学位論文要旨



No 117395
著者(漢字) 筑田,博隆
著者(英字)
著者(カナ) チクダ,ヒロタカ
標題(和) MRIラット(Miniature Rat Ishikawa)における成長軟骨の分化障害に関する研究
標題(洋)
報告番号 117395
報告番号 甲17395
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2003号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 波利井,清紀
 東京大学 助教授 岩田,力
 東京大学 助教授 岡崎,具樹
 東京大学 講師 大西,五三男
 東京大学 講師 依田,哲也
内容要旨 要旨を表示する

(要旨) 脊椎動物の骨格は、個体に一定の形態を与えるとともに運動機能の基本を担う重要な構造である。整形外科学領域におけるさまざまな病態には、骨格の形成・成長・再生のプロセスが関与しており、そのメカニズムの解明が期待されている。本研究では、骨格の成長に異常をきたすMRIラット(Miniature Rat Ishikawa)の病態を解析し、軟骨細胞の分化障害に起因する成長軟骨板の異常が原因であることを明らかにした。またMRIラットの異常は骨格の長軸成長においてだけではなく、骨折治癒の過程においてもみられることも明らかにした。

 MRIラットは、1993年に本邦で報告された自然発症の矮小動物モデルである。MRIラットは生下時には異常を認めないが、6週齢頃より体重増加が抑制され、postnatal growth retardationをきたす。現在までに、第14染色体の単一遺伝子座の変異によることが明らかになっている。

 本研究では、MRIラットの組織学的検討をおこない、対照ラットとの形態的な相違を同定した。また骨密度の測定、血清Ca、P値の測定、骨形態計測をおこない骨代謝について評価した。続いて免疫組織学的手法により基質、増殖・分化マーカー、局所因子の詳細な検討をおこなった。また、脛骨骨折モデルを作成し、骨再生時における組織反応の相違について評価した。さらに成長軟骨については、軟骨細胞の培養系を確立し、細胞レベルでの増殖・分化能についても検討した。

 MRIラットは、四肢短縮型のpostnatal growth retardationをきたす。レントゲン上、頭蓋の発達はほぼ正常であり、膜性骨化には異常がないと考えられた。これに対し、四肢長管骨と脊椎骨では、長軸長が特異的に短縮しており、内軟骨性骨化の障害による成長障害と考えられた。

 骨格の長軸成長を担う成長軟骨板の厚さは、骨の長軸成長と相関するとされており、低身長をきたす軟骨無形成症やGH分泌不全では成長軟骨板の狭小化がみられる。しかし、MRIラットでは逆に成長軟骨板は開大しており、成長軟骨板における特異な病態の存在が示唆された。

 クル病などの石灰化障害によっても成長軟骨板の開大を伴う成長障害が観察されるため、MRIラットの成長軟骨板における石灰化についてvon Kossa染色で検討した。しかし、MRIラットにおいても対照群と同様に成長軟骨板の軟骨縦隔および成長軟骨板下端の一次海綿骨に石灰化がみられ、明らかな石灰化の障害はみられなかった。

 成長軟骨板においては、(1)増殖(2)分化・肥大化(3)血管侵入というステップが連続しつつ内軟骨性骨化へと進行している。そこで組織学的検索によって、障害されているステップの同定を試みた。

 MRIラットの成長軟骨板では、軟骨の柱状の配列は比較的保持されており、成長軟骨板中間部の小型で扁平な軟骨細胞が増加していた。成長軟骨板下部の軟骨細胞では肥大化が不完全であり、肥大細胞層の厚みは減少傾向にあった。

 MRIラットでは、肥大細胞層にみられる10型コラーゲンやアルカリフォスファターゼの局在が部位によってばらついており、軟骨細胞の肥大化が同調していないと考えられた。一方で、肥大細胞層下端においては血管侵入が観察され、血管侵入のステップには障害がなかった。

 成長軟骨板中間部の軟骨細胞の層が増えている原因として、分化障害によって肥大細胞層への移行が遅延している可能性が考えられた。そこでBrdUをラットに投与し、細胞をラベルし、細胞の動態を観察した。その結果、野生型ラットでは成長軟骨板の増殖層全体に広く取り込みがみられたのに対し、MRIラットでは成長軟骨板の上部4分の1に取り込みが限局しており、成長軟骨板の中間部では、増殖サイクルから脱した細胞が残存していることがあきらかになった。

 野生型ラットにおいては、ラベルされた細胞は5日目には肥大細胞層に移行していたが、MRIラットではラベルされた細胞が5日目においても成長軟骨板の上部から中間部にかけ多数残存していた。したがってMRIラットでは、軟骨細胞の細胞分裂の停止と肥大化の開始が同期しておらず、増殖から分化・肥大化への移行が障害されていると考えられた。

 PTHrPは、増殖軟骨細胞に作用し、肥大化を抑制することによって軟骨分化の速度を調節しているとされる。免疫組織化学により成長軟骨板におけるPTHrPの局在を同定したところ、対照群のヘテロラットでは、5週においてはPTHrPの局在は成長軟骨板の全層にわたっていたが、10週、15週ではPTHrPの局在は肥大細胞層に限局していた。これに対し、MRIラットでは10週、15週においても成長軟骨板の上層にPTHrPの局在が観察された。

 骨折モデルの対照群では、骨折後2週において骨折間隙中央部に骨折軟骨がみられ、その両端では軟骨細胞の肥大化とそれに続く血管侵入と旺盛な骨形成が観察された。これに対し、MRIラットでは骨折間隙における軟骨細胞の肥大化がみられず、内軟骨性骨化の進展は観察されなかった。

 MRIラットにおいてみられる増殖から肥大化への移行障害が、軟骨細胞自体の異常であるかどうかを検討するために、ラットの脛骨近位成長軟骨板から軟骨細胞を単離し培養した。

