学位論文要旨



No 117359
著者(漢字) 関谷,剛
著者(英字)
著者(カナ) セキヤ,タカシ
標題(和) アレルギー疾患におけるTh2特異的ケモカインTARC(thymus and activation regulated chemokine)の発現解析
標題(洋)
報告番号 117359
報告番号 甲17359
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1967号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 玉置,邦彦
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 長瀬,隆英
 東京大学 講師 中岡,隆志
 東京大学 講師 丸山,稔之
内容要旨 要旨を表示する

 気管支喘息は変動する気道狭窄を示し、発作性の呼吸困難、喘鳴、咳などの症状を呈する疾患である。気管支喘息の根底には炎症機転が存在し、気道の炎症は気道過敏性を伴っている。一般的に炎症局所への細胞集積には骨髄から末梢への動員、内皮細胞への接着、内皮細胞間移行、遊走の一連の過程が必要である。炎症局所で産生される走化因子は特に接着反応や遊走反応に強力に関わることによって炎症細胞の組織集積を誘導することが知られている。内因性走化因子であるケモカインは白血球に対して強力な走化性を持つサイトカインである。ケモカインが種々の疾患の炎症病態の形成に重要な役割を担っているとの知見が集積しており、気管支喘息を始めとするアレルギー性疾患の病態形成についてもその関与が注目されている。例えばアレルギー性炎症の重要なエフェクターである好酸球、好塩基球はCCR (CC chemokine receptor) 3を構築的に強く発現しており、特異的リガンドであるであるeotaxinはアレルギー炎症時の好酸球の局所集積に働いているケモカインと考えられている。

 アレルギー炎症のコントローラーであるTリンパ球の集積についても、ケモカインの関与が想定されている。ヘルパーT細胞はTh1, Th2のサブポピュレーションに分類されるが、in vitroの結果よりアレルギーの成立にはTh2の産生するサイトカインが必要であり、例えばIL-5は好酸球系前駆細胞に対して増殖作用を示すのみならず、成熟好酸球に対してもsuperoxide産生誘導、LTC4産生促進、遊走活性、生存延長などを示す。またTh2サイトカインのプロトタイプであるIL-4はB細胞に作用して、そのIgE抗体産生へのclass switchを誘導する。事実、気管支喘息患者の気道局所に集積するリンパ球はそのphenotypeからTh2細胞であることが報告されている。最近、Th1/Th2上に特定のケモカイン受容体が発現しているとの知見が集積しつつある。現在まで、Th1選択的なケモカイン受容体としてはCXCR3, CCR5が示され、一方、Th2に関しては、CCR4がナイーブCD4細胞からTh2に分化させた細胞およびTh2 cell lineに発現していることが報告されている。また末梢血のIL-4産生T細胞の一部にはCCR3が、活性化Th2 cell lineにはCCR8の発現が認められている。これら受容体の中で特にCCR4はCCR3やCCR8に比べても強くTh2に発現しているとの報告がある。CCR4受容体のリガンドであるTARC (thymus and activation-regulated chemokine)およびMDC (macrophage-derived chemokine)はin vitroでTh2細胞を強力、且つ選択的に遊走させる。これら両者のケモカインはCCR4を通じて気管支喘息における炎症部位へのTh2細胞集積に深く関わっている可能性が考えられる。

 気管支喘息の病態形成に重要と考えられる炎症部位へのTh2細胞集積の機序を明らかにするために、我々は気管支喘息におけるTh2タイプのケモカイン受容体CCR4のリガンドであるMDCとTARCの発現を検討した。

 我々は以下の結論を得た。

1)健常人および喘息患者より気道粘膜の生検標本の凍結組織切片を得、TARCとMDCに対するpolyclonal抗体で染色した。TARCに関しては健常人(3名)、アトピー性喘息患者(5名)、非アトピー性喘息患者(1名)の検体を、またMDCに関しては健常人(3名)とアトピー性喘息患者(6名)の検体を検討した。抗TARC抗体染色に対し健常者の気道上皮は単に弱い反応性を示すのみだったが、喘息患者の気道上皮は強く染色され、健常人との間で、その染色強度に統計学的な有意差を認めた(p=0.025)。一方、MDC発現は、非常に弱く、健常人と喘息患者との間で染色性に有意差は認められなかった。

2)TARC, MDCタンパクの産生調節を気道上皮細胞株であるA549細胞,BEAS-2B細胞を用いて検討した。TNF-α,IL-4,IFN-γ,LPS等の単独刺激や共刺激を行い、その培養上清中のTARC, MDCタンパクの定量を行った。A549細胞,BEAS-2B細胞はともにTNF-α, IL-4, IFN-γ, LPSの単独刺激では有意なTARCを産生しなかったが、A549細胞ではTNF-αとIL-4の共刺激にて著明なTARC産生を示し、IFN-γはTNF-αとIL-4の共刺激によるTARC産生をさらに増強した。BEAS-2B細胞ではTNF-αとIFN-γの共刺激にて弱いながら有意なTARC産生が誘導され、TNF-α, IL-4, IFN-γの共刺激にて著明に増強された。しかしながらMDCについてはA549細胞,BEAS-2B細胞はこれらの刺激条件下では有意な産生は示さなかった。

