学位論文要旨



No 117375
著者(漢字) 伊地知,正賢
著者(英字)
著者(カナ) イヂチ,マサヨシ
標題(和) 肝細胞癌肝切除症例における末梢血液中AFPmRNA検出の意義
標題(洋)
報告番号 117375
報告番号 甲17375
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1983号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 中原,一彦
 東京大学 助教授 中島,淳
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

【緒言】

 診断および治療技術の進歩により肝細胞癌(HCC)の予後は改善してきたが、腫瘍を全て切除しえた症例においても術後の再発率は高く、この再発の有無が予後を左右することとなる。HCCの術後再発は、初発腫瘍の転移による再発と、新たなる多中心性発癌による再発が考えられるが、術後早期の再発は、前者、すなわち切除した腫瘍から流出した遺残癌細胞に由来する可能性が大きい。近年、癌に特異的な遺伝子を標的としたRT-PCRを行うことで、微量の癌細胞を検出することが可能となった。HCCにおいては、Alpha-fetoprotein (AFP) mRNAやalbumin mRNAが、標的遺伝子として用いられ、その血液中の存在が癌進展度と強く関連することが報告されてきたが、その臨床的意義はまだ明らかとはされていない。今回著者は、HCC治癒切除症例において、術前、術後に末梢血液中AFPmRNAを検出することにより、術後のHCC再発を予測できるか否かをprospectiveに検討した。

【対象と方法】

 1997年12月から1999年8月の間に、東京大学肝胆膵外科学教室において治癒切除を行った肝細胞癌初発症例を対象とした。治癒切除は肉眼的に全ての病巣が切除された場合とし、遠隔転移例や多臓器癌合併例は除外した。これらの症例において術前、および術後1週目に末梢血液を採取してAFPmRNAの検出を行った。すなわち5mlの血液よりRNAを抽出、逆転写後AFPをtargetとする2組のプライマーを用いてnested PCRを行い、電気泳動後ethidium bromideで染色することにより、AFPmRNAのバンドを確認した。患者を術前、術後のAFPmRNA検出の有無により第1群(術前術後ともに陽性)、第2群(術前陰性、術後陽性)、第3群(術前陽性、術後陰性)、第4群(術前術後ともに陰性)に分け、肝切除後の再発をエンドポイントとしprospectiveに検討した。術後は定期的に腹部超音波検査を行い、2つ以上の画像検査で新たにHCCと診断される腫瘍が認められた場合を再発とした。また、手術より1年以内の再発を早期再発と定義した。

 1)予備実験として、肝癌細胞株であるHepG2を健常人血液に混合することで希釈配列を作成し、AFP mRNAの検出感度を求めた。また、健常者15名から末梢血を採取しAFP mRNAの検出を試みた。

 2)AFP mRNAの結果で分類した上記4群の再発率を比較した。また、早期再発、肝外再発、多発再発(4個以上の結節を認める場合)につき検討した。

 3)全再発に対して、術前術後のAFPmRNAを含む15項目の臨床病理学的因子で単変量解析(log-rank test)を行った。次いで単変量解析で有意となった因子を用いて多変量解析(Cox比例ハザードモデル)を行い、独立した再発予後因子を求めた。

 4)早期再発に対し、2)と同様に単変量、多変量解析を行い、独立予後因子を求めた。

 5)AFPmRNA検査の、HCC術後再発に対する感度、特異度、陽性適中度、陰性適中度、精度をそれぞれ求めた。また、HCC早期再発に対しても同様に求めた。

【結果】

 適格症例は87例であり、年齢は中央値(範囲)で63 (21-82)歳、男性65例、女性22例であった。61例(70%)が肝硬変、20例(23%)が慢性肝炎を合併していた。末梢血液中AFPmRNAは術前に31例(36%)、術後は30例(34%)に検出された。第1群13例、第2群17例、第3群18例、第4群39例であった。

