学位論文要旨



No 117366
著者(漢字) 倉地,由季子
著者(英字)
著者(カナ) クラチ,ユキコ
標題(和) 幼児型神経セロイドリポフスチン症の病因及び病態に関する研究
標題(洋) The Study on Pathogenesis and Pathophysiology of Late Infantile Neuronal Ceroid Lipofuscinosis (LINCL)
報告番号 117366
報告番号 甲17366
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1974号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金澤,一郎
 東京大学 教授 橋都,浩平
 東京大学 教授 深山,正久
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 講師 楠,進
内容要旨 要旨を表示する

【背景】精神運動発達遅延、退行、視力低下を認め、セロイド/リポフスチンの顆粒の神経細胞内への蓄積を認める疾患を、1969年ZemanとDykenは神経セロイドリポフチン症(neuronal ceroid lipofuscinosis : NCL)と名付けた。SantavuoriやHaltiaらが乳児型を報告し、基本的な病型(乳児型、幼児型、若年型、成人型)を提唱した。遺伝形式は常染色体劣性で、電顕所見は型により特徴がある(乳児型:granular osmiophilic deposits : GRODs、幼児型:curvilinear bodies、若年型:fingerprint profiles : FPP、成人型:FPP+GRODs)。近年分子遺伝学の発展に伴い、遺伝子座位の同定、責任遺伝子による病型分類が提唱されている。

 今回、NCLの幼児型(late infantile NCL : LINCL)に関し研究した。患者は2-4歳に痙攣発作で発症し、精神運動発達遅延、視力障害、ミオクローヌスを呈することを臨床的特徴とする。蓄積物質のリポフスチン顆粒の85%は疎水的なプロテオリピド蛋白質の一つであるミトコンドリアATP合成酵素のサブユニットcである。この疾患の原因遺伝子は1.7kbのコード領域を有するCLN2 (ceroid lipofuscinosis, neuronal 2)で、遺伝子産物(46〜49kDaのlysosome蛋白)の構造からpepstatin-insensitive protease (pepinase)の機能を有することが想定されている。そこで、実験1:CLN2蛋白に対する抗体を作製し、その蛋白のヒトの脳、内臓臓器における分布を患児を含め明らかにし、発現の発達の検討も行った。実験2:作製した抗体を用いた診断法を研究した。この間に、責任遺伝子の変異の報告がされはじめ、遺伝子型と表現型との関連を知るうえで、実験3:遺伝子解析を行った。

【実験1】CLN2蛋白発現の分布と発達

[対象と方法]コントロール:<Immunoblotting (IB)>11歳の脳(大脳皮質)及び内臓臓器と、在胎21,30,39週,生後5ヶ月,11,58歳の大脳皮質の凍結標本を用いた。

<Immunohistochemistry (IHC)>3例の脳(大脳皮質、基底核、脳幹、小脳と脊髄)及び内臓臓器、在胎14週〜60歳の脳を使用。患者:日本人のNCL4例(臨床所見から患者1〜3はLINCL、患者4は若年型)。<IB>患者2の脳及び内臓臓器の凍結標本を用いた。<IHC>脳(大脳皮質、基底核、脳幹、小脳と脊髄)4例及び内臓臓器1例を用いた。IHCはホルマリン固定、パラフィン切片を用い、アビジンビオチン(ABC)法で検索した。いずれの検体も研究使用の同意を得た。抗体はCLN2蛋白のN−末端とC−末端の構造から特異性の高い14及び15アミノ酸残基を選択し、これを抗原としウサギ抗血清を作製した(anti-CLN2-Nとanti-CLN2-C)。ヒト脳のIBでは、吸着試験後の血清では認められなかったCLN2蛋白に相当する約49kDaのbandが両抗体共に認められ、特異性が確認された。

[結果]発現分布:<IB> CLN2蛋白はコントロールの脳と内臓臓器ともに発現が広範に認められたが、LINCLでは発現は認められなかった。<IHC>コントロールの脳全体の神経細胞、グリア、ペリサイト、肝細胞、腎尿細管上皮細胞、ランゲルハンス島細胞、副腎皮質細胞、小腸神経節細胞、特にKupffer細胞、ペリサイトに強く発現した。LINCL(患者1,2)では、調べた全ての細胞で発現はなかったが、患者3,4では発現が認められた。発現時期:<IB> CLN2蛋白は在胎39週から発現し、生後5ヶ月から11歳では明らかに増加していた。<IHC>脳幹では2歳以後に強陽性となり、大脳皮質では遅れて発現は増強していた。

