No | 117355 | |
著者(漢字) | 渡辺,卓郎 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ワタナベ,タクロウ | |
標題(和) | 組み換えアデノウィルスを用いた成人T細胞性白血病の遺伝子治療の基礎的検討 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117355 | |
報告番号 | 甲17355 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1963号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 成人T細胞性白血病(ATL)はヒトT細胞性白血病ウィルス1型(HTLV-1)が原因ウィルスとされ、本邦では沖縄、九州、海外ではカリブ地域、ラテンアメリカ、中央アジアに分布が偏在する。ウィルスの主な感染は母乳を介して乳幼児期に成立し、中年から老年に至って発症する。本邦では約120万人のHTLV-1感染者から毎年約1,000人の患者が新たに発症し、決して希な疾患ではない。造血幹細胞移植を含む従来のあらゆる治療法に対して抵抗性を示し、発症後の進行も早く、殆どの報告では生存期間の中央値が1年に満たない。最近報告された多剤併用療法の成績でも20年前の報告と比べて大きな改善は認められず、一方では同種骨髄移植により治療成績が改善するとの報告もあるが、高齢患者の多いATLでは、大半の患者が適応外となるため、スタンダードな治療法とはなり得ていない。近年では化学療法に加えて、抗ウィルス剤とインターフェロンを用いるなど、治療成績を上げるための多くの試みがなされてきたが、十分な治療成績が報告されたものはなく、ATLは今日でも最も予後不良な血液腫瘍とされ、従来の治療法にかわる遺伝子治療も含めた新しい治療戦略の開発が強く望まれている。 遺伝子治療の開発において、一般に腫瘍細胞への遺伝子導入の効率、及び特異性が解決すべき大きな問題となっており、その条件をみたす遺伝子導入ベクターの開発が大きな関心事となっている。組み換えアデノウィルスは一般に高い力価と遺伝子導入効率の高さから、遺伝子治療における遺伝子導入ベクターとしての可能性が注目されてきた。しかし、血球系細胞においてはその遺伝子導入効率は低く、血液腫瘍の遺伝治療における遺伝子導入ベクターとしての可能性はこれまで十分に検討されてこなかった。 本研究ではGFPを搭載した組み換えアデノウィル(AxCAGFP)を用いた培養細胞への感染実験の系で、レーザー共焦点顕微鏡、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリー、サザン・ブロットを用いた解析を行い、HTLV-1感染細胞株(MT1、MT2、Tlom1、HUT102)、ホジキン由来細胞株(HDLM2、L428、L540)では組み換えアデノウィルスによって血球系細胞では例外的に高い効率で遺伝子導入が可能であることを示した。特にHTLV-1感染細胞株の感受性の高さは解析に用いた他のT細胞株(Jurkat、CEM、Molt4)に比べてオーダーのレベルで高く、アデノウィルスに対する感受性の高い細胞として知られるHeLaに匹敵するなど、血球系細胞としては突出した感受性の高さを示した。 アデノウィルスの感染効率を規定する宿主側の因子としてコクサッキーウィルス・アデノウィルス・レセプター(CAR)や、インテグリンαvβ3及びαvβ5等が知られている。一般に血球系細胞ではCARの発現レベルは低く、そのことが組み換えアデノウィルスによる遺伝子導入効率の低さの原因と考えられている。また、多発性骨髄腫や慢性Bリンパ性白血病等の血液腫瘍細胞を含むいくつかの腫瘍細胞において、組み換えアデノウィルスによる遺伝子導入の効率とこれらの因子の発現レベルとの間に相関があることが報告されている。本研究ではHTLV-1感染細胞株におけるこれら既知の宿主側因子の発現についての解析をRT-PCR及びフローサイトメトリー等により行った。インテグリンはMT1でαvβ5の発現が認められる以外は発現を認めなかった。CARの発現はHTLV-1感染細胞株の全てで認められたが、比較対象とした他のT細胞株の全てでもCARの発現が認められ、HTLV-1感染細胞株の突出した感受性の高さはCARの発現のみでは説明できず他に未知の宿主因子の関与が示唆された。 ATL患者から得られた末梢血検体を用いたAxCAGFPの感染実験では、末梢血単核球の一部でGFPの発現が認められ、フローサイトメトリーを用いた解析では、GFPの発現がCD25陽性細胞に特異的であり、組み換えアデノウィルスによる腫瘍細胞選択的な遺伝子導入の可能性が示唆された。