学位論文要旨



No 117357
著者(漢字) 黨,康夫
著者(英字)
著者(カナ) トウ,ヤスオ
標題(和) 抗原感作と気道過敏性獲得ならびに気道炎症成立との関係に関する実験的考察
標題(洋)
報告番号 117357
報告番号 甲17357
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博位第1965号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 土屋,尚之
 東京大学 講師 前川,平
 東京大学 講師 石井,彰
内容要旨 要旨を表示する

 実験的マウス喘息モデルにおいて、気道炎症と気道過敏性は、抗原の全身感作及び気道への抗原吸入によりもたらされる。今回我々は、抗原特異的全身感作により、気道炎症の存在なしに気道過敏性を亢進させる可能性を明らかにした。

 雄BALB/cマウスを卵白アルブミン腹腔内注射にて全身感作し、さらに気道への抗原吸入によって気道炎症を惹起した。そのうえで、気道過敏性の測定、気道炎症に関する各種の指標を測定した。その結果、卵白アルブミン感作群(以下OVA群)において、非侵襲的気道抵抗測定法による気道抵抗(Penh)は、全身感作から吸入惹起への時間的経過に沿って徐々に上昇し、また、吸入惹起後24時間にそのピークを示した(図1、図2)。

 気管支肺胞洗浄液(BAL液)中好酸球数、血清IgE値およびインターロイキン5(IL-5)濃度も同様な経過を示した(図3、図4、図5)。

 これに対して、メサコリン吸入による気道過敏性テストでは、全身感作のみで、吸入惹起を行っていない時期に、病理学的気道炎症がほとんどみられないまま、気道過敏性の亢進が認められた(図6、図7)。

 その時、BAL液中IL-4濃度及び肺のIL-4のmRNAが高値を呈していた(図8、図9)。

 両者は、全身感作期をピークとして、以後吸入惹起に伴い低下した。

 同時期に、抗IL-4抗体処理を行ったところ、この気道過敏性亢進は抑制された。加えて、IL-4ノックアウトマウスを用いた実験でも同様に、全身感作のみで吸入感作のない早期の気道過敏性は抑制された(図10)。

図10

 以上の結果より、BALB/cマウスにおいて、全身感作のみで気道過敏性が生じ得ることと、その機序にはIL-4が重要な役割を果たしていることが示唆された。つづいて、IL-4を含めたTh2型免疫反応が、炎症前感作成立期の気道過敏性の成立に重要であることを確認するために、Th2サイトカインの特異的阻害剤であるトシル酸スプラタストを用いて、気道過敏性の変化を検討した。その結果、気道過敏性は有意に抑制され、炎症前感作成立期の気道過敏性亢進に対して効果があることが確認された(図11)。

 もし、全身感作のみで吸入感作に暴露されていない状態で生じる、炎症前感作成立期の気道過敏性がヒトの小児で起きているとすれば、彼らの将来の気管支喘息発症を予防する点から、Th2優位状態を是正するという方法論に基づいた、新しい予防的治療の可能性があり得るものと考えられた。

図1

図2

図3

図4

図5

図6

図7

図8

図9

図11

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、抗原の全身感作及び気道への抗原吸入感作によりもたらされる、気道炎症と気道過敏性の成立のプロセスと、それへの炎症性サイトカインの関与を、実験的マウス喘息モデルを用いて検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.抗原特異的全身感作により、気道炎症の存在なしに気道過敏性を亢進させる可能性を明らかにした。雄BALB/cマウスを卵白アルブミン腹腔内注射にて全身感作し、さらに気道への抗原吸入によって気道炎症を惹起した。そのうえで、気道過敏性の測定、気道炎症に関する各種の指標を測定した。その結果、卵白アルブミン感作群(以下OVA群)において、非侵襲的気道抵抗測定法による気道抵抗(Penh)は、全身感作から吸入惹起への時間的経過に沿って徐々に上昇し、また、吸入惹起後24時間にそのピークを示した。気管支肺胞洗浄液(BAL液)中好酸球数、血清IgE値(ELISA法)およびインターロイキン5(IL-5)濃度(ELISA法)も同様な経過を示した。これに対して、メサコリン吸入による気道過敏性テスト(PC200-Penh)では、全身感作のみで、吸入惹起を行っていない時期(炎症前感作成立期)に、病理学的気道炎症がほとんどみられないまま、気道過敏性の亢進が認められた。その時、BAL液中IL-4濃度(ELISA法)及び肺のIL-4のmRNA(RT-PCR法)が高値を呈していた。両者は、全身感作期をピークとして、以後吸入惹起に伴い低下した。

2.炎症前感作成立期に、アレルギー性炎症性サイトカインの一つであるIL-4が、重要な役割をしていることを検証すべく、抗IL-4中和抗体処理を行い、同様の実験を行ったところ、炎症前感作成立期の気道過敏性亢進は抑制された。続いて、IL-4遺伝子ノックアウトマウスを用いた実験でも同様に、全身感作のみで吸入感作のない炎症前感作成立期の気道過敏性は抑制された。以上の結果より、BALB/cマウスにおいて、全身感作のみで気道過敏性が生じ得ることと、その機序にはIL-4が重要な役割を果たしていることが示唆された。

3.続いて、IL-4を含めたTh2型免疫反応が、炎症前感作成立期の気道過敏性成立に重要であることを確認するために、Th2サイトカインの特異的阻害剤であるトシル酸スプラタストを用いて、気道過敏性の変化を検討した。その結果、トシル酸スプラタスト処置群において気道過敏性は有意に抑制され、炎症前感作成立期の気道過敏性に対して効果があることが確認された。本結果より、同様な、炎症前感作成立期の気道過敏性がヒトの小児で起きているとすれば、彼らの将来の気管支喘息発症を予防する点から、Th2優位状態を是正するという方法論に基づいた、新しい予防的治療の可能性があり得るものと考えられた。

 以上、本論文は実験的マウス喘息モデルにおいて、これまでの研究でほとんど考慮されていなかった炎症前感作成立期にスポットを当て、同時期の炎症なき気道過敏性亢進のメカニズムに言及した、初めての研究である。そして、同時期におけるTh2型免疫反応の重要性も確認し得た。さらには、抗Th2サイトカイン療法による気道過敏性成立の抑制、ひいては小児期以降の喘息発症の予防の可能性についても、その展望を開いた点で、今後のアレルギー性疾患の病態の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

UTokyo Repositoryリンク