3)A549細胞ではTNF-αの存在下で0.01ng/mLのIL-4よりTARC産生が用量依存的に増加した。またTNF-αとIFN-γの共存在下でBEAS-2B細胞でも同様に0.1ng/mLのIL-4で有意なTARCの産生増強が認められ、これ以上の濃度において用量依存的にTARC産生を増強した。IL-4と共通のレセプターサブユニットを持ち、種々の生物活性を共有するIL-13も同様にこれらの細胞において用量依存的にTARC産生を増加させた。

 IL-4、TNF-αの存在下では、IFN-γはBEAS-2B細胞に1U/mLの濃度で有意なTARC発現増強を誘導し100U/mLで最大増強に達した。TNF-α/IL-4刺激により誘導されたA549細胞によるTARCタンパク産生についてもIFN-γは同様な用量依存的な増強効果を示した。

4)TARC mRNAをNorthern analysisにて検討したところ、無刺激の状態ではTARC mRNAは検出されなかったが、TNF-αとIL-4による共刺激では時間依存的にA549細胞にTARC mRNA発現を誘導した。TARC mRNAレベルは4時間以内に増加し、24時間まで増加を続け、刺激後48時間まで高レベルで維持された。24時間および48時間後のTNF-αとIL-4の共刺激によって引き起こされたTARC mRNAの発現はIFN-γの追加によりさらに増強された。BEAS-2B細胞ではA549細胞と異なるTARC mRNA発現パターンを観察した。すなわちTARC mRNAは、TNF-αとIL-4もしくはTNFとIFN-γで共刺激されたBEAS-2B細胞においてはほとんど検出されなかった。しかしながらTARC mRNAはTNF-α、IFN-γおよびIL-4の3種のコンビネーション刺激により著明に発現が誘導され、刺激24時間後に最大発現に達した。

5)副腎皮質ステロイド(グルココルチコイド(GCC))であるデキサメタゾン(DEX)はA549細胞およびBEAS-2B細胞の両者によるTARC産生を用量依存的に抑制した。すなわちID50は10-9から10-8Mまでの範囲の濃度で観察され、また10-10〜10-7Mの範囲で用量依存的抑制を観察した。A549細胞ではハイドロコーチゾン(10-7M)もまたTARC産生を抑制したが、性ステロイドであるβ−エストラジオールはTARC産生抑制を認めなかった。

6)健常者血清(26名)に比較すると喘息患者血清(46名)では、有意なTARC濃度の増加が認められた(p<0.001)。また誘発喀痰を健常者(6名)および喘息患者(30名)間で比較したところ、喘息患者誘発喀痰で有意なTARC濃度の増加が認められた(p=0.027)。しかしながら血清のMDC濃度については両群間に有意な差は認められなかった。喘息患者の血清において、eotaxin濃度とTARC濃度(p=0.011)、TARC濃度とMDC濃度間(p=0.003)に相関を認めた。喘息の誘発喀痰においてはeotaxin濃度とTARC濃度間(p=0.006)に相関が見られた。

 TARCやMDCはアレルギー性炎症のコントローラーであるTh2細胞を選択的に遊走させることで、喘息の病態形成に関わっていると考えられる。本研究を通じて、気道上皮がTh2特異的なケモカインであるTARCの重要な産生源の一つであることを初めて示した。気道上皮に由来するTARCはparacrine(傍分泌)の機序で働いていると考えられる。気道上皮細胞は、eotaxinをはじめとするアレルギーに関わる種々のケモカインを産生することが知られているが、本研究の結果はケモカイン産生細胞としての気道上皮細胞の喘息における重要性をより一層明らかにした。またTh2サイトカインであるIL-4、IL-13がTARC発現を誘導する事実から、TARC産生を介して喘息における局所のTh2反応を維持し、かつ悪化させるというポジティブフィードバックの機構の存在が考えられた。すなわち局所におけるTh2から遊離されたIL-4、IL-13はTARCの産生を通じて、炎症局所へのTh2細胞の補充を誘導している可能性が考えられた。また、Th1サイトカインは一般にアレルギー反応の進展を抑制するとされるが、ある状況下、特にウィルス感染においてIFN-γはアレルギー性炎症を促進する役割を果たすことが臨床的に知られている。我々の実験においても、IFN-γは明らかにTARC産生を増強した。すなわち気管支喘息患者におけるウィルス感染はTh1サイトカイン反応の誘導のみならず、TARC発現を介してTh2サイトカイン反応も促進する可能性が推測される。また本研究より、気管支喘息における吸入グルココルチコイド(GCC)の作用機序として、気道上皮細胞におけるTARC産生に対するGCCの直接的な抑制が関与していることが推測された。

