学位論文要旨



No 117382
著者(漢字) 斎浦,明夫
著者(英字) Akio,Saiura
著者(カナ) サイウラ,アキオ
標題(和) DNAマイクロアレイを用いたマウス心移植モデルにおける急性拒絶反応時の網羅的遺伝子解析
標題(洋) Gene expression analysis during acute rejection in murine cardiac transplant model by means of DNA microarray
報告番号 117382
報告番号 甲17382
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1990号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 加我,君孝
 東京大学 教授 高本,眞一
 東京大学 教授 小俣,政男
 東京大学 教授 山本,一彦
 東京大学 講師 今村,宏
内容要旨 要旨を表示する

 臓器移植はいまや日常的な医療になった。末期心、肝、肺疾患の患者にとって臓器移植は唯一の救命手段である.一方、移植の歴史において、臨床における臓器移植の成績の向上は、主に急性拒絶反応を制御する免疫抑制剤の進歩により成された。しかしながら、急性拒絶反応はいまだに50%近くの症例で経験され、臨床上大きな問題として残っている。移植免疫においてCD4陽性T細胞は拒絶反応の開始に必須とされている。CD4陽性T細胞が同種異系移植片のアロ抗原を認識し、レシピエントは拒絶反応を開始する。急性拒絶反応はアロ抗原特異的なT細胞の移植片への浸潤により起こる。移植片に浸潤したあと、T細胞は活性化され炎症性サイトカインを放出し移植片を傷害する。しかし、病理学的には様々な型の拒絶反応があり、今日までアロ抗原により活性化されたT細胞が移植片を攻撃する正確な機序は不明のままである。

 また、生物学的変化は遺伝子発現により調節されており、細胞内のmRNAの存在と量は細胞の生物学的活動性の指標となる。今日、DNAマイクロアレイの技術により、これらの遺伝子発現の変化をゲノムワイドに捉えることができるようになった。筆者はDNAマイクロアレイ技術(GeneChipR、Affymetrix社製)を用いてマウス心移植における急性拒絶反応時の13000個を超える遺伝子およびEST (expressed sequence tag)の網羅的遺伝子解析を行った。得られたデータはDNAマイクロアレイの有用性を示すとともに急性拒絶反応の機序解明に新たな知見を与えるものである。

(1)野生型マウス心移植モデルにおける急性拒絶反応時の網羅的遺伝子解析

まず筆者はMHCのすべて異なるBALB/c H-2dマウスとC3H/He H-2kマウスを用い、この同種異系心移植片とC3H/He H-2kどうしの同種同心系移植片における遺伝子発現を比較した。マウス心移植はCorry and co-workersの方法に準じて行った。それぞれ移植前、移植後1, 3, 5日で心臓を摘出しRNAを抽出した。10μgのtotal RNAからfirst-strand cDNA、second-strand cDNA, cRNAを合成し、40μgのbiotinylated RNAをAffymetrix (Santa Clara, CA) mouse11K arrays (Mu11KsubA, Mu11KsubB)での解析に使用した。

同種異系移植片(BALB/c to C3H/He)は8日から14日で拒絶は完了し、拍動を停止した。同種同系移植片はすべて100日以上拍動を続けた。移植後1, 3日目においては拒絶心(同種異系移植片)と非拒絶心(同種同系移植片)との間に細胞浸潤の程度において差異は認められなかった。移植後5日目では拒絶心(同種異系移植片)において血管周囲や間質への瀰漫性単核球浸潤と心筋障害を認めた。同種同系移植片においては拒絶反応の所見は認められなかった。

