学位論文要旨



No 117403
著者(漢字) 蔭山,正子
著者(英字)
著者(カナ) カゲヤマ,マサコ
標題(和) セルフヘルプ・グループと専門職とのパートナーシップ促進のための介入研究 : 精神障害者の家族会を対象としたグループ無作為化試験による有効性の検討
標題(洋) Intervention Study for Promoting Partnership between Self-Help Groups and Professionals : Group-Randomized Trial for Groups of Families with the Mentally Ill
報告番号 117403
報告番号 甲17403
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2011号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 大橋,靖雄
 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 甲斐,一郎
 東京大学 教授 小林,廉毅
 東京大学 助教授 岩波,明
内容要旨 要旨を表示する

I.はじめに

 セルフヘルプ・グループ(以下、SHGとする)は共通の問題を抱えた人の集まりであり、保健サービスの中で今後より重要な役割を担うと考えられている。そのため、専門職は、SHGと肯定的な関係を発展させる必要があり、それを導くモデルを提示する重要性が指摘されている。SHGと専門職の望ましい関係モデルの一つに、パートナーシップモデルがある。Stewart(1990)によると、パートナーシップとは、「協力、協同、バランスのとれた責任、相互尊重、地位の平等、共有された意思決定、つながりの機能によって特徴づけられる相互依存的同盟」である。Stewartら(1994)は、パートナーシップモデルを提唱しているが、これをSHGと専門職に適応した介入研究はこれまで報告されていない。本研究の目的は、Stewartらのモデルに基づいたパートナーシップを促進するためのプログラムを精神障害者の家族会(以下、家族会とする)と専門職に適応した介入研究を行って、プログラムの有効性を検討することである。

II.方法

1.デザイン

 本研究は、家族会を単位としたGroup randomization designである。対象は、家族会とその会員、家族会に関わる専門職の三者である。介入期間は6ヶ月であり、介入の評価は、介入前(ベースライン)と介入終了時(介入開始6ヶ月後)の2時点で行った。

2.概念枠組み

 Maton(1989)の枠組みに基づき、家族会を地域レベル、組織レベルおよび個人レベルで把握した。また、介入効果は、家族会と専門職の両者において評価した。

3.倫理的配慮

 インフォームド・コンセントを実施し、対照群には、介入期間終了後に実験群とほぼ同様の介入を保証した。SHGと専門職の関係性に特有な問題への倫理的配慮として、家族会と会員の自己決定を優先し、SHGの本質を歪めないよう介入を強固に制御せず、家族会が主導権を失っていないことを確認し、個人情報を研究者が保持しなかった。

4.対象

 本研究の包含基準を満たした家族会は、全国精神障害者家族会連合会に所属する関東圏内の地域家族会で、月1回以上例会がある127家族会である。専門職の包含基準は、地域家族会を支援する公的責任を持つものとした。家族会と専門職両者が研究参加に同意した24家族会が対象家族会となった。グループ無作為化割り付けを行い、実験群12家族会・専門職15人、対照群12家族会・専門職14人となった。介入終了後、ベースライン時と6ヶ月時の質問紙が一致し、包含基準1)介入期間中例会に5回以上出席、2)会員歴が1年以上、を満たす会員を対象に選定した。

5.介入プログラム

 Stewartらが提唱するパートナーシップモデルに基づき、介入プログラムを作成した。プログラムの期間は半年間、専門職がパートナーシップの促進者である。このプログラムでは、1)家族会と専門職のコミュニケーションを発展させるため、専門職は家族会の例会に月1回参加し、2)会員と専門職は、家族会と専門職の役割と目的を明確にするため、例会で2回以上話し合い、3)専門職は2日間のセミナーに参加した。会員と専門職の話し合いは、相互理解を深める話し合い(「前段階の話し合い」とする)と役割と目的を明確にするための話し合い(「主要な話し合い」)で構成した。

 対照群では、介入前と同様に専門職が家族会に関わった。

6.評価項目

1)家族会の組織レベル:家族会の会員数

2)家族会の個人レベル:会員自身によるグループ活動評価(Group Appraisal Scale)、会員の専門的サービス満足度(Client Satisfaction Questionnaire:CSQ-8)、精神障害者家族のエンパワメント(Family Empowerment Scale)、自尊感情(Rosenberg' Self-Esteem Scale)

