学位論文要旨



No 117377
著者(漢字) 阪本,良弘
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ヨシヒロ
標題(和) 発生学的癒合面に沿った膵頭部区域切除とその臨床応用について
標題(洋)
報告番号 117377
報告番号 甲17377
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1985号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 上西,紀夫
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 大友,邦
 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 菅原,寧彦
内容要旨 要旨を表示する

I.発生学的癒合面に沿った膵頭部区域切除の解剖学的検証

【背景】嚢胞性膵腫瘍など膵頭部の悪性度の低い腫瘍の存在が知られるようになり、臓器温存を主眼において様々な膵頭部縮小手術が近年行われつつある。しかし、新しい術式が導入される一方、胆管・十二指腸の虚血性変化・膵液漏などの合併症も報告されており、膵頭部の詳細な解剖を考慮した合理的な縮小手術が必要とされている。

 膵頭部は発生の過程で、腹側膵原基と背側膵原基が癒合して形成される。胎生第37日頃に、腹側膵原基が胆管とともに背側膵原基の後方へ時計回りにまわりこみ、第7-8週頃に両原基は癒合する。従って、膵頭部は理論的には背側膵と腹側膵に分離可能なはずであるが、両葉の境界を明確に定義し、系統的に区域切除法を示した報告はない。我々は膵頭部のキャストを用いて発生学的癒合面に沿った膵頭部の区域切除の概念を確立した。

【方法】旭中央病院で得られた剖検例31例の膵頭部を使用した。20例では動脈、門脈、胆・膵管に各々赤、青、黄色のシリコン色素を注入固定した後、肉眼的に同定される疎性結合面に沿って前区域・後区域切除を10例ずつ施行した。残りの11例では前区域(5例)、後区域(6例)切除の前後で膵管造影を行い、Wirsung管およびSantorini管とその分枝の走行を確認した。うち8例にpancreatic polypeptide細胞を抗体に用いて免疫染色を施行し、染色されるラ氏島の分布から背側膵・腹側膵領域を同定、前後区域の境界面と比較した。

【結果】前区域と後区域の境界は膵頭部前面下縁で前下膵十二指腸動静脈(AIPDAV)の膵枝を切離するか、膵頭部後面上縁で後上膵十二指腸動静脈(PSPDAV)の十二指腸枝を切離すると同定された。前後区域の境界は前額面に平行な疎性結合面で、固定標本上では鈍的に剥離可能であり、両区域を交通する分枝膵管はほとんど認められなかった。前区域切除では膵前方の実質が膵頭下部、膵鉤部の前面も含めて切除され、前後面の膵十二指腸動脈、胆管、十二指腸が後区域実質とともに温存された。後区域切除では胆管および膵後面の膵十二指腸動静脈が合併切除され、前区域膵実質が温存された。前区域の主な支配動脈はGDA,ASPDA,AIPDAで、後区域の支配動脈はPSPDAとPIPDAであった。膵管造影上、前区域切除ではSantorini管と分枝が切除され、Wirsung管と分枝、および末梢の主膵管が温存された。膵頭下部や膵鉤部に分布するSantorini管の分枝もen blocに切除された。後区域切除ではWirsung管とその分枝が切除され、Santorini管と末梢の主膵管は温存された。免疫染色では後区域のラ氏島がPP細胞で染色されるのに対し、前区域のラ氏島はほとんど染色されなかった。従って、免疫染色で同定される腹側膵領域の境界は前後区域の境界に一致し、膵管造影の結果からも、本研究で分離しえた前区域は背側膵、後区域は腹側膵由来であることが示された。

【考察および結論】本研究の前区域、後区域はそれぞれ発生学的な背側膵、腹側膵に相当し、両原基の境界は前額面にほぼ平行な疎性結合面で、膵頭下部や膵鉤部の前面は少なくとも背側膵由来であることが明らかになった。この結果は腹側膵に由来するのは膵鉤部を含めた膵頭下部領域とする従来の見解と全く異なっている。背側膵、腹側膵の支配動脈はそれぞれ前、後区域の膵十二指腸アーケードであった。従って、背側膵は腹腔動脈、腹側膵は上腸間膜動脈に支配されるとする従来の説は否定的である。発生学的癒合面に沿った膵頭部区域切除では切離面に露出される膵管の断端は最少であり、他の非解剖学的な縮小手術に比して、膵液漏の頻度は理論的には低い。前区域切除では胆管、十二指腸を十分な血流とともに温存可能で、膵頚部で主膵管を再建すればよい術式であり、臨床応用も可能だと考えられる。一方、後区域切除は切除される膵実質が少ない上に胆管の合併切除を伴い、背側膵後面での複雑な膵管の再建を必要とするために、技術的に複雑で非現実的な術式と考えられる。

II.膵頭部前区域切除の臨床応用

【背景】前項Iで述べた前区域(背側膵)・後区域(腹側膵)切除は発生学的癒合面に沿った膵頭部の合理的な区域手術であり、理論的には切離面に露出される膵管を最少にし得る術式である。前区域切除では十二指腸、胆管、前後面の膵十二指腸動脈が温存され、膵頭下部・膵鉤部を含めた膵頭部背側膵領域が完全に切除される。膵頭部発生の膵島細胞腫に対する膵頭十二指腸切除は過大侵襲であり、可能ならば、腫瘍をen blocに切除できる縮小手術が望ましい。