またCARの発現がCD25陽性細胞に特異的に認められ、腫瘍細胞選択的な遺伝子導入へのCARの腫瘍特異的な発現の関与が示唆された。一方CAR陽性細胞においてもその遺伝子導入の効率は100%には至らず、既知の宿主因子以外の因子の関与が示唆された。 ATL腫瘍細胞ではNF-κBの構成的活性化が見られることが報告され、腫瘍の増殖に関与していることが示唆されている。本研究では培養細胞の系で、IκBαの変異体であるmIκBの遺伝子をドミナント・ネガティブ体として搭載した組み換えアデノウィルス(AxCAmIκB-M)を用いた感染実験を行い、mIκB遺伝子の導入によりHTLV-1感染細胞においてNF-κBの構成的な活性化が抑制されることをEMSAによる解析で示した。またMTTアッセイ等を用いた解析でmIκB遺伝子の導入によりcell viabilityが低下すること、TUNEL法による解析ではアポトーシスが誘導されることを示した。 以上の知見は組み換えアデノウィルスを用いたATLの遺伝子治療の可能性を示唆するものと考えられた。しかし遺伝子導入効率が不十分であること、アデノウィルスの感染に対して高い感受性を示す組織は広くにわたり、また導入遺伝子として広く分布するNF-κBのドミナント・ネガティブ体を用いているなど殺細胞効果の腫瘍特異性がないことなど、臨床応用を考えた場合に多くの課題があり、その応用への距離は大きいと考えられた。しかしながら、一般にアデノウィルスに対して感受性が低いとされる血球系細胞に高い効率で遺伝子導入が可能であること、腫瘍特異的な遺伝子導入の可能性があることを示した本研究は、アデノウィルス感染に関与する新たな宿主因子の存在を示唆し、腫瘍への高い効率、高い特異性での遺伝子導入を実現する上での基礎的知見となると考えられた。 アデノウィルスに対する高い感染感受性が認められるホジキン病へも同様の検討を併行して行った。ホジキン細胞でもNF-κBの構成的活性化が報告され、細胞増殖や抗アポトーシス効果への関与が示唆されている。ホジキン細胞におけるNF-κBの構成的活性化は、過剰に発現したCD30がリガンドによるクロスリンクなしに自己凝集し、CD30の細胞質内領域にTRAFが動員されてシグナルを通ることによることが明らかになり、CD30の細胞質内領域を欠失させた変異体CD30dはドミナント・ネガティブ体として働く可能性が示唆されている。本研究ではCD30の細胞質内領域を欠失させた変異体CD30dの遺伝子をドミナント・ネガティブ体として搭載した組み換えアデノウィルスAxCACD30dを作成し、ホジキン由来細胞株への感染実験を行った。CD30d遺伝子の導入によりNF-κBの構成的活性化が抑制されることをリポータージーン・アッセイにより示し、さらにその下流にあるIL-13の過剰産生が抑制されることをELISA及びノザン・ブロットにより示した。また、MTTアッセイを用いた解析でCD30d遺伝子の導入によりcell viabilityが低下すること、TUNEL法による解析ではアポトーシスが誘導されることを示した。CD30の過剰発現によるNF-κBの構成的活性化はホジキン細胞特異的な分子機構と考えられ、CD30dによる殺細胞効果の腫瘍特異性は高いと考えられ、臨床応用への高い可能性が示唆された。 〔総括〕 1)ホジキン由来細胞株、HTLV−感染細胞株、ATL細胞に高い効率で組み換えアデノウィルスによる遺伝子導入が可能である。 2)臨床検体を用いた解析では末梢血ではATL細胞への組み換えアデノウィルスによる選択的な遺伝子導入の可能性が示唆された。その選択性にCARのATL細胞特異的な発現が一部には関与していることが示唆された。 3)HTLV-1感染細胞株、ATL細胞の組み換えアデノウィルスに対する高い感受性は、CARの発現のみでは説明できず、他の未知の宿主因子の関与が示唆された。 4)組み換えアデノウィルスによる遺伝子導入によるNF-κBの抑制によりホジキン由来細胞株、HTLV-1感染細胞株でcell viabilityの抑制とアポトーシスが誘導された。 5)上記知見は組み換えアデノウィルスによるホジキン病、ATLの遺伝子治療の可能性を示唆するものと考えられた。 | |
