学位論文要旨



No 117374
著者(漢字) 上(齋藤),順子
著者(英字)
著者(カナ) カミ(サイトウ),ジュンコ
標題(和) In vitroおよびin vivoモデルを用いた病的血管新生阻害の解析
標題(洋)
報告番号 117374
報告番号 甲17374
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1982号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 吉田,謙一
 東京大学 講師 吉栖,正生
 東京大学 講師 宮田,哲郎
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

目的

 加齢黄斑変性は欧米では高齢者の失明原因として主要な疾患であり、近年我が国においてもその患者数の増加が指摘されている。加齢黄斑変性は黄斑部の脈絡膜新生血管choroidal neovascularization (CNV)を合併する滲出型と、網膜色素上皮萎縮を主とする萎縮型に分類されるが、前者の視力予後は極めて不良である。一般に血管新生を促進する因子として血管内皮細胞増殖因子vascular endothelial growth factor-A (VEGF-A)が知られているが、加齢黄斑変性におけるCNVの形成においてもCNV摘出術標本の解析などによりVEGF-Aの関与が示唆されている。

 VEGF-Aの受容体としてはVEGFR-1, fms-like tyrosine kinase (Flt-1)とVEGFR-2, kinase domain containing receptor/fetal liver kinase (KDR/Flk-1)の二つの受容体型チロシンキナーゼが存在する。受容体の自己リン酸化はFlt-1よりもKDR/Flk-1の方が強いが、現在までのところ、CNV形成における両者の関与に関しての検討はなされていない。

 本研究の目的は、脈絡膜新生血管の発症機構について、動物モデルを用いて分子生物学的、細胞生物学的に検討することである。特に、血管新生において中心的役割を占めると考えられているVEGF-Aとその受容体系のCNV形成への関与を解析し、その阻害薬を用いた血管新生抑制療法の可能性につき検討した。

結果

 我々は、有色マウス及びラットの眼底に半導体レーザーを照射することによりCNVモデルを作成した。CNVの発生を蛍光眼底造影検査による凝固部位の蛍光漏出(血管透過性の指標)と、血管内皮細胞特異的、抗CD31抗体を用いた免疫組織染色により解析した。照射後3日目より14日目まで蛍光眼底造影にてレーザー照射部位に蛍光漏出を認め、また免疫組織学的検討においても、同部位において血管と線維芽細胞様の細胞によって構成される新生血管膜の形成が見られた。これらの所見は、ヒトでの加齢黄斑変性に認められるCNVの変化と類似しており、モデル動物としての有用性が示唆された。

 このマウスモデルに対し、VEGF-Aの2つの受容体特異的なチロシンキナーゼ阻害剤であるSU5416をレーザー照射直後より14日間隔日に、25mg/kg腹腔内投与した。SU5416投与3日、7日、14日目において、蛍光眼底造影検査における凝固部位よりの蛍光漏出を4段階にスコア化した。対照群と比較してSU5416投与群におけるCNV蛍光漏出スコアは、それぞれ38%, 14%, 40%低値であり(p<0.01)、組織学的検討においても、SU5416投与群において形成されたCNV膜の断面積は対照群と比較して、21.8%小さく(p<0.01)、内部に形成された血管内腔面積は22.8%、血管密度は23.0%小さかった(いずれもp<0.01)。ラットはレーザー照射直後より、SU5416を連日30mg/kg皮下注射した。光凝固後7日目の蛍光眼底造影にて、対照群に比べて10%凝固部位よりの蛍光漏出は有意に低値であった(p<0.05)。

 次にFlt-1のチロシンキナーゼ部位を欠損したFlt-1 TK(-/-)マウスに対し同様にCNVモデルを作成した。この群では7日目の蛍光眼底造影において対照群と比較して蛍光漏出スコアは22%低値であり(p<0.01)、血管内腔面積は対照群と比べ、15.2%小さかった(p<0.05)。このことは、加齢黄斑変性の動物モデルにおいて、Flt-1のチロシンキナーゼ活性が一定の役割を担うことを示唆している。一方KDR/Flk-1の片方のalleleのみを欠損したFlk-1(+/-)マウスでは対照群と比べて蛍光漏出の程度、及び組織学的検討においても有意差は見られず、この結果はFlk-1(+/-)マウスでは正常血管形成および病的血管新生に異常は見られないという報告と矛盾しないと考えられた。しかし、Flt-1 TK(-/-)マウスにSU5416を投与したところ、投与していない群と比較して21〜24%蛍光漏出が軽度であり(p<0.01)、またCNVMの断面積は16.4%小さかった(p<0.05)ことより、本モデルにおけるCNV形成にはFlt-1のみならずKDR/Flk-1からの情報伝達も関与しているものと考えられた。

