学位論文要旨



No 117391
著者(漢字) 安部,貴大
著者(英字)
著者(カナ) アベ,タカヒロ
標題(和) アンチセンス法によるiNOS抑制の骨芽細胞様細胞(MC3T3−E1)に及ぼす影響
標題(洋)
報告番号 117391
報告番号 甲17391
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第1999号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 豊岡,照彦
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 講師 川口,浩
 東京大学 講師 依田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

I.要約

[背景]1992年にNOがScience誌の"Molecule of the year"として取り上げられ、現在までにNO合成酵素として3種のアイソザイム、すなわち神経型(nNOS, NOSI)、誘導型NOS (iNOS, NOSII)、血管内皮型(eNOS, NOSIII) NOSが同定されている。iNOSは腫瘍壊死因子α(TNFα)、インターロイキン1β(IL-1β)などの炎症性サイトカインや、細菌菌体成分のリポ多糖類(LPS)の刺激によって誘導され発現する。iNOSによって産生されるNOはμMのオーダーであり、eNOSやnNOSによって産生されるnM量の1000倍高値である。従ってiNOSによって産生される高濃度のNOがサイトカインとともに炎症反応に深く関与するとされている。NOの骨代謝における作用について検討した報告は少ないが、炎症性サイトカインTNFα、IL-1βが骨吸収活性を促進することは広く知られている。これらのサイトカインの刺激により、iNOS遺伝子が誘導され、骨芽細胞のNO産生量は増加する。一方、NOは破骨細胞の骨吸収活性を抑制する。そのため、NOは骨形成あるいは骨吸収のいずれの作用があるのか不明であった。引地らは骨芽細胞分化マーカーのアルカリフォスファターゼ(AlPase)活性とオステオカルシンmRNAの発現を指標としてNO自身の骨芽細胞に対する作用を検討し、NO供与薬の投与によってAlPase活性、オステオカルシン発現は共に上昇するがNOS阻害薬NG-monomethyl-L-arginine (L-NMMA)により抑制されることを薬理学的に示した。このことはNOそのものには骨芽細胞の分化促進作用があることを示す。そこで炎症性サイトカインは骨吸収作用があり、大量のNOを産生することに対し、NOそのものは骨吸収作用を持たないことから、NOから生じる細胞障害性物質であるペルオキシナイトライト(ONOO-)が骨吸収作用を持つとかれらは考え、薬理学的にその事実を示した。

[目的]本研究では骨芽細胞に対してサイトカイン刺激より生ずるNOの産生を強制的に抑制することはONOO-の産生を抑制し、骨芽細胞の分化抑制を回復させる、すなわちiNOSによるNO産生の制御は将来的に炎症性の骨吸収の阻害に有効かと考えた。引地らはアルギニンの拮抗阻害物質のL-NMMAを用いて薬理学的に骨芽細胞に対するONOO-の作用を示したが、この薬剤の特異性は完全ではない。そこでかれらが示した作用を、マウス胎仔頭蓋冠由来骨芽細胞様細胞株MC3T3-E1 cellのiNOSをブロックすることにより遺伝子レベルで検証し、更に将来の遺伝子治療に結びつけたいと考えた。そこで本研究の目的は、iNOSのアンチセンスベクターによるNO産生の制御が、骨芽細胞の分化および骨芽細胞によるONOO-産生に対しどのような影響を及ぼすかを検討することとした。

[方法]アンチセンス法は、アンチセンスDNAを標的遺伝子より転写されるセンスRNAに対して相補的に結合させ転写レベルで遺伝情報をブロックするか、あるいは翻訳された蛋白質の活性中心およびその近傍に結合することにより翻訳レベルで遺伝情報をブロックする、といった一連の手法を総称する。本研究ではiNOSアンチセンスベクターをMC3T3-E1 cellへ導入してアンチセンスRNAを内因性に発現させる方法を用いた。手順は以下の項目に従い行った。まず(1)ベクターの作製はiNOSの開始コドンを含む領域(213 bp)をMC3T3-E1 cellより調整し、これをinsertととしてプラスミドベクターヘセンスおよびアンチセンスの方向で組込んだ。(2)これをMC3T3-E1 cellへtransfectし抗菌剤であるネオマイシン(G418)による選択培養を行い、ネオマイシン耐性株を単離した。(3)構成的にiNOS発現を抑制するアンチセンス株を同定するため次の4つの選択基準を設定し検討を行った。(1) RT-PCR法を用いたtranscriptの確認、(2) NADPH diaphorase染色を用いたtransgeneのNOS活性の抑制の検討、(3)免疫染色によるtransgeneのiNOS蛋白発現の抑制の検討、(4) Griess法を用いたNO産生の抑制の検討を行い、これらの選択基準の条件を満たすものをアンチセンス株として同定した。この代表株を用いて骨芽細胞の分化マーカー指標である(4)アルカリフォスファターゼ(AlPase)活性、(5)オステオカルシンmRNAの発現への影響を検討し、また(6)ニトロチロシンをマーカーとしてONOO-の産生への影響を免疫組織学的に検討した。

