学位論文要旨



No 117362
著者(漢字) 湯,暁暉
著者(英字) Tang,Xiaohui
著者(カナ) タン,シャオホイ
標題(和) ヒト上皮性卵巣癌細胞株に対するGnRHアンタゴニストの細胞増殖抑制効果の作用メカニズム
標題(洋) Cellular Mechanisms of Growth Inhibition of Human Epithelial Ovarian Cancer Cell Line by Gonadotropin-Releasing Hormone (GnRH) Antagonist
報告番号 117362
報告番号 甲17362
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1970号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大内,尉義
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 門脇,孝
 東京大学 講師 林,泰秀
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 近年、婦人科腫瘍に対する内分泌療法の一つとして、gonadotropin-releasing hormone(GnRH)アナログが、乳癌、上皮性卵巣癌、子宮内膜癌などに対して抗腫瘍効果をもつことが明らかになってきた。ペプチドアナログは従来の抗癌剤に比べて副作用が少なく、quality of lifeの面からも今後ますます重要な位置を占めることになると期待される。

1 GnRHアナログの抗腫瘍効果は性ステロイドの分泌を減少させることによる間接的作用が考えられる一方、in vitroでGnRHアナログが癌細胞の増殖を抑制するという直接的作用も示されている。しかしながら、現在、直接的作用のメカニズムはまだ充分に明らかにされていない。GnRHアナログの直接的抗腫2瘍効果の一部は、EGFにより誘導されるチロシンキナーゼのリン酸化抑制により発揮されることが報告されている。また、最近、MAPキナーゼシグナル伝達経路の活性化がGnRHアゴニストの抗腫瘍効果に重要な役割を果たすことも報告された。

 ヒト乳癌・上皮性卵巣癌・子宮内膜癌細胞株に対する細胞増殖抑制効果は、GnRHアンタゴニストがアゴニストに優ることが報告されている。Cetrorelixは、第三世代GnRHアンタゴニストの中でもその有効性と安全性が最も顕著であり、本邦では子宮筋腫に対する臨床試験が現在進行中である。本研究では、GnRHアンタゴニストCetrorelixによるヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAに対する直接的細胞増殖抑制効果を検証し、さらに、そのメカニズムについて、細胞周期およびアポトーシスの観点より検討した。

【方法と結果】

(1) GnRHレセプターおよびGnRHのmRNAの発現

 ヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAからRNAを抽出し、RT-PCR法にてGnRHレセプターおよびGnRH mRNAの発現を解析した。GnRHレセプターおよびGnRHのmRNAは、ともにHTOA細胞株に発現しており、そのPCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。

(2) 癌細胞増殖抑制効果

 CetrorelixのHTOA細胞に対する直接的細胞増殖抑制効果は、DNAへの5-bromo-2'-deoxyuridine(BrdU)取り込み法にてDNA合成能を解析した。先ず、96ウエルプレートにHTOA細胞を培養しCetrorelixを添加後、BrdUで細胞をラベリングした。次に、細胞を固定し抗BrdU抗体と反応させ、ELISA法でCetrorelixのDNA合成能に対する影響を検討した。Cetrorelixを添加し48時間培養後、HTOA細胞のDNA合成能は10-10M〜10-5Mの範囲で濃度依存的に減少した。Cetrorelix 10-5Mを添加した場合、24、48、72、96時間後のDNA合成能は各々対照のの57%、45%、49%、56%に減少した。すなわち、Cetrorelixはヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAのDNA合成能を明らかに抑制し、直接的な細胞増殖抑制効果を示した。

(3) G1期停止の誘導

 HTOA細胞培養系にCetrorelix 10-5Mを添加し、0、8、16、24時間後に細胞を回収し、70%エタノールで一晩固定した。そしてRNase処理とpropidium iodine染色を施行し、フロサイトーメトリーで細胞周期の分布を解析した。CetrorelixはHTOA細胞においてG1期停止を誘導した。すなわち、Cetrorelix 10-5M添加24時間後に、対照と比較しG1期は5.4%増加した。またそれに伴い、S期は6.3%減少した。8、16時間後には明らかな変化は認められなかった。

(4) 細胞周期制御因子のタンパク発現量の変動

 Cetrorelix 10-5M添加24時間後に、HTOA細胞においてG1期停止が誘導されたので、同条件下の細胞周期制御因子のタンパク発現量の変動をWestern blot法にて検討した。サイクリンに関して、サイクリンAのタンパク発現量は対照と比較し75%減少したが、サイクリンD1とサイクリンEに変化は認められなかった。サイクリン依存性キナーゼ(Cdk)に関して、Cdk2は22%減少したが、Cdk4に変化はみられなかった。サイクリン依存性キナーゼ阻害タンパクのp21は60%増加し、p27に変化はみられなかった。一方、p53は50%増加した。

