学位論文要旨



No 117353
著者(漢字) 田村,嘉章
著者(英字)
著者(カナ) タムラ,ヨシアキ
標題(和) 血管内皮細胞の新規スカベンジャー受容体、SRECの発現調節とその機能に関する発生工学的研究
標題(洋)
報告番号 117353
報告番号 甲17353
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1961号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 助教授 山崎,力
 東京大学 講師 吉栖,正生
 東京大学 講師 大野,実
内容要旨 要旨を表示する

 クラスAタイプI/IIスカベンジャー受容体(MSR-A)をはじめとするスカベンジャー受容体ファミリー分子は、酸化LDLなどの変性した低比重リポ蛋白(LDL)を取り込むが、これはマクロファージが泡沫細胞に変化し動脈硬化性病変が進展する過程において重要な役割を果たす。また、スカベンジャー受容体はこの他にも、糖化変性タンパク質やアポトーシス細胞の除去、細胞接着や、細菌やエンドトキシンに対する免疫反応など、さまざまな生理機能において働くことが知られている。一方、血管内皮細胞上にもMSR-Aをはじめとするさまざまなスカベンジャー受容体が存在し、変性LDL処理に関わっていることが報告されてきた。

 最近、我々は血管内皮細胞に発現する新規スカベンジャー受容体(SREC; Scavenger Receptor Expressed by Endothelial Cells)をクローニングした。ヒトSRECを恒常的に発現させたCHO細胞はアセチルLDLに高い親和性を有し、これをエンドサイトーシスによって取り込み、分解した。しかし、SRECの真のリガンドや機能はいままで明らかにされていない。

 SRECの生体内における機能を明らかにするため、われわれは、SRECの発現に影響を与える物質をin vitroの実験で検索した結果、腹腔マクロファージ(Mouse Periotneal Macrophage; MPM)においてSRECが発現しており、リポポリサッカライド(LPS)がこの発現を誘導することを発見した。LPSは、エンドトキシンショックの原因物質であり、MSR-Aはこれを結合する。また、MSR-Aのノックアウトマウスではエンドトキシンショック時の死亡率が増悪あるいは改善するという報告がある。LPSは、濃度、時間依存性にMPMでのSRECの発現を誘導した。その強さは、同じ内皮細胞のスカベンジャー受容体であるLOX-1(lectin-like Ox-LDL receptor-1)よりは小であったが、MSR-Aより大であった。その機序には、転写活性の亢進と転写産物の安定性の亢進の両機序が関与している可能性があり、またその過程にはTNF-α(Tumor Necrosis Factor-α)は介在していないと考えられた。一方、LPSの内皮細胞への投与では、SRECの発現誘導は認められなかった。さらに、LPSのin vivoの投与においても、MSR-AやLOX-1は発現が誘導されたが、SRECの発現量に変化は認められなかった。

 これらの事実を踏まえ、我々は次いで遺伝子ターゲティングの手法を用いてSREC遺伝子を欠損したマウスを作製した。ターゲティングベクターは、SRECの膜貫通ドメインをneoカセットで置換するように構築した。SRECホモ欠損マウスのノーザンブロットでは、膜貫通ドメインを欠きサイズが短縮したmRNAを認めたが、イムノブロットでは、SREC蛋白の欠損が証明され、この短縮型SRECは細胞膜表面に発現することができず、受容体としての機能は失われていると考えられた。ホモ欠損マウスは外見上正常であり、主要臓器の病理所見、生殖能や妊孕性も正常だった。また血清脂質にも、異常を認めなかった。

 SRECが何らかの炎症反応に介在するという仮定のもとにフェノタイプ検索を行った結果、われわれはグルカン(zymosan)投与後において肝臓でのgranuloma形成が抑制されるということを発見した。その原因としてSRECホモ欠損マウスのマクロファージの細胞接着能の低下を疑い、これを検討したが、これには異常を認めなかった。一方、SRECホモ欠損マウスでのエンドトキシンショックによる死亡率は野生型と著変なかった。LPS刺激によるSREC誘導の生理的な意義については、さらなる検討が必要であると考えられた。

