学位論文要旨



No 117371
著者(漢字) 中原,さおり
著者(英字)
著者(カナ) ナカハラ,サオリ
標題(和) ヒト樹状細胞による癌特異的細胞性免疫の誘導
標題(洋)
報告番号 117371
報告番号 甲17371
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1979号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 谷口,維紹
 東京大学 教授 木村,哲
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 矢野,哲
 東京大学 講師 高見沢,勝
内容要旨 要旨を表示する

 樹状細胞(dendritic cell;DC)は、外来抗原、ウイルス感染細胞および死細胞などを認識し、それらに対する免疫反応を開始させる強力な抗原提示細胞である。近年、DCの抗原提示機能を利用して抗腫瘍免疫応答を増強させる研究が盛んに行われ、大腸癌、胃癌、Bリンパ腫、乳癌、肺癌、前立腺癌、食道癌、および黒色腫などに対する臨床研究も始まっている。DCに抗原を提示させる方法としては、DCに本来備わっている貪食能を利用して腫瘍細胞そのものや特定のタンパク質をDC内に取り込ませる方法、抗原ペプチドを作成してDCのMHC−クラスI上に直接パルスする方法、抗原をコードする核酸をDCの細胞質内に導入する方法などがある。一方、成熟度の違いや分布域、誘導法の違いなどによるDCの機能的多様性が明らかになってきているが、実際に、どのようなDCにどのような方法でどのような抗原をパルスするのが最も効果的であるか、という点については不明な点が多い。そこで我々は、DCを用いた癌免疫療法の中でも、最も代表的な抗原である癌特異的ペプチドを用いる場合に好適なDCとはどのようなものか、また、どのようにして得られるか、ということを明らかにすることを目的とした基礎的研究を行った。検討に用いるペプチドは、ヒト胎児由来性腫瘍抗原(caricinoembryonic antigen:CEA)由来で、9merのペプチドであるCE3(CEA652-660, TYACFVSNL)とした。このペプチドは腫瘍特異的細胞傷害性Tリンパ球(CTL)を誘導することが既に証明されており、日本人の約60%が保有しているHLA-*A2402に拘束性のものである。

 ペプチドを用いたDCワクチン療法で用いるDCとしては、これまでの知見から未熟DCよりも成熟DCの方がより好適と考えられる。その理由として、成熟DCは、抗原捕捉と抗原処理の能力に関しては未熟DCのそれに劣るものの、抗原提示に必要なCD80やCD86などの免疫副刺激分子や、MHCクラスIおよびII分子の発現が強く、IL-12に代表されるTh1タイプのサイトカインをも産生することにより、効率よくT細胞を活性化する能力を持つと考えられるからである。またそればかりではなく、未熟DCにペプチドをパルスしてヒトに投与した場合、その抗原に対して特異的にトレランスが誘導される、ということも最近報告され、ある合成ペプチドをDC上のMHC−クラスI上に直接提示させたい場合には、DCに何らかの刺激を加えて成熟させた上で、濃度勾配およびbinding affinity依存的に内因性ペプチドと置換することで、より効果的な結果が期待されると考えられる。

 DCの成熟因子としてはlipopolysaccharide(LPS)、Interleukin-1(IL-1)、Granulocyte-Macrophage colony stimulating factor(GM-CSF)、Tumor necrosis factor-α(TNF-α)、バクテリア全菌体などが知られている。我々は、わが国で20年来癌の免疫療法に臨床応用されてきたOK-432がグラム陽性菌である溶連菌の全菌体成分であることに着目し、今回の検討を始めた。溶連菌感染症が悪性腫瘍の退縮をもたらす現象は古くから知られ、Okamoto、Koshimuraらは、Streptococcus Pyogenes type A3の菌体をペニシリンで不活化し、凍結乾燥したもの(OK-432)を精製し、溶連菌の抗腫瘍効果を示した。その後の研究で、OK-432がマクロファージ、T細胞、NK細胞、LAK細胞、CTLなどの各種免疫担当細胞の腫瘍細胞に対する細胞傷害活性を増強することが報告され、これらの宿主抗腫瘍免疫能の増強は、各種免疫担当細胞によるIFN-γ、TNF-α、IL-6、IL-8、IL-12、IL-18など多種類のサイトカイン産生の促進によることが明らかになってきた。このように、OK-432が免疫系に強く関与していることは明らかであるが、OK-432のDCに対する作用はいまだ明らかにされていない。我々は、DCに対するOK-432の免疫学的反応について、TNF-αやLPSとの比較検討を行った。

