学位論文要旨



No 117378
著者(漢字) 村川,知弘
著者(英字)
著者(カナ) ムラカワ,トモヒロ
標題(和) 同種凍結保存気管移植の基礎的研究とその臨床応用のための組織バンク活動
標題(洋)
報告番号 117378
報告番号 甲17378
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1986号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 高戸,毅
 東京大学 教授 幕内,雅敏
 東京大学 教授 松島,綱治
 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 大鹿,哲郎
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

代用気管の候補として同種凍結保存気管組織が注目されている.現在同種凍結保存気管移植がイヌ,ラットなどの様々な動物モデルで試みられており,これまでの結果からは同種凍結保存気管移植の臨床応用は可能と思われる.しかしながら,同種凍結保存心臓弁移植の長期予後などから移植片拒絶は凍結保存組織においても免れえないことが判明しつつあり,同種凍結保存気管移植においても同様な問題が懸念される.また,欧米では凍結保存技術の開発・進歩ならびに体系的なbanking systemの確立が相まって,同種凍結保存組織の臨床使用が広く普及するにいたっているのに対し,本邦では体系的な組織バンクの確立が欧米に比べ大きく遅れをとっているが現状である.

【目的】

同種凍結保存気管移植の臨床応用を目指すには,基礎的研究をすすめると同時に組織バンクを確立・普及していく社会医療的活動も重要な要素であると考えられる.以下,下記の3sectionに分けて報告し,同種凍結保存気管移植の臨床応用が可能かあるいは組織バンクを本邦で設立・運営しうるかを検討した.

 1:日本猿を実験モデルとした同種凍結保存気管移植実験:臨床応用に向けたfeasibility study.

 2:凍結保存が組織構成要素である線維芽細胞の表面抗原提示に及ぼす影響に関する実験.

 3:同種凍結保存気管バンキングシステム確立のための活動.

1:日本猿を実験モデルとした同種凍結保存気管移植実験:臨床応用に向けたfeasibility study.

本実験では解剖学的,免疫学的によりヒトに近縁と考えられる猿をモデルとして同種凍結保存気管移植が臨床応用可能か否かを検討した.

【方法1】日本猿成獣に対し胸骨正中切開下に気管移植を施行した.Recipient気管膜様部を温存し気管非膜様部を5軟骨輪長切除,同部位に膜様部を切除したDonor気管をパッチ状に移植した.有茎大網皮弁被覆や免疫抑制剤投与は施さなかった.Donorを犠牲死させた後,気管を抗生剤加培養液中で24時間処理,その後20%fetal bovine serum+10%dimethylsulfoxide加RPMI 1640 medium中に浸漬,プログラムフリーザーにて−80℃まで緩徐凍結,液体窒素気相中にて凍結保存した(9-12ヶ月).凍結保存気管は移植直前に温浴槽中にて急速解凍し移植に使用した[cryopreserved allograft群/n=3].コントロールとして新鮮気管移植[control A群:同種抗原性の影響を観察する/n=2],急速凍結気管移植[control B群:移植組織のviabilityの影響を観察する/n=1]を施行した.内視鏡的変化を経時的に観察するとともに,cryopreserved allograft群の3頭を術後1, 6, 12ヶ月で,コントロール群の3頭を術後3ヶ月で犠牲死させ,組織学的変化を光学/電子顕微鏡的に検討.免疫染色による検討も施行した.

【結果1】全例耐術.cryopreserved allograft群では長期生存例を含め全例良好な気管の開存が確認されたのに対し,コントロール群では全例術後3ヶ月までに高度の気管狭窄を来した.cryopreserved allograft群では良好な軟骨組織構造の保持と気道上皮のliningが観察された.それに対し,control A群では気道粘膜下に高度のリンパ球浸潤が観察され,浸潤リンパ球はCD3強陽性であった.またcontrol B群では気管軟骨構造の破壊や高度な線維化が観察された.解凍直後のcryopreserved allograftでは高度の気道上皮の脱落とそれに伴うMHC-class IIの発現減弱が認められた.

