No | 117384 | |
著者(漢字) | 大原,信介 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | オオハラ,ノブスケ | |
標題(和) | 慢性虚血肢に対する血管新生を目的とした遺伝子治療の応用 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117384 | |
報告番号 | 甲17384 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(医学) | |
学位記番号 | 博医第1992号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 背景 高齢化による動脈硬化症の増加に伴い、血行再建術の必要な患者が増えている。手術手技、材料の進歩による外科的血行再建術の成績向上にも拘わらず、血行再建不能症例は依然として多数存在する。一方、生体には動脈閉塞が生じた際に自ら動脈側副血行路を発達させる働きがあり、このメカニズムを利用して更なる血管新生を誘導することにより側副血行路の発達を促進し、下肢慢性虚血を著しく改善することができれば、外科的血行再建手術が不可能な症例に対する'治療的血管新生'という概念の有効な治療手段となりうる。 下肢慢性虚血に対する遺伝子を用いた治療的血管新生に関してはより有効かつ安全な方法の検討が必要とされているが、今回我々は、下肢慢性虚血に対する血管新生を目的とした新たな治療方法を提示し、その効果をウサギ下肢慢性虚血モデルにおいて検討した。本研究では、インターロイキン2(IL-2)の分泌シグナルを挿入した組み換えbFGF遺伝子をアデノウィルスベクターにて宿主ウサギから初代培養した線維芽細胞にex-vivoで導入し、虚血肢内腸骨動脈内に留置されたカテーテルから選択的に細胞投与する方法を用いた。 アデノウィルスベクター Original human bFGFとIL-2の分泌シグナルを挿入した組み換えbFGFのcDNAから非分泌型bFGF遺伝子組み込みアデノウィルスベクター(AxCAJSbFGF)と分泌型bFGF遺伝子組み込みアデノウィルスベクター(AxCAMAssbFGF)を作製した。対照群としてLacZ遺伝子組み込みアデノウィルスベクター(AxCALacZ)を使用した。 アデノウィルス導入細胞におけるbFGF発現の検討 AxCAJSbFGF(非分泌型)、AxCAMAssbFGF(分泌型)の各ウィルスを日本白色ウサギ皮膚切片より初代培養した5×106個の線維芽細胞に20pfu/個で導入した。ウィルス導入細胞から発現されるbFGFについて、時系列に細胞培養液と細胞溶解液を採取し、Western法とELISA法で線維芽細胞内外に発現するbFGF蛋白の定性、定量分析を行い、分泌されたbFGFの細胞分裂促進活性をトリチウムサイミジン法にて計測した。その結果、bFGF分泌型ウィルスベクター導入細胞からは、一定期間にわたり高い細胞分裂促進能を有するbFGF蛋白が細胞外へ発現していることが認められ、bFGF分泌型ウィルスがウサギ下肢慢性虚血モデルにおける血管新生を目的とした遺伝子治療の検討に適当であると判断した。 ウサギ下肢虚血モデルにおける血管新生についての検討 材料と方法 日本白色兎(雄、2.5〜3.0kg)の左大腿部で大腿動脈を分枝を含めて完全に切除し、左大腿部の動脈血行が左内腸骨動脈から発達する側副血行路に依存するウサギ下肢慢性虚血モデルを作製し、同時に左大腿部皮膚切片からウサギ宿主線維芽細胞を初代培養した。虚血モデル作製後20日目に5×106個の線維芽細胞にAxCAMAssbFGF(bFGF群、n=11)、AxCALacZ(LacZ群、n=12)各ウィルスを20pfu/個で導入し、導入24時間後に各ウィルスベクター導入細胞を経カテーテル的に虚血側内腸骨動脈内投与した。 先ず、虚血肢内腸骨動脈内投与したウィルスベクター導入細胞の体内分布、細胞分布と局所組織血流量との関係について111In-oxine、51Crマイクロスフィアーを使用して検討した(n=5)。