 術後観察期間28 (3-41)ヶ月で46例(53%)が再発し、再発までの期間は13 (2-30)ヶ月であった。早期再発は21例(24%)にみられた。再発部位は残肝再発が42例、残肝と肝外に同時に再発がみられたものが3例、肝外再発のみが1例であった。観察期間中に10例が死亡した(癌死:9例、他病死:1例)。

 1)AFP mRNAの検出感度

 HepG2細胞10個/5mlまでAFP mRNAの検出が可能であった。また、健常者15名の血液からはAFP mRNAは検出されなかった。

 2)4群の比較

 観察期間中の再発率は、第1群83%、第2群53%、第3群50%、第4群44%であり、第1群と第4群との間に有意差を認めた(P=0.003)。早期再発は第1群(46%)および第2群(47%)において高率に認められた。また、第1群に肝外再発や多発再発の多い傾向がみられた。

 3)全再発の予測因子

 単変量解析では、門脈浸潤陽性(病理組織学的に門脈侵襲あるいは微小肝内転移が存在)、多発腫瘍(2個以上)、術後AFPmRNA陽性が有意の因子であった。多変量解析においてこれらの3因子はいずれも独立した予測因子であった。各因子の再発に対する相対危険度(95%信頼区間)は、門脈浸潤陽性3.10 (1.69-5.69)、多発腫瘍2.84 (1.51-5.36)、術後AFPmRNA陽性2.33 (1.26-4.34)であった。

 4)早期再発の予測因子

 単変量解析で有意の因子は、術後AFPmRNA陽性、門脈浸潤陽性、血清AFP>400ng/ml、血漿des-γ-carboxy prothrombin (DCP)>40AU/l、腫瘍径>50mmの5因子であり、多変量解析の結果、術後AFPmRNA陽性と門脈浸潤陽性が早期再発の独立した予測因子であった。相対危険度(95%信頼区間)はそれぞれ4.40 (1.61-12.0)、3.97 (1.41-11.2)であった。

 5)術後AFPmRNA検査のHCC再発に対する感度、特異度、陽性適中度、陰性適中度、精度は、43%、76%、67%、54%、59%であり、HCC早期再発に対しては、それぞれ67%、76%、47%、88%、74%であった。

【考察】

 今回のprospective studyでは、患者末梢血液中のAFPmRNAの存在が、HCCの術後再発に強く関連することが示された。術後のAFPmRNA陽性はHCC再発の独立した危険因子であり、特に1年以内の術後早期再発に対しては最も高い相対危険度を示した。また、早期再発に対する術後AFPmRNA検査の精度(accuracy)は74%であった。

 術後のAFPmRNA陽性については、次の2通りの解釈が可能である。1)切除された主病巣から流出した癌細胞が、血中を循環しながら生き残り検出された。あるいは、2)手術時に描出不可能であった微小な転移巣が術後も残存し、これより癌細胞が新たに流出した。いずれにしても癌細胞の遺残を示すものであり、これが転移性再発に強く関与したと考えられる。

 一方、術前のAFPmRNAの有無は、HCC再発と有意な相関を示さなかった。これは血中に流れた癌細胞の量が関係しているものと思われる。すなわち、術前から多量の癌細胞が流出し術後も血中に残るような症例では再発の可能性が高いが、血中に流出する癌細胞が非常に微量で宿主免疫系により速やかに排除されるような症例は、主病巣の完全切除により治癒が可能と考えられる。

 術前AFPmRNAが陰性で術後に陽性となった症例(第2群)に、早期再発が高率にみられた(47%)ことは注目に値する。手術操作による肝癌細胞の血中への流出が、術後再発に関与したことを示唆する結果である。

 今回の多変量解析では、腫瘍数、門脈浸潤という既知の予後因子に加えて、術後AFPmRNA陽性が、肝細胞癌術後再発の新しい独立した予後因子であることが示された。特に、主病巣からの転移が主たる原因と考えられる術後早期再発に対しては、最も重要な危険因子であった。従来、肝細胞癌の肝内転移は、経門脈性進展が原因と考えられてきたが、今回の結果は、肝外に流出した肝癌細胞が末梢血液を循環し再び肝に戻ることで転移巣を形成するという新たな再発形式の可能性を強く支持するものである。

