学位論文要旨



No 117358
著者(漢字) 藤尾,圭志
著者(英字)
著者(カナ) フジオ,ケイシ
標題(和) T細胞レセプター遺伝子の導入による抗原特異的免疫応答の制御
標題(洋)
報告番号 117358
報告番号 甲17358
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1966号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 斎藤,泉
 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 中村,哲也
 東京大学 助教授 谷,憲三朗
内容要旨 要旨を表示する

T細胞は炎症局所に浸潤し炎症メディエーターを分泌し炎症細胞の遊走を誘導し、B細胞による抗体産生を促進するなど免疫反応を制御する役割を担っている。T細胞レセプターはそのT細胞の制御する抗原特異的免疫反応の鍵であり、これまで抗原特異的T細胞の養子移入により腫瘍・感染症・自己免疫のモデル系で様々な治療効果が報告されている。通常生体内では抗原特異的T細胞の数は限定されており、抗原特異的T細胞を大量に治療に応用するためにTCR遺伝子導入による抗原特異的T細胞の作製が可能となれば、今後の細胞療法に大きな可能性を開くことになる。これまでにTCRの二つのサブユニットα鎖及びβ鎖遺伝子を導入する試みがなされてきたが、細胞株に低い効率で発現させるのが限界で応用性の低いものであった。そこで我々は最近開発した高効率パッケージング細胞−PLAT-Eを用いたレトロウイルスベクター系を用いて、マウス末梢のCD4陽性またはCD8陽性T細胞にTCRα鎖とβ鎖の二つの遺伝子を導入することに成功した。

 クラスII拘束性のTCRとしてはニワトリオボアルブミン(OVA)に特異的なDO11.10ハイブリドーマ由来のTCRを使用した。レトロウイルスベクターpMXにα鎖またはβ鎖をサブクローニングしたものをPLAT-Eにトランスフェクションし、α鎖またはβ鎖由来のウイルス上清を独立して作製した。作製したウイルス上清をα鎖由来のものとβ鎖由来のものを1対1で混合し、TCR遺伝子の欠損しているT細胞株TG40に感染させたところ、導入したクロノタイプTCRの発現を抗体で確認できた。さらにレトロネクチンをコートした24穴プレート上で、α鎖またはβ鎖由来のレトロウイルス上清を1対1で混合し、ConA及びIL-2で刺激した脾臓細胞を48時間培養することでTCRを脾臓細胞に感染させた。CD4陽性細胞の40-44%で導入したTCR複合体の発現を確認した。導入されたTCRの発現レベルをFACSでみると、DO11.10TCRのトランスジェニックマウス由来のCD4陽性細胞に匹敵するレベルであった。TCRを導入された細胞と導入されなかった細胞でのCD3の発現レベルは同等で、導入されたTCRは内因性のTCRを置換する形で発現していることが推測された。TCRを導入されたCD4陽性細胞はOVAペプチドに対して増殖反応を示し、生体内ではOVAに対する遅延型過敏反応を誘導したことから、レトロウイルスにより導入されたTCR複合体は機能的であると考えられた。

 CD8陽性細胞にはクラスI拘束性TCRとして、マウスアロ抗原H-2Kbに特異的なTCRα/β鎖を導入した。CD8陽性細胞の約50%で導入したβ鎖、Vβ2TCRの発現を確認した。TCRを導入されたCD8陽性細胞はH-2Kbを発現したp815腫瘍−p815Kbに対し、抗原特異的な細胞傷害活性及びIFN-γ産生を確認した。ヌードマウスに腫瘍とともにTCRを導入したCD8陽性細胞を接種すると、p815をmock-CD8陽性細胞またはaKb AB-CD8陽性細胞と混合して接種した場合、全てのマウスは接種後10-14日で腫瘍が出現した。一方p815Kbについてはmock-CD8陽性細胞と接種した場合には接種後10-14日で腫瘍が出現したが、aKb AB-CD8陽性細胞と接種した場合5匹中1匹のみ腫瘍が出現し、他の4匹は以後腫瘍は出現しなかった。よって抗原特異的な腫瘍の拒絶が認められ、CD8陽性細胞に導入されたTCR複合体は機能的であると考えられた。

 以上の結果よりレトロウイルスベクターを用いたTCR遺伝子のCD8またはCD4陽性T細胞への導入により、生体内のクラスI及びクラスII拘束性のT細胞機能を再構築し、抗原特異的免疫反応を制御出来ることを示した。今回我々が開発した手法により生体内の抗原特異的T細胞を飛躍的に増大させることが可能で、免疫反応をこれまでより強力に制御出来る可能性をもつと考えられる。この手法は今後腫瘍・感染症・自己免疫疾患の免疫療法において新たな道を開くものと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は炎症細胞の遊走を誘導し、B細胞による抗体産生等を促進するなど免疫反応を制御する役割を担っているT細胞において、レトロウイルスを用いたT細胞レセプターの遺伝子導入により、抗原特異的T細胞の人為的な作製を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.最近開発された高効率パッケージング細胞−PLAT-Eを用いたレトロウイルスベクター系を用いて、マウス末梢のCD4陽性細胞にクラスII拘束性のニワトリオボアルブミン(OVA)に特異的なDO11.10ハイブリドーマ由来のTCRを導入することに成功した。レトロネクチンをコートした24穴プレート上で、α鎖またはβ鎖由来のレトロウイルス上清を1対1で混合し、ConA及びIL-2で刺激した脾臓細胞を48時間培養することでTCRを脾臓細胞に感染させた場合に、CD4陽性細胞の40-44%で導入したTCR複合体の発現することを示した。導入されたTCRの発現レベルはDO11.10TCRのトランスジェニックマウス由来のCD4陽性細胞に匹敵するレベルであり、CD3の発現レベルから導入されたTCRは内因性のTCRを置換する形で発現していることが推測された。TCRを導入されたCD4陽性細胞はOVAペプチドに対して増殖反応を示し、生体内ではOVAに対する遅延型過敏反応を誘導し、レトロウイルスにより導入されたTCR複合体は機能的であることが示された。

2.CD8陽性細胞にはクラスI拘束性TCRとして、マウスアロ抗原H-2Kbに特異的なTCRα/β鎖を導入し、CD8陽性細胞の約50%で導入したβ鎖、Vβ2TCRの発現を示した。TCRを導入されたCD8陽性細胞はH-2Kbを発現したp815腫瘍−p815Kbに対し、抗原特異的な細胞傷害活性及びIFN-γ産生を示した。ヌードマウスに腫瘍とともにTCRを導入したCD8陽性細胞を接種した場合に、H-2Kbに特異的なTCRを導入したCD8陽性細胞は抗原特異的なp815Kbの拒絶能を示し、CD8陽性細胞に導入されたTCR複合体は生体内でも機能的であり、抗腫瘍効果を発揮しうることを示した。

 以上、本論文はレトロウイルスベクターを用いたTCR遺伝子のCD8またはCD4陽性T細胞への導入により、生体内のクラスI及びクラスII拘束性のT細胞機能を再構築し、抗原特異的免疫反応を制御出来ることを示した。本研究はこれまで困難であった、末梢T細胞へのT細胞レセプター遺伝子の導入を可能とし、それにより生体内の抗原特異的T細胞を飛躍的に増大させることが可能で、免疫反応をこれまでより強力に制御出来る可能性をもつと考えられる。腫瘍・感染症・自己免疫疾患の免疫療法において重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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