学位論文要旨



No 117402
著者(漢字) 趙,紅
著者(英字) ZHAO,HONG
著者(カナ) チャオ,ホン
標題(和) EORTC QLQ−C30標準中国語版の計量心理学的検証と癌患者QOLに対する患者教育介入効果の評価
標題(洋) Testing psychometric properties of the standard Chinese version of the EORTC QLQ-C30 and evaluation of impact of patient education intervention on patients' QOL
報告番号 117402
報告番号 甲17402
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2010号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 助教授 横山,和仁
 東京大学 助教授 福岡,秀興
 東京大学 講師 河,正子
内容要旨 要旨を表示する

 緒言

 中国においては癌の罹患率が年々上昇し、死因の上位(都市部で1位、農村部で2位)を占めるに到っている。癌治療法は近年急速に進歩し治療効果が向上しているが、治療効果については5年生存率などの客観的指標のみならず、癌患者自身のQuality of Life(QOL)評価が重要視されるようになった。一方、国際共同臨床試験も増加しており、異文化間で比較可能なQOL調査票の必要性が認識されるようになってきた。そこで、本研究の第1の目的は、European Organization for Research and Treatment of Cancer Quality of Life Questionnaire Core 30 (EORTC QLQ-C30) version 3.0標準中国語版の計量心理学的検証を行うこととした。

 また、癌患者のQOLに対しては癌そのものと癌治療の両方が影響を及ぼす。これまで様々なアプローチによってQOL改善が試みられており、先行研究において、癌患者のQOL改善を目的として行われた患者教育介入に効果が認められたという結果が報告されている。中国でも患者教育の重要性が次第に認識されてきているが、患者教育の効果に関する研究はまだ少数である。従って、本研究の目的の第2は、EORTC QLQ-C30と不安尺度であるState-Trait Anxiety Inventory (STAI)を用いて癌患者のQOLに対する患者教育介入の効果を評価することとした。

 研究I

1.方法

 研究対象は、中国の大学病院6施設と癌研究所附属病院1施設に入院中で、1)乳癌、婦人科癌、あるいは肺癌患者であること、2)18歳以上であること、3)化学療法あるいは放射線療法を始めていないこと、4)中国語の読み書きが可能であること、5)同意が得られること、6)生存期間が6ヶ月以上と推定されること、という基準を満たした患者である。

 調査票としてEORTC QLQ-C30 (version 3.0)標準中国語版、Short-form Health Survey 36 (SF-36)、及びKarnofsky Performance Status (KPS)を使用し、EORTC QLQ-C30は4回(治療前1回、治療中2回と治療後1回)、SF-36は2回(治療前1回と治療中1回)、患者に記入を依頼した。KPSはEORTC QLQ-C30と同じ時点での記入を看護婦に依頼した。EORTC QLQ-C30は9つの多項目尺度(身体機能、役割機能、感情機能、認識機能、社会機能、疲労、吐き気、痛み、及び総括的QOL)と6つの単一項目尺度(呼吸困難、不眠、食欲不振、便秘、下痢、及び経済状態)の計30の質問からなる。機能尺度と総括的QOLについては、高いスコアが高いレベルを表し、逆に,身体症状と経済状態は高いスコアは悪い状態を表す。SF-36は、高いスコアが良い健康状態と日常生活機能を表し、KPSは、高いスコアが良いperformance statusを表す。

結果

 調査は2000年8月から2001年9月までに入院した患者173名に対して実施し、そのうち143名(82.7%)から有効な回答が得られた。診断名による内訳は、乳癌47名(32.9%)、婦人科癌47名(32.9%)、肺癌49名(34.3%)であった。計量心理学的検証は143名全体と癌種別(乳癌群、婦人科癌群、及び肺癌群)に行った。143名全体の結果は以下のとおりである。

 EORTC QLQ-C30の尺度の内的整合性を確認するために、Cronbach α係数を算出した。9つの多項目尺度のうち、8尺度のCronbach α係数は治療前・治療中ともに0.70より大きく、認識機能尺度のみが0.70未満であった。EORTC QLQ-C30の再現性は、化学療法後、病状が安定している乳癌患者(n=36)を対象に、2週間の間隔をおいた再テスト法を用いて検討した。各尺度のピアソン相関係数はすべて0.80以上と高く、再現性が保たれていた。収束妥当性と弁別妥当性をMultitrait Scaling Analysisにより検討した結果では、良好な項目・尺度関係をもつことが確認された。しかし、治療前・治療中とも、項目20 (concentration)と25 (memory)はそれが属している認識尺度との相関係数が0.40を超えず、収束妥当性に問題があると判断された。また、治療前の項目1 (strenuous activity)、20、25、9 (had pain)、及び10 (need rest)はそれぞれが属している尺度との相関係数よりも属していない尺度との相関係数の方が高い場合があり、治療中においても同様の結果が得られ、弁別妥当性に問題があると判断された。基準関連妥当性を検討するために、EORTC QLQ-C30とともに国際的に認知されているSF-36の尺度とのピアソン相関係数を計算したところ、治療前・治療中とも、同じQOL要素を測定していると考えられる尺度間に相関が認められた。構成概念妥当性は、EORTC QLQ-C30の尺度間ピアソン相関係数の計算および既知グループ技法により検討した。尺度間のピアソン相関係数が0.70以上の尺度はなかった。また、概念的に関連する尺度の間には有意な相関が認められた。治療前と治療中の結果はほぼ類似していた。

