学位論文要旨



No 117392
著者(漢字) 小笠原,徹
著者(英字)
著者(カナ) オガサワラ,トオル
標題(和) 細胞周期関連蛋白による骨芽細胞分化制御機構に関する研究
標題(洋)
報告番号 117392
報告番号 甲17392
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2000号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,耕三
 東京大学 教授 安藤,譲二
 東京大学 教授 上野,照剛
 東京大学 助教授 菅澤,正
 東京大学 助教授 須佐美,隆史
内容要旨 要旨を表示する

(要旨) 細胞周期は、細胞が増殖するか、分化に向かうか、あるいは休止期(G0期)に入るかを最終的に決定する場であり、細胞の分化増殖を研究する上で重要な要素であるにもかかわらず、骨系細胞の分化、増殖において細胞周期というシステムがどのように関わっているのかはこれまで殆ど検討されてこなかった。そこで、本研究では、分化の起こるG1期に機能する分子に注目し、BMP-2による骨芽細胞分化誘導における細胞周期関連蛋白の関与について検討した。まず第1章では、BMP-2による細胞周期関連蛋白の発現調節を検討した。次に第2章では、CDK6の細胞内機能解析を目的として遺伝子導入を行い、CDK6蛋白を安定的に高発現する細胞株を樹立し、それらを用いて分化能および増殖能の評価を行った。

第1章 骨芽細胞におけるBMP-2による細胞周期関連蛋白の発現調節

第1章では、マウス骨芽細胞様細胞株MC3T3-E1培養系におけるBMP-2による細胞周期関連蛋白の発現調節を分析した。

1-1 BMP-2に反応性を有する、G1期に機能する細胞周期関連蛋白

MC3T3-E1細胞培養系において、BMP-2に反応する細胞周期関連蛋白を検討する目的で、BMP-2処理0、6、10、24、28、32、55時間後に蛋白を抽出し、Western blottingを行った。分析の結果、細胞分化の起こるG1期に機能する分子の中でも、特にCDK6の発現レベルがBMP-2処理によって著明に抑制されることが分かった。同種の蛋白であるCDK2およびCDK4の発現レベルには変動が認められなかった。また、CDK4とCDK6の共通の基質であるRb蛋白の発現レベル並びにそのリン酸化について、55時間後ではコントロール群とBMP-2処理群との間に明らかな差は認められなかったが、経時的な変動パターンにはやや違いが見られ、コントロール群が10時間後くらいから発現レベルが強く上昇するのに対して、BMP-2処理群はそれより遅れて24時間後から発現レベルの強い上昇が見られた。

 また、サイクリンならびにCKIの中には、BMP-2に対する明らかな反応性を有するものはなかった。これらの検討から、MC3T3-E1細胞にBMP-2による分化シグナルが入ると、CDK6の蛋白レベル低下が起こることが明らかとなり、さらにCDK6以外にBMP-2に反応性を有するものがなかったことから、分化に関してCDK6が何らかの重要な役割を持っていることが示唆された。

1-2 CDK6蛋白レベル抑制のメカニズム

MC3T3-E1細胞をBMP-2処理するとCDK6蛋白レベルが著明に低下することが明らかとなったため、次にそのメカニズムを分析した。細胞周期関連蛋白が一般にユビキチン−プロテアソーム系によって分解されることから、BMP-2処理によるCDK6蛋白レベルの低下もユビキチン−プロテアソームを介した蛋白分解系によるものか否かを分析する目的で、プロテアソームとカルパインの阻害剤であるMG132(2μM)の影響を検討した。BMP-2処理24、28時間後に蛋白を抽出し、Western blottingを行った結果、MG132を加えていないコントロール群においても、MG132添加群においてもBMP-2によるCDK6蛋白レベルの低下が認められた。つまり、BMP-2によるCDK6蛋白レベルの低下にユビキチン−プロテアソームによる蛋白分解系は関与しないことが推測された。

1-3 シグナル伝達経路の分析

アデノウイルスベクターを用いてMC3T3-E1細胞内に抑制型SmadであるSmad6を過剰発現させ、Smadシグナルを遮断した状態で細胞をBMP-2処理した場合のCDK6の発現レベルをWestern blottingで検討した。コントロール群で、BMP-2処理12、24、30時間後にCDK6の発現低下が認められたが、Smad6感染群では、CDK6の発現低下は認められなかった。この結果から、BMP-2処理によるCDK6の発現低下はSmadシグナルを介していることが示唆された。

第2章 骨芽細胞におけるCDK6の機能解析

2-1 CDK6高発現細胞株の樹立

CDK6蛋白の細胞内機能解析のために、MC3T3-E1細胞にCDK6遺伝子を導入し、CDK6蛋白を安定的に高発現する細胞株を樹立した。親株(MC3T3-E1細胞)と同程度の発現レベルの細胞株を低発現群、親株の数倍の発現レベルを示す細胞株を高発現群と判定した。

2-2 アルカリフォスファターゼ活性を指標とした分化能の評価

培養72時間後における親株、低発現群、高発現群の分化能を評価するためにALP活性を指標とする分析を行った。親株および低発現群ではBMP-2処理によってALP活性が著名に促進されたが、高発現群ではBMP-2によるこれらの促進効果は軽度だった。

