学位論文要旨



No 117401
著者(漢字) 富田,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) トミタ,マキコ
標題(和) 健康行動に関する因果モデルの検証:心理的特性を中心として
標題(洋)
報告番号 117401
報告番号 甲17401
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2009号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保木,富房
 東京大学 教授 衛藤,隆
 東京大学 助教授 川久保,清
 東京大学 助教授 橋本,修二
 東京大学 助教授 菅田,勝也
内容要旨 要旨を表示する

【問題】

 高齢化社会といわれる現代では,単に長く生きられるだけではなく人々が健康に過ごせる期間が長くなることが重要となっている.そのためには個人が積極的に健康のための行動をとることが必要となる.

 しかし,そうした健康的な行動の実施には個人差が存在する.この個人差に影響する要因の一つとして心理的特性の差違が多くの研究者によって述べられており,中でも主観的コントロールの重要性が取り上げられている.この主観的コントロールを評価する方法の代表的なものとして,結果をコントロールする期待の所在に関するLocus of Control(LOC)信念や,行動に対する自身の効力感に関するSelf-efficacy(SE)信念がある.LOCは、結果をコントロールする期待を自分自身におくInternalと,運・有力な他者など自分以外のものにおくExternalによる一次元の変数である.一般的にInternalの者ほど,積極的に行動すると言われている.これはRotter(1966)の提唱する社会的学習理論(ある未知の状況下で特定の行動を起こす可能性は,その行動が特定の成果をもたらすであろうという期待と,個人の成果に対する価値との相互作用である)に基づく概念である.よって,健康行動の予測のためにはLOCと共に健康への価値を考慮しなければならない.しかし,LOCを用いた研究の中では健康価値が考慮されていない場合が多々存在する.こうした点を考慮し,本研究は以下の3点を目的とする.

(1)社会的学習理論に基づき,健康価値測定の重要性とLOCの有効性の検討.

(2)LOCとSEの関係性において,InternalでSEが高い者が積極的に行動を取ることを検討.

(3)主観的コントロールと関連し,健康行動に影響をあたえるだろうと考えられる個人の病気・死別経験,健康不安を取り入れた健康行動予測モデルの構築.

【方法】

 首都圏の5大学に通う大学生(男性139名,女性267名,18〜24歳平均年齢19.22歳(SD=1.00))406名に対し,教養科目としての心理学の授業で調査の主旨を説明し、協力を求めた.調査を拒否する対象者はみられなかったため、全員に対して調査用紙を配布した.調査内容は以下の通りである.

(1)自分にとってとても辛いと思えるような病気経験(あり:115名)(2)過去3年間の身近な人との死別経験(あり:173名)(3)Health Behavioral Index(健康行動の実行度合いを尋ねるもの(富田,1999)(4)LOC Scale(鎌原・樋口・清水,1982)(5)HLC Scale(Wallston et al, 1978):健康における統制の所在を自身におくInternal(IHLC),医療関係者におくMedical(MHLC),運におくChance(CHLC)の3次元からなる(6)健康不安尺度(7)健康価値尺度(8)Self-Efficacy尺度(坂野・東條,1986)

【分析方法・結果】

(1)健康価値高低によるコントロールの影響力比較モデル

 社会的学習理論を考慮すると,主観的コントロールから行動の予測に関しては健康価値が高いことが不可欠である.よって,対象者を健康価値得点で低群・高群の2群に分け,両群を同時に分析する多母集団比較を行い、同一のモデルを構築した.健康価値を考慮した場合,一般のコントロールからの予測でも十分ではないかという仮説を検証するために,一般のコントロール(LOC, SE)と健康領域特有のコントロール(HLC)には別々の潜在変数を仮定した.LOCとSEに影響を与える潜在変数としてCONTROLを,HLC尺度の下位尺度INTERNAL, CHANCE, MEDICALに影響を与える潜在変数としてはHLCを仮定した.また健康行動の下位尺度PROMOTION・REST・LIFE STYLEには潜在変数としてHELATH BEHAVIORを仮定した.このモデルの適合度はGFI=0.956, AGFI=0.922, RMSEA=0.041であり,データとモデルの適合がよいことが示されていると考えられる.

