No | 117381 | |
著者(漢字) | 福原,浩 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | フクハラ,ヒロシ | |
標題(和) | ヒト前立腺癌における第10染色体短腕上(10p15)の癌抑制遺伝子の探索 | |
標題(洋) | Functional evidence for the presence of tumor suppressor gene on chromosome 10p15 in human prostate cancers | |
報告番号 | 117381 | |
報告番号 | 甲17381 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1989号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 要旨:ヒト前立腺癌における新規がん抑制遺伝子の単離、同定を研究課題とした。染色体微小核移入法にて染色体断片を前立腺培養細胞に導入し、約1.2cMの領域にPPC-1細胞の悪性形質を抑制する遺伝子が存在することを示した。 目的:ヒトのがんは、がん遺伝子、がん抑制遺伝子、DNA複製酵素遺伝子などの複数の遺伝子異常を伴う多段階の変化を経て発生、進展することが知られている。ある種のがんにおいてはそれらの分子機構が明らかにされているが、前立腺を含め多くのがんについては未だ十分な解明に至っておらず、新規のがん関連遺伝子の関与も考えられている。遺伝性がんにおいては、その家系のDNAの構造解析によって候補遺伝子を単離し、さらに遺伝子変異を示すことによって責任遺伝子を同定することが可能である。それ故、多数のがん組織の染色体を解析しヘテロ接合性の消失(LOH)が高頻度に認められる領域を候補領域としてこの領域に存在する遺伝子(がん抑制遺伝子)を単離、同定しようという試みが多くの研究者によってなされてきており、結果多くの候補領域が報告されている。ヒト前立腺においては染色体上8p, 10p, 10q, 11p, 16q, 17q, 18qなどに高頻度にLOHが報告されている。また、これまで17qにp53遺伝子が、10qにPTEN遺伝子が、11pにKai-1遺伝子が報告されている。しかしながらがんにおける染色体異常は非常に複雑でありLOH検索だけでは限局しうる候補領域は数Mbまででそれ以上の詳細な解析は困難である。 そこで、微小核移入法にてヒトの正常染色体断片をがん培養細胞に導入し、正常な遺伝子が悪性形質を抑制しうるかどうかを確かめることが、がん抑制遺伝子を同定する方法になりうると考えられた。前立腺癌では、7q, 8q, 10q, 11q, 17q, 19qにラットかヒトの前立腺癌培養細胞の転移能あるいは腫瘍原性を抑制する活性があることが報告されている。このうち、第10染色体長腕に関しては、q23領域から神経膠腫の癌抑制遺伝子PTEN遺伝子が単離され、前立腺癌培養細胞においても、この遺伝子の異常が報告されている。そこで、村上らは第10染色体短腕に注目し、第10染色体短腕断片を前立腺癌培養PPC-1に微小核移入法を用いて導入することにより、PPC-1細胞の腫瘍原性、ならびに軟寒天培地中コロニー形成能が抑制されることを見いだし、約17cMの領域に癌抑制遺伝子の存在が示唆されることを報告している。我々はこの領域をさらに限局化するため、ヒト齧歯類雑種細胞の単一導入断片(Single Transferable Fragments, STF)を前立腺癌培養細胞PPC-1に微小核移入法を用いて導入することにより、腫瘍原性の検討を行った。 実験方法および結果: (1)ヒト第10染色体の前立腺がん培養細胞PPC-1への導入 ヒト前立腺癌原発巣由来のPPC-1細胞はヌードマウスに皮下注射すると、強い腫瘍原性を示す。また、この細胞は第10染色体の片方のアレルが完全に欠損しており、もう一方のアレルも第1および第3染色体に転座し、重複して存在していることが報告されている。さらに、多型マーカーを調べたLOH解析により、ヘミ接合体であることも確認されている。以前に村上らが微小核移入法によりPPC-1細胞の腫瘍原性を抑制する活性がマーカーD10S1172およびD10S506間の約17cMに限局できたことを報告している。さらに領域を狭めるため、村上らが作製した第10染色体短腕の単一導入断片を保持するヒト齧歯類雑種細胞を利用した。D10S1172とD10S506間の領域をカバーする5種類のヒト齧歯類雑種細胞C10D5,C10E1,C10D6,C10C4,C10C7ともう1種類のC10B7細胞を、微小核移入法によりPPC-1細胞に導入するドナーとして用いた。 そこで、上記の6種類の単一導入断片を微小核移入法により導入し、ネオマイシンG418にて選択したところ、それぞれ3〜8種類のハイブリッド細胞が得られた。また、第10染色体が導入されているかはFISHにより確認した。例えば、P10D4-3細胞はヒトハムスター雑種細胞C10D4由来のハイブリッド細胞であるが、D10S1779マーカーをプローベとしてFISHを施行したところ、元から存在する2コピーに加えて、外から導入されたと思われる、もう1コピーが認められた。 (2)ハイブリッド細胞の腫瘍原性の判定 PPC-1由来のハイブリッド細胞の悪性形質を腫瘍原性にて解析した。