学位論文要旨



No 117379
著者(漢字) 李,昕
著者(英字)
著者(カナ) リ,キン
標題(和) 胆道癌におけるp21WAF1/CIP1とp53の発現の臨床的意義に関する研究
標題(洋) The clinical significance of p21WAF1/CIP1 and p53 expression in the biliary tract cancers
報告番号 117379
報告番号 甲17379
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1987号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 助教授 小池,和彦
 東京大学 講師 白鳥,康史
 東京大学 講師 北山,丈二
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 主な胆道系の癌である胆嚢癌と肝外胆管癌にはいくつかの臨床的な相違点がある。胆嚢癌は、性別では女性が男性より3倍多く、人種では黒人より白人に多く、地域ではChile, Mexico, IndiaとIsraelに発症率が高く、リスクファクターとして胆嚢結石があげられている。しかし肝外胆管癌にはこれらの性別、人種、地域及び病因的な特徴は見られない。こうした臨床像の違いから両者の発癌機構が異なることが考えられる。

 ヒト発癌において細胞周期制御機構が重要な役割を果していることが明らかになってきた。p21WAF1/CIP1はサイクリン依存性キナーゼインヒビターとして、細胞周期の進行を抑制し、癌抑制作用を持っている。ヒト癌におけるp21WAF1/CIP1の遺伝子異常はほとんど見つけられていないが、p21WAF1/CIP1蛋白発現異常は多くのヒト癌に見られ、癌の発生、進行に関与することが分かってきた。p21WAF1/CIP1発現の調節には癌抑制遺伝子産物であるp53による転写レベルの誘導、即ちp53-dependent pathwayおよびp53-independent pathwayが存在している。本研究では、胆嚢癌及び肝外胆管癌におけるp21WAF1/CIP1とp53の発現を免疫組織化学的に検索し、p21WAF1/CIP1蛋白発現にp53が関与するか、p21WAF1/CIP1、p53の発現異常と臨床病理学的諸因子及び予後との関連を検討した。

【対象と方法】

1.対象

 1)肝外胆管癌

 1990年10月より1998年3月までに東京大学付属病院肝胆膵外科にて手術を施行した肝外胆管癌症例34例を対象とした。男性21例、女性13例、年齢中間値は65歳(43歳−88歳)であった。臨床病理学的諸因子は胆道癌取扱い規約に従い検討した。TNM分類では、stage Iが2例、IIが6例、IIIが4例、IVが22例であった。追跡期間中間値は31か月(5-73か月)であった。

 2)胆嚢癌

 1990年1月より1999年4月までに東京大学付属病院肝胆膵外科にて切除された胆嚢癌36症例(37腫瘍)、腺腫7病変とdysplasia 5病変を対象とした。胆嚢癌患者の性別では男性が17例、女性が19例で、年齢中間値は65歳(45歳−84歳)であった。TNM分類では、stage Iが11例、IIが11例、IIIが7例、IVが8例であった。追跡期間中間値は28か月(3-101か月)であった。

2.免疫組織化学的方法

 ホルマリン固定パラフィン包埋ブロックにより薄切切片を作成し、オートクレーブにて抗原賦活後、ABC法にて免疫染色を行った。1次抗体としてp21WAF1/CIP1染色には抗p21WAF1/CIP1モノクローナル抗体EA10を、p53染色には抗p53モノクローナル抗体DO-7を用いた。核が明瞭に褐色に染色された細胞を陽性と判定した。正常胆管/胆嚢上皮を生物学的controlとした。p21WAF1/CIP1染色では染色された癌細胞が10%未満をp21WAF1/CIP1-、10%から30%未満をp21WAF1/CIP1+、30%以上をp21WAF1/CIP1++とした。p53染色では染色された癌細胞が10%未満をp53-、10%以上をp53+とした。