[考察]CLN2蛋白は脳、各内臓臓器に広範に認められ、なかでも、貪食機能を有する細胞に強く発現し、lysosome内でのproteaseとしての機能に合致すると考えられた。その分布は、サブユニットcと同様であった。発現時期は幼児期に増強し発症年齢に関連すると考えられた。患者1,2のLINCLでは発現の欠如を認め、患者4の若年型と差があり、この特異的抗体による蛋白レベルでの診断の可能性が考えられた。患者3に関しては、臨床症状はLINCLと同じであったが、LINCLの亜型の可能性が示唆された。

【実験2】CLN2蛋白によるLINCLの診断法

[対象と方法]コントロール:正常11例(造血関連臓器、リンパ芽球、線維芽細胞、末梢血リンパ球)、他のリソソーム病患者3例(Tay-Sachs病、GM1gangliosidosis、Gaucher病;脾臓、リンパ芽球)。NCL患者:LINCL5例(患者1,5〜8;コントロールと同部位)とVariant type of LINCL2例(線維芽細胞)。いずれの検体も研究使用の同意を得た。抗体:anti-CLN2-Nとanti-CLN2-Cを使用。<IHC>末梢血リンパ球、リンパ芽球は塗沫標本、造血系臓器はホルマリン固定後パラフィン包埋した切片を作製し、線維芽細胞は4%PFA固定をし、ABC法で行った。<IB>末梢血リンパ球・リンパ芽球・線維芽細胞を用いた。

[結果]<IHC> CLN2蛋白は両抗体ともコントロールとLINCL以外の症例の造血関連臓器、末梢血リンパ球、リンパ芽球、線維芽細胞で認められた。骨髄ではとくに顆粒球、単球、マクロファージ系幹細胞の細胞質での発現が強く、リンパ節、胸腺、脾臓に発現が認められた。LINCLでは、いずれの臓器、末梢血、細胞においても発現はなかった。<IB> CLN2蛋白の発現はコントロールとLINCL以外の症例では両抗体で認められ、LINCLでは両抗体ともに欠損あるいは著明に減弱をしていた。

[考察]LINCLの診断は、細胞質内の異常な蓄積物質の電顕所見により行われている。最近、CLN2蛋白はtripeptidyl-peptidase I (TPP I)の機能も有すると判明し、リンパ球や線維芽細胞のpepinaseやTPP Iの酵素活性測定の報告もある。今回の結果から、この特異的な抗体を用いて、IHCやIBでLINCLの診断が可能と推定される。本診断法の利点は、蛋白の発現の有無を直接確認できることである。ただし、若干の発現が認められる際はミスセンス変異やsplice junction変異の可能性もあり、酵素活性測定との併用を考慮する必要がある。第2により侵襲の少ない末梢血で行え、酵素診断の際の厳格な条件(pHや温度)もなく結果が安定している。第3に費用も時間も少なく診断が可能である。

【実験3】CLN2の遺伝子解析

[対象と方法]LINCL4例(患者5〜8)と患者5,6の両親、50人の正常コントロールを対象にCLN2の遺伝子解析を行った。いずれの症例も、遺伝子解析に関し同意を得た。患者7はロシア人、他は皆日本人である。DNA抽出:末梢血(患者5,6)300μ1、細胞(患者7,8)から抽出した。DNA解析:3組のプライマーセット(産物2837,1423,1925bp)、LA Taqを用い、PCRを行った。産物をカラム精製し、29個のシークエンスプライマーを用いてABI 377でシークエンスを行い、ホモロジー検索をした。RNA抽出とcDNA合成:患者5,6と各々の両親の末梢血からtotal RNAを抽出し、First-strand cDNA synthesis kitを用いてcDNA合成を行い、DNA解析と同様にホモロジー検索まで行った。

[結果]<DNA解析>LINCLのゲノム解析で検出した変異は43個で3個(C3670T(エクソン6):コーカサス人のLINCLのcommonな変異,a3436t(イントロン5)とA5837T(エクソン12):多型)は既に報告されていた。エクソン上の変異5個のうち、C3383T(Q161X)、A4020G(N286S)、G4357C(K346N)は新たな変異であった。これらの変異は50例のコントロールでは認められなかった。患者5でA4020G、患者6でG4357Cをヘテロで、患者7でC3670Tをホモで、患者8でC3670TとC3383Tを各々ヘテロで認めた。<mRNA解析>患者5,6の変異部のピーク(871,1052)はそれぞれ変異型(G,C)のみであったが、患者5の母はA871G、患者6の父はG1052CをmRNA解析でもゲノムDNAと同様に正常と変異型のヘテロで発現を認めた。

