学位論文要旨



No 117376
著者(漢字) 小林,隆
著者(英字)
著者(カナ) コバヤシ,タカシ
標題(和) L−[1−13C]−フェニルアラニン呼気試験による肝におけるフェニルアラニン代謝からみた肝機能評価について
標題(洋) Assessment of liver function by hepatic phenylalanine metabolism measured by the L-[1-13C]-phenylalanine breath test
報告番号 117376
報告番号 甲17376
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1984号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 助教授 三村,芳和
 東京大学 助教授 国土,典宏
内容要旨 要旨を表示する

背景・目的 肝臓はアミノ酸代謝や蛋白合成において主要な役割を果たす臓器である。肝障害によりこれらの代謝経路が乱されると、生体内での充分なエネルギー産生が得られず、凝固系の低下、ひいては感染や肝性脳症をきたす事さえある。生体内におけるアミノ酸クリアランスが肝細胞機能および肝予備能を反映し、肝切除後の術後経過とよく相関することが報告されている。しかし、アミノ酸クリアランス試験は手技が複雑で時間がかかるため、これまで臨床への応用の点で問題があった。必須アミノ酸であるフェニルアラニンは近位小腸でほぼ完全に吸収され門脈を経由し肝臓で代謝される。最近、肝におけるフェニルアラニン酸化代謝が、末期肝障害患者やラット肝切除モデルにおいて低下していることが報告されている。本研究では、フェニルアラニンが肝臓で代謝される際に産生するCO2に着目し、非放射性同位体元素13Cで標識されたL-[1-13C]−フェニルアラニンを用いた呼気試験により、フェニルアラニンの肝臓における酸化代謝過程を呼気中の13CO2を調べることで測定し、経口投与されたフェニルアラニンの肝臓における酸化代謝能を、臨床の場で用いられている肝機能評価・検査(ICG試験・Child-Pugh分類スコア・血液生化学的試験)と比較検討し、今後の臨床への応用について検討することを目的とした。

対象および方法 本研究のプロトコールは東京大学医学部研究倫理審査委員会で承認されたものであり、すべての被験者から同意書にて了解を得て実施された。

プロトコール1

対象 健常人8人を含む42人(男性30人、女性12人;23-75歳)を対象に、フェニルアラニン呼気試験を実施し、従来の肝機能試験・評価法であるICG試験・Child-Pugh分類スコア・血液生化学的検査との比較検討を行った。

プロトコール2

対象 上記42人のうち、初回肝臓切除手術を施行された27人を対象に、フェニルアラニン呼気試験・ICG試験・Child-Pugh分類スコア・血液生化学的検査・背景肝病態および手術因子と術後合併症との関係を検討した。

プロトコール3

対象 入院時に閉塞性黄疸を呈した4人(男性3人、女性1人)を対象に、フェニルアラニン呼気試験・ICG試験・肝アシアロシンチを施行し、閉塞性黄疸時の肝機能を評価した。

方法

フェニルアラニン呼気試験 被験者は夜間絶飲食後、早朝7時に水10mlに溶かしたL-[1-13C]−フェニルアラニン100mgを経口し、投与前、投与後120分にわたり10分間隔で呼気を採取し呼気中の13CO2をレーザー分光計(ALOKA, Tokyo, Japan)で測定した。各時点での肝におけるフェニルアラニン酸化による13C排出率を呼気中の13CO2の存在比から計算し、各時点での13C累積回収率は上記で求めた13C排出率曲線におけるAUCから求めた。

ICG試験およびChild-Pugh分類スコア 本研究では、被験者をICG試験の15分値(ICG R15値)により以下の3群に分けた;Group I (ICG R15<10%)、Group II (ICG R15 10-20%)、およびGroup III (ICG R15≧20%)。Child-Pugh分類スコアは血清ビリルビン値、アルブミン値、プロトロンビン時間、腹水の有無、脳症の有無により求めた。

肝アシアロシンチ 3mgの99mTc-GSAを静脈注射後、99mTc-GSAの血中消失速度の指標(HH15値)および99mTc-GSAの肝集積率の指標(LHL15値)を求めた。

統計 データはmeans±SEMで表示した。13C排出率・13C累積回収率のGroup I、II、III群間比較はANOVA (Scheffe' s F correction)を用い、フェニルアラニン呼気試験とChild-Pugh分類スコア間の相関関係の検定にはSpearman rank correlationを用いた。フェニルアラニン呼気試験の13C排出率・13C累積回収率とICG R15値および血液生化学的検査結果との比較検定にはPearson correlationを用い、術後合併症群と非合併症群間における検定にはMann-Whitney U testを用い、p<0.05をもって有意差ありとした。