親株のPPC-1細胞と同様に、ハイブリッド細胞を1箇所に5万細胞ずつ、オスのヌードマウス(BALB/c nu/nu mice)の皮下に注射を行った。PPC-1細胞では、7週間以内に15/16注射部位に腫瘍が形成され、腫瘍はその後も成長し続けた。ハイブリッド細胞P10C7-4,P10B7-1は8注射部位中6箇所に腫瘍が形成され、成長速度もPPC-1細胞と同様であった。一方、ハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3, P10D5-4は12週目に判定したところ、それぞれ1/8、2/8、2/12、1/12部位にしか腫瘍が認められなかった。これら4細胞の腫瘍はPPC-1や前記2細胞よりも成長速度もゆるやかであった。 (3)ハイブリッド細胞に保持されている染色体断片の構造解析 がん抑制遺伝子があると推察される領域を決定するため、それぞれのハイブリッド細胞に保持されている染色体断片の領域を、多型マーカー(Sequence-Tagged Site,STS)を用いて解析した。第10染色体上の多型マーカーを用いて、導入された外因性の第10染色体とPPC-1細胞由来の内因性の第10染色体とを区別することによって解析を進めた。一連の微小核移入法で用いられたヒトマウス雑種細胞の第10染色体断片はすべてヒトハムスター雑種細胞HA(10)A由来のマーカーであり、導入された染色体の遺伝子型はHA(10)Aのものと同一であった。D10S1779とD10S1720の2種類のマーカーを含むDNA断片をPCRにて増幅させると、PPC-1由来のものとHA(10)A由来のものとで長さに相違が認められた。D10S1779の解析では、HA(10)A由来のDNA断片が4種類のハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3, P10D5-4で認められ、これはマーカーD10S1779を含む領域が導入され保持されていることを示している。一方、マーカーD10S1720の解析では、HA(10)A由来の断片はハイブリッド細胞P10E1-2とP10D6-4でのみ保持されていた。P10D5-4細胞以外のハイブリッド細胞では、連続した単一の断片だけが保持されていた。腫瘍原性を抑制した3種類のハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3はマーカーD10S1172およびD10S1720間で区切られる染色体部位を保持しており、2箇所以上の連続していない染色体断片を有する抑制細胞P10D5-4でも同部位を保持していた。 (4)単一部分断片に基づいた、がん抑制遺伝子のさらなる限局化 マーカーD10S226の解析では、PPC-1細胞とHA(10)Aの多型の長さに差を認めなかったが、P10D4-3細胞の外因性の第10染色体はヒトハムスター雑種細胞C10D4由来なので、C10D4細胞のPCR解析にてP10D4-3細胞はマーカーD10S226を保持していないことが明らかとなった。同様のPCR解析にて、C10D4細胞はマーカーD10S1172およびD10S1779を保持しているが、D10S226およびD10S1720は保持していないことが明らかとなった。このように4種類の抑制ハイブリッド細胞に保持されている領域はD10S1172およびD10S226で区切られる領域に限局された。NCBIのRadiation Hybrid 99 GB4およびStanford G3 Radiation Hybrid Panelに基づいたゲノムの地図情報ではD10S1172およびD10S226で区切られる領域は4.6cRであった。このゲノム地図情報では1cRが270 kbの長さに相当するため、前立腺がん抑制遺伝子は第10染色体短腕(10p15.1)上の約1.2Mbの領域内に位置することが示唆された。 考察:第10染色体短腕の導入によりヒト前立腺がん培養細胞の腫瘍原性を抑制することは、1996年のサンチェスらおよび同年の村上らの独立した2研究によって明らかにされており、これは第10染色体短腕上にがん抑制遺伝子が存在することの直接の証拠となりうると考えられる。その遺伝子が存在すると考えられる位置は、それぞれ第10染色体の10pter-q11、10p13-15であった。しかし、この比較的大きな染色体領域上の多くの候補遺伝子からがん抑制遺伝子を同定するのは依然として困難である。しかし、ハイブリッド細胞内に、連続していない染色体断片が多く保持されていると、遺伝子の同定はさらに困難であると考えられる。我々が利用した単一導入断片(STF)は精緻に構築されており、P10D5-4細胞を除いては単一の連続した断片がPPC-1細胞に導入されていた。さらに、STSマーカーの有無をヒト齧歯類ハイブリッド細胞の単一導入断片(STF)の情報に基づいて決定したところ、D10S226とD10S1720の間の約1.3Mbを候補領域から除外することが可能となった。 PPC-1細胞の悪性形質はヌードマウスの腫瘍原性にて判断した。腫瘍の形成は4種類のハイブリッド細胞(P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3, P10D5-4)では完全には抑制されなかったが、腫瘍の発生頻度は低下し、潜伏期は延長し、腫瘍の大きさはPPC-1細胞や他の2種類の細胞と比較しても縮小していたため、抑制の効果は重要であると考えられた。