【症例】59歳女性、膵鉤部前面に局在する2個の膵島細胞腫の症例である。2個の腫瘍は頭側側からそれぞれ直径20mmと15mmであり、CT scanで腫瘍濃染を認めた。血管造影では頭側の腫瘍は背側膵動脈、尾側の腫瘍は下膵十二指腸動脈からそれぞれ濃染された。膵管造影で主膵管の狭窄や拡張は認められなかった。腫瘍マーカーや血中ホルモン値の明らかな上昇はなく、非機能性の膵島細胞腫と診断された。膵頭部前区域切除による膵頭部背側膵領域および腫瘍のen blocな切除を予定した。

【膵頭部前区域切除】膵頭部前後区域の境界は膵頭部前面下縁で前下膵十二指腸動静脈の膵枝を切離すると同定された。前後区域の剥離は細かい血管や膵管を結紮切離しながら進めた。前後区域の境界の同定は標本に比較して困難であった。膵頚部で膵を離断後、乳頭側主膵管をインジゴカルミン溶液で染色し、前後区域の境界面上で主膵管を結紮切離した。膵前面の膵十二指腸動脈および胆管、十二指腸を温存しながら、膵頭部前区域を腫瘍とともにen blocに切除した。切除後の十二指腸の色調は良好であった。膵切離面には胃の大網を充填し、尾側膵管を空腸脚で再建した。術後膵液瘻を認めたが、保存的に軽快し、術後2ヶ月で退院した。病理組織的には非機能性膵島細胞腫で切除断端は陰性だった。温存腹側膵は術後のCT scanで良好に造影され、腹側膵内のWirsung管もMRCPで確認された。

【考察および結論】発生学的癒合面に沿った膵頭部前区域切除を膵頭下部前面に局在する2個の膵島細胞腫症例に臨床応用した。手術適応疾患の決定、術中の前後区域の正確な同定法、術後膵液瘻の防止・管理などは本術式を今後活用する際の極めて重要な課題と考えられた。発生学的癒合面に沿った膵頭部前区域切除は嚢胞性膵疾患に対する縮小手術あるいは膵管癒合不全に合併した難治性の背側膵膵炎症例に対する膵頭部背側膵の切除術式として臨床応用可能な術式だが、解決すべき課題も多く、さらなる研究が必要と思われた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は(1)発生学的癒合面に沿って、膵頭部を本来は背側膵原基由来の前区域と腹側膵原基由来の後区域に分離し、膵頭部の系統的な区域切除が可能性を剖検例を用いて検証し、(2)さらに前区域切除を臨床に導入して今後解決すべき問題点を考察したものである。

(1)膵頭部区域切除の外科的解剖について剖検例の膵頭部標本に色素を注入して検討している。前区域切除では発生学的な背側膵・腹側膵の癒合面は膵頭部前面下縁で前下膵十二指腸動静脈の膵枝を処理すると同定され、その癒合面に沿って前方の膵実質を動脈アーケードや後区域膵実質、胆管を温存しつつ系統的に切除している。後区域切除では膵頭部後面上縁で後上膵十二指腸動静脈の十二指腸枝を処理すると前後区域の癒合面が同定される。続いて、膵頭部に分布するSantorini管とWirsung管はその分枝に至るまで、各々前区域、後区域に分布することことが膵管造影で示された。また、腹側膵原基はpancreatic polypeptide細胞染色陽性である事実を利用して、本外科的剥離境界が免疫染色によるPP細胞の染色境界と一致することを示した。従って、本区域切除における前・後区域は発生学的には背側膵・腹側膵原基由来の膵実質を系統的に切除する術式となる。しかし、後区域切除では膵頭部の後面からのアプローチが必要な上に、胆管の合併切除を伴い、膵頭部後面で膵管の再建が必要となる複雑な術式であると結論づけている。

(2)前後の知見を用いて、膵頭部前区域切除を膵頭下部の膵島細胞腫に応用している。膵頭下部の2個の膵島細胞腫に対してen blocな切除を目標に膵頭部前区域切除が施行された。術前の腫瘍の発生学的な局在の同定、術中の正確な剥離面の同定、術後の膵液瘻の防止や管理法など今後解決しなければならない問題は多いものの、今後の膵頭部縮小手術の新しい方法を実際に示した。

 以上、本論文は剖検例の膵頭部を用いて、発生学的癒合面に沿った膵頭部の前区域・後区域の系統的切除法を示し、膵頭部前後区域と十二指腸、胆管、膵管の分布との関係を膵管造影・免疫染色を用いて示した。結果、膵頭部前区域切除は臨床応用も可能な術式だが、後区域切除は非現実的な術式であると結論付けた。さらに、膵頭部前区域切除を臨床応用することに成功している。本論文は膵の嚢胞性腫瘍の手術に今後必要とされる膵頭部縮小手術の新しい形を示し、その手技を解剖学的に検討し、さらに臨床に応用した点で画期的であり、膵頭部の発生学的区域解剖を示した重要な論文である。学位の授与に値するものと考えられる。

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