学位論文要旨



No 117400
著者(漢字) 伊藤,直美
著者(英字)
著者(カナ) イトウ,ナオミ
標題(和) 退院後の消化器系永久ストーマ造設患者の生活安定感尺度の開発およびその関連要因に関する研究
標題(洋)
報告番号 117400
報告番号 甲17400
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2008号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 助教授 渡邉,聡明
 東京大学 助教授 菅田,勝也
 東京大学 講師 萱間,真美
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 退院後のストーマ造設患者が、安定した生活を送ることができるようにすることは、重要な看護支援目標である。この目標を達成するためには、患者の状況を把握するとともに、これに関わる要因を明らかにする必要がある。これまで、ストーマ造設患者の看護支援目標は、主に「適応」や「QOL」といった視点から検討されてきた。しかし、これらを把握するための測定用具は、看護支援という観点で介入困難な項目が含まれているなど、生活の安定の把握に十分、合致したものとなっていない。そこで本研究では、退院後のストーマ造設患者が、ストーマを持って安定した生活を送ることができているかどうかを把握するための生活安定感尺度を開発し、それを用いて生活の安定に関する要因を明らかにすることを目的とした。本研究では、生活の安定を患者の「生活安定感」によって把握することとし、生活安定感を「癌により永久ストーマを造設された患者本人が、退院後の日常生活の中で、ストーマを持っての自分の生活が安定した状況・状態にあると思う、あるいはあると感じることができる主観的内容とその程度」と定義した。

II.方法

 首都圏(1都3県)の、一般病床数200床以上で、外科を有する病院の患者のうち、結腸、直腸、肛門の癌により、消化器系永久ストーマ造設後10年未満、80歳未満で、身体的・精神的に重篤な状態になく、各施設の医師または看護婦により調査への参加が可能と判断された方を対象とした。資料は、平成12年5月〜平成13年1月に、調査票を用いた面接と、診療録閲覧、看護婦からの聞き取りにより収集した。調査票は、生活安定感尺度(案)、オストメイトQOL調査票(以下O-QOL)の他、生活全般の自己評価、生活安定感との関連が想定される諸要因に関する項目で構成した。生活安定感尺度(案)は、患者15名に予備調査を行い、アイテムプールを作成した後、専門家の助言を得、プレテストを実施し、必要な修正を加えて本調査に用いた。同意が得られた方には、信頼性検証を目的とした再調査を約2週間後に実施した。

 生活安定感の関連要因は、退院時にはすでに規定されており、その後の操作ができないあるいは困難なものを1次要因、退院後に生じる、あるいは変化しうるものを2次要因とし、1次要因として対象の特性(年齢、楽観性傾向)、身体状況(術後経過期間、臨床的病期、ストーマの管理しやすさ)、2次要因として受診病院の状況(WOC Nsの有無、ストーマ外来開催頻度)、生活環境におけるサポート(ストーマ外来の受診状況、看護婦、医師、家族または同居者、友人・知人各々からの支援)を挙げた。また、生活安定感は生活全般の自己評価に影響を及ぼすものと想定した。

 分析は、まず対象の背景を記述した。次に、生活安定感尺度(案)について、項目の選定および信頼性・妥当性の検討を行い、さらに因子間構造を検討した。関連要因の記述統計を示した後、生活安定感に関連する要因を探索した。その結果をもとに検証モデルを作成し、モデルの評価を行い、要因についてその関連を検討した。解析には、統計パッケージWindows版SAS Version 6.12ならびにSPSS Amos Version 4.0を用いた。

III.結果

 協力が得られた12施設の患者、計133名から有効回答を得た。うち65名から再調査の回答が得られた。

対象 平均年齢は62.9±9.0歳、平均術後経過期間は2.2±2.2年であった。男性が72.2%を占め、ストーマ造設に至った疾患は直腸癌が91.0%と最も多く、術式は腹会陰式直腸切断術(Miles手術)が75.2%を占めていた。現在、採用している主な排便処理方法は装具を用いた自然排便法で、90.2%を占めていた。