 近年、いくつかの無作為化比較試験が行われ、肝切除後に補助療法を行うことによりHCCの再発率が有意に縮小されることが報告されている。HCC術後再発の高危険群が特定できれば、これらの補助療法を行うべき症例を効率良く選択することができる。末梢血液中AFPmRNAの検出は、HCC術後補助療法の必要性を検討する上で有用な手段であると考えられる。

【結論】

 HCC術後の末梢血液中AFPmRNAの検出は、遺残する癌細胞の存在を示唆するものであり、HCC術後早期再発の重要な独立予後因子である。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、肝細胞癌治癒切除87症例を対象に、末梢血液中AFPmRNA検出の有無と肝細胞癌再発の関係を前向きに検討したものであり、下記の結果を得ている。なお、術後観察期間は28 (3-41)ヶ月であり、この期間中に46例(53%)が再発している。

1.末梢血液中AFPmRNAは術前に31例(36%)、術後1週間では30例(34%)に検出された。また、肝癌細胞株であるHepG2を健常人血液に混合することで希釈配列を作成し、AFP mRNAの検出感度を求めたところ、HepG2細胞10個/5mlまで検出可能であった。健常者15名の血液からはAFP mRNAは検出されなかった。

2.患者を術前および術後のAFPmRNA検出の有無により4群に分け、再発をエンドポイントとして経過を追ったところ、術前術後ともにAFPmRNA陽性であった群(第1群)の再発率が最も高く(83%)、肝外再発や多発再発の多い傾向がみられた。再発に対するKaplan-Meier曲線を作成し4群間で比較すると、第1群と、術前術後ともにAFPmRNA陰性であった第4群との間に有意差を認めた(P=0.003)。

3.術前のAFPmRNA検出の有無と、術後のAFPmRNA検出の有無で2群に分けてそれぞれKaplan-Meier曲線を作成し比較すると、術前のAFPmRNAの陽性群と陰性群の間では再発率に有意差を認めなかったが(P=0.100)、術後AFPmRNA陽性の症例では同陰性の症例と比較して有意に再発率が高かった(P=0.014)。

4.全再発に対して、術前術後のAFPmRNAを含む15項目の臨床病理学的因子で単変量解析(log-rank test)を行ったところ、門脈浸潤陽性(病理組織学的に門脈侵襲あるいは微小肝内転移が存在)、多発腫瘍(2個以上)、術後AFPmRNA陽性が有意の予後因子であった。次いで多変量解析(Cox比例ハザードモデル)を行ったところ、これらの3因子はいずれも独立した予後因子であり、各因子の再発に対する相対危険度(95%信頼区間)は、門脈浸潤陽性3.10 (1.69-5.69)、多発腫瘍2.84 (1.51-5.36)、術後AFPmRNA陽性2.33 (1.26-4.34)であった。

5.術後1年以内の早期再発に対し、同様に単変量、多変量解析を行ったところ、単変量解析で有意の因子は、術後AFPmRNA陽性、門脈浸潤陽性、血清AFP>400ng/ml、血漿des-γ-carboxy prothrombin (DCP)>40AU/l、腫瘍径>50mmの5因子であり、多変量解析の結果、術後AFPmRNA陽性と門脈浸潤陽性が早期再発の独立予後因子であった。相対危険度(95%信頼区間)はそれぞれ4.40 (1.61-12.0)、3.97 (1.41-11.2)であった。

 以上、本論文は、術後抹消血液中AFPmRNAの検出が肝細胞癌再発、特に早期再発の独立予後因子であることを明らかにした。これまでAFPmRNAやalbumin mRNAの血液中の存在が肝細胞癌の進展度と強く関連することが報告されてきたが、治癒切除症例においてその臨床的意義は明らかとされていなかった。末梢血液中AFPmRNAの検出は、治癒切除後の補助療法を必要とする症例を選択する上で非常に有用な方法であると考えられ、そのevidenceを示した本論文は、学位の授与に値するものと考えられる。

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