次に、bFGF群、LacZ群において細胞投与後28日目の虚血肢における血管新生の発達に関して、(1)選択的血管撮影、(2)calf blood pressure ratio、(3)angiographic score、(4)虚血側半膜様筋のcapillary density、(5)虚血側内腸骨動脈の安静時、最大血流量を検討した。一方で、ウィルスベクター導入細胞投与後1, 4, 7, 14, 21, 28日目の血清bFGF濃度、アデノウィルス抗体を時系列計測した。また、下肢内転筋、肺、肝臓等の組織を採取し、虚血側内転筋で捕捉される遺伝子導入細胞数を免疫染色にて組織学的に検討し、各組織内に発現されるbFGFレベルをheparin-Sepharoseを用いたWestern法にて定性した。 結果 内腸骨動脈内投与された細胞の体内分布については、左虚血下肢における有意に多量の細胞集積を認めた(約45%)。また、各臓器組織への細胞分布と局所血流量の関係については、両側下肢筋肉における細胞分布率と局所血流量が高度な相関関係を示し、正常血行の右下肢筋肉の細胞分布率と局所血流は虚血左下肢筋肉の各数値より有意に高値であった。 ウィルスベクター導入細胞投与後のウサギ下肢慢性虚血モデルにおける血管新生についての検討では、(1)選択的内腸骨動脈撮影では、LacZ群において側副血行路発達をほとんど認めることができなかったのに対して、bFGF群では著明に多数の側副血行路発達を認めた。また、(2)calf blood pressure ratio ratio(0.756±0.050 vs 0.584±0.049, P<0.01)、(3)angiographic score (0.695±0.082 vs 0.330±0.126, P<0.01)、(4)capillary density(190±18 vs 122±19/mm2, P<0.01)、(5)blood flow(rest: 21.7±1.9 vs 12.9±1.9ml/min, maximum: 50.3±5.7 vs 33.1±8.0ml/min, P<0.01)と計測した全項目で、bFGF群は著明な側副血行発達による虚血の改善を示した。 血清bFGF濃度、血中ウィルス抗体価の有意な上昇は認められなかった。また、虚血側左内転筋の免疫染色ではbFGF陽性細胞が1, 4, 7日目において組織学的に認められたが、対照群では陽性細胞をほとんど認めなかった。bFGF陽性細胞は7日目以降漸減し、14日目以降は対照群と同様にほとんど認められなかった。組織内bFGF発現定性では、左内転筋にて充分量のbFGF発現が4, 7日目をピークとして28日目迄示されたが、肺、肝臓に関しては有意なbFGF発現を認めなかった。 考察 今回、我々は下肢慢性虚血に対する血管新生を目的とした新たな治療方法を提示した。本法では、分泌シグナルを挿入したbFGF遺伝子をアデノウィルスベクターを使用してex-vivo法でウサギ線維芽細胞に導入し、虚血肢内腸骨動脈内に経カテーテル的に投与したが、その結果、ウサギ下肢慢性虚血肢モデルにおいて著明な側副血行路の発達と組織血流の改善を示した。 本研究の特徴は、まずEx vivoでの遺伝子導入細胞を経カテーテル的に虚血側左内腸骨動脈に選択的投与し、投与細胞を虚血肢の筋肉組織内に有意に集積させることができたことである。虚血側大腿部筋肉内に集積した遺伝子導入細胞数、分泌されたbFGF蛋白量ともに他の組織、臓器と比較して有意に多量であることが示された。 次に、第一世代アデノウィルスベクターを用いたことである。本研究ではEx-vivo法によりアデノウィルスベクターを用いてウサギ線維芽細胞にbFGF遺伝子を導入してから宿主動脈内に細胞投与するため、高い導入効率を保つことが可能であり、液性免疫反応を示さないので、遺伝子導入細胞の繰り返し投与が可能となる。一方で、T細胞による細胞性免疫反応の誘導により比較的短期間の機能に限られることを考慮すると、目的遺伝子の体内における発現量および期間をある意味で制御していることになる。 bFGF蛋白には血管新生を誘導する機能が認められており、本研究においても遺伝子導入細胞から分泌されたbFGFが動脈末梢部で側副血行路新生を誘導したと考えられる。本来bFGFには分泌シグナルが存在しないが、IL-2の分泌シグナルを挿入したことによりウィルスベクター導入細胞からのbFGF蛋白分泌が誘導され、虚血組織内で血管新生が生じたと考えられる。 