3.統計学的方法

 p21WAF1/CIP1、p53の蛋白発現と臨床病理学的諸因子との相関及びp21WAF1/CIP1発現とp53発現との関連性をX2検定とFisherの直接法にて判定した。生存率の有意差判定はKaplan-Meier法とlog rank testにて行った。p<0.05を有意差ありとした。

【結果】

1.肝外胆管癌

 1)p21WAF1/CIP1の発現

 正常胆管上皮は核染色率が12%-25%であり、p21WAF1/CIP1+を示したことから、p21WAF1/CIP1+を正常発現、p21WAF1/CIP1-を低発現、p21WAF1/CIP1++を過剰発現とした。肝外胆管癌34例において、核染色率が0%-95%であり、低発現が23例(68%)、正常発現が6例(18%)、過剰発現が5例(15%)であった。p21WAF1/CIP1正常発現群と比べて、低発現群ではstage III/IVの症例が有意に高率であった(p=0.007,x2検定;p=0.008,Fisherの直接法)。p21WAF1/CIP1蛋白の発現はほかの臨床病理学的因子(年齢、性別、占居部位、組織型、リンパ管浸潤、静脈浸潤、神経浸潤)との間には相関が認められなかった。p21WAF1/CIP1蛋白の発現と予後の関係をみると、低発現群、正常発現群、過剰発現群症例の5年累積生存率はそれぞれ57%、100%、20%であった。p21WAF1/CIP1低発現群と過剰発現群は正常発現群より無病生存期間が有意に短かった(p21WAF1/CIP1- versus p21WAF1/CIP1+, p=0.02; p21WAF1/CIP1++ versus p21WAF1/CIP1+, p=0.01)。p21WAF1/CIP1蛋白発現異常(低下/過剰)のPPV、NPV及びaccuracyはそれぞれ100%、69%、75%であった。

 2)p53の発現

 p53は正常胆管上皮には染まらなかった。肝外胆管癌34例中17例(50%)においてp53の過剰発現(p53+)が見られた。非静脈浸潤群より静脈浸潤群ではp53の過剰発現が有意に高頻度であった(p=0.001,x2検定;p=0.002, Fisherの直接法)。ほかの臨床病理学的因子および予後との関連が認められなかった。

 3)p21WAF1/CIP1発現とp53発現との関連性

 p21WAF1/CIP1発現とp53発現には有意な相関は認められなかった。

2.胆嚢癌

 1)p21WAF1/CIP1の発現

 正常胆嚢上皮において核染色率は11%-25%であった。全ての正常胆嚢上皮はp21WAF1/CIP1+を示したことから、p21WAF1/CIP1+を正常発現とした。胆嚢癌、腺腫及びdysplasiaにおいて核染色率は0%-35%であった。胆嚢癌37腫瘍中18腫瘍(49%)、腺腫7例中3例(43%)、dysplasia 5例中5例(100%)においてp21WAF1/CIP1の発現低下が見られた。p21WAF1/CIP1とTNM stageやほかの臨床病理学的諸因子との相関が認められなかった。根治切除の胆嚢癌症例の術後生存率を検討したところ、低発現群症例の5年累積生存率は39%、正常発現群症例の5年累積生存率は67%であった。全症例で検討すると両群の生存率に有意差は認められなかったが、進行胆嚢癌症例(stages II,III,IV症例)において、p21WAF1/CIP1低発現群は正常発現群より術後生存期間が短かった(p=0.03)。p21WAF1/CIP1蛋白発現低下のPPV、NPV及びaccuracyはそれぞれ70%、73%、71%であった。

 2)p53の発現

 胆嚢癌37腫瘍中21腫瘍(57%)、腺腫7例中3例(43%)、dysplasia 5例中3例(60%)においてp53の過剰発現が認められた。p53発現と臨床病理学的諸因子および予後との関連が認められなかった。

 3)p21WAF1/CIP1発現とp53発現との関連性

 p53発現とp21WAF1/CIP1発現との間に有意な相関が認められた(p=0.01,x2検定;p=0.02, Fisherの直接法)。p21WAF1/CIP1-腫瘍18例中14例(78%)においてp53+であり、p21WAF1/CIP1+腫瘍19例中12例(63%)においてp53-であった。