結果

プロトコール1

L-[1-13C]−フェニルアラニン酸化過程における、13C排出率および13C累積回収率

 13C排出率は30分値で3群間に有意に差があった。Group I、IIおよびIIIにおける13C排出率30分値はそれぞれ11.5±1.0、8.2±0.6、および5.0±0.8(%13C dose/hr)であった(I and II、II and III、p<0.05; I and III、p<0.0001)。13C排出率のピークはフェニルアラニン呼気試験開始後20分後にGroup IおよびGroup IIにおいて認めたが、Group IIIにおいては明らかなピークは認めなかった。また、13C累積回収率は80分値で3群間に有意に差があった。Group I、IIおよびIIIにおける13C累積回収率80分値はそれぞれ11.1±0.8、8.2±0.7、5.5±0.8(% dose)であった(I and II、II and III、p<0.05; I and III、p<0.0001)。

13C排出率30分値および13C累積回収率80分値の95%信頼区間

 13C排出率30分値および13C累積回収率80分値の95%信頼区間はTableの如く、多少のオーバーラップを認めるものの、各群が13C排出率30分値および13C累積回収率80分値で比較的良好に分けられた。

フェニルアラニン呼気試験とICG R15値、Child-Pugh分類スコアおよび血液生化学的データとの相関

 ICG R15値は13C排出率30分値(r=-0.746、p<0.0001)および13C累積回収率80分値(r=-0.723、p<0.0001)と相関があった。ICG R15値が20%以下の場合、同程度のICG R15値であっても、正常肝・慢性肝炎・肝硬変が混在しているのに対して、13C排出率30分値や13C累積回収率80分値から見ると比較的相互間の分離が良いことが示唆された。同様に、Child-Pugh分類スコアも13C排出率30分値および13C累積回収率80分値との間に相関を認め(p<0.0001)、ICG R15値の場合と同様に、Child-Pugh分類スコア5・6点では正常肝・慢性肝炎・肝硬変が混在しているのに対して、13C排出率30分値や13C累積回収率80分値から見ると比較的相互間の分離が良いことが示唆された。13C排出率30分値および13C累積回収率80分値はそれぞれ血清アルブミン値、コリンエステラーゼ値、総ビリルビン値、総コレステロール値、プロトロンビン時間、血小板数と有意に相関を認めた(p<0.01)。

プロトコール2

 初回肝切除術施行27人のうち、術後合併症群7例の内訳は、腹腔内感染症3人・高ビリルビン血症2人・胸腹水2人であった。13C排出率30分値・ICG R15値ともに、術後合併症群と非合併症群との間に有意差を認めたが、13C排出率30分値の方がICG R15値より分離が良いことが示唆された。

プロトコール3

 肝門部胆管癌および膵頭部癌による閉塞性黄疸患者4人全例でICG R15値は高値を示したが、黄疸時でも機能的肝細胞総量を評価できるとされるアシアロシンチでは、非実施例1例を除いた他の3例ではすべて肝機能は保たれており、フェニルアラニン呼気試験の結果でもほぼ同様の結果が得られた。

考察

 本研究により、13C排出率30分値および13C累積回収率80分値がGroup IからIIIへと肝機能障害度が進行するに応じて、それぞれ低下することが明らかになった。13C排出率30分値・13C累積回収率80分値はGroup I、IIおよびIII群間で有意に差を認めた。特にGroup IIIにおいて13CO2産生速度に明らかなピーク値は認められなかった。これら2つのパラメーターはChild-Pugh分類スコアともよく相関した。13C累積回収率60分値が肝移植を必要とする高度肝機能障害を有する患者において極度に低下しているとの報告があるが、本研究では13C累積回収率60分値ではGroup IIとIIIで有意差が得られなかった。従って、フェニルアラニン呼気試験により肝機能に応じて患者を分類する際には、13C累積回収率80分値の方がより細かく分類できるものと考えられた。さらに13C排出率30分値および13C累積回収率80分値が、肝における合成能の指標となるアルブミン・コリンエステラーゼ・プロトロンビン時間等と有意な相関を持つことから、これらは肝の機能的肝細胞総量を反映するものと考えられた。

 本研究では、13C排出率30分値および13C累積回収率80分値とICG R15値・との間に、相関を認めた。更に、同程度のICG R15値(20%以下)・Child-Pugh分類スコア(5・6点)であっても、正常肝・慢性肝炎・肝硬変が混在しているのに対して、排出率30分値および累積回収率80分値の点から見ると、比較的相互間の分離が良く、ICG試験・Child-Pugh分類スコアで評価できない病態をフェニルアラニン呼気試験で更に細かく評価しうる可能性があると考えられた。

 当科では安全可能な肝臓手術の術式(最大容認肝切除量)選択は、専らICG R15値に準拠しており(Group I:肝右葉切除・3区域切除、Group II:左葉切除・右前区域切除・右後区域切除・中央2区域切除、Group III:亜区域以下の切除までが可能)、これまで当科における肝切除術による術死は皆無である。本研究では多少のオーバーラップを認めるものの、各Groupにおける13C排出率30分値および13C累積回収率80分値の95%信頼区間はTableの如くであり、フェニルアラニン呼気試験による、新たな肝臓手術の術式(最大容認肝切除量)選択基準が確立されるものと考えられた。