 既知グループ技法による検討では一元配置分散分析法を用いた。まずKPSの得点により、患者を2つのグループ(KPS<70とKPS>=70)に分けた。治療前はすべての機能尺度と4つの症状尺度/項目のスコアで有意差が認められ、治療後は、4つの機能尺度と5つの症状尺度/項目のスコアに有意差が認められた。異なる年齢グループ(age<40、40<=age<=60、age>60)の患者のスコアを比べたところ、治療前には身体機能のみ、治療中には身体機能と総括的QOLで有意差が認められた。転移の有無により、患者を3つのグループ(転移なし、局所転移、遠隔転移)に分けると、治療前には、身体機能と役割機能で有意差が認められた。しかし、治療中はどの尺度/項目でも有意差が認められなかった。最後に反復測定分散分析法を用いて、スコアの経時的変化からEORTC QLQ-C30の感度を検討した。KPSの変化により、患者を3つのグループ(改善、変化なし、及び悪化)に分けたところ、役割機能尺度、社会機能尺度、総括的QOL尺度、及び食欲不振のスコアに経時的変化が認められた。また、KPSの変化は社会機能、疲労、痛み及び食欲不振に影響を及ぼしていた。

 乳癌、婦人科癌及び肺癌の3群に分けて、癌種別の信頼性と妥当性を解析したところ、3群全体での解析とほぼ同様の結果が得られた。しかし、乳癌群と肺癌群の項目2 (long walk)、及び婦人科癌群の項目19 (pain interfered with daily activities)で弁別妥当性に問題があることがわかった。基準関連妥当性については、QLQ-C30の役割機能尺度とSF-36のrole-emotional尺度及びrole-physical尺度との相関係数が3群とも低かった。婦人科癌群と肺癌群では、いくつかの尺度間相関係数に0.70以上のものがあった。経時的変化は、乳癌群の役割機能尺度、婦人科癌群の総括的QOL尺度、肺癌群の身体機能、役割機能、感情機能、社会機能尺度、及び総括的QOL尺度に認められた。また、KPSは婦人科癌群の吐き気尺度、経済状態項目、肺癌群の身体機能尺度、及び総括的QOL尺度に影響していた。

2.考察

 計量心理学的検証の結果、EORTC QLQ-C30標準中国語版は、内的整合性、安定性及び基準関連妥当性に概ね問題がないと判断された。更に各尺度間の相関係数は殆ど0.70より小さく、それぞれの尺度がQOLを構成する各々の要素を評価していることが示された。収束妥当性と弁別妥当性を検討した結果、30項目のうち、項目1、2、10、20、25、9、及び19はオリジナル構造からはずれていた。項目20と25については、同様の結果がほかの研究でも報告されている。項目1と2は疲労や役割機能との相関が高く、その理由は文化的差異だろうと考えられた。項目9、10、及び19がオリジナル構造から外れた理由は特定できなかった。既知グループ法を用いた検討では、KPS<70の患者がKPS>=70の患者より諸機能が低く、身体症状が重かった。この結果は予想どおりであった。しかし、年齢別あるいは転移の有無別に関しては、ほとんどの尺度で有意差が認められなかった。このことは、EORTC QLQ-C30標準中国語版が年齢や転移の有無に関わらず使用可能であることを示唆している。

 研究II

1.方法

 北京市内の4つの大学附属病院において、入院中の婦人科癌患者を研究対象者として募集した。採用基準は研究Iと同様である。4つの病院を2つのグループに分け、一方のグループには通常の看護ケアと患者教育介入(実験群)、もう一方のグループには通常の看護ケアのみ(対照群)を実施した。患者教育介入は30分間の看護婦による個人指導とパンフレットの配布から成る。個人指導は、1病院あたり2名の癌病棟経験3年以上あるいは病棟勤務経験5年以上の看護婦に依頼した。指導の内容は、各患者の治療プロトコールに合わせて、抗癌剤名、与薬ルート、投与期間、投与間隔、予測される副作用とその対策、退院後の定期受診のスケジュール、緊急事態への対応方法などとした。パンフレットは、入院生活指導、癌、癌治療及び副作用に対する知識、必要な検査など、患者に共通の内容で構成した。EORTC QLQ-C30とSTAIを用いて、すべての患者のQOLと不安状態を4つの時点で(ベースライン:治療前1回、T2&T3:治療中2回、T4:治療後1回)評価した。介入はベースライン調査後に実施した。調査期間は2001年2月から9月までである。