生活安定感尺度の信頼性・妥当性 各項目の回答分布の確認、探索的因子分析および検証的因子分析の結果から「日常生活活動の回復・拡大」7項目、「ストーマの受け止め」8項目、「ストーマケアを受ける場がある安心感」2項目、「皮膚トラブルの心配のなさ」4項目、「排便と体調の把握」3項目の、5因子24項目を選択した。各項目の重み付きκ統計量は0.32〜0.76、各因子得点による級内相関係数は0.60〜0.83であった。クロンバックのα係数は0.49〜0.93であった。生活安定感尺度の「日常生活活動の回復・拡大」「ストーマの受け止め」は、O-QOLの各因子得点との間のスピアマンの順位相関係数を用いた検討で、収束妥当性、判別妥当性があることが確認された。「皮膚トラブルの心配のなさ」「ストーマケアを受ける場がある安心感」「排便と体調の把握」の3因子は、O-QOLの各因子あるいは調査票の中から類似する単項目を用いて検討した結果、収束妥当性、判別妥当性がほぼ確認された。

生活安定感尺度の因子間構造「皮膚トラブルの心配のなさ」「ストーマの受け止め」「日常生活活動の回復・拡大」の間には、臨床的に順序性が想定されるため、構造方程式モデルを用いて分析した結果、その順序を想定したモデルとデータの適合度は、他の仮定のモデルに比して良好であった。

生活安定感と諸要因との関連 重回帰分析を行った結果、有意(P<0.05)な関連が見られた変数のみを用いて検証モデルを作成し、構造方程式モデルによる分析を行い、モデルとデータの適合度、要因についてその関連を検討した。図1に示すとおり、モデルとデータの適合度はおおむね良好であった。得られた標準偏回帰係数は十分高いとは言えないものの、すべて有意であった。生活全般の自己評価は、日常生活活動の回復・拡大ができているほど、ストーマの受け止めができているほど高かった。日常生活活動は、術後経過期間が長いほど、ストーマの受け止めができているほど、友人・知人からの支援が得られているほど、臨床的病期が低いほど、年齢が低いほど回復・拡大していた。ストーマの受け止めは、楽観性傾向が高いほど、年齢が高いほど、皮膚トラブルの心配がないほど良好であった。皮膚トラブルの心配は、ストーマ外来開催頻度が高いほど少なかった。ストーマケアを受ける場がある安心感は、ストーマ外来開催頻度と、看護婦からの支援が高いほど強いことが示された。

IV.考察

 退院後のストーマ造設患者に対する看護支援目標内容である生活の安定について、これを把握するための尺度開発とともに、モデルを作成し、関連要因を明らかにした。

 本尺度は、看護婦からの介入が可能な内容とすることに留意し、一連の計量心理学的検討を加えて開発した。このことから、開発された本尺度は、生活の安定を把握するための測定用具として用いることが可能であり、これを用いることによって看護支援に役立てることができる。したがって本尺度は、学術的、臨床的に有用である。

 生活安定感に関するモデルは、これまで経験的に指摘されてきた、退院後の外来支援の必要性について定量的裏付けを与えた。また、看護婦が入手可能な要因によって構成されている。これらの点で、退院後のケアシステムの整備・拡充の必要性を示す資料として、看護支援目標を達成するための情報として有用である。

生活安定感尺度について 最終的に5因子24項目から成る本尺度は、作成過程と分析結果から、一定の信頼性と、内容および表面妥当性、因子妥当性、構成概念妥当性を有することが示された。「皮膚トラブルの心配のなさ」「ストーマの受け止め」「日常生活活動の回復・拡大」の3因子の間には順序性がある可能性が示唆された。この順序性は臨床的視点ともよく合致し、適合度も高いものであった。したがって、本尺度は、退院後のストーマ造設患者が、安定した生活を送ることができているかどうかを把握するための測定用具として使用することが可能と考えられる。