 野生型のラット由来の軟骨細胞は、はじめ線維芽細胞様の形態となりつつ増殖し、コンフルエントに達した後には、円形で明るい細胞となった。一方、MRIラット由来の軟骨細胞は、コンフルエントに達した後、しだいに多角形・紡錘形の形状を呈するようになった。

 軟骨関連因子の発現をRT-PCRにより検討すると、MRIラット由来の細胞では、初期には軟骨特異的な2型コラーゲンの発現がみられたが、培養開始後4週目においては発現が消失していた。一方1型コラーゲンは発現が4週以降もみられ、MRIラットの細胞は、通常の培養条件下ではしだいに脱分化するものと思われた。

 単離した軟骨細胞の増殖能を評価するためにMTTアッセイとサイトカイン刺激下でのチミジンの取り込み実験をおこなった。MRIラット由来の細胞はpopulation doubling timeが野生型にくらべ約75%に短縮していた。これはMRIラットの細胞が高い増殖ポテンシャルを維持していることを示している。サイトカイン刺激に対しては、野生型、MRIともに同様に反応し、GHやIGF-1に対する反応性が低下しているのではないことが示された。

 単離した軟骨細胞の分化能をアルシアンブルー染色とアルカリフォスファターゼ染色で評価した。MRIラット由来の軟骨細胞は、野生型にくらべ、アルシアンブルー染色、アルカリフォスファターゼ染色とも染色性が著しく減弱しており、分化が障害されていた。軟骨の肥大化を促進することがしられているBMP-2の存在下においては、MRIラット由来の細胞もアルシアンブルーで濃染される基質を合成するようになった。したがってMRIラット由来の軟骨細胞は、肥大化するポテンシャルを維持しているが、分化が抑制されていると考えられた。

 そこで野生型ラット由来の軟骨細胞とMRIラット由来の軟骨細胞を共存培養し、互いの分化能に影響を及ぼすかどうかを検討した。実験の結果、MRIラット由来の軟骨細胞は野生型の細胞の分化を抑制する働きがあることが明らかになった。これらの細胞を透過膜で仕切って培養した場合にも同様の結果を得たことから、MRIラット由来の軟骨細胞からは軟骨の分化を抑制する液性因子が分泌されていると考えられた。

 MRIラットの表現形は、ヒトの骨系統疾患のなかではSedaghatian型のSpondylometaphyseal Dysplasiaと類似している点がみられる。また副腎皮質過形成などの疾患に対して思春期にステロイドによる治療をおこなうと、成長軟骨板の閉鎖がおくれるにもかかわらず低身長となるが、このような病態とも共通点がみられる。MRIラットを研究することで、これらの病態の解明や治療法の開発につながる可能性がある。

 また、今回の骨折モデルによる骨再生の実験の結果から、骨折治癒の過程においては軟骨の増殖と分化・肥大化は別個の調節を受けていることが示唆された。このことは、軟骨細胞を分化の進行をとめたまま増殖させ、しかるのちに肥大化へと誘導することができる可能性を意味している。したがって、骨折の治療だけでなく脚延長、Bone transportの際にも、軟骨の増殖・分化を同時に促進するのではなく、これらを段階的に促進することで、仮骨の形成スピードや骨化の進行度を独立して制御しうる可能性があると考えられる。MRIラットの内軟骨性骨化の研究は、今後、骨再生を時間的空間的に制御する治療技術の開発につながるものと期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、矮小動物モデルであるMRIラット(Miniature Rat Ishikawa)の病態を解析し、骨格成長・再生のプロセスの解明を目指したものであり、下記の結果を得ている。

1.MRIラットでは、頭蓋の形成や長管骨の横径成長には異常がないが、骨格の長軸成長が障害されており、内軟骨性骨化に特異的な異常が存在することが示された。骨形態計測による評価では、骨代謝に著明な異常はないことが示された。

2.MRIラットの成長軟骨板の組織学的検討においては、成長軟骨細胞の肥大化が減弱していることが示された。さらにBrdUの取り込み実験の結果から、肥大細胞層の上には、増殖を停止しているにもかかわらず、分化を開始していない特異な細胞層が存在していることが示された。MRIラットでは軟骨細胞の増殖の停止と分化の開始が同期しておらず、増殖層から肥大細胞層への移行が障害されていることが示された。

3.脛骨骨折モデルを作成し、骨折治癒過程における骨再生について検討したところ、MRIラットにおいては、骨折治癒過程においても軟骨細胞の肥大化がみられず、内軟骨性骨化が遅延していることが示された。

4.成長軟骨板より軟骨細胞を単離培養し、増殖能と分化能を評価した。増殖能の評価は、MTTアッセイとチミジンの取り込み実験によりおこなった。この結果、MRIラット由来の軟骨細胞では、population doubling timeが野生型にくらべ約75%に短縮しており、増殖が軽度亢進していることが示された。一方、アルシアンブルー染色、アルカリフォスファターゼ染色による評価では、MRIラット由来の軟骨細胞において分化障害がみられることが示された。また、BMP-2を添加するとMRIラット由来の軟骨細胞においても分化が観察されることから、分化するポテンシャルは保持していることが示された。共存培養の結果からは、MRIラット由来の軟骨細胞から、軟骨分化を抑制する液性因子が分泌されている可能性があることが示された。

 以上、本論文は新規の矮小動物モデルラットについてその病態が成長軟骨の分化異常による内軟骨性骨化の障害であることを明らかにした。さらに軟骨細胞の増殖の停止と分化の開始の同期が障害されている点を明らかにした。本研究はこれまで未知であった骨格成長のメカニズム、特に軟骨細胞の増殖と分化の関連の解明に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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