学位論文要旨



No 117386
著者(漢字) 矢野,正一郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤノ,ショウイチロウ
標題(和) 機械的伸展刺激が表皮角化細胞に及ぼす変化とシグナル伝達に関する研究
標題(洋)
報告番号 117386
報告番号 甲17386
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1994号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 助教授 金井,克光
 東京大学 助教授 菊池,かな子
 東京大学 講師 井手,康雄
内容要旨 要旨を表示する

 皮膚、特に表皮細胞は、常に外界からの物理的、化学的、光学的な刺激にさらされて様様な生物学的反応を呈している。今回著者は表皮細胞に対する物理的な刺激に注目した。表皮は擦過・圧迫といった形で刺激を受けると増殖・肥厚することが経験的に知られており、こうした刺激によって増悪する皮膚疾患も存在する。Tissue expanderや創傷治癒にも物理的刺激が関与しているものと思われる。細胞に物理的な刺激を加える研究は血管平滑筋や血管内皮細胞や骨組織などに対して盛んに行われており、いくつかの知見が得られているが、皮膚科領域で表皮角化細胞に物理的刺激を加える実験はほとんど行われておらず、上記で述べた現象を理論的に説明できないのが現状である。そこでこれらの問題を解決することを目的とし、表皮角化細胞に対して機械的伸展刺激を加えることによってどのような変化・反応が生じるかついて詳細に検討を加えた。伸縮可能なシリコン製培養皿に表皮角化細胞を接着・培養させることで細胞に伸展刺激を加えることを可能にした。

 まず、表皮内皮膚腫瘍によって圧排・伸展されていると考えられる腫瘍巣周辺部表皮細胞及び基底細胞にケラチン6とKi-67とPCNAの発現を免疫染色にて確認した。次いでin vitroで表皮角化細胞に伸展刺激を加えた結果、BrdUを用いた細胞増殖アッセイにて24時間後に伸展刺激によるBrdUの取り込み増加を認めた。さらに、伸展刺激開始から1分−5分のうちにERK1/2とAktのリン酸化が認められた。このリン酸化は伸展開始後5分−15分で最大に達し、30分以降はほぼ伸展前のレベルに戻っていった。ERK1/2のリン酸化、Aktのリン酸化ともにMEK inhibitorであるU0126とPI 3-K inhibitorであるWortmanninで阻害された。一方でEGF刺激によるERK1/2のリン酸化はWortmanninで阻害されず、Aktのリン酸化はU0126で阻害されなかったことから伸展刺激によるシグナル伝達はEGFによるものとは若干異なるものと思われた。また、EGFレセプターのリン酸化を阻害するAG1478によってERK1/2,Aktのリン酸化が抑制されたことから、伸展刺激の伝達にEGFレセプターのリン酸化が関与しているものと思われた。更に、カルシウムチャンネル阻害薬GadoliniumによってもERK1/2,Aktのリン酸化が抑制されることから、細胞膜上のカルシウムチャンネルも伸展刺激を受容・伝達している可能性がある。更に、伸展刺激6時間後から24時間後にかけてまでAP-1による転写活性が上昇していることを、AP-1−ルシフェラーゼレポーターアッセイを用いて確認した。これらの結果は伸展刺激によって表皮角化細胞が増殖促進刺激を受けていることを支持している。さらに、伸展刺激24時間後には細胞増殖を示すケラチン6の増強、細胞分化を示すケラチン10の減弱を認めた。

 以上から、機械的伸展刺激を表皮角化細胞に加えることにより細胞の増殖が反応性に促進されることが考えられ、それにはEGFレセプターがリン酸化され、カルシウムチャンネルが作動し、ERK1/2のリン酸化を経てAP-1が活性化されることやケラチン6が発現することを著者は機序として初めて見いだした。また、細胞分化の抑制がケラチン10の減弱によって示され、細胞死の抑制のシグナルも作動していることがEGFレセプターのリン酸化→Aktのリン酸化→Aktの活性化によって示されたことも著者が初めて見いだした。これらの結果は皮膚科の臨床領域における腫瘍進展防御のための周辺部表皮細胞増殖、あるいはTissue expanderによる皮膚伸張、あるいは創傷治癒における表皮増生、といった現象の有力な理論的裏付けとなると著者は考えており、皮膚に対する伸展刺激という機械的刺激による生物学的変化について多少とも新しい知見が得られたことで、今後のさらなる機序解明、臨床応用に向けての研究の一助となるものと考えている。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は表皮に対して機械的伸展刺激を加えることによって生じる生物学的現象とその機序を明らかにするため、表皮内皮膚腫瘍の免疫染色とシリコン製の培養皿に接着させたヒト表皮角化細胞に伸展刺激を加える系にて、細胞増殖の有無やシグナル伝達経路を調べることを試みたものであり、以下の結果を得ている。

(1)いくつかの表皮内皮膚腫瘍では腫瘍巣周辺表皮細胞及び基底細胞にケラチン6、Ki-67、PCNAの発現が認められた。

(2)伸展刺激により表皮角化細胞へのBrdUの取り込みが増加した。

(3)伸展刺激により表皮角化細胞内のERK, Akt, EGFRがリン酸化された。Aktに関してはキナーゼアッセイにて活性化を確認し得た。

(4)伸展刺激によって表皮細胞膜上のカルシウムチャンネルが作動し、ERK, PI 3-K pathwayヘシグナルを伝達した。

(5)伸展刺激によるERKのリン酸化はEGFRやPI 3-K pathwayにも依存し、Aktのリン酸化はEGFRやERK pathwayにも依存していた。

(6)伸展刺激によって表皮角化細胞内のAP-1 activityが増強した。

(7)伸展刺激によって表皮角化細胞にケラチン6の増強、ケラチン10の減弱が認められた。

 以上、本論文にて表皮角化細胞に対し機械的伸展刺激を加えることにより細胞の反応性増殖が促進され、細胞死・細胞分化が抑制されることとこれらの機序が明らかにされた。本研究は皮膚科の臨床領域における腫瘍進展防御のための周辺部表皮細胞の増殖、あるいはTissue expanderによる皮膚の伸張、あるいは創傷治癒における表皮の増生などといった現象の有力な理論的裏付けになると考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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