(2)健康行動予測に関する因果関係モデル

 MODEL2においては対象者を一つにまとめ,全体で最も健康行動を規定する要因を明らかにするためのモデル構築を行った.まず,病気経験や死別経験は個人が操作できない経験であり,他の心理的な要因から影響を受ける変数とは考えられないため,個人の病気経験SICKと死別経験DEATHによりEXPERIENCEという内生潜在変数を仮定した.また,健康不安HEALTH ANXIETYに影響を与える潜在変数としてANXIETY, SELF EFFICACYとLOCに影響を与えるCONTROL,健康価値HEALTH VALUEに影響を与えるVALUE,健康行動PROMOTION, REST, LIFE STYLEに影響を与えるHEALTH BEHAVIORをそれぞれ仮定した.健康行動との関係をもっとも説明できるモデルとして,最終的にMODEL2となった.適合度はGFI=0.979, AGFI=0.958, RMSEA=0.040と高い値を示した.

【考察】

 本研究は個人の健康行動を規定する要因としてコントロール(LOC, HLC, SE)と病気・死別経験,健康不安を取り上げ,その関連性を検討した.MODEL1においてHLCでは各次元の影響力が異なることから,多次元の要素がどのように影響しあって積極的な健康行動を導くのかを明確にすることであると考えられる.しかし,本研究においてはINTERNALの役割のみがかなり大きいため,HLCの多次元性について疑問が生じることからHLCに関しては今後更なる検討が必要とされる.健康価値の高低による因果係数を比較してみると,CONTROLからHEALTH BEHAVIORへのパスの値のみが健康価値高群の場合に上昇し(低群0.258→高群0.410),HLCからの因果係数は両群でほとんど変わらなかった.よって健康行動の予測において,健康領域のHLCよりも一般期待であるLOC・SEが有効であるといえる.これは,健康に対してのコントロールの所在のみを測定するよりも,自分の行動へのコントロールの所在を自身に置き,かつ自己への効力感が高い個人であるならば,健康価値を高めることで健康行動を積極的にとるように働きかけることが可能であると言える.以上のように健康価値の高い場合にのみコントロールが行動を予測し,一般期待LOC・SEが有効であると確認できたと言える.

 MODEL2では個人の経験は健康不安を高め,その健康不安がコントロールや健康価値に影響を与え,健康行動に間接効果を持つと共に健康行動の一つであるPROMOTIONに直接的に影響を与えることとなった.PROMOTIONは他の2行動に比べると病気を予防するというよりは更によい健康状態を高めようとする行動である.健康不安が高いと,病気への恐れから単に病気を予防するだけでは満足せず,常に良い健康状態を求めるため健康促進的な行動に直接影響を与えるためだと考えられる.またCONTROLとVALUEは共に,ANXIETYからの影響を受けることとなった.これは,自己の健康が脅かされるのではないかという不安を抱くことで,自分の努力によって健康は得られないと考えに至るため,コントロールの減少につながるのではないかと考えられる.また,健康が脅かされるのではという不安は,裏を返せば健康の重要性を知ることとなり健康価値が高くなるのであろう.このように個人の健康不安は直接健康促進的な行動に影響を与えると共に,コントロールや健康価値に影響を与え,間接的にも健康行動に影響を与えていることがわかる.VALUEとCONTROLのHEALTH BEHAVIORへの因果係数は,ほぼ同じ程度であった.これは個人に健康行動をとらせるためには,健康価値が高くコントロール信念も高いことが必要となることを意味している.よってMODEL1・MODEL2の結果から,本研究ではRotterの社会的学習理論におけるexpectancy-value modelが確認されたといえる.また,Internal傾向が高い場合のみSE信念が行動を予測する(Wallston, 1989, 1992)ということは,行動の予測にはInternalで,かつSEが高いことが必要とされること考えられる.本研究のモデルではLOC, SEのどちらが先行要因となりうるかまでは検討できなかったが,LOCとSEを同時に考慮することで健康行動の予測が可能となることは確認できたと言える.

健康価値高群(下)

【結論】

 本研究で取り上げられたLOC・SEは,社会的学習理論から導き出された概念であり,個人の日常的な経験から学習される信念である.そのため,たとえコントロールの低い個人であっても自己の行為と成果との随伴関係を学ぶことによって,高いコントロール信念を持つことができる.これは即ち,健康教育プログラムなどの介入により,積極的に健康行動を実施しない個人に対しても行動変容を起こさせることが可能となるのである.病気経験などに関しても,個人が病気を経験すると,Internalの高い者ならば自身の行動で以後病気を防げると知覚するので,病気経験が行動の強化となる(Lau&Ware, 1981)ために健康行動促進に重要な役割を果たすと考えられる.本研究で明らかとなった健康行動と個人の経験・心理的特性との関係は単に因果関係を示しただけでなく,今後の介入プログラムなどにも有効であると思われる.