 最後にSU5416の作用機序について検討した。VEGF-Aはin vitro, in vivoにおいて、血管内皮細胞の増殖、分化、並びにアポトーシスを抑制する働きが知られている。SU5416投与開始後14日目のマウスのCNVをTUNEL法にて染色したところ、陽性細胞が検出され、血管内皮細胞がアポトーシスを起こしていることが示された。一方、対照群のマウスのCNVでは殆どアポトーシスは見られなかった。この結果は、VEGF-Aが内皮細胞のsurvival factorとしてアポトーシスを抑制し、CNVの発生のみならず、新生血管の維持にも関与していることを示唆した。

結論

 本研究を通じ、マウス、ラットのCNVモデルにおいて、CNVの形成にVEGF-Aとその受容体であるKDR/Flk-1とFlt-1のいずれもが関与していることが示された。VEGF-Aは血管内皮細胞のsurvival factorとしてアポトーシスを抑制しており、CNVの発生のみならず、新生血管の維持にも関与していると考えられた。また、VEGF-A−VEGF-A受容体系を阻害することでCNVが抑制することができ、その阻害薬であるSU5416を用いた加齢黄斑変性の血管新生抑制療法の可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、加齢黄斑変性の重篤な視力障害の原因である脈絡膜新生血管choroidal neovascularization (CNV)の発症機構について、動物モデルを用いて分子生物学的、細胞生物学的に検討している。特に、血管新生において中心的役割を占めると考えられている血管内皮細胞増殖因子vascular endothelial growth factor-A (VEGF-A)と、その二つのVEGF-A受容体系fms-like tyrosine kinase (Flt-1)およびkinase domain containing receptor/fetal liver kinase (KDR/Flk-1)のCNV形成への関与を解析した。また、VEGF-A受容体系の阻害薬を用いた血管新生抑制療法の可能性につき検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.有色マウスおよびラットの眼底に半導体レーザーを照射することによりCNVモデルを作成した。CNVの発生を蛍光眼底造影検査による凝固部位の蛍光漏出(血管透過性の指標)と、血管内皮細胞特異的、抗CD31抗体を用いた免疫組織染色により解析した。蛍光眼底造影にてレーザー照射部位に蛍光漏出を認め、また免疫組織学的検討においても、同部位において血管と線維芽細胞様の細胞によって構成される新生血管膜の形成が見られた。これらの所見は、ヒトでの加齢黄斑変性に認められるCNVの変化と類似しており、モデル動物としての有用性が示唆された。

2.マウスおよびラットCNVモデルに対し、VEGF-Aの2つの受容体特異的なチロシンキナーゼ阻害剤であるSU5416を投与したところ、蛍光眼底造影検査における凝固部位よりの蛍光漏出は14〜40%有意に抑制された。また、CNVM内部に形成された血管内腔面積は22.8%、血管密度は23.0%小さかったことから、CNVの発生にVEGF-Aが関与していることが示された。

3.Flt-1のチロシンキナーゼ部位を欠損したFlt-1 TK(-/-)マウスに対しCNVモデルを作成したところ、対照群と比較して蛍光眼底造影における蛍光漏出は22%低値であり、血管内腔面積は15.2%有意に小さかった。Flt-1 TK(-/-)マウスにSU5416を投与したところ、投与していない群と比較して21〜24%蛍光漏出が軽度であり、CNVMの断面積は16.4%小さかった。以上より、本モデルにおけるCNV形成にはFlt-1およびKDR/Flk-1からの情報伝達が共同で関与していることが示唆された。

4.マウスCNVモデルに対しSU5416を投与したところ、投与開始後14日目の照射部位の組織において、TUNEL染色陽性のアポトーシスを起こしている血管内皮細胞が検出された。一方、対照群のマウスのCNVでは殆どアポトーシスは見られなかった。以上より、VEGF-Aが内皮細胞のsurvival factorとしてアポトーシスを抑制し、CNVの発生のみならず、新生血管の維持にも関与していることが示唆された。

 以上、本論文はCNVの形成にVEGF-Aとその受容体であるKDR/Flk-1とFlt-1のいずれもが関与していることを示した。VEGF-Aは血管内皮細胞のsurvival factorとしてアポトーシスを抑制しており、CNVの発生のみならず、新生血管の維持にも関与していることを明らかにした。また、VEGF-A−VEGF-A受容体系を阻害することでCNVの発生を抑制することができ、その阻害薬であるSU5416を用いた加齢黄斑変性の新たな血管新生抑制療法の可能性が示唆された。本研究はこれまで解析が進んでいなかったCNVの発症機構の解明および治療に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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