No | 117370 | |
著者(漢字) | 高安,肇 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タカヤス,ハジメ | |
標題(和) | 小児肝腫瘍(特に肝芽腫)におけるβカテニン異常の解析 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117370 | |
報告番号 | 甲17370 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1978号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 肝芽腫は小児における代表的な肝悪性腫瘍である。散発例が多いが、低出生体重児やBcckwith-Wiedemann症候群、家族性大腸腺腫症の家系に比較的高率に発生をみる。以上のような疫学的特徴に基づいた解析より11番染色体の異常、APC遺伝子の変異例などが報告されたが、いずれも決定的なものではなかった。また、その頻度の低さから分子生物学的解析が、他の小児悪性固形腫瘍に比べ立ち遅れていた。 最近、APC遺伝子を含むWntシグナル伝達系の異常、特にβカテニン遺伝子の変異が、成人腫瘍を含め種々の新生物で報告されている。APC遺伝子、βカテニン遺伝子のいずれかが変異していれば、βカテニン蛋白の分解が抑制され、蓄積したβカテニン蛋白は核へ移行し、特定の遺伝子の転写を活性化することが報告されている。肝芽腫においては半数以上の症例においてβカテニン遺伝子の変異が存在することが1999年に報告され、従来より指摘されていた家族性大腸腺腫症家系における高率な発生と関連し、肝芽腫発生におけるWntシグナルの重要性を指摘する事実として注目された。この報告の本邦肝芽腫症例における再現性、そしてその意義の解析が期待された。 日本小児肝癌スタディーグループに登録され、集積された肝芽腫68例を対象にβカテニン遺伝子の変異とその頻度を解析し、68例中44例(65%)に遺伝子変異を認めた。44例中9例が点突然変異、35例が欠失変異であった。いずれの変異もβカテニン遺伝子のエクソン3および、エクソン3を含む領域に生じており、βカテニン蛋白の分解(リン酸化修飾によるユビキチン系での分解)が阻害され、蛋白蓄積を生じることが報告されている変異であった。特に欠失変異を認めた症例が多く認められたが、すべて読み枠のずれない、転写活性化能を持つC末端まで含めた蛋白の生じる変異であった。従って、認めた変異により、野生型と同長もしくは短くなった分解を免れ、かつ転写活性化能を保持したタイプのβカテニン蛋白が生じるものと考えられた。 蛋白蓄積を確認するために、抗βカテニン抗体を用いた免疫染色を15例に行った。15例中13例にβカテニンの核への蓄積を認め、そのうち9例が遺伝子変異症例であった。同一腫瘍の中でも分化度のことなった組織亜型が混在することが肝芽腫の特徴でもあるが、特に低分化を示す組織亜型に優位にβカテニン蛋白の核蓄積を認めた。 核に蓄積したβカテニン蛋白は、転写因子LEF/TCFと協調して約30の遺伝子(下流ターゲット遺伝子)の転写調節に関わることが知られている。中でもsiamoisやceberus、nodal related 3などの転写調節に関わり、Wntシグナルが個体発生に重要な役割を演じていることを裏付ける証拠として注目されている。最近では、cyclin D1やfibronectin、c-mycの転写活性を上昇させることによって腫瘍細胞の分化、増殖、転移に関わっていることも報告されている。 そこで、肝芽腫および肝芽腫患者の正常肝より抽出したRNAを用いて、βカテニンの異常がcyclin D1やfibronectin、c-mycの転写調節に関わっているか否かをreal-time RT-PCR法を用いて検定し、cyclin D1とfibronectinの転写レベルが肝腺腫βカテニン変異群で有意に上昇していることを認めた。さらに、抗cyclin D1抗体による免疫染色を行い、βカテニン蛋白が核に蓄積している13例中10例で、cyclin D1も陽性に染色された。一方、βカテニン蛋白の蓄積を認めない2例では、cyclin D1の蓄積も認めなかった。 興味深いことに、家族性大腸ポリポージスの家系の一例でβカテニン遺伝子に変異を認めないにも関わらず、高分化型の組織亜型にβカテニン蛋白の蓄積を認めた。残念ながら変異検索に十分な核酸の抽出が不可能であったのでAPC遺伝子の変異の有無は不明である。APCがβカテニンを核の外へ輸送するシャトルの役割を担っているという最近の報告に合致する現象と考えている。 以上より、βカテニン遺伝子の変異と、同蛋白の核への蓄積が、Wntシグナル下流ターゲット遺伝子の転写調節を介して肝芽腫の発生に関わっていることが示唆される一方で、遺伝子変異と蛋白の核蓄積との間に「解離」が存在することも分かった。特に組織亜型とβカテニン蛋白の間には、ほぼ一定の傾向があり、遺伝子の変異に関わらず低分化型組織亜型には蓄積を認め、高分化型組織亜型では蓄積を認めない症例が多くみられた。 また、肝腫瘍発生メカニズムにおけるβカテニンを含むWntシグナル伝達系の異常の位置づけを詳細にするため、良性を含む他の肝腫瘍におけるβカテニン異常について興味が持たれた。 