 DNAマイクロアレイ解析において最初に術後5日拒絶心(同種異系移植心)と非拒絶心(同種同系移植心)における遺伝子発現を比較した(n=3)。発現の閾値をaverage differenceが50以上、fold-changeが3.0以上とした。非拒絶心と比較して110個の遺伝子がすべての拒絶心において発現が上昇していた。これらのデータに対してt検定を行い非拒絶心に比較して拒絶心で有意に発現の上昇している遺伝子を84個同定した(p<0.05)。興味あることに、上位20個の遺伝子の中で14個はIFNγ誘導遺伝子であった。Migが最も強く発現されており、IGTP, Lmp-2, RANTES, JABの順となった。MHC class I、II遺伝子やその近傍に存在するLMP2, HAM1, 2などの遺伝子も大きく誘導されていた。IFNγ自身も発現が上昇していた(fold change 68.1)が、IL-2(fold change 1.1)の遺伝子発現は認められなかった。時系列の解析では、これらの遺伝子は術後3日より発現が上昇していることが示された。術後1、3日目において拒絶心と非拒絶心の遺伝子発現を比較した。術後1日目では免疫グロブリン関連遺伝子が誘導されていた。術後3日目にはIGTPやIrgなどのIFNγ誘導遺伝子が見られるようになった。最後にDNAマイクロアレイのデータをコンピュータプログラム(GENECLUSTER)を使い遺伝子発現パターンを分類した。24個のクラスターに分類されたが、術後1または3日目に拒絶心で発現の上昇している遺伝子群はなかった。DNAマイクロアレイのデータの再現性をノーザンブロットにより確認したが、両者のデータは一致し、データの再現性が確認された。Mig, IGTP, IFNγ、IP-10はノーザンブロットでも拒絶心において発現が確認されたが、IL-2は発現していなかった。

(2)IFN-γ欠損マウス心移植モデルにおける網羅的遺伝子解析

野生型マウスにおけるDNAマイクロアレイ解析により多くのIFN-γ関連遺伝子が急性拒絶反応時に発現が上昇していることが示された。そこで筆者はIFN-γ欠損マウスにおける移植心での遺伝子発現を解析した。

 面白いことに、野生型マウス、IFN-γ欠損マウスにおける同種異系移植心とも約1週間(WT:8.0±0.6, GKO:7.2±0.4, mean±SEM)で拒絶された。術後5日目の移植心の組織観察では野生型マウス、IFN-γ欠損マウスにおける同種異系移植心ともに血管周囲と間質への瀰漫性単核球浸潤が認められ、中等度の急性拒絶反応と診断されたが、両群の組織所見に差異はなかった。前項で野生型マウスにおける拒絶心で非拒絶心と比較して84個の遺伝子が有意に発現が上昇していることを示した。これら84個の遺伝子中68個の遺伝子はIFN-γ欠損マウスにおいて発現していなかった。一方、IFN-γ欠損マウスにおける拒絶心で発現の上昇していた52個の遺伝子群を同定した。MCP-1, MIP-1, platelet factor 4, C10のケモカインを含む52個の遺伝子群がIFN-γ欠損マウスにおける拒絶心で発現が上昇していた。その中でIFN-γ欠損マウスの拒絶心でのみ発現の上昇している8個の遺伝子群が示された。IFN-γ欠損マウスの拒絶心は多くのケモカイン遺伝子の関与が示されたので、ケモカイン関連遺伝子に注目し非拒絶心、野生型の拒絶心、IFN-γ欠損マウスにおける拒絶心における発現パターンにより、これらケモカイン関連遺伝子を3つのクラスターに分類した。1つは、IFN-γ欠損マウスの拒絶心で特異的に発現の上昇している遺伝子群であり、platelet factor 4、C10、SDF-4などのケモカインを含んでいた。2つ目は、野生型およびIFN-γ欠損マウスにおける拒絶心で共通に発現の上昇している遺伝子群であり、MCP-1やMIP1の遺伝子は野生型およびIFN-γ欠損マウスの両方の拒絶心において強く発現されていた。最後は野生型マウスでの拒絶心でのみ発現の上昇しているケモカイン遺伝子群で、Mig, IP-10、RANTESなどのケモカインが含まれていた。この結果はIFN-γ欠損マウスにおける拒絶では独特のケモカインの遺伝子発現が見られることを示した。