 TARCとMDCはともにCCR4の高親和性リガンドであるが、その産生細胞は異なっていることが示されている。MDCが単球や内皮細胞等で産生されるのにくらべ、TARCは主に樹状細胞や上皮細胞等により産生される。これは同じCCR4を受容体に持つケモカインであっても、病態ごとにその関与の程度が異なっている可能性を示している。気道における重要なケモカイン産生細胞である気道上皮がTARCを大量に産生する事実、また、喘息患者の喀痰、血清中でのTARCの増加からは、気管支喘息においては、MDCに比べTARCがより積極的にその病態に関わっているのではないかと推測された。気道上皮由来のTARCは気管支喘息の新しい治療標的になりうると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は気管支喘息の病態形成に重要と考えられる炎症部位へのTh2細胞集積の機序を明らかにするために、気道上皮細胞株や臨床検体を用いて、気管支喘息におけるTh2タイプのケモカイン受容体CCR4のリガンドであるMDCとTARCの発現を検討したものであり、以下の結果を得ている。

1)健常人および喘息患者より気道粘膜の生検標本の凍結組織切片を得、TARCとMDCに対するpolyclonal抗体で染色した。抗TARC抗体染色に対し健常者の気道上皮は単に弱い反応性を示すのみだったが、喘息患者の気道上皮は強く染色され、健常人との間で、その染色強度に統計学的な有意差を認めた。一方、MDC発現は、非常に弱く、健常人と喘息患者との間で染色性に有意差は認められなかった。

2)TARC, MDCタンパクの産生調節を気道上皮細胞株であるA549細胞, BEAS-2B細胞を用いて検討した。A549細胞,BEAS-2B細胞はともにTNF-α,IL-4, IFN-γ,LPSの単独刺激では有意なTARCを産生しなかったが、A549細胞ではTNF-αとIL-4の共刺激にて著明なTARC産生を示し、IFN-γはTNF-αとIL-4の共刺激によるTARC産生をさらに増強した。BEAS-2B細胞ではTNF-αとIFN-γの共刺激にて弱いながら有意なTARC産生が誘導され、TNF-α,IL-4, IFN-γの共刺激にて著明に増強された。しかしながらMDCについてはA549細胞,BEAS-2B細胞はこれらの刺激条件下では有意な産生は示さなかった。

3)A549細胞ではTNF-αの存在下で0.01ng/mLのIL-4よりTARC産生が用量依存的に増加した。またTNF-αとIFN-γの共存在下でBEAS-2B細胞でも同様に0.1ng/mLのIL-4で有意なTARCの産生増強が認められ、これ以上の濃度において用量依存的にTARC産生を増強した。IL-4と共通のレセプターサブユニットを持ち、種々の生物活性を共有するIL-13も同様にこれらの細胞において用量依存的にTARC産生を増加させた。

 IL-4、TNF-αの存在下では、IFN-γはBEAS-2B細胞に1U/mLの濃度で有意なTARC発現増強を誘導し100U/mLで最大増強に達した。TNF-α/IL-4刺激により誘導されたA549細胞によるTARCタンパク産生についてもIFN-γは同様な用量依存的な増強効果を示した。

4)TARC mRNAをNorthern analysisにて検討したところ、無刺激の状態ではTARC mRNAは検出されなかったが、TNF-αとIL-4による共刺激では時間依存的にA549細胞にTARC mRNA発現を誘導した。TNF-αとIL-4の共刺激によって引き起こされたTARC mRNAの発現はIFN-γの追加によりさらに増強された。BEAS-2B細胞ではTARC mRNAは、TNF-αとIL-4もしくはTNFとIFN-γで共刺激されたBEAS-2B細胞においてはほとんど検出されなかった。しかしながらTARC mRNAはTNF-α、IFN-γおよびIL-4の3種のコンビネーション刺激により著明に発現が誘導された。

5)副腎皮質ステロイド(グルココルチコイド(GCC))であるデキサメタゾン(DEX)はA549細胞およびBEAS-2B細胞の両者によるTARC産生を用量依存的に抑制した。すなわちID50は10-9から10-8Mまでの範囲の濃度で観察され、また10-10〜10-7Mの範囲で用量依存的抑制を観察した。

6)健常者血清に比較すると喘息患者血清では、有意なTARC濃度の増加が認められた。また誘発喀痰を健常者および喘息患者間で比較したところ、喘息患者誘発喀痰で有意なTARC濃度の増加が認められた。しかしながら血清のMDC濃度については両群間に有意な差は認められなかった。喘息患者の血清において、eotaxin濃度とTARC濃度、TARC濃度とMDC濃度間に相関を認めた。喘息の誘発喀痰においてはeotaxin濃度とTARC濃度間に相関が見られた。

以上、本論文は気道上皮がTh2特異的なケモカインであるTARCの重要な産生源の一つであることを初めて示し、ケモカイン産生細胞としての気道上皮細胞の喘息における重要性をより一層明らかにした。また種々の結果から、気管支喘息においては、MDCに比べTARCがより積極的にその病態に関わっているのではないかと推測された。

 本研究はこれまで未知に等しかった、Th2特異的ケモカインであるTARC, MDCの気管支喘息における役割の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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