 まず、健常成人の末梢血単核球からGM-CSFとIL-4存在下に7日間培養して誘導した浮遊細胞の膜表面抗原をフローサイトメトリーで解析したところ、90%以上の細胞が未熟DCに典型的なphenotypeを持っていた。この未熟DCから無刺激のDC、TNF-αで刺激したDC、LPSで刺激したDC、OK-432で刺激したDCの4群を用意し、再度、膜表面抗原をフローサイトメトリーで解析した。成熟度のマーカーとされるCD83の発現率はTNF-αやLPS、あるいはOK-432を加えた群では、無刺激群と比較すると著明に上昇しており、OK-432を加えることでTNF-αやLPSと同様にDCの成熟が促されることがわかった。また、この間に産生されるサイトカインのタンパク量をELISAにより測定したところ、Th1タイプの免疫反応を誘導するといわれるIL-12およびIFN-γの産生が、OK-432刺激群で著明に上がっており、TNF-αまたはLPSで刺激したDCからの産生と比較しても有意に高かった。次に我々は、実際に目的とする癌抗原特異的CTLを誘導する場合に、OK-432が有用であるか否かを検証した。その結果、OK-432で刺激したDCに前述のCE3をパルスした場合に、最も強いCE3特異的細胞傷害活性をもつことが51Cr releasing assayで確認された。また、HLA-A*2402上に呈示されたCE3と結合可能な特異的受容体を持つT細胞を直接染色可能であるCE3-HLA-A*2402/CE3 tetramerを用いて検索したところ、CE3特異的CTL frequencyも、最も高値を示すことが確かめられた。以上をまとめると、OK-432はDCを成熟させ、その過程で大量のTh1タイプのサイトカイン産生を促すこと、さらに、得られたDCに抗原ペプチドをパルスして、T細胞に抗原提示を行うことにより、目的とする抗原に特異的なCTLを効率よく誘導できることが明らかとなった。

 さらに、OK-432のDCへの作用機構におけるToll-like receptorの関与を調べた。現在までの報告によるとグラム陰性菌のcell wall componentであるLPSに対してはTLR4を介して免疫応答が開始されるが、グラム陽性菌由来のペプチドグリカン(PGN)、リポタイコ酸、およびグラム陽性の全菌体はTLR2を介して免疫反応を起こすこと、しかし、一部のグラム陽性菌は必ずしもTLR2を介さないことなどが示されている。そこで我々は、OK-432作用におけるTLR2およびTLR4の関与の有無をそれぞれの遺伝子を導入した細胞を用いて検討した。その結果、PGNはTLR2を、LPSはTLR4を介してシグナルを伝達するが、OK-432のシグナル伝達におけるTLR2もTLR4の関与の可能性は低いことが明らかになった。そこで、TLR以外にバクテリアのシグナル伝達に関与していると思われるβ2インテグリンの関与を、抗CD11b抗体、抗CD11c抗体、抗CD18抗体によるサイトカイン産生抑制試験により検討した。この結果、OK-432刺激後のDCからのIL-12産生は抗CD18抗体で、約40%抑制されることが明らかとなり、OK-432のシグナル伝達にβ2インテグリンが関与している、という新しい知見を得ることができた。この結果は、OK-432のもつDCの成熟効果、ひいては抗腫瘍効果の機序解明の手がかりとなるものと考える。また、本研究でLPSのシグナル伝達とOK-432のシグナル伝達経路には明らかな違いがあることが判明し、この違いがIL-12やIFN-γ産生量の大きな差に関係していることが考えられ、この両者の違いを認識することが重要なことであると指摘できた意義は大きいと考える。