3)専門職:エンパワメント(Knowledge and Skills Subscale)

4)会の主導権:「専門職が家族会を支援すると家族会の主導権が失われる」(1項目)

5)プロセス評価:(1)介入によって新たに専門職が例会に参加した時間、(2)家族会と専門職が役割と目的を明らかにするために話し合った時間、(3)専門職が例会以外で本プログラムに関連して行った支援の回数

7.解析方法

 まず、実験群と対照群でベースライン値を比較した。家族会の地域レベルと組織レベルは、t検定、カイ2乗検定、Fisher's exact testを用いて分析した。本研究はグループ無作為化割り付けであるため、家族会の個人レベルと専門職の比較には、家族会を変量効果としたANOVA混合モデルもしくはgeneralized estimating equationsを用いた。介入の主効果の分析は、評価項目の6ヶ月値を従属変数とし、ベースライン値およびベースラインで実験群と対照群に有意差のある変数を共変量として投入したANCOVAもしくはANCOVA混合モデルを用いた。次に、主効果の分析に、介入とベースライン値の交互作用項を追加して投入した。交互作用項が有意な場合、ベースライン値を連続量ではなく、中央値で2群に分けた2値変数に変え、再度分析した。プログラム評価には、ピアソンの相関係数を用いて評価項目(家族会毎平均値)との関連を分析した。

III.結果

1.対象となった会員

 分析対象に選定された会員は、実験群76人、対照群73人であった。

2.実験群と対照群の特徴

 ベースラインにおける属性および評価項目を実験群と対照群で比較すると、会長の年齢が実験群で有意に若く(p=0.04)、専門職では実験群で家族会の教育を受けた経験のある人が有意に多かった(p=0.05)。それ以外で両群に有意差は認められなかった。

3.プログラムの実施

 専門職が例会に参加した平均割合は、介入前と介入期間中で各々、実験群62.9%と100.0%、対照群55.0%と53.6%だった。実験群は通常より平均350.4分多く参加した。会員と専門職の役割と目的を明確にするための話し合いは、平均3.4回、平均227.3分行われた。「前段階の話し合い」は平均64.7分、「主要な話し合い」は平均162.6分だった。専門職が例会以外に本プログラムに関連して行った支援は、平均5.6回であった。

4.介入の主効果

 家族会の組織レベルでは、実験群の会員数が対照群に比べて有意に多かった(p=0.03)。家族会の個人レベルでは、実験群のCSQ-8が対照群に比べて有意に高かった(p<0.01)。また、有意水準p<0.1では、Family Empowerment Scaleの下位尺度Service Systemおよび合計点が実験群で対照群より高かった(p=0.08, p=0.06)。その他の変数では、実験群と対照群の有意差は認められなかった。

5.介入とベースライン値の交互作用効果

 家族会の組織レベルでは有意な交互作用効果は認められなかった。個人レベルでは、CSQ-8のみが有意な交互作用効果を示し(p=0.02)、CSQ-8のベースライン値で2群に分けると、ベースライン値が低い会員で有意な介入効果が認められた(p<0.01)。専門職のKnowledge and Skills Subscaleにおいても、有意な交互作用効果を示し(p=0.01)、2群に分けたベースライン値が低い専門職に有意な介入効果が認められた(p<0.01)。

6.家族会の主導権

 家族会の主導権については、介入の主効果(p=0.56)および交互作用効果(p=0.94)ともに有意な効果は認められなかった。

7.プログラム評価

 プログラムの変数と従属変数とのピアソン相関係数は、専門職が介入によって新たに例会に参加した時間が長いほど、CSQ-8 (r=0.71, p<0.05)およびFamily Empowerment ScaleのService System (r=0.72, p<0.01)が有意に増加していた。

IV.考察

 本研究では、精神障害者の家族会と専門職のパートナーシップを促進するためのプログラムの効果を検討した。筆者の知る限り、セルフヘルプ・グループと専門職の肯定的な関係を促進するプログラムの有効性を無作為化比較試験で検討した初めての報告である。また、本研究では、セルフヘルプ・グループに適応することが困難だと指摘されている介入研究を倫理的に配慮した方法で実施することができた。