[結果]今回、iNOSのアンチセンスベクターを作製し、これをMC3T3-E1 cellにtransfectしてNOS活性、iNOS蛋白、NO産生を抑制する細胞株を選択培養することができた。またこのiNOSのアンチセンス導入株において、2種の骨芽細胞の分化マーカーであるAlPase活性およびオステオカルシンのmRNA発現に対する影響を検討した結果、サイトカインによる骨芽細胞分化の抑制を回復することができた。そしてニトロチロシンをマーカーとしてアンチセンス株のONOO-産生への影響を検討した結果、NOの産生のみならずニトロチロシンの発現量で推定したONOO-の産生も抑制されることを示した。ONOO-には強い酸化力、ニトロ化作用があるため脂質過酸化やチロシン残基のニトロ化によって種々の酵素が不活性化され細胞障害性作用を及ぼす。よってNO産生を制御しONOO-の産生を抑制することが炎症性の骨吸収の抑制に有効であることを示唆し、炎症性骨破壊病変の防止に対してiNOSをターゲットとしたアンチセンス法が有用であると考えられた。

[結語]本研究はアンチセンスベクターによるMC3T3-E1 cellのiNOSの構成的発現抑制系を用いて細胞機能を検討した。その結果iNOS発現抑制系のアンチセンス株ではサイトカイン(TNFαおよびIL-1β)の刺激により、NOS活性、iNOS蛋白、NO、さらにONOO-の産生が抑制された。このことはiNOSを特異的にブロックすればサイトカインの刺激で生成されるONOO-を抑制し、骨芽細胞分化の抑制を回復することを示唆する。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は細胞調節因子の1つであるnitric oxide (NO)の合成酵素(NOS)のうち、特に炎症反応において重要な役割を演じていると考えられる誘導型NOS (iNOS)をアンチセンス法によって抑制し、マウス頭蓋冠由来骨芽細胞様細胞株(MC3T3-E1 cell)に及ぼす影響を検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.マウスiNOS遺伝子のATG開始コドンを含む領域(213 bp)を単離し、これをinsertとしてプラスミドベクター(pTARGET)へ組み込んだ。制限酵素Hinc IIおよびPCR法を利用してセンス、アンチセンスの方向を判別し、direct Sequenceによって塩基配列を確認した後、iNOSアンチセンスベクターとコントロールとしてセンスベクターを確定した。

2.本研究で作製したプラスミドをMC3T3-E1 cellへリポフェクション法(lipofectamine〓)で遺伝子導入し、pTARGETベクター内に組み込まれているネオマイシン耐性遺伝子により導入細胞を選択するため、ネオマイシンG418含有の培地にて選択培養を行った。この株を単離することによりstable transformantを樹立した。

3.アンチセンスベクター、センスベクターおよびempty vectorをMC3T3-E1 cellへ導入し株化した細胞のうち、本実験の目的であるアンチセンス株を同定するため以下の4つの選択基準を設定し検討した。

 i)RT-PCR法を用いたtranscriptの確認;pTARGETにデザインしたプライマーを用いてRT-PCRを行い、insert領域の発現を確認し、さらにその細胞を3世代継代し発現が安定であることを確認した。

 ii)transgeneのiNOS蛋白発現の抑制の検討;iNOS抗体を用いて免疫組織学的に検討した。アンチセンス株においてサイトカイン(TNFαおよびIL-1β)の刺激によるiNOS蛋白発現は非刺激の対照と比較し、著明に減少していることが示された。

 iii)transgeneのNOS活性の抑制の検討;NOS活性のマーカーとして用いられているNADPH diaphorase染色を行い検討した。アンチセンス株はサイトカイン刺激条件下でNOS活性が減少していることが示された。

 iv)NO産生の抑制の検討;NOの代謝最終産物であるnitrate/nitriteを検出するGriess法を用いて検討した。アンチセンス株はサイトカイン刺激によるNO産生が約73%(66-78%)抑制されることが示された。

これらの条件を満たす代表株をアンチセンス株として選択した。

4.選択したアンチセンス株を用いてアルカリフォスファターゼ(AlPase)活性を測定したところ、wild type、センス株、empty vector株ではサイトカイン刺激によりAlPase活性が減少するのに対し、アンチセンス株では減少しないことが示された。

5.RT-PCR法を用いてオステオカルシンmRNAの発現を検討した。PCRのサイクル数を24 cycles、26 cycles、28 cycles、30 cyclesについて行い直線的に増幅する範囲を用いて、半定量的に検討した。サイトカイン刺激条件下において対照株ではオステオカルシンmRNAの発現が減少するのに対し、アンチセンス株では刺激条件下においても発現レベルは減少せず、よりもむしろ増加傾向を示した。

6.強い細胞障害性作用を持つONOO-に関する検討を行うため、ONOO-のマーカーとして用いられているニトロチロシンを指標として免疫組織学的検討を加えた。ニトロチロシン蛋白の発現は刺激条件下において、対照株で強い染色性が認められたのに対し、アンチセンス株では染色性が弱いことが示された。

 以上、本論文はONOO-に強い骨芽細胞抑制作用があることに注目し、アンチセンスベクターによるiNOSの発現抑制によってNO産生を抑制し、さらにONOO-産生を抑制することを示した。本研究はiNOSを特異的にブロックすればサイトカインによる骨芽細胞分化指標の抑制が回復することを示唆するものであり、iNOSおよびその産物としてのNO、ONOO-の骨芽細胞に対する効果を直接的に証明するものであった。よってNOの骨代謝における作用の検討に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと思われる。

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