 最後にわれわれは、SREC欠損マウスにおけるアセチルLDL代謝の変化について検討した。肝臓血管内皮細胞(Liver Vascular Endothelial cells; LEC)は経静脈的に投与されたアセチルLDLの主要な処理の場となっているが、この処理の過程にMSR-Aがどの程度関与しているかについては、複数のグループがMSR-AノックアウトマウスのLECを用いて実験しているが、議論が分かれており、SRECのこの機能への関与が疑われる。しかし、SREC欠損マウスのLECにおけるアセチルLDLに対する特異的な取り込み能や分解能は低下していなかった。われわれはMPMでも同様の実験をおこなったが、MPMでもアセチルLDLの取り込み能や分解能は低下していなかった。MPMではこの過程にMSR-Aが主要に関与していることが実証されているが、LECではMSR-Aおよびその他のスカベンジャー受容体の関与が疑われた。さらに、SRECホモ欠損マウスでは経静脈的に投与したアセチルLDLの肝臓での処理も障害されていなかった。以上のことより、アセチルLDLの代謝、処理にはSRECと独立した経路が存在することが示唆されたが、in vivoでのアセチルLDLのきわめてすみやかなクリアランスはMSR-Aノックアウトマウスでも同様に確認されており、生体内でのアセチルLDLの処理の過程は更に複雑であると考えられた。

 これら一連の結果から、SRECは変性リポ蛋白の代謝よりも、おもに異物除去や、それに伴う炎症・免疫反応に関与していることが推測されたが、その詳細な意義については、さらなる検討が必要であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 スカベンジャー受容体は、動脈硬化性病変進展時の泡沫マクロファージの形成をはじめとして、さまざまな生理機能において働く重要な分子である。本研究では、血管内皮細胞に発現する新規スカベンジャー受容体(SREC; Scavenger Receptor Expressed by Endothelial Cells)について、その発現の誘導の特徴について詳細に検討し、さらにその機能を探るために発生工学的手法を用いてノックアウトマウスを作成、これを用いた実験を行っており、以下の結果を得た。

1.申請者はまず、SRECが腹腔マクロファージ(Mouse Periotneal Macrophage; MPM)にも発現していること、またリポポリサッカライド(LPS)がSRECの発現を誘導することを示し、その誘導の特徴について詳細に検討した。これは、SRECが炎症刺激に応答している可能性を示す初めての報告である。また、LPSによるSRECの誘導が、内皮細胞には見られずMPMに特異的に認められることなど、LOX-1(lectin-like Ox-LDL receptor-1)など他のスカベンジャー受容体とは異なった発現調節を受けている点は注目される。

2.次に申請者は、SRECのノックアウトマウスを作成した。これはこの分子がクローニングされて後、最初の報告であり、特筆すべきことである。申請者は、ターゲティングベクターの構築からマウスの作成までを自らの手で行っており、一連の発生工学の手法を習得している。

3.申請者はこのノックアウトマウスをもちいて、このマウスでは肝臓におけるgranuloma形成が障害されるという形質を見い出している。この事実は、前のLPSによる誘導とあわせ、この分子が生体内において免疫反応に関与していることを強く示唆するものである。

4.最後に、申請者は、SRECノックアウトマウスにおけるアセチルLDLの代謝の特徴を、in vitro及びin vivoにて詳細に検討した。アセチルLDLはもともとSRECのリガンドとして発現クローニングに用いられた分子である。しかし、過剰発現系ではSRECはアセチルLDLをとりこむが、ノックアウトマウスではアセチルLDL処理は障害されないということが示されている。アセチルLDLへの関与は僅少、というデータであるが、過去クラスAタイプI/IIスカベンジャー受容体(MSR-A)のほかアセチルLDLのレセプターについてそれぞれの寄与はほとんど評価されておらず、意義深いと考えられる。

 以上、申請者は、SRECの発現誘導について検討し、さらにそのノックアウトマウスを作成し、その表現型を解析した。LPSによるMPでの発現誘導、ノックアウトでのgranuloma形成不全は、この分子の炎症反応への関与を示し、その生理的機能の解明への手がかりを与えた意義は大きい。

 よって、学位の授与に値するものと思われる。

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