学位論文要旨



No 117347
著者(漢字) 金丸,千穂
著者(英字)
著者(カナ) カナマル,チホ
標題(和) 初代培養肝細胞におけるノルエピネフリンによるSmad7発現を介するアクチビンシグナリング抑制の細胞内機序
標題(洋)
報告番号 117347
報告番号 甲17347
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1955号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 宮園,浩平
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 森本,幾夫
内容要旨 要旨を表示する

 肝再生時には様々なサイトカインや増殖因子が発現しその形態の維持がなされている。肝再生開始にあたるG0〜G1への移行期にはNF-κB(nuclear factor κB)とSTAT3(signal transducers and activators of transcription 3)が必須の因子で、それ以降、G1期の肝細胞は再生促進因子であるEGF (epidermal growth factor), HB-EGF(heparin-binding EGF-like growth factor), TGF α(transforming growth factor α), HGF(hepatocyte growth factor)に反応してS期に移行してDNA合成が行われるようになる。また再生抑制に働くものとして、TGF-βスーパーファミリーに属するTGF-β(transforming growth factorβ)とアクチビンがある。

 これらTGF-βスーパーファミリーの細胞内情報伝達の一因として近年Smadという新しい分子群の存在が明かとなってきた。TGF-βやアクチビンはまずII型受容と結合し、II型受容体はI型受容体と会合しこれをリン酸化してそのキナーゼを活性化する。活性化したI型受容体は細胞質に存在するSmad2,3などのリガンド特異的なSmadをリン酸化する。リン酸化部位をもたないSmad6,7は抑制型Smadとしてnegative feedback因子として働いていると考えられている。リン酸化されたSmad2,3は共有SmadのSmad4と会合して核内へ移行し、さらにSTATなどの蛋白と複合体を形成してDNAと結合して、転写因子複合体として作用すると考えられている。

 肝再生時に働く物質にはこれらとは別に、自身ではDNA合成促進作用は持たず、増殖因子の存在下でその作用を強めたり、増殖抑制因子の作用を弱めるCo-mitogenと呼ばれるものがある。ノルエピネフリンは、こうしたCo-mitogenとしての作用は知られていたが、その細胞内のシグナル伝達機序は明らかにされていなかった。本研究ではノルエピネフリンの作用にはSmad7の発現が関与していることを明らかにし、その発現誘導の機序を検討した。

 まず、肝再生時のノルエピネフリンの作用を確認した。EGF/インスリンにより誘導される初代培養肝細胞のDNA合成促進はアクチビンによって強力に抑制されるが、培養開始日にノルエピネフリンを添加すると、アクチビンの作用は既報のように抑制された。

 次にTGF-βファミリーの細胞内シグナリング因子であるSmad系へのノルエピネフリンの関与を検討した。Smad2/3の核への移行を抗Smad2/3抗体を用いて蛍光顕微鏡下に観察することによりSmad蛋白の活性化を検討した。培養2日目の無添加の細胞は細胞質が顆粒状に染色され、核は核小体のみが染色された。10nMのアクチビン添加により90%の細胞で核移行が観察されたが、無血清培養開始時より10μMのノルエピネフリンを添加した群では28%まで抑制された。また、より定量的に検討するため、核抽出液を用いて、抗Smad4抗体によるウエスタンブロッティング法を行った。アクチビン添加24時間前にノルエピネフリンを加えるとSmad4の核移行は強力に抑制された。これらのことから、ノルエピネフリンはSmad蛋白の活性化を抑制すると考えられた。

 I型受容体による特異型Smadの活性化は、抑制型Smadにより阻害される。そこでノルエピネフリンによる抑制型Smadの発現を検討した。ノルエピネフリンによる抑制型SmadのmRNAの発現をRNase protection assayで検討すると、添加後30分から3時間までSmad7の発現が認められたが、Smad6の発現は認められなかった。さらにアデノウイルスによりSmad7遺伝子を初代培養肝細胞に導入し、アクチビンのDNA合成抑制作用がSmad7の発現増強によりどのように影響されるか検討した。感染コントロールとしてLacZ遺伝子を用いた。Smad7遺伝子導入により、アクチビンのDNA合成抑制作用作用は、LacZ群と比較して強力に抑制された。以上よりノルエピネフリンにより抑制型SmadであるSmad7の発現が起こり、アクチビンシグナリングが阻止されると考えられた。

