化学的データから、遺伝子組み換えキネシンは酵素顆粒と共在し、微小管とも共在して機能することによりカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を増強することが示唆された。

 次に膵腺房細胞内に導入した遺伝子組み換えキネシンが微小管関連モーターとして機能することによりカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を増強していることを証明するために、20μg/mlノコダゾールであらかじめ細胞内微小管ネットワークを破壊した膵腺房細胞を用いて、遺伝子組み換えキネシンによるアミラーゼ分泌に対する効果を検討した。ノコダゾールで処理しない、コントロールの膵腺房では4nmol/Lの遺伝子組み換えキネシンにより10μmol/Lのカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌が増強されるが、それに対してノコダゾールで前処置した膵腺房では遺伝子組み換えキネシンはカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を増強できなかった。このことから遺伝子組み換えキネシンは膵腺房細胞内で微小管関連モーターとして機能することによりカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を特異的に増強することが示された。

 次に内因性のキネシンの調節性膵外分泌における機能を検討するために、抗キネシン抗体をストレフトライジン−Oを用いて膵腺房細胞内に導入し、内因性のキネシンを抑制して、そのアミラーゼ分泌に対する効果を検討した。その結果、抗キネシン抗体は10μMカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌は変化させなかったが、10μMカルシウム+100μM cAMP刺激によるアミラーゼ分泌を抑制した。このことから、内因性キネシン蛋白はcAMP依存性に膵外分泌において促進的に働いていると考えられた。

 さらにキネシンが膵外分泌刺激伝達経路にいかに組み込まれているかを検討した。キネシンはATP加水分解酵素であり、そのATPase活性はキネシン蛋白質のモーター活性を意味する。そこで、分泌刺激物質のキネシンATPase活性に対する影響を検討した。その結果、cAMPをsecond messengerとするセクレチン刺激は著明にキネシン蛋白のATPase活性を増大させたが、カルシウムをsecond messengerとするCCK刺激はそのATPaseを変化させなかった。これより内因性キネシンはcAMP依存性の膵外分泌刺激情報伝達経路に組み込まれて調節性膵外分泌において促進的に働いていると考えられた。

 最後に分泌刺激物質によるキネシン調節の細胞内伝達経路をさらに詳細に調べるために内因性キネシンのATPase活性に対するA23187と8-bromo-cAMPの効果を検討した。これらの物質は各々、受容体を介したカルシウムやcAMPなどのsecond messenger上昇機構をバイパスして、直接、細胞内のカルシウムやcAMPの濃度を上昇させるため、膵腺房細胞におけるキネシンのATPase活性調節に関わる、細胞内情報伝達機構を直接調べることができる。8-bromo-cAMPは著明にキネシンのATPase活性を増大させたが、一方でA23187はキネシンのATPase活性に影響を与えなかった。これらのデータより、内因性キネシンのATPase活性はcAMP依存性情報伝達経路を介して調節されていることが示唆される。

 以上より、本研究において、微小管関連モーター蛋白質キネシンは調節性膵外分泌において促進的役割を果たし、cAMP依存性経路を介して刺激分泌連関に関与していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、小胞輸送において重要な役割を果たしているモーター蛋白質キネシンが膵腺房細胞酵素顆粒上にも存在し、コレシストキニン(CCK)やセクレチンの刺激により酵素顆粒上のキネシンの量が増加することが示されたことから、膵腺房細胞におけるキネシンの作用機構を明らかにする目的でキネシンの調節性膵外分泌における作用を検討し、さらにその分子機構の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.キネシンの生理学的作用を検討するために、膜透過性膵腺房細胞内に遺伝子組み換えキネシンを導入し、その調節性膵外分泌に対する作用を検討した。その結果、キネシンは酵素顆粒と微小管の両者と共在し、微小管上をモーターとして機能することにより、膜透過性膵腺房細胞からのカルシウム刺激によるアミラーゼ分泌を著明に増強することが示され、調節性膵外分泌において促進的役割を果たすことが示された。

2.内因性キネシンの調節性膵外分泌における機能を検討するために抗キネシン抗体を膵腺房細胞内に導入し、内因性キネシンの機能を抑制してそのアミラーゼ分泌に対する効果を検討した。その結果、抗キネシン抗体はカルシウムとcAMP両者の刺激によるアミラーゼ分泌を著明に抑制したのに対し、カルシウムのみの刺激によるアミラーゼ分泌には影響を与えないことが示された。

3.さらにキネシンが膵外分泌刺激伝達経路に如何に組み込まれているかを検討するために、種々の分泌刺激物質による刺激により、キネシンのモーター活性を示すATPase活性がどのように変化するかを検討した。その結果cAMPをsecond messengerとするセクレチンと8-bromo-cAMPによる刺激を受けたときに内因性キネシンのATPase活性が増大することが示された。

 以上、本論文は、調節性膵外分泌においてモーター蛋白質キネシンが促進的役割を果たし、またcAMP依存性伝達経路を介して刺激分泌連関に組み込まれていることを明らかにした。本研究は、調節性膵外分泌における酵素顆粒輸送の分子機構の解明の一端を担っている。酵素顆粒輸送の異常により急性膵炎などの膵疾患が発症することなども明らかになりつつあり、酵素顆粒輸送機構の解明は膵疾患の病態解明にも重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると考えられる。

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