学位論文要旨



No 117404
著者(漢字) 松谷,美和子
著者(英字)
著者(カナ) マツタニ,ミワコ
標題(和) 慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートに関する研究
標題(洋)
報告番号 117404
報告番号 甲17404
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(保健学)
学位記番号 博医第2012号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 栗田,廣
 東京大学 教授 牛島,廣治
 東京大学 教授 五十嵐,隆
 東京大学 教授 数間,恵子
 東京大学 助教授 山崎,喜比古
内容要旨 要旨を表示する

I.緒言

 医学および医療技術の進歩にともない慢性疾患を持つ小児の割合が増えている。入院児の親は子どもの入院によって日頃の役割が変わることなどにより、様々なストレスを感じる。また、家族機能にも影響が及ぶと考えられる。しかし、小児の入院が及ぼす家族への影響を明確に測定した研究は少ない。また、今日の親の役割の多様化に対応できる役割ストレスを測る尺度も見当たらない。そこで、本研究は、慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能、およびソーシャルサポートについて(1)保育園児の母親との比較、(2)入院児の母親と保育園児の母親との影響要因の比較、(3)入院児関連の要因を含めた影響要因の解析を行って明らかにした。

 研究は2段階で行った。研究Iでは、役割ストレス尺度とソーシャルサポート尺度(日本語版)を開発し、研究IIでは、それらを用いて(1)〜(3)の分析を行った。

II.研究方法

1.研究I

1)親の役割ストレス測定尺度の開発

(1)尺度開発の手順

 親の、役割に伴うストレスを把握できる尺度「親の役割ストレス調査」の開発を行なうに当たり、子どもが入院した経験のある母親5名に、入院中の状況についてインタビューを行った。同時に慢性疾患入院児をもつ親の質的研究をレビューし、家族の心理状態を書き出していった。次いで、役割ストレスの概念を操作的に定義し、各概念に合う項目を選出し、5点のリッカートスケールで回答する全20項目とし、開発のための調査を行った。項目分析で項目を吟味した後、クロンバックのアルファ係数と再テスト信頼性の算出、及び因子分析によって尺度の信頼性と妥当性を検討した。

(2)尺度開発のための調査方法

 調査は、地方都市の4保育園の園児の親を対象に自記式無記名調査で行った。平成13年2月24日に配布、同年3月13日に回収を終えた。参加は調査目的を説明した後の自主参加とした。

(3)尺度開発の結果

 分析対象は610名(有効回答率84.0%)、対象の年齢は21歳〜56歳(平均34.4±5.7歳)、子ども数は平均2.2±0.8人、母親は全体の53.9%であった。項目分析の結果、1項目を不良項目と判断し、得点評価には含めないことを決定した。19項目から成る尺度のクロンバックのアルファ係数は0.87、再テスト信頼性は0.91(n=16、間隔30日)であった。探索的因子分析で抽出された4因子のうち内的整合性と安定性の良好な3因子:「役割負担感」(6項目)、「役割混乱」(7項目)、「役割遂行不十分感」(3項目)を下位尺度とした〔第IV因子(3項目)は信頼性係数(α=0.54)が低かった〕。3下位尺度のアルファ係数は0.82〜0.69、再テスト信頼性は0.89〜0.69であった。19項目の総得点および3下位尺度はそれぞれ100点満点に換算した〔換算式:当該尺度得点=100×(測定値−最小可能値)/(最大可能値−最小可能値)〕。範囲は0〜100、得点が高いほどストレスが高い。総得点の平均は、保育園間では差がなかった。また、母親の方が父親より高かった。

2)「MOSソーシャルサポート調査」日本語版尺度の開発

(1)「MOSソーシャルサポート調査」

 機能的なソーシャルサポートの保有感を測定する「MOSソーシャルサポート調査」の日本語版を開発した。19項目のサポート内容に対して期待できる頻度を5点のリッカートスケールで回答する。下位尺度は、「心情的サポート・情報によるサポート」(8項目)、「実際的なサポート」(4項目)、「愛情のこもったサポート」(3項目)および「前向きな社交」(3項目)とされている。

(2)尺度開発の対象と方法

 米国で開発されたオリジナル尺度の翻訳、バックトランスレーションを経て日本語版とした。対象は「親の役割ストレス調査」の対象に都内の1保育園児の母親を加えオリジナル尺度開発の性比に合わせた。尺度の信頼性にはクロンバックのアルファ係数を求め、妥当性はオリジナル尺度に基づく確認的因子分析を行った。

(3)尺度開発の結果

 対象700名(有効回答率:85.6%)の年齢は21〜56歳(平均34.3±5.7歳)、子ども数は平均2.2±0.8人、母親は全体の59.7%であった。尺度のアルファ係数は0.96であった。再テスト信頼性は0.80(n=16、間隔30日)であった。確認的因子分析の結果、オリジナル尺度の構成概念に基づいたモデルはデータに良く当てはまっていた(ρ=0.94,〓=0.94)。したがって、オリジナル版と同様の4下位尺度構成とした。4下位尺度の内的整合性は0.92〜0.96、再テスト信頼性は0.67〜0.81であった。19項目の総得点および各下位尺度は、それぞれを前述尺度同様に100点満点に換算した(範囲0〜100)。得点が高いほどソーシャルサポートの保有感が高い。総得点の平均は、保育園間では差がなかった。また、母親と父親の得点にも差がなかった。