最後に、本法は虚血組織における血管新生を目的とした遺伝子治療法であり、遺伝子導入細胞から分泌されるbFGFによる、他の組織への影響について検討した。投与細胞が肺や肝臓をはじめ他の臓器にも至っていることがRI実験で示され、他臓器に捕捉された遺伝子導入細胞から一定期間内bFGF蛋白が分泌されることによる副作用出現について検討したが、組織学的にも非虚血組織におけるbFGF分泌を原因とする明らかな副作用は認められなかった。 結語 本研究にて、我々は慢性虚血組織に対する血管新生を目的とした新たな遺伝子治療法を提示した。ウサギ下肢慢性虚血モデルにおいて、IL-2の分泌シグナルを挿入した組み換えbFGF遺伝子をアデノウィルスベクターによりウサギ自家線維芽細胞にEx-vivoで導入し、虚血側内腸骨動脈に経カテーテル的に投与し、有意な新生血管の発達による虚血の著明な改善が認められた。 | |
審査要旨 | 本研究は慢性虚血組織に対する血管新生を目的とした新たな遺伝子治療法を提示している。ウサギ下肢慢性虚血モデルにおいて、IL-2の分泌シグナルを挿入した組み換えbFGF遺伝子をアデノウィルスベクターによりウサギ自家線維芽細胞にEx-vivoで導入し、虚血側内腸骨動脈に経カテーテル的に投与し、新生血管の誘導による虚血の改善について検討したものであり、下記の結果を得ている。 日本白色兎(雄、2.5〜3.0kg)でウサギ下肢慢性虚血モデルを作製し、ウサギ宿主線維芽細胞を初代培養した。虚血モデル作製後20日目に5×106個の線維芽細胞にAxCAMAssbFGF(bFGF群、n=11)、AxCALacZ(LacZ群、n=12)各ウィルスを20pfu/個で導入し、導入24時間後に各ウィルスベクター導入細胞を経カテーテル的に虚血側内腸骨動脈内投与した。 (1)選択的内腸骨動脈撮影では、LacZ群において側副血行路発達をほとんど認めることができなかったのに対して、bFGF群では著明に多数の側副血行路発達を認めた。また、(2)calf blood pressure ratio ratio(0.756±0.050 vs 0.584±0.049, P<0.01)、(3)angiographic score(0.695±0.082 vs 0.330±0.126, P<0.01)、(4)capillary density(190±18 vs 122±19/mm2, P<0.01)、(5)blood flow(rest: 21.7±1.9 vs 12.9±1.9ml/min, maximum: 50.3±5.7 vs 33.1±8.0ml/min, P<0.01)と計測した全項目で、bFGF群は著明な側副血行発達による虚血の改善を示した。 また、遺伝子導入細胞から分泌されるbFGFによる他の組織への影響についての検討では、投与細胞が肺や肝臓をはじめ他の臓器にも至っていることが示されたものの、組織学的にも非虚血組織におけるbFGF分泌を原因とする明らかな副作用は認められなかった。 本研究の特徴は、Ex vivoでの遺伝子導入細胞を経カテーテル的に虚血側左内腸骨動脈に選択的投与して投与細胞を虚血肢の筋肉組織内に有意に集積させたことと、第一世代アデノウィルスベクターを用いたことである。Ex-vivo法によりアデノウィルスベクターを用いてウサギ線維芽細胞にbFGF遺伝子を導入してから宿主動脈内に細胞投与するため、高い導入効率を保つことが可能であり、液性免疫反応を示さないので、遺伝子導入細胞の繰り返し投与が可能となる。一方で、T細胞による細胞性免疫反応の誘導により比較的短期間の機能に限られることを考慮すると、目的遺伝子の体内における発現量および期間をある意味で制御していることになる。 本研究は慢性虚血肢に対する血管新生を目的とした新たな遺伝子治療方法の提示であり、ウサギ下肢慢性虚血モデルにおいて著明な虚血の改善を示した点から、肢切断を余儀なくされている手術不能かつ薬剤抵抗性を示す閉塞性動脈硬化症症例に対する治療として重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値すると判断する。 | |
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