【考察】

 分子生物学の進歩により、多くの癌が複数の遺伝子異常の蓄積により多段階的に発生、進展することが分かってきた。肝外胆管癌における多段階発癌過程についての知見が乏しいのに対して、胆嚢癌では一般的に腺腫やdysplasiaが前癌病変と考えられていることから、胆嚢癌症例に加え、腺腫とdysplasiaの症例も検討した。これまで、多くの悪性腫瘍において、p21WAF1/CIP1蛋白の発現異常(低下或いは過剰)が腫瘍の発生、進行に関与することが報告されてきたが、肝外胆管癌及び胆嚢癌については未だ検討されていないのが現状である。本研究では、肝外胆管癌においてp21WAF1/CIP1正常発現症例と比べ、p21WAF1/CIP1の発現低下のみならず発現過剰も腫瘍の進展に関与し、予後不良であった。p21WAF1/CIP1発現の調節に関しては、肝外胆管癌において、p21WAF1/CIP1発現とp53発現との間に関連性が認められなく、p53-independentに誘導される可能性が示唆された。胆嚢癌においては、p21WAF1/CIP1発現とp53発現との間に有意な相関が認められ、p21WAF1/CIP1の発現がp53-dependentに誘導されることが示唆された。

【まとめ】

 本研究は肝外胆管癌と胆嚢癌におけるp21WAF1/CIP1及びp53の蛋白発現異常と腫瘍の臨床病理学的諸因子及び予後との関連を検討し、以下の結論を得た。

 1)肝外胆管癌において、p21WAF1/CIP1蛋白発現低下または過剰発現は腫瘍の進展および予後不良に関与し、臨床的に肝外胆管癌の予後因子として有用であると考えられた。

 2)胆嚢癌において、p21WAF1/CIP1発現低下とp53発現過剰は胆嚢癌発生の早期段階に関与すると考えられ、p21WAF1/CIP1発現低下は進行胆嚢癌の予後不良に関与し、進行胆嚢癌の予後予測因子として有用であると考えられた。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は主な胆道系の癌である胆嚢癌及び肝外胆管癌におけるサイクリン依存性キナーゼインヒビターp21WAF1/CIP1と癌抑制遺伝子p53の発現を免疫組織化学的に検索し、p21WAF1/CIP1蛋白発現にp53が関与するか、p21WAF1/CIP1、p53の発現異常と臨床病理学的諸因子及び予後との関連性を検討し、以下の結果を得ている。

1.肝外胆管癌において、p21WAF1/CIP1の発現低下または発現過剰は腫瘍の進展及び予後不良に関与し、臨床的に肝外胆管癌の予後因子として有用であると考えられた。p21WAF1/CIP1発現の調節に関しては、p21WAF1/CIP1発現とp53発現との間に関連性が認められなく、p53-independentに誘導される可能性が示唆された。

2.胆嚢癌において、p21WAF1/CIP1発現低下とp53発現過剰は胆嚢癌発生の早期段階に関与することが示された。また、p21WAF1/CIP1発現低下は進行胆嚢癌の予後不良に関与し、進行胆嚢癌の予後予測因子として有用であると考えられた。p21WAF1/CIP1発現の調節に関しては、p21WAF1/CIP1発現とp53発現との間に有意な相関が認められ、p21WAF1/CIP1の発現がp53-dependentに誘導されることが示唆された。

 以上、本論文は胆嚢癌及び肝外胆管癌におけるp21WAF1/CIP1とp53の蛋白発現を検索し、p21WAF1/CIP1発現異常が胆嚢癌及び肝外胆管癌の予後予測因子として有用であることを明らかにした。これらの知見は胆嚢癌及び肝外胆管癌の新しいbiotherapyの開発と臨床治療のstrategyに重要な貢献があると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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