【結論1】日本猿モデルにおいても同種凍結保存気管移植は可能であった.また凍結保存によって同種抗原性の減弱が期待できること,組織のviabilityを良好に維持するためにプログラムフリーズ法が重要であることが再確認できたものと考えられた.

2:凍結保存が組織構成要素である線維芽細胞の表面抗原提示に及ぼす影響に関する実験.

凍結保存により気道上皮細胞株においてはHLA-class IIの発現が抑制されるのに対し,血管内皮細胞では逆にHLA-class IIの発現が増強されることが報告されている.本実験では線維芽細胞に着目し凍結保存の影響を検討した.

【対象と方法2】肺手術摘出標本(n=6)の健常部からtrypsin-EDTAによる酵素分解で線維芽細胞を遊離し15% fetal bovine serum加RPMI 1640中で4-5継代培養の後,一部は継代培養し,他は20%fetal bovine serum+10% dimethylsulfoxide加Medium199中でプログラムフリーザーにて−80℃まで凍結し液体窒素気相中で保存した.凍結保存した細胞は1, 4, 24週間後に37℃温浴槽中で急速解凍し実験に使用した.継代培養細胞(Fresh; F群)と凍結保存細胞(cryopreservation; C群)に対しそれぞれinterferon-γ(100ng/ml)非添加(−)と添加(+)した計8群(F−群,F+群,C1W−群,C1W+群,C4W−群,C4W+群,C24W−群,C24W+群)を48時間培養後,HLA-class I, HLA-class II, ICAM-1の各モノクローナル抗体を用いて,それぞれの発現につきflow cytometryにて解析した.また,colorimetric MTT assay法にて継代培養線維芽細胞と凍結保存線維芽細胞のproliferation index (PI),および,リンパ球との混合培養によるstimulation index (SI)測定を行った.データーは1-wayあるいは2-way analysis of variance (ANOVA)とFisher's post hoc multiple comparison techniqueにて比較検討した.

【結果2】凍結保存によるPI, SIの変化は認められなかった.IFN-γ添加によって線維芽細胞のHLA-class I, HLA-class II, ICAM-1の発現は有意に増強したが,凍結保存による発現への影響は認められなかった.

【結論2】線維芽細胞のPIは良好に保たれており,組織のviability保持に凍結保存は寄与していると考えられた.その一方で凍結保存による線維芽細胞表面抗原提示低下は認められず,線維芽細胞が移植片拒絶に関与する可能性が示唆された.

3:同種凍結保存気管バンキングシステム確立のための活動.

東京大学医学部倫理委員会による承認のもとに,1998年凍結保存ヒト組織の採取・保存・分配使用を目的とした7つの教室からなる東京大学組織バンクが発足し,心臓弁・血管・気管組織の採取・保存・分配を中心に現在活動を続けている.これまでの活動状況を検討した.

【対象と方法3】首都圏にて得られたドナー情報をもとに,組織ドナー適応基準を充たし,かつ,移植コーディネーターによる十分なinformed consentの後に遺族から組織提供承諾書が得られた場合に組織摘出を施行した.提供された組織は抗生剤処理後凍結保存用バッグ中にdouble packageした後プログラムフリーザーにて−80℃まで凍結,液体窒素気相中で保存した.凍結保存組織は移植手術の際に解凍して使用した.

【結果3】2001年6月末日までの時点で,首都圏を中心とした28施設35例より計208個の組織提供があった.その内訳は心臓弁組織61,血管組織126,気管組織21であった.組織提供者は男性23名,女性12名からなり,それぞれの年齢分布は男性16-59歳(平均39.3歳),女性9-55歳(平均28.8歳)であった.摘出組織の温阻血時間分布は,心臓弁・血管組織では123-710分(平均287分),気管組織では172-745分(平均310分)であった.抗生剤処理後細菌陽性につき絶対的使用不可と判断されdiscardされた組織は208組織中17組織(8.2%)であった.31症例に対して組織移植手術が施行されたが全例心臓弁・血管組織の移植であり,気管組織移植は現時点までは施行されていない.