 本実験において野生型およびIFN-γ欠損マウスにおけるマウス心移植急性拒絶反応時の独特なトランスクリプトーム解析が示された。野生型においてはINFγがMig、RANTESなどのケモカインやMHC分子を誘導することで急性拒絶反応と深く関わっていることが示された。IFN-γ欠損マウスにおいては、IFN-γ非依存経路による拒絶反応時の独特の遺伝子発現パターンが示され、MCP-1やMIP-1を含む一群の遺伝子群はIFN-γ依存、非依存経路の両方で発現されていることを見出した。更に、DNAマイクロアレイにより従来拒絶との関連が報告されていない多くの新規拒絶関連遺伝子を同定した。急性拒絶反応のゲノムワイドな包括的解析により得た新たな知見は、新規拒絶治療薬開発における非常に重要な基礎的データであると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞内の転写産物(mRNA)の発現を網羅的に測定する技術である、マイクロアレイ法を用いて、マウス心臓移植モデルにおける急性拒絶反応を分子生物学的に明らかにしようとしたものである。野生型およびIFN-γ欠損マウスのそれぞれにおいてMHCの異なる心臓を移植し、約13000個の遺伝子のmRNAの相対量を網羅的に測定(遺伝子発現プロファイル)し、以下の結果を得ている。

 1.BALB/cマウスからC3H/Heマウスへの移植心(アログラフト)は平均8日で拒絶された。C3H/HeからC3H/Heへ移植心(アイソグラフト)はすべて100日以上拍動を続けた。アログラフトとアイソグラフトの術後1, 3、5日目の移植心から転写産物(トータルRNA)を抽出しマイクロアレイ法の一つであるGeneChip法で解析した。

 2.非拒絶心(アイソグラフト)と比較して拒絶心(アログラフト)において13000個の遺伝子、EST(expressed sequence tag)のなかで84個の遺伝子およびESTの発現が上昇していた。その中にMig(monokine induced by interferon γ)などのケモカイン、MHC分子など多くのIFN-γ誘導遺伝子が含まれていた。時系列の解析においてこれらの遺伝子の発現は術後3日目より発現していた。これは野生型マウスにおける拒絶心においてIFN-γのシグナルの重要性を示唆するものと考えられた。同時にこれまで拒絶との関連が指摘されていない多くの新規拒絶関連遺伝子がプロファイルされた。

 3.次にIFN-γ欠損マウス(IFN-γ-/-)を用いて同様に解析を行った。驚いたことにBALB/cからIFN-γ-/-への移植心は平均7日で拒絶された。その際の術後5日目の拒絶心における遺伝子発現パターンをGeneChip法を用い解析し非拒絶心、野生型での拒絶心の発現パターンと比較した。IFN-γ欠損マウスでの拒絶心での遺伝子発現プロファイルは野生型での拒絶心のものと全く異なる結果となった。野生型の拒絶心で発現の上昇していた84個の遺伝子中64個の遺伝子はIFN-γ欠損マウスでの拒絶心で発現が認められなかった。一方、IFN-γ欠損マウスでの拒絶心で54個の遺伝子の発現が認められたが、その中にPF-4, C10といった多くのケモカイン遺伝子が含まれていた。野生型およびIFN-γ欠損マウスでの拒絶心において多くのケモカイン遺伝子の発現が上昇していたのでケモカイン遺伝子に関して術後5日目の発現パターンの特徴を解析した。遺伝子発現パターンにより1)野生型の拒絶心でのみ発現が認められるケモカイン群(Mig, IP-10, RANTESなど)2)野生型およびIFN-γ欠損マウスの両者での拒絶心で発現が認められるケモカイン群(MCP-1, MIP-1など)3)IFN-γ欠損マウスでの拒絶心でのみ発現の上昇しているケモカイン群(PF-4, C10, SDF-4など)の3群にクラスター化された。IFN-γ欠損マウスはIFN-γ誘導遺伝子がなくても独特の経路により拒絶を引き起こすと考えられ、特にMCP-1、MIP-1を含むケモカイン群は両者共通に発現しているケモカイン群として注目された。

 4.GeneChip法での結果をノーザンブロット法を用いて両者の良好なデータの再現性を確認した。またGeneChip上になかったinterleukin-2, interleukin-4について検討したが、両者ともにすべての移植心で発現は認められなかった。

 以上、本論文はマイクロアレイ法の一つを用いて野生型およびIFN-γ欠損マウスでの拒絶心においての遺伝子発現を網羅的に測定した結果の解析から,拒絶関連遺伝子を示した。また、IFN-γ依存および非依存経路による別の拒絶経路の可能性を示した。臓器移植における急性拒絶反応時の遺伝子発現データはこれまでなされておらず、拒絶片で起きている様々な変化を解明するために重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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