 OK-432は、20年以上の間、わが国の臨床の場で使用されて来た薬剤で、その皮下注射や腹腔内投与、胸腔内投与による抗腫瘍効果が報告されてきた。すでに安全性の確立されたこの薬剤が、DCを用いた癌免疫療法の効果向上に寄与する可能性のあることとその作用機構が、本研究により示された。また、DCの成熟過程における菌体成分の役割とその作用機構が明らかになったことより、がんや感染症に対する免疫療法において種々のmicrobial reagentが様々なタイプのadjuvantとして利用できる可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、免疫応答おいて重要な機能を有すると考えられる樹状細胞(DC)の抗原提示能を高め、癌に対するDCペプチドワクチン療法における癌特異的細胞性免疫の誘導を向上させるタイプのDCを得ることを目的としたものであり、わが国で既に癌の免疫療法に臨床使用されている溶連菌製剤(OK-432)のDCに及ぼす影響が、この目的に合致するか否か、また、その作用機序の解析を試みたもので、下記の結果を得ている。

1. 健常成人の末梢血単核球からGM-CSFとIL-4存在下に7日間培養して誘導した浮遊細胞の90%以上の細胞が、未熟DCに典型的なphenotypeを持っていた。この未熟DCにOK-432を加えることで、DCの成熟因子として知られるTNF-αやlipopolysaccharide(LPS)と同様にDCの成熟が促されることがわかった。また、この成熟過程でIL-12およびIFN-γの産生が、OK-432刺激群で著明に上がっており、TNF-αまたはLPSで刺激したDCからの産生と比較しても有意に高く、OK-432がTh1タイプのサイトカイン産生を促すことが示された。

2. OK-432で刺激したDCに癌拒絶抗原ペプチド(CE3)をパルスし、CD8陽性T細胞に抗原提示を行った場合に、未熟DCやTNF-α刺激したDC、LPS刺激したDCよりも高いCE3特異的細胞傷害活性をもつCTLが誘導されることが51Cr release assayで確認された。また、HLA-A*2402とCE3の複合体に結合可能なT cell receptorを持つT細胞を認識するCE3-HLA-A*2402/CE3 tetramerを用いて検索したところ、CE3特異的CTL frequencyについても、OK-432刺激DCで抗原提示を行ったT細胞群で最も高値を示すことが確認され、OK-432で刺激したDCに抗原ペプチドを提示させることにより、特異的なCTLを効率よく誘導できることが示された。

3. OK-432のシグナル伝達におけるtoll-like receptor 2 (TLR2)およびTLR4の関与の有無をそれぞれのcDNAを導入した細胞を用いて検討した結果、OK-432のシグナル伝達におけるTLR2やTLR4の関与の可能性は低いことが示された。

4. TLR以外にバクテリアのシグナル伝達に関与していると思われるβ2インテグリンの関与について、抗CD11b抗体、抗CD11c抗体、抗CD18抗体によるサイトカイン産生抑制試験により検討した結果、OK-432刺激後のDCからのIL-12産生は抗CD18抗体で、約40%抑制されることが明らかとなり、OK-432のシグナル伝達にβ2インテグリンが関与していることが示された。

 以上、本論文はOK-432のDCに対する成熟効果、及び、OK-432により刺激されたDCのもつ強力な癌特異的細胞性免疫誘導能を明らかにした。また本研究で、すでに安全性の確立されたOK-432がDCを用いた癌免疫療法の効果向上に寄与する可能性のあること、LPSのシグナル伝達と溶連菌全菌体のシグナル伝達経路には明らかな違いがあることが指摘されたことは、今後のDCを用いた癌免疫療法の研究、及び臨床応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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