 次にノルエピネフリンによるSmad7発現誘導機序を検討した。Smad7プロモーター領域にはκBサイトが複数存在する。また最近、ある種の細胞系では、TNF-αやCD40刺激によりSmad7発現がNF-κB活性化を介して誘導され、TGF-βシグナリングがブロックされることが報告されている。そこでノルエピネフリンによりNF-κB活性化が起こるかを、EMSA法により検討した。ノルエピネフリン刺激後30分から60分にかけてNF-κB活性化を示すバンドが認められた。これは100倍のcold probe添加により、ほぼ完全に消失する特異的バンドで、また抗p65抗体添加によりsupershiftが認められた。次にNF-κB活性化とSmad7発現誘導の関連をRNase protection assayで検討した。NF-κB阻害剤であるN-tosyl-L-phenylalanine chloromethyl ketone (TPCK)とpre-incubationした肝細胞にノルエピネフリンを添加するとNF-κB活性化、Smad7発現誘導共に抑制された。さらにNF-κB活性化をより特異的に阻害するためdominant negative IκBアデノウイルスを肝細胞に感染させて、ノルエピネフリン投与下のNF-κB活性化やSmad7の発現を検討したところ、dominant negative IκB感染細胞ではNF-κBの活性化、Smad7の発現も共に認められなかった。

 これらのことより、初代培養肝細胞において、ノルエピネフリンはNF-κBの活性化を介してSmad7を発現誘導し、アクチビンシグナリングを抑制している可能性があることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

肝再生時には様々なサイトカインや増殖因子が発現しその形態の維持がなされている。その中で、自身ではDNA合成促進作用は持たず、増殖因子の存在下でその作用を強めたり、増殖抑制因子の作用を弱める、Co-mitogenと呼ばれるものがある。ノルエピネフリンは、こうしたCo-mitogenとしての作用は知られていたが、その細胞内のシグナル伝達機序は明らかにされていなかった。本研究ではその機序を検討し、以下の結果を得ている。

1.肝再生時のノルエピネフリンの作用を確認した。EGF/インスリンにより誘導される初代培養肝細胞のDNA合成促進はアクチビンによって強力に抑制されるが、ノルエピネフリンを添加すると、アクチビンの作用は既報と同様に抑制された。

2.アクチビンの細胞内シグナリング因子であるSmad系への、ノルエピネフリンの関与を検討した。特異型SmadのSmad2/3の核への移行を、抗Smad2/3抗体を用いて蛍光顕微鏡下に観察することにより、Smad蛋白の活性化を検討した。10nMのアクチビン添加により90%の細胞で核移行が観察されたが、無血清培養開始時より10μMのノルエピネフリンを添加した群では28%まで抑制された。また、共有型SmadのSmad4へのノルエピネフリンの関与についてはより定量的に検討するため、核抽出液を用いて、抗Smad4抗体によるウエスタンブロッティング法を行った。アクチビン添加24時間前にノルエピネフリンを加えると核移行は強力に抑制された。これらのことから、ノルエピネフリンはSmad蛋白の活性化を抑制すると考えられた。

3.ノルエピネフリンによる抑制型Smadの発現を検討した。ノルエピネフリンによる抑制型SmadのmRNAの発現をRNase protection assayで検討すると、Smad7の発現が認められたが、Smad6の発現は認められなかった。

4.アデノウイルスによりSmad7遺伝子を初代培養肝細胞に導入し、アクチビンのDNA合成抑制作用がSmad7の発現増強によりどのように影響されるか検討した。Smad7遺伝子導入により、アクチビンのDNA合成抑制作用作用は、感染コントロールのLac-Z群と比較して強力に抑制された。

5.ノルエピネフリンによるSmad7発現誘導機序を検討した。Smad7プロモーター領域にはκBサイトが複数存在する。ノルエピネフリンによりNF-κB活性化が起こるかをEMSA法により検討したところNF-κB活性化を示すバンドが認められた。これは100倍のcold probe添加により、ほぼ完全に消失する特異的バンドで、また抗p65抗体添加によりsupershiftが認められた。

6.NF-κB活性化とSmad7発現誘導の関連をRNase protection assayで検討した。NF-κB阻害剤であるN-tosyl-L-phenylalanine chloromethyl ketone (TPCK)とpre-incubationした肝細胞にノルエピネフリンを添加するとNF-κB活性化、Smad7発現誘導共に抑制された。NF-κB活性化をより特異的に阻害するためdominant negativeIκBアデノウイルスを肝細胞に感染させてノルエピネフリン投与下のNF-κB活性化やSmad7の発現を検討したところ、dominant negativeIκB感染細胞ではNF-κBの活性化、Smad7の発現も共に認められなかった。

 以上、本論文は初代培養肝細胞において、ノルエピネフリンはNF-κB依存性にSmad7の発現を誘導し、内因性のアクチビンの作用を抑制してcomitogen作用を発揮していることを明らかにした。つまりTGF-βスーパーファミリーの主要な細胞内シグナル伝達蛋白であるSmad系と、三量体G蛋白のシグナリングとの新しい経路のつながりを示したこととなり、今後の細胞内シグナル伝達機構の解明の一助となると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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