2.研究II:

(1)研究対象

 対象は、平成13年4月1日より5月31日までの間の2週間に遠方からの患者の利用がある都内5病院に入院していた慢性疾患小児の母親(ハイリスクとターミナルケース、入院後1週間を経過していない児の母親を除く)であった。また、比較に用いた保育園児の母親は、研究Iの尺度開発に参加した保育園児の母親のうち3つの尺度全てに回答した者の中から、母親の年齢(±3歳)、子ども数、第一子の年齢(±1歳)が入院児の母親と釣り合うものを倍数選出した。配偶者またはパートナーのいない母親、家庭に要介護者のいる母親、10歳以上の入院児の母親は分析から除いた。

(2)方法

 役割ストレス、家族機能、ソーシャルサポートを測定するために、開発した2尺度の他に「FFFS家族機能調査」(日本語版)を用いた。FFFSは、エコロジカルな概念に基づいて構成された25項目の各家族機能の(a)現実、(b)理想、(c)重要度を7点のリッカートスケールで回答し、各項目のaとbの差の絶対値をd得点とし、その合計点を家族機能への不満足な度合いを表す得点として用いる。日本語版尺度のアルファ係数は0.80、再テスト信頼性は0.74と報告されている。

 以上3つの尺度および基礎的な情報(入院児の母親には入院関連の情報を追加)からなる調査票を用い、自記式無記名調査を実施し、郵送によって回収した。既述(1)には下位尺度を含む全ての尺度得点について、慢性疾患入院児と保育園児の母親の比較をt検定によって行った。(2)の入院児の母親と保育園児の母親それぞれの影響要因の分析には、(1)の尺度から「愛情のこもったサポート」および「前向きな社交」を除く各尺度得点を従属変数とし、母親の年齢(35歳未満/35歳以上)、職業(主婦専業/有職)、家族形態(核家族/拡大家族)、第一子の年齢(6歳未満/6歳以上)、末子の年齢(3歳未満/3歳以上)、子ども数(1人/2人/3人)を因子とした分散分析を行った。また、(3)の慢性疾患入院児の母親の属性に入院児関連のデータを加えた影響要因の分析には、母親の年齢、職業、第一子の年齢、家族形態、入院回数(初回/2回目/3回目以上)、入院期間(1か月未満/1か月以上3か月未満/3か月以上1年未満)、退院の見通し(有/無)、1日の付添い時間(24時間/24時間未満)、付添いの交替(有/無)、通院所要時間(片道150分以内/150分を超える)の10変数を独立変数、(2)から「役割負担感」を除いた各尺度得点を従属変数とした重回帰分析を行った。検定の結果得られたp値の判断基準は有意水準5%を採用した。分析にはSPSS Release 10.0 for Windowsを用いた。

III.結果

(1)対象

 分析対象となった慢性疾患入院児の母親は51名(有効率57.3%)、平均年齢32.9±4.1歳、子ども数1.8±0.7人、家族員数4.2±1.0人であった。職業は、主婦が72.5%であった。また、入院児の年齢は0歳〜9歳、平均2.9±2.6歳、疾患名は、小児がん18人、神経や筋の疾患15人、心臓疾患5人、その他13人であった。保育園児の母親は102名、平均年齢32.9±3.9歳、子ども数1.8±0.7人、家族員数4.3±1.2人であった。職業は主婦専業が16.7%であった。

(2)慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートについての保育園児の母親との比較

 役割ストレスについては、下位尺度の「役割遂行不十分感」が、慢性疾患入院児の母親の方が保育園児の母親より有意に高かった。総得点および他の下位尺度には有意な差はなかった。家族機能への満足度は慢性疾患入院児の母親の方が保育園児の母親より有意に低かった。ソーシャルサポートの保有感は、総得点と下位尺度の「心情的サポート・情報によるサポート」が、入院児の母親の方が保育園児の母親より有意に低かった。他の下位尺度に有意な差は認められなかった。

(3)慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートに影響を与える要因についての保育園児の母親との比較

 役割ストレスに影響を与えていた要因は、保育園児の母親では年齢であり、35歳以上の方が35歳未満より「役割葛藤」が有意に高かった。この他の影響要因は見られなかった。慢性疾患入院児の母親では、総得点、「役割負担感」、「役割葛藤」に第一子の年齢が影響を与えており、6歳以上の第一子を持つ場合に6歳未満の第一子を持つ母親より有意に高かった。さらに「役割葛藤」には家族形態が影響を与えており、核家族の方が拡大家族よりも有意に高かった。また、「役割遂行不十分感」には母親の年齢が影響を与えており、35歳以上の母親の方が35歳未満の母親より有意に高かった。