[考察]LINCL4例のゲノムDNA上に4個の変異を認め、そのうち日本人3例での3個は新規であった。中国人からもC3670T以外の部位の変異の報告があり、commonな変異が人種により異なる可能性が示唆される。患者5,6の片アレルの変異は不明であった。プロモーター及びエンハンサー領域の異常、1つのアレル上に遺伝子全体を含む大きな欠失、エピジェネティック(プロモーター領域のDNAメチル化など)な発現の負の制御などの原因が存在している可能性が考えられる。

【まとめ】今回、LINCLの病因と病態に関する研究を行った。CLN2蛋白は全身臓器に広範に分布し、脳での発現は幼児期に増強することを明らかにした。また、患者における発現の欠如を証明し、LINCLの新たな簡易診断法を開発した。さらに、CLN2遺伝子の日本人における新たな変異を明らかにした。LINCLを早期診断し、乳幼児期のCLN2蛋白の発現機序の分子遺伝学的解明が進められれば、発症予防や治療へと発展させることができると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、常染色体劣性の遺伝形式を示す神経セロイドリポフスチン症(neuronal ceroid lipofuscinosis : NCL)の幼児型(late infantile NCL : LINCL)の病因と病態を明らかにするために、原因遺伝子であるCLN2 (ceroid lipofuscinosis, neuronal 2)に関し、CLN2蛋白の発現の分布や発現時期の解明(実験1)、そして簡便な診断法の可能性の検討を行ない(実験2)、さらに遺伝子解析の同意を得られた症例においてCLN2の解析(実験3)を試みたものであり、下記の結果を得ている。

1.実験1:CLN2蛋白の脳を含めた臓器における発現と、発達に伴う発現の変化を調べるため、CLN2蛋白のN末端とC末端を認識するウサギ抗血清(anti-CLN2-Nとanti-CLN2-C)を作製した。吸着試験後の血清では認められなかったCLN2蛋白に相当するbandは、ヒト脳のimmunoblottingで両抗体共に認められ、抗体の特異性を確認した。作製した抗体を用いてimmunoblottingとimmunohistochemistryを行なった結果、CLN2蛋白は脳と内臓臓器に広範な分布を認めた。immunohistochemistryにおいては、特にKupffer細胞やペリサイトなどの貪食機能を有する細胞に強く発現していた。また、CLN2蛋白の発現は満期産の頃からわずかに出現し、幼児期に増強していた。電顕所見において通常認められるcurvilinear bodies(CLB)以外にfinger print profiles (FPP)を認めたLINCL、さらに若年型(juvenile NCL : JNCL)の脳では、CLN2蛋白発現が示され、電顕所見がCLBのLINCLはCLN2蛋白の欠損が示された。

2.実験2:造血関連組織の剖検組織、さらに末梢血リンパ球、線維芽細胞、リンパ芽球において、作製した抗体をもちいてimmunoblottingとimmunohistochemistryを行なった。正常コントロールにおいては、細胞においても、CLN2蛋白の発現が示されたのに対し、LINCLにおいては、CLN2蛋白の発現は、欠損あるいは減弱(リンパ芽球)が示された。

3.実験3:CLN2蛋白の欠損あるいは減弱が認められた症例においてCLN2の変異解析を行なったところ、正常コントロール50人では認めなかったC3383T (Q161X)、A4020G (N286S)、G4357C (K346N)の新たな変異が3例の日本人のLINCLにおいて示された。ただし、そのうちCLN2蛋白が欠損していた2例においては、片側のアレルの変異は認められず、御両親のRNA解析まで行なった。片側アレルの発現の低下の可能性は考えられたが、遺伝子変異と蛋白発現欠損との関連は依然として不明である。

以上、本論文はCLN2遺伝子をもとに特異的な抗体を作製し得たことから、CLN2蛋白は全身臓器に広範に分布し、脳での発現は発症年齢の幼児期に増強することを明らかにし、臨床症状の初発年齢と一致していた。また、患者におけるCLN2蛋白の明らかな欠損を線維芽細胞、リンパ球において証明し、LINCLの新たな簡易診断法を開発した。さらに、症例の一部で、日本人におけるCLN2の新たな変異を明らかにした。こうした簡便なLINCLの診断法の開発は、早期診断の可能性もあり、さらに発達段階におけるCLN2蛋白の発現調節機序の分子遺伝学的解明により、発症予防や治療へと発展させることができると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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