(5) アポトーシスの誘導

 CetrorelixがHTOA細胞に対して、アポトーシスを誘導するか否かをフロサイトーメトリーおよびTUNEL法により検討した。フローサイトメトリーの分析によると、Cetrorelix 10-5M添加24時間後のアポトーシス細胞の割合は8.9%で、対照の3.9%に対して有意に高かった。48時間培養の場合も、対照の4.6%と比較してCetrorelix処理後は9.1%と有意に高かった。次に、TUNEL法によりDNA断片化を形態学的に確認した。Cetrorelix 10-5M添加48時間後のTUNEL陽性細胞の割合は5.0%で、対照の1.8%に対して有意に高かった。すなわち、フローサイトメトリーおよびTUNEL法により、HTOA細胞におけるCetrorelixのアポトーシス誘導作用が僅かであるが確認された。

【考察】

 本研究により、ヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAにおけるGnRHレセプターおよびGnRHのmRNAの発現が明らかにされた。これは、HTOA細胞においてGnRH様物質が局所因子としてオートクリン・パラクリン的に作用し、その増殖に関与する可能性を示している。また、GnRHアンタゴニストのCetrorelixによる直接的細胞増殖抑制効果が認められた。細胞周期の分析により、CetrorelixはG1期停止を誘導した。すなわち、Cetrorelixの癌細胞増殖抑制作用には、G1期停止の誘導が関与していることが示唆された。

 細胞周期を制御する基本因子は、サイクリン依存性キナーゼ(Cdk)とサイクリンの二つである。サイクリンはCdkと結合しCdkが適切な標的タンパクをリン酸化する能力を調節する。サイクリンとCdkの周期的な複合体形成とその活性化および分解は、細胞周期の要をなしている。G1期からS期への移行を制御する因子には、Cdk2とサイクリンE、AまたはCdk4、6とサイクリンDがある。サイクリン−Cdk複合体の活性はCdkインヒビーターであるp21、p27の調節も受けている。p53はp21の発現を誘導することによって、細胞増殖をG1期で停止させることができるが、p53非依存性にp21の発現が誘導されることもある。本研究において、G1期進行の制御にかかわる主要な因子のタンパク発現量の変動を検討した結果、サイクリンA、Cdk2のタンパク発現量の減少およびp21、p53のタンパク発現量の増加が認められ、これらがG1期停止の誘導に関与していることが示唆された。

 GnRHアナログの癌細胞におけるアポトーシス誘導効果について、現在、定見はまだ得られていない。例えば、最近、GnRHアゴニストがNFκB活性を高め、制癌剤により誘導されたアポトーシスを抑制することも報告されている。本研究では、フローサイトメトリーとTUNEL法にてGnRHアンタゴニストCetrorelixのHTOA細胞におけるアポトーシス誘導効果を確認することができた。

【結論】

 ヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAはGnRHレセプターおよびGnRHのmRNAを発現しており、GnRHアンタゴニストCetrorelixによる直接的細胞増殖抑制効果が認められた。この増殖抑制作用は、細胞周期のG1期停止およびアポトーシスの誘導によるものと考えられた。また、G1期停止の誘導は、細胞周期制御因子のサイクリンA、Cdk2の減少およびp21、p53の増加が関与していることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究はgonadotropin-releasing hormone(GnRH)アンタゴニストCetrorelixによるヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAに対する直接的細胞増殖抑制効果を検証し、さらに、そのメカニズムについて、細胞周期およびアポトーシスの観点より検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.RT-PCR法によりGnRHレセプターおよびGnRHのmRNAは、ともにHTOA細胞株に発現していることが確認された。さらに、そのPCR産物はDNAシーケンサーにより同定された。

2.CetrorelixのHTOA細胞に対する直接的細胞増殖抑制効果は、DNAへの5-bromo-2'-deoxyuridine(BrdU)取り込み法にてDNA合成能を解析した。Cetrorelixはヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAのDNA合成能を明らかに抑制し、直接的な細胞増殖抑制効果を示した。

3.フロサイトーメトリーで細胞周期の分布を解析した結果、CetrorelixはHTOA細胞においてG1期停止を誘導した。

4.Western blot法にてG1期進行の制御にかかわる主要な因子のタンパク発現量の変動を検討した結果、サイクリンA、Cdk2のタンパク発現量の減少およびp21、p53のタンパク発現量の増加が認められ、これらがG1期停止の誘導に関与していることが示唆された。

5.フローサイトメトリーとTUNEL法にてGnRHアンタゴニストCetrorelixのHTOA細胞におけるアポトーシス誘導効果を確認することができた。

 以上、本論文はヒト上皮性卵巣癌細胞株HTOAにおいてGnRHレセプターおよびGnRHのmRNAを発現しており、GnRHアンタゴニストCetrorelixによる直接的細胞増殖抑制効果が認められた。この増殖抑制作用は、細胞周期のG1期停止およびアポトーシスの誘導によるものと考えられ、また、G1期停止の誘導は、細胞周期制御因子のサイクリンA、Cdk2の減少およびp21、p53の増加が関与していることが示唆された。本研究は癌細胞に対するGnRHアンタゴニストの細胞増殖抑制効果の作用メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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