2-3 オステオカルシンmRNAの発現を指標とした分化能の評価

BMP-2処理48時間後におけるオステオカルシンおよびBMP-2のシグナルを伝達するBMPレセプターIAとBMPレセプターIIの発現をRT-PCRによって検討した。親株および低発現群ではBMP-2処理によってオステオカルシンの発現が誘導されるのに対し、高発現群ではその誘導が認められなかった。また、BMP-2非処理群は、どの群でもオステオカルシンの誘導は認められなかった。さらに、BMP-2のシグナルを伝達するBMPレセプターIAとBMPレセプターIIの発現は遺伝子導入によって明らかな影響を受けていなかったことから、CDK6高発現群での分化能の低下はレセプターの変化を介するものではないと思われた。

2-4 BrdUの取り込みによる増殖能の評価

本来増殖と分化のメカニズムは互いに抑制し合うものであり、CDK6が細胞周期のエンジンであることから、その強制発現による分化能の低下は主に増殖促進効果によるものである可能性が考えられた。その点を検討するために増殖能の評価を行った。親株、低発現群、高発現群それぞれに対してBMP-2非処理とBMP-2処理群を置いて分析した。培養1日目および培養3日目でのBrdU incorporation assayの結果、BMP-2非処理とBMP-2処理を問わず、細胞群間で顕著な増殖能の差は認められなかった。

2-5 フローサイトメトリーによる分析

親株、低発現群、高発現群で細胞周期の分布に差が認められるかを検討するために、フローサイトメトリー(FACS)による分析を行った。親株、低発現群、高発現群それぞれにおける細胞播種24時間後の細胞周期の分布を分析したところ細胞群間で細胞周期の分布に大きな差は認められなかった。

過去の研究により、BMP-2による骨芽細胞分化誘導シグナルはBMPレセプターII、BMPレセプターIを経て、Smadを介して伝達されることが明らかになっているが、本研究によって、さらにその下流にCDK6の抑制という現象が存在することが示された。また、CDK6強制発現による分化抑制効果は、増殖の促進による二次的なものではなく、直接的な効果である可能性も示された。すなわち、本研究によってCDK6が骨芽細胞分化効率に直接的に働く因子のひとつである可能性が示された。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、骨芽細胞の分化過程において細胞周期関連蛋白がどのような役割を演じているかを明らかにすることを目的として、細胞分化の起こるG1期に機能する分子に注目し、BMP-2による骨芽細胞様細胞(MC3T3-E1細胞)分化誘導系における細胞周期関連蛋白の関与について検討したものであり、下記の結果を得ている。

1.MC3T3-E1細胞において、BMP-2処理によってCDK6の発現レベルが著明に抑制されることがWestern blotにより示された。また、CDK6以外にBMP-2に反応性を有する分子が存在しなかったことから、分化に関してCDK6が重要な機能を果たしていることが示唆された。

2.BMP-2処理によるCDK6蛋白レベルの低下がユビキチン−プロテアソームを介した蛋白分解系によるものか否かを分析する目的で、プロテアソームとカルパインの阻害剤であるMG132の影響を検討したところ、MG132添加群でもBMP-2によるCDK6蛋白レベルの低下が認められた。つまり、BMP-2によるCDK6蛋白レベルの低下にユビキチン−プロテアソームによる分解系は関与しないことが推測された。

3.アデノウイルスベクターを用いて細胞内に抑制型SmadであるSmad6を過剰発現させ、Smadシグナルを遮断した状態で細胞をBMP-2処理した場合のCDK6の発現レベルを検討したところ、Smad6感染群においてはCDK6の発現低下が認められなかった。この結果から、BMP-2処理によるCDK6の発現低下はSmadシグナルを介していることが示唆された。

4.CDK6蛋白の細胞内機能解析のために、細胞にCDK6遺伝子を導入し、CDK6蛋白を安定的に高発現する細胞株を樹立し、その分化能を検討した。評価に関しては、アルカリフォスファターゼ(ALP)活性およびRT-PCRによるオステオカルシンmRNAの発現をその指標としたが、いずれの場合もCDK6強制発現によって分化能が著しく抑制された。さらにBMP-2のシグナルを伝達するBMPレセプターI AとBMPレセプターIIの発現をRT-PCRによって検討したところ、その発現の有無は遺伝子導入によって明らかな影響を受けていなかったことから、CDK6強制発現による分化能の低下はレセプターの変化を介するものではないことが示唆された。

5.本来増殖と分化のメカニズムは互いに拮抗し合うものであり、CDK6が細胞周期のエンジンであることから、その強制発現による分化能の低下は主に増殖促進効果によるものである可能性が考えられた。その点を検討するためにCDK6高発現細胞における増殖能の評価を行った。DNA合成能を評価するBrdU incorporation assayの結果、CDK6強制発現が増殖能を有意に亢進させるという所見は得られなかった。さらにCDK6強制発現によって細胞周期の分布に差が認められるかを検討するために、フローサイトメトリー(FACS)による分析を行ったところ、細胞周期の分布に大きな差は認められなかった。したがって、CDK6強制発現による分化能の低下は、増殖促進の結果もたらされた二次的なものではなく直接的効果によるものであることが示唆された。

 以上、本論文は、骨芽細胞分化過程における細胞周期関連蛋白の関与、特にCDK6の役割を明らかとし、CDK6が骨芽細胞分化効率に直接的に働く因子のひとつである可能性を示した。本研究は、これまで未知に等しかった細胞分化における細胞周期メカニズムの解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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