審査要旨 | 本研究は成人T細胞性白血病(ATL)及びホジキン病の遺伝子治療に組み換えアデノウィルスを用いる可能性に関して基礎的検討を行う目的で、成人T細胞性ウィルス(HTLV-1)感染細胞株、ホジキン由来細胞株等の培養細胞系とATL患者から得られた末梢血単核球を用い、組み換えアデノウィルス感染の実験系で解析を行ったものであり、下記の結果を得ている。 1.GFPを搭載した組み換えアデノウィルス(AxCAGFP)を用いた培養細胞への感染実験の系で、レーザー共焦点顕微鏡、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリー、サザン・ブロット等による解析を行った。HTLV-1感染細胞株(MT1、MT2、Tlom1、HUT102)、ホジキン由来細胞株(HDLM2、L428、L540)では組み換えアデノウィルスによって血球系細胞では例外的に高い効率で遺伝子導入が可能であることを示した。特にHTLV-1感染細胞株の感受性の高さは解析に用いた他のT細胞株(Jurkat、CEM、Molt4)に比べてオーダーのレベルで高く、アデノウィルスに対する感受性の高い細胞として知られるHeLaに匹敵するなど、血球系細胞としては突出した感受性の高さを示した。 2.アデノウィルスの感染効率を規定する宿主側の因子としてコクサッキーウィルス・アデノウィルス・レセプター(CAR)や、インテグリンαvβ3及びαvβ5等が知られている。一般に血球系細胞ではこれらの宿主因子の発現レベルが低く、そのことが組み換えアデノウィルスによる遺伝子導入効率の低さの原因と考えられている。本研究ではHTLV-1感染細胞株におけるこれら既知の宿主側因子の発現についての解析をRT-PCR及びフローサイトメトリー等により行った。インテグリンはMT1でαvβ5の発現が認められる以外は発現を認めなかった。CARの発現はHTLV-1感染細胞株の全てで認められたが、比較対象とした他のT細胞株の全てでもCARの発現が認められ、HTLV-1感染細胞株の突出した感受性の高さはCARの発現のみでは説明できず他に未知の宿主因子の関与が示唆された。 3.ATL患者から得られた末梢血単核球に対してAxCAGFPの感染実験を行い、蛍光顕微鏡、フローサイトメトリーによりGFPの発現を解析した。GFPの発現がCD25陽性細胞に特異的であり、腫瘍細胞選択的な遺伝子導入の可能性が示唆された。CARの発現がCD25陽性細胞に特異的に認められ、腫瘍細胞への選択的な遺伝子導入へのCARの特異的な発現の関与が示唆された。一方CAR陽性細胞においてもその遺伝子導入の効率は100%には至らず、ここでも既知の宿主因子以外の因子の関与が示唆された。またCD25陽性細胞への遺伝子導入効率は遺伝子治療への応用を想定した場合には不十分なレベルであった。 4.ATL腫瘍細胞ではNF-κBの構成的活性化が見られることが報告され、腫瘍の増殖に関与していることが示唆されている。本研究では培養細胞の系で、IκBαの変異体であるmIκBの遺伝子をドミナント・ネガティブ体として搭載した組み換えアデノウィルス(AxCAmIκB-M)を用いた感染実験を行い、mIκB遺伝子の導入によりHTLV-1感染細胞においてNF-κBの構成的な活性化が抑制されることをEMSAによる解析で示した。またMTTアッセイ等を用いた解析でmIκB遺伝子の導入によりcell viabilityが低下すること、TUNEL法による解析ではアポトーシスが誘導されることを示した。 5.ホジキン細胞ではNF-κBの構成的活性化が報告され、過剰発現したCD30の自己凝集によりそれが生じること、細胞増殖や抗アポトーシス効果に関与すること等を示唆する報告がある。本研究ではCD30の細胞質内領域を欠失させた変異体CD30dの遺伝子をドミナント・ネガティブ体として搭載した組み換えアデノウィルスAxCACD30dを作成し、ホジキン由来細胞株への感染実験を行った。CD30d遺伝子の導入によりNF-κBの構成的活性化が抑制されることをレポータージーン・アッセイにより示し、さらにその下流にあるIL-13の過剰産生が抑制されることをELISA及びノザン・ブロットにより示した。また、MTTアッセイを用いた解析でCD30d遺伝子の導入によりcell viabilityが低下すること、TUNEL法による解析ではアポトーシスが誘導されることを示した。 以上、本論文は組み換えアデノウィルスによるHTLV-1感染細胞株、ホジキン由来細胞株への遺伝子導入の系をATL及びホジキン病の遺伝子治療のモデルとして解析し、臨床応用への可能性と問題点を明らかにした。特にHTLV-1感染細胞株で認められた突出した感受性の高さは既出の報告に例のない新規性の高いものである。一般にアデノウィルスに対して感受性が低いとされる血球系細胞に高い効率で遺伝子導入が可能であること、腫瘍特異的な遺伝子導入の可能性があることを示した本研究は、アデノウィルス感染に関与する新たな宿主因子の存在を示唆し、腫瘍への高い効率、高い特異性での遺伝子導入を実現する上での基礎的知見として、遺伝子治療の開発において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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