2.結果

 実験群(n=28)と対照群(n=24)の間で、患者の背景、臨床データ及び介入前のQLQ-C30とSTAIのスコアには有意差がなかった。患者教育介入を固定効果、施設を変量効果、ベースラインのスコアを共変量として反復測定分散分析を行った結果、QLQ-C30では痛み、不眠、及び食欲不振の尺度/項目に患者教育介入効果が認められた。介入の有無と時点の交互作用が認められたのは役割機能尺度のみであった。また、時点別には、実験群と対照群の間に、役割機能、痛み、不眠、及び食欲不振尺度/項目で有意差が認められた。一方、不安状態については、介入効果、時点効果及び介入と時点の交互作用はいずれも認められなかった。

3.考察

 本研究で行った癌患者に対する教育介入は、患者のQOLのうち痛み、不眠、食欲不振の改善に効果があったと考えられる。しかし、介入の効果はその他のQOL尺度/項目や不安状態については認められなかった。理由の一つとして考えられるのは、本研究で用いられた患者教育の内容は、癌に関する知識、癌治療及び副作用の対処法に焦点を合わせたものだということである。多くの癌治療は長期間に渡り、また時期により患者が直面する問題も異なり不安も変化する。サンプルサイズが小さく検出力が小さかったことも理由としてあげられる。今後、治療の展開につれて行われる患者教育の内容を充実しなければならない。また、教育実施方法について、単なる情報提供だけではなく様々な方法を試行し、その効果を検証する必要がある。

 結論

1.EORTC QLQ-C30 (version 3.0)標準中国語版は広範囲の癌患者のQOLを評価するための有効な調査票であることが明らかとなった。しかし、癌種別の信頼性と妥当性に関しては一部再検討が必要である。

2.患者教育介入は患者のQOLの改善に効果がある。今後、患者の状態の変化に合わせた適切な教育プログラムと教育方法の開発が必要と考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 中国においては癌の罹患率が年々上昇し、死因の上位を占めるに到っている。癌患者自身のQuality of Life (QOL)評価が重要視されるようになった。本研究は、European Organization for Research and Treatment of Cancerによる開発された癌特異QOL調査票であるQuality of Life Questionnaire Core 30 (EORTC QLQ-C30) version 3.0の標準中国語版の計量心理学的検証を行い、EORTC QLQ-C30と不安尺度であるState-Trait Anxiety Inventory (STAI)を用いて癌患者のQOLに対する患者教育介入の効果を評価した。主な結果は下記の通りである。

1.EORTC QLQ-C30の計量心理学的検証について、143名の癌患者(乳癌47名、婦人科癌47名、肺癌49名)を対象として内的整合性、妥当性(収束妥当性、弁別妥当性、基準関連妥当性及び構成概念妥当性)及び感度を検討した。その結果、EORTC QLQ-C30標準中国語版は、内的整合性、基準関連妥当性及び構成概念妥当性に概ね問題がないと判断された。収束妥当性と弁別妥当性についてはさらなる検討が必要であることが示唆された。

2.EORTC QLQ-C30の再現性について、化学療法後、病状が安定している乳癌患者36名を対象に、2週間の間隔をおいた再テスト法を用いて検討した。各尺度のピアソン相関係数はすべて0.80以上と高く、再現性が保たれていた。

3.乳癌、婦人科癌及び肺癌の3群に分けて、癌種別の信頼性と妥当性を解析したところ、3群全体での解析とほぼ同様の結果が得られた。しかし、信頼性と妥当性に関しては一部再検討が必要である。

4.患者教育介入効果の検討は、入院中の婦人科癌患者(実験群28名と対照群24名)を研究対象者として募集した。実験群には通常の看護ケアと患者教育介入、対照群には通常の看護ケアのみを実施した。患者教育介入を固定効果、施設を変量効果、ベースラインのスコアを共変量として反復測定分散分析を行った結果、QLQ-C30では痛み、不眠、及び食欲不振の尺度/項目に患者教育介入効果が認められた。介入の有無と時点の交互作用が認められたのは役割機能尺度のみであった。また、時点別には、実験群と対照群の間に、役割機能、痛み、不眠、及び食欲不振尺度/項目で有意差が認められた。一方、不安状態については、介入効果、時点効果及び介入と時点の交互作用はいずれも認められなかった。今後、患者の状態の変化に合わせた適切な教育プログラムと教育方法の開発が必要と考えられる。

 以上、中国において癌特異尺度であるEORTC QLQ-C30 (Version 3.0)標準中国語版の計量心理学的検証を行い、また、癌患者のQOLに対する患者教育介入の効果を評価した。本研究は、QOLに関する研究が数少ない中国において、広範囲の癌患者のQOLを評価するための有効な調査票であることが明らかとなったことは、この分野の研究に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと判断される。

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