 本介入によって、家族会の会員が有意に増加した。増加した一つの理由として、専門職が新規会員を紹介したことがあげられる。また、会員は、専門職がパートナーとして家族会に関わること、特に例会に専門職が参加することに満足していると考えられた。そして、家族会の主導権は損なわれなかった。さらに、本プログラムは、家族のサービス利用に関連するエンパワメントに有効である可能性が認められた。これは、家族が専門職と交流する中で、サービスの知識を獲得し、専門職との関わり方を習得したためと考えられる。また、介入効果は、家族会や会員だけでなく、専門職にも認められた。家族会への支援について知識や専門的技術を十分持っていない専門職に対して、エンパワメントを促す有意な介入効果が認められた。本プログラムが6ヶ月の間に、経験や知識の乏しい専門職の力量を向上させたことは、介入研究によってのみ示される効果である。しかしながら、グループが効果的に機能することによって、会員がグループ活動を高く評価し、また、会員がエンパワメントや自尊感情といったセルフヘルプ・グループ独自の効果を得るには、より長い介入が必要であると考えられた。

 本研究の限界として、対象となった家族会と専門職の関係性が多様であること、プログラムの各構成要素の有効性が不明確であること、対象会員の代表性に問題があること、割り付けが盲見化されていないこと、日本語版尺度の妥当性と信頼性が確立されていないことがあげられる。しかしながら、本プログラムは、実際に活動している様々な家族会と専門職が、通常予算の枠内で実行可能な介入プログラムであり、実践への応用性は高く、実践への示唆を与えるものだと考える。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、セルフヘルプ・グループと専門職のパートナーシップを促進させるためのパートナーシップモデル(Stewartら、1994)に基づいたプログラムを、精神障害者の家族会(以下、家族会とする)と専門職に当てはめて、プログラムの有効性を検証したものである。すなわち、専門職が家族会の例会に毎月参加し、家族会と専門職の役割と目的を明確にするための話し合いを行い、専門職が家族会に関わるために必要な教育を受けた。本研究は、家族会を単位としたグループ無作為化試験であり、6ヶ月の介入期間前後の評価により、家族会(実験群n=12;対照群n=12)、家族会会員(実験群n=76;対照群n=73)、および専門職(実験群n=15;対照群n=14)に対するプログラムの効果を分析し、以下の結果を得ている。

1.家族会の組織に対する効果

 会員数の増加に有意な介入効果が認められた。

2.家族会の会員個人に対する効果

 会員の専門的サービス満足度(Client Satisfaction Questionnaire: CSQ-8)に有意な介入効果が認められた。特に、介入前の満足度が低い会員への有意な介入効果があった。また、有意水準p<0.1では、会員のサービス利用に関するエンパワメント(Service System of Family Empowerment Scale)を促す傾向が認められた。

 会員自身によるグループ活動の評価(Group Appraisal Scale)、家族のエンパワメントの下位尺度(Family and Community/Political of Family Empowerment Scale)および自尊感情(Self-Esteem Scale)への有意な介入効果は、認められなかった。

3.専門職に対する効果

 介入前に家族会への支援に関する知識と技術を十分持ち合わせていなかった専門職に対して、エンパワメント(Knowledge and Skills Subscale of Social Worker Empowerment Scale)を促す有意な介入効果が認められた。

 以上、本論文は、地域で活動しているセルフヘルプ・グループを対象とした無作為化比較試験がこれまで殆ど実施されていないにも拘わらず、倫理的に十分な配慮をした上で、グループ無作為化試験を行い、プログラムの有効性を明らかにした点に独創性が認められる。また、我が国において前例の少ないグループ無作為化試験を行ったことは、今後の研究を進める上での方法論的価値が高い。保健領域において重要な社会資源であるセルフヘルプ・グループへの専門職の効果的な関わり方を、実際に活動しているグループと現場で働く専門職を対象にして検討した点において、臨床的応用性が高く、学位の授与に値するものと認められる。

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