当院小児外科で手術治療を受けた13歳女性の肝腺腫症例について同様の解析を行ったところ、βカテニン遺伝子の欠失変異と蛋白の核への蓄積を認めた。思春期に発生する肝腫瘍は、しばしば病理組織学的に鑑別診断が困難である。この症例も鑑別診断に難渋したが、最終的には臨床像の他に、病理組織学的に周辺組織への浸潤を認めない、腫瘍内に門脈域を含まない、核異型像をほとんど認めない等の形態学的特徴により、肝腺腫と診断した。さらに細胞増殖の指標となるMIB1染色が陰性であり、βカテニンのターゲットとして肝芽腫で発現のみられたcyclin D1染色も陰性であった。他の過去の肝腺腫一例においてもβカテニン染色にて同蛋白の核への蓄積を認めた。この症例については抽出した核酸で十分な欠失変異の検索が出来なかった。MIB1やcyclin D1染色は、同様に陰性であった。 以上より、肝腺腫において高頻度のβカテニン遺伝子の変異(特に欠失変異)が明らかになる一方で、βカテニン遺伝子の変異、蛋白の蓄積が、肝腫瘍発生のどの段階に関わっているのか、またβカテニンの異常が直接、腫瘍の悪性化に関わっているか、という疑問が生じた。 肝腺腫や肝腺腫におけるβカテニン異常は明らかとなったが、その意義を解明するためには、さらに症例を積み重ね、臨床データとβカテニン異常の関係の解析、肝芽腫組織亜型ごとのβカテニン異常の解析を行う必要がある。また、遺伝子チップなど網羅的発現解析を用いて、Wntシグナル系関連遺伝子を中心とした各遺伝子の発現変化を解析することによって、肝芽腫発生のメカニズムをより明らかにすることが可能と考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、小児における代表的な肝悪性腫瘍である肝芽腫の発生に関する分子生物学的研究である。肝芽腫68症例を対象にβカテニン遺伝子の変異、同遺伝子産物の腫瘍細胞での発現と局在、そしてβカテニンにより転写調節を受けるターゲット遺伝子の発現の解析を試みたものであり、下記の結果を得ている。 1:βカテニン遺伝子の変異を65%(68例中44例)に認めた。44例中点突然変異症例が9例、欠失変異症例が35例と欠失変異症例が極めて多かった。いずれもβカテニン蛋白のリン酸化を受けるアミノ酸残基およびその周辺に生じた点突然変異ないしは欠失変異であった。従来の報告により、これらの変異によりβカテニンのリン酸化分化が阻害され、βカテニンの細胞内蓄積につながるとされている。欠失変異はすべてin-frameに生じており、したがって転写活性化能を有するC末端側までを含んだ蛋白が産生される変異であった。以上より、分解を免れ、なおかつ転写活性化能を持つ正常と同長、もしくは短いβカテニン蛋白が産生される遺伝子変異を肝芽腫症例において高頻度に認めた。 なお、肝芽腫症例において認めたβカテニン遺伝子変異は、肝芽腫以外の腫瘍(大腸癌、成人型肝細胞癌、甲状腺癌など)においても報告された変異と同様のものであり、各腫瘍発生においてなんらかの役割を果たしている可能性が示唆された。 2:βカテニン抗体を用いた免疫染色では、15例中13例にβカテニンの核への蓄積を認め、そのうち9例が遺伝子変異症例であった。同一腫瘍の中でも分化度の異なった組織亜型が混在することが肝芽腫の特徴でもあるが、特に低分化を示す組織亜型に優位にβカテニン蛋白の核蓄積を認めた。 3:核に蓄積したβカテニン蛋白は、転写因子LEF/TCFと協調して約30の遺伝子(下流ターゲット遺伝子)の転写調節に関わることが知られている。最近では、cyclin D1やfibronectin、c-mycの転写活性を上昇させることによって腫瘍細胞の分化、増殖、転移に関わっていることも報告されている。 そこで、肝芽腫および肝芽腫患者の正常肝より抽出したRNAを用いて、βカテニンの異常がcyclin D1やfibronectin、c-mycの転写調節に関わっているか否かをreal-time RT-PCR法を用いて検定し、cyclin D1とfibronectinの発現レベルが肝腺腫βカテニン変異群で有意に上昇していることを認めた。さらに、抗cyclin D1抗体による免疫染色を行い、βカテニン蛋白が核に蓄積している13例中10例で、cyclin D1も陽性に染色された。一方、βカテニン蛋白の蓄積を認めない2例では、cyclin D1の蓄積も認めなかった。 4:肝良性腫瘍である肝腺腫2例においてもβカテニンの腫瘍細胞の核への蓄積を認めた。また、2例のうち遺伝子変異解析が可能であった1例でβカテニン遺伝子変異を認めた。しかし、細胞増殖の指標となるMIB1、肝芽腫症例にてβカテニンのターゲットと考えられたcyclin D1の免疫染色は、陰性であった。この点については、今後の検討課題と考えられた。 以上、本論文は肝芽腫における高頻度のβカテニンの異常を示し、さらに、βカテニン異常によるターゲット遺伝子の活性化という腫瘍発生(増殖)のメカニズムの一端を示した。また、肝腺腫においても同様の異常を認めたと報告している。本研究は、小児における肝腫瘍発生、分化および増殖、進展の分子生物学的メカニズムの解析に貢献したと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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