一方、生体外での形態や成長速度は4種類の抑制細胞で差は認められず、これは以前の村上らの知見と一致した。 機能的相補実験によって我々は腫瘍抑制活性を示す部位を第10染色体短腕(10p15.1)に限局した。LOH解析で10p15前立腺癌でしばしば欠損していることが多くの研究者によって明らかにされており、抑制遺伝子が実際の臨床検体でも真に関与していることが示唆された。また、第10染色体短腕のLOHは臨床的に限局した癌よりも進行した前立腺癌でよく報告されている。この知見は第10染色体短腕上の抑制遺伝子が前立腺癌の進展に関与する可能性を示唆している。 第10染色体短腕のLOHはヒト神経膠腫や神経膠腫培養細胞でも認められており、LOH解析にて共通して欠損した領域の第10染色体断片を神経膠腫培養細胞に導入して悪性形質が抑制されたという報告も見られる。また、悪性黒色腫でも臨床検体のLOH解析と第10染色体断片を導入した機能的相補実験を組み合わせて、がん抑制遺伝子の座を決定している報告も見られる。神経膠腫や悪性黒色腫の抑制遺伝子の候補領域は一部今回の我々の領域と重なっており、同一の遺伝子がこれらの腫瘍の原因遺伝子である可能性もあると考えられる。 この染色体領域の塩基配列を決定することに加えて、酵母人工染色体(YAC)を含めたさらなる機能的相補実験を進めることによって、今後がん抑制遺伝子の同定につながると考えられる。 | |
審査要旨 | 本研究は、ヒト前立腺癌における新規がん抑制遺伝子を単離、同定するために、染色体微小核移入法にて染色体断片を前立腺癌培養細胞PPC-1細胞に導入して、その悪性形質を抑制するかどうかを検討したものである。 (1) ヒト第10染色体短腕の単一導入断片を微小核移入法により前立腺がん培養細胞PPC-1へ導入し、6種類のハイブリッド細胞を得た。単一導入断片を導入する際には、第10染色体短腕の単一導入断片を保持するヒト齧歯類雑種細胞を利用した。6種類の単一導入断片を微小核移入法によりPPC-1細胞へ導入し、ネオマイシンG418にて選択したところ、それぞれ3 8種類のハイブリッド細胞が得られた。これらのハイブリッド細胞に第10染色体が導入されているかはFISHにより確認された。 (2) PPC-1由来のハイブリッド細胞の悪性形質を腫瘍原性にて解析した。親株のPPC-1細胞では、7週間以内に15/16注射部位に腫瘍が形成され、ハイブリッド細胞P10C7-4, P10B7-1では8注射部位中6箇所に腫瘍が形成された。一方、ハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3, P10D5-4は12週目に判定したところ、それぞれ1/8、2/8、2/12、1/12部位にしか腫瘍が認められなかった。 (3) がん抑制遺伝子があると推察される領域を決定するため、それぞれのハイブリッド細胞に保持されている染色体断片の領域を、多型マーカーを用いて解析した。D10S1779の解析では、HA(10)A由来のDNA断片が4種類のハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3, P10D5-4で認められ、これはマーカーD10S1779を含む領域が導入され保持されていることを示している。一方、マーカーD10S1720の解析では、HA(10)A由来の断片はハイブリッド細胞P10E1-2とP10D6-4でのみ保持されていた。P10D5-4細胞以外のハイブリッド細胞では、連続した単一の断片だけが保持されていた。腫瘍原性を抑制した3種類のハイブリッド細胞P10E1-2, P10D6-4, P10D4-3はマーカーD10S1172およびD10S1720間で区切られる染色体部位を保持しており、2箇所以上の連続していない染色体断片を有する抑制細胞P10D5-4でも同部位を保持していた。 (4) さらにPPC-1細胞に導入する前のヒトハムスター雑種細胞を解析し、さらなる限局化を行った。ハイブリッド細胞P10D4-3はヒトハムスター雑種細胞C10D4由来であるので、C10D4細胞のPCR解析を行ったところ、C10D4細胞はマーカーD10S226を保持していないことが明らかとなった。同様のPCR解析にて、C10D4細胞はマーカーD10S1172およびD10S1779を保持しているが、D10S226およびD10S1720は保持していないことが明らかとなった。このように4種類の抑制ハイブリッド細胞に保持されている領域はD10S1172およびD10S226で区切られる領域に限局された。これは上記で区切られる約1.2Mbの領域内に前立腺がん抑制遺伝子が位置することを示唆している。 以上、本論文では染色体微小核移入法にて第10染色体断片を前立腺培養細胞PPC-1細胞に導入し、第10染色体短腕(10p15.1)上の約1.2cMの領域にPPC-1細胞の悪性形質を抑制する遺伝子が存在することを示した。また、PPC-1細胞はホルモン不応性前立腺癌であるため、この遺伝子がホルモン不応性前立腺癌に関与している可能性も示唆される。以上、前立腺がん抑制遺伝子の解明に貢献すると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。 | |
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