 以上のように本研究では,一般期待の有効性,健康価値,個人の病気経験などの重要性が検証された.しかし,本研究で対象としたのは健康な若者である大学生であり,他の集団を対象とした場合健康行動との関連性が異なってくることが考えられる.本研究ではこうした他の集団との関連性や相違点などは検討されなかったため,コントロールの役割を明確化するためにも更なる調査が必要であろう.

 よって,今後健康領域での研究において,個人の健康に関する様々な行動の予測や規定要因を検討する場合には対象となる集団の特徴をふまえて研究を行うことが不可欠であると思われる.

MODEL 1

係数は健康価値低群(上)

MODEL 2

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は健康行動実施における個人差を理解し,今後の健康行動促進に役立てるために,(1)社会的学習理論に基づき,健康価値測定の重要性とLOCの有効性の検討.(2)LOCとSEの関係性において,InternalでSEが高い者が積極的に行動を取ることを検討.(3)主観的コントロールと関連し,健康行動に影響をあたえるだろうと考えられる個人の病気・死別経験,健康不安を取り入れた健康行動予測モデルの構築.を目的とし調査・分析を行い,以下の結果を得ている.

1.健康価値高低によるコントロールの影響力比較モデルの構築

 社会的学習理論を考慮し,対象者を健康価値得点で低群・高群の2群に分け,両群を同時に分析する多母集団比較を行い、同一のモデルを構築した.健康価値を考慮した場合,一般のコントロールからの予測でも十分ではないかという仮説を検証するために,一般のコントロール(LOC, SE)と健康領域特有のコントロール(HLC)には別々の潜在変数を仮定した.このモデルの適合度はGFI=0.956, AGFI=0.922, RMSEA=0.041であり,データとモデルの適合がよいことが示された.

 MODEL1において健康価値の高低による因果係数を比較したところ,CONTROLからHEALTH BEHAVIORへのパスの値のみが健康価値高群の場合に上昇し(低群0.258→高群0.410),HLCからの因果係数は両群でほとんど変わらなかったことで健康行動の予測において,健康領域のHLCよりも一般期待であるLOC・SEが有効であることが確認された.このことから,健康に対するコントロールのみを測定するよりも,自分の行動へのコントロールの所在を自身に置き,かつ自己への効力感が高い個人であるならば,健康価値を高めることで健康行動を積極的にとるように働きかけることが可能であると考えられた.以上のように健康価値の高い場合にのみコントロールが行動を予測し,一般期待LOC・SEが有効であると確認された.

2.健康行動予測に関する因果関係モデルの構築

 MODEL2においては対象者を一つにまとめ,全体で最も健康行動を規定する要因を明らかにするためのモデル構築を行った.健康行動との関係をもっとも説明できるモデルであるMODEL2は適合度:GFI=0.979, AGFI=0.958, RMSEA=0.040と高い値を示した.

 MODEL2では個人の経験は健康不安を高め,その健康不安がコントロールや健康価値に影響を与え,健康行動に間接効果を持つと共に健康行動の一つであるPROMOTIONに直接的に影響を与えることが確認された.PROMOTIONは他の2行動に比べると病気を予防するというよりは更によい健康状態を高めようとする行動であり,健康不安が高いと病気への恐れから単に病気を予防するだけでは満足せず,常に良い健康状態を求めるため健康促進的な行動に直接影響を与えるためと考えられた.またCONTROLとVALUEは共にANXIETYからの影響を受けることとなり,自己の健康が脅かされるのではないかという不安を抱くことで,自分の努力によって健康は得られないと考えに至るためコントロールの減少につながると解釈された.また,健康が脅かされるのではという不安から健康の重要性を知ることとなり健康価値が高くなると考えられることから個人の健康不安は直接健康促進的な行動に影響を与えると共に,コントロールや健康価値に影響を与え,間接的にも健康行動に影響を与えていることがわかった.よってMODEL1・MODEL2の結果から,本研究ではRotterの社会的学習理論におけるexpectancy-value modelが確認され,また,LOCとSEを同時に考慮することで健康行動の予測が可能となることが確認できた.

 以上,本論文では個人の健康行動に関する因果モデルを検討した.これまでの先行研究において,コントロールのみを扱ったものは多々あるが健康価値とコントロール信念を用いた例は未だ少なく,またLOC・SEの関係性に着目した研究もほとんどなく,一般期待の有効性や個人の病気・死別経験や健康不安などを取り上げ,各変数の相互関係を考慮し体系的に研究を行った研究は見られない.よって本研究は新しい観点から研究を行っただけでなく,仮説を確認するためのモデルからも高い関連性がみられていることから,今後個人の健康行動理解のために重要な役割を果たすと考えられ,学位の授与に値するものであると認められる.

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