生活安定感と諸要因との関連について 定期的なストーマ外来開催と看護婦からの支援により、皮膚トラブルの心配がない状態、ストーマケアを受ける場がある安心感を得られること、さらに皮膚トラブルの心配がない状態を得ることにより、ストーマの受け止めの向上と、日常生活活動の回復・拡大が可能と示唆される。そして、このような生活安定感の向上により、生活全般の自己評価が高まることにつながると考えられる。

 定期的なストーマ外来開催およびストーマケアに関する看護婦からの支援といった要因は、変化させることが可能な要因であり、それらを強化することにより、生活安定感の獲得、ひいては生活全般の自己評価の向上に寄与できる可能性がある。

生活安定感および自己評価向上に向けて 退院後、患者が利用できるストーマ外来を定期的に開催すること、そこで看護婦から支援が提供されるようケアシステムの整備・拡充が必要と考えられる。

今後の課題 縦断的な調査を実施することにより、生活安定感が、退院後どのように変化していくのかに加え、今回、示された要因の検証、尺度の洗練、さらに今回、示されたもの以外の要因についての探索も課題と考えられる。

図1 ストーマを持っての生活安定感に関する要因の構造方程式モデルによる分析結果

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、退院後のストーマ造設患者における看護支援目標である、ストーマを持っての生活の安定について、これを把握するための尺度を開発するとともに、モデルを作成し、関連要因を明らかにしたものである。本研究では、退院後の消化器系永久ストーマ造設患者133名を対象に調査を行い、尺度開発のための計量心理学的検討と、構造方程式モデルの手法を用いた分析等により、以下の知見を得ている。

1.生活安定感尺度の開発

 生活安定感尺度は、「日常生活活動の回復・拡大」7項目、「ストーマの受け止め」8項目、「ストーマケアを受ける場がある安心感」2項目、「皮膚トラブルの心配のなさ」4項目、「排便と体調の把握」3項目の5因子24項目から構成され、一定の信頼性・妥当性を有することが示された。本尺度のうち、臨床的に想定される「皮膚トラブルの心配のなさ」「ストーマの受け止め」「日常生活活動の回復・拡大」の因子間の順序性は、統計的な視点からも支持され、存在する可能性が示唆された。以上より、本尺度は使用可能と考えられた。

2.生活安定感に関するモデルと関連要因

 生活安定感に関するモデルは、臨床的視点とも合致し、モデルとデータの適合度も高く、一定の信頼ができるものであった。生活安定感は、退院後に生じる、あるいは変化しうる要因として位置付けた、退院後の「ストーマ外来開催頻度」「看護婦からの支援」の強化によって高まり、生活全般の自己評価の向上につながる可能性が示された。このことから、退院後のストーマ造設患者に対し、ストーマ外来の定期的な開催と、看護婦からの支援が提供されるようなケアシステム整備・拡充の必要性が示唆された。

 以上、本論文では、これまで看護支援目標内容を把握するために用いられてきた測定用具が、看護支援という立場から介入困難な項目が含まれているなど、生活の安定の把握に、十分、合致したものとなっていない点に着眼し、厳密な手順で一連の計量心理学的検討を加え、看護支援の際に活用できる尺度を開発した。かつ本論文では、これまで経験的に指摘されてきた退院後の外来支援の必要性について、これを実証した研究がほとんどみられない中、生活安定感に関するモデルにより定量的裏付けを与えた。またこのモデルは、看護婦の立場で入手可能な要因によって構成されており、看護支援目標を達成するための情報として活用可能である。

 よって、本論文は、退院後のストーマ造設患者への支援を行う際の重要な示唆を与えており、独創性、臨床的有用性ともに高く、この点で、学位の授与に値するものと考えられる。

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