【結論3】多組織バンク活動によって心臓弁・血管組織に加え気管組織の凍結保存バンキングが可能であり組織移植の臨床応用を行いえた.

【結語】

これまで報告されてきた動物実験レベルでの同種凍結保存気管移植は,解剖学的,免疫学的によりヒトに近縁と考えられる霊長類においても可能であり,また凍結保存気管組織では凍結保存の良い意味でのside effectとしてallogenicityが現弱する可能性が示されたと考えられる.しかしながら,凍結保存組織における組織のallogenicityに線維芽細胞が関与しており,凍結気管組織移植においても長期的には組織片拒絶を免れえない可能性が本実験から示唆されたものと思われる.また,同種凍結保存気管移植を実験レベルで留まること無く臨床レベルで施行していくために必要な気管組織の凍結バンキングが現在の社会的な枠組みのなかでも可能であることが確認できたものと考えられる.

審査要旨 要旨を表示する

本研究は,困難とされる気管再建に対する代用気管の候補として,同種凍結保存気管移植が臨床応用可能か否かを従来の報告を踏まえながら更に検証したものである.日本猿を実験モデルとした凍結保存気管移植実験,線維芽細胞を使用した細胞凍結保存実験,実際の臨床における組織バンク活動の現状に関する検討をそれぞれ行い下記の結果を得ている.

1.日本猿をモデルとし,同種凍結保存気管移植(cryoprotectantとしてDMSOを使用,program freezerにて凍結)を3頭に対して施行,対象群として新鮮気管移植を2頭に,単純凍結気管移植(DMSO非使用,program freezer非使用)を1頭に対し施行した.移植術式を5軟骨輪長とした検討では,同種凍結保存気管組織は気道狭窄を来すことなく生着可能であることが示された.また,対象群では早期に高度の気道狭窄を呈しその原因としてはrejectionや組織viability低下が関与している可能性が示された.同種凍結保存気管移植群と対象群の比較より,凍結保存が気管組織のimmunogenicityを低下させること,immunogenicityの低下には気道上皮をはじめとするallo-APCsの凍結・解凍操作による組織からの脱落が関与している可能性が示された.

2.ヒト正常肺組織から分離・継代培養した線維芽細胞の細胞表面抗原発現変化に対し,凍結保存・interferon-gammaの2因子がいかなる影響を及ぼすかを検討した結果,MHCであるHLA-classI,HLA-classII, co-stimulatory moleculeであるICAM-1の発現・誘導にはいずれにおいてもinterferon-gammaのみ発現増強に関与する因子であり,凍結保存は発現には影響を及ぼさないことが示された.同時に検討されたproliferation index, stimulation indexの検討においても凍結保存の影響は示されなかった.線維芽細胞表面抗原提示が凍結保存により減弱されないことが示され,stimulation indexの比較的低値より凍結保存組織移植でのrejectionを惹起する主座は線維芽細胞ではなくdendritic cellなどのAPCsであることは推測されるが,組織凍結保存で維持される線維芽細胞がrejectionに関与しうる可能性が示された.凍結保存気管組織も凍結保存心臓弁組織などと同様に,長期的にrejectionによる劣化を来す可能性があることが示された.

3.気管組織に限らず凍結保存組織移植を臨床応用可能とするためには体系的組織バンクの存在が不可欠となる.本研究では,組織移植に関する法的未整備という本邦の社会環境の中においても,十分なinformed consentのもとに心臓弁・血管組織と平行して気管組織の採取・保存が可能であり,多組織バンキングが可能であることが示された.

以上,本論文は実験的・臨床的アプローチから,同種凍結保存気管組織移植が実際にヒトにおいて臨床応用可能であるか否かを検証し,臨床応用前段階として,霊長類での同種凍結保存気管移植組織生着と気管組織凍結保存バンキングが可能であることを明らかにしている.困難な気道再建手術における新たな可能性を示しており,気道再建手術術式の開発に重要な貢献をなすものと考えられ,学位の授与に値するものと考えられる.

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