 次に、本研究では27例の肝切除を受けた患者を対象に、フェニルアラニン呼気試験が術後合併症予測に役立つかprospectiveに検討した。13C排出率30分値とICG R15値が、術後合併症群7例と非合併症群20例の間で有意差を認めたが、症例数が少ないものの、13C排出率30分値の方がICG R15値よりも、合併症群・非合併症群の分離がより良いことが示唆された。

 最後に、4例の閉塞性黄疸で入院した患者を対象にフェニルアラニン呼気試験を行なった結果、全例でICG R15値が高値を示したものの、黄疸時にも肝機能を評価できるとされている肝アシアロシンチの結果では、非施行例1例を除いた他の3例ではすべて肝機能は保たれており、フェニルアラニン呼気試験の結果でもほぼ同様の結果が得られたことから、フェニルアラニン呼気試験が(閉塞性)黄疸時でも、アシアロシンチ同様に肝機能を評価できる可能性が示唆された。

Table 13C排出率30分値および13C累積回収率80分値の95%信頼区間

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、フェニルアラニンが肝臓で代謝された際に産生するCO2に着目し、非放射性安定同位体元素である13Cで標識されたL-[1-13C]−フェニルアラニンを用いた呼気試験が肝機能試験として利用できるかを明らかにするため、フェニルアラニンの肝臓における酸化代謝過程を、臨床で実際に用いられている肝機能試験・評価法(ICG試験・Child-Pugh分類スコア・血液生化学的検査)と比較検討し、またこれまでの肝機能試験では評価し得なかった肝臓の病態をフェニルアラニン呼気試験で評価できるか、更に今後の臨床へのフェニルアラニン呼気試験の応用を考え、フェニルアラニン呼気試験が肝臓手術後の合併症予測として利用できるか、黄疸時の肝機能評価にフェニルアラニン呼気試験が利用できるかを研究したものであり、下記の結果を得ている。

まず、プロトコール1で、健常人8人を含む42人(男性30人、女性12人;23-75歳)を対象に、フェニルアラニン呼気試験を実施し、従来の肝機能試験・評価法であるICG試験・Child-Pugh分類スコア・血液生化学的検査との比較検討を行い、ICG R15分値およびChild-Pugh分類スコアと、13C排出率30分値および13C累積回収率80分値との間に有意な相関があることが示された。ICG R15分値が20%以下およびChild-Pugh分類スコア5・6点では、同程度のICG R15値あるいはChild-Pugh分類スコアであっても、正常肝・慢性肝炎・肝硬変が混在しているのに対して、13C排出率30分値や13C累積回収率80分値から見ると比較的相互間の分離が良いことが示された。13C排出率30分値および13C累積回収率80分値はそれぞれ血清アルブミン値、コリンエステラーゼ値、総ビリルビン値、総コレステロール値、プロトロンビン時間、血小板数とも有意な相関を示した。これらのことから、

1.フェニルアラニン呼気試験における13C排出率30分値および13C累積回収率80分値は肝機能を反映する事が示された。

2.フェニルアラニン呼気試験は、ICG試験・Child-Pugh分類スコアでは評価できない病態を、更に細かく分類できる事が示された。

3.フェニルアラニン呼気試験における13C排出率30分値および13C累積回収率80分値の、肝切除術式の選択への適応が可能になるものと考えられた。

4.プロトコール2では、初回肝切除術施行27人を対象にフェニルアラニン呼気試験が肝切除後合併症予測に利用できるかどうかICG試験・Child-Pugh分類スコアおよび手術関連因子等で検討した結果、フェニルアラニン呼気試験が肝切除後合併症予測に利用できることが示された。

5.プロトコール3では、入院時に閉塞性黄疸を呈した4人(男性3人、女性1人)を対象に、フェニルアラニン呼気試験・ICG試験・肝アシアロシンチを施行し閉塞性黄疸時の肝機能を評価した結果、黄疸時にも肝機能を評価できるとされている肝アシアロシンチとほぼ同様の結果をフェニルアラニン呼気試験でも認め、フェニルアラニン呼気試験が黄疸患者の肝機能評価にも使えることを示した。

 以上、本論文はフェニルアラニン呼気試験における13C排出率30分値と13C累積回収率80分値で示される肝におけるフェニルアラニン酸化代謝能が肝機能を反映することを明らかにし、本呼気試験における13C排出率30分値が肝切除後の合併症予測因子になりうること、さらに黄疸患者の肝機能評価にも利用できることを明らかにした。本研究は、フェニルアラニン呼気試験がこれまでの肝機能検査とは別の角度から肝機能を評価する、簡便で・非侵襲的・安全・被曝の危険のない新しい肝機能検査法であることを示したものであり、今後の臨床への応用に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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