 家族機能への満足度には、入院児の母親または保育園児の母親に関わらず職業が影響を与えており、不満足度を表す総d得点が有職の場合に主婦専業より有意に高かった。さらに、慢性疾患入院児の母親では家族形態が影響を与えており、核家族の方が拡大家族より不満足度が有意に高かった。

 ソーシャルサポートの保有感に影響を与えていた要因は、保育園児の母親では、家族形態、末子の年齢、子ども数であった。総得点と「実際的なサポート」は核家族の方が拡大家族より有意に低く、後者はさらに、末子が3歳未満の方が3歳以上の場合より低く、子ども数1人の方が2人より有意に低かった。慢性疾患入院児の母親では、総得点、「心情的サポート・情報によるサポート」、「実際的なサポート」には職業が影響を与えており、有職の方が主婦専業より有意に低かった。さらに、「実際的なサポート」には家族形態が影響を与えており、核家族の方が拡大家族より有意に低かった。

(4)慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートに影響を与える要因の分析結果

 「親の役割ストレス調査」の総得点は、母親の年齢が35歳以上、第一子の年齢が6歳以上、核家族、1日24時間の付添い、および、付添いの交替が無い場合に高かった。この重回帰モデルによって役割ストレスの約32%が説明された。「役割葛藤」は、核家族、第一子の年齢が6歳以上、1日24時間の付添い、入院期間が長い場合に高かった。このモデルは、「役割葛藤」の41%を説明していた。「役割遂行不十分感」は、母親の年齢が35歳以上、入院期間が長い、退院見通しが立っていない場合に高かった。このモデルは「役割遂行不十分感」の44%を説明していた。

 FFFS総d得点は、有職、母親の年齢が35歳以上、退院見通しが立っていない、1日24時間の付添い、入院回数が多い場合に高かった。このモデルは家族機能への満足度の約34%を説明していた。

 また、「心情的サポート・情報によるサポート」は、第一子の年齢が6歳以上の母親の場合に低かった。

IV.考察

 分析の結果、役割ストレスは、入院児の母親では通常より役割が負担になっているのではなく、普段専有している役割がいつものように遂行できなという感覚を抱いていることが明らかになった。慢性疾患入院児の母親が35歳以上、第一子が6歳以上、そして、核家族の場合に役割ストレスが大きかった。一般には若い母親への支援が強調されることが多いが、入院児を持つ母親では、子育て最盛期の母親にこそ支援が必要であることを示唆している。その支援が更なる役割ストレスに繋がらないようなものであるためには、家族が協力し合え、必要に応じて支援が選択できる社会的なシステムづくりが欠かせないものと考える。

 家族機能への満足度については、慢性疾患入院児の母親の不満足度が高く、職業による差異が見られ、有職の場合に不満足度が高かった。この変化が入院後も続くものであるか縦断的な研究が必要である。また、この研究における慢性疾患入院児の母親のFFFS総d得点は、これまでの米国の研究報告に比べて高かった。さらに標本数を増やして検討する必要がある。

 ソーシャルサポートの保有感は、総得点と「心情的サポート・情報によるサポート」において入院児の母親と保育園児の母親とでは有意な差が見られた。これは、サポートへのニーズの表れと考えることができる。医療者が直接提供できる「心情的サポート・情報によるサポート」は、6歳以上の第一子を持つ場合に低かった。また、入院児の母親が最も必要とするであろう「実際的なサポート」については差が見られなかったが、これは入院児の母親の実際的なサポートの保有感に開きがあることによるものと考えられる。

 役割ストレスおよび家族機能への満足度には入院児関連の要因が影響を与えていた。1日24時間の付添い、付添いの交換がないこと、退院予定が無いこと、入院期間や入院回数が関与しており、これらは、わが国における小児医療環や小児医療のあり方を家族を主体に考えることによって改善できるものと考えられる。家族が望むときに快適に入院児に付添える環境の整備、また、付き添えない家族への配慮と看護体制の充実、さらに、必要最低限の入院加療と、通院治療や入院中の外泊の積極的な導入等が考えられる。通院所要時間は影響要因とならなかったが、これについては、今後サンプル数を増やして究明する必要がある。

V.結論

 慢性疾患入院児の母親は、(入院児と同年代、同数の)保育園児をもつ同年代の母親に比し、役割遂行不十分感が大きく、家族機能への満足感が低く、ソーシャルサポートの保有感が低かった。実際的なサポートは保有感が低いものが多い一方で、高いものもいた。慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能への満足度、ソーシャルサポートの保有感には、母親の年齢、職業、第一子の年齢、家族形態が関わっていた。入院児関連の要因では、1日の付添い時間、付添いの交替、入院回数、入院期間、退院予定が関与しており、小児医療のあり方や入院環境整備の必要性を示唆していた。本研究により、慢性疾患入院児の母親について上記の新しい知見が得られた。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートについて、保育園児の母親との比較および影響要因の解析を行って明らかにしたものである。はじめに、既存標準尺度のない役割ストレスと機能的ソーシャルサポートの尺度開発を行った。次いで、慢性疾患入院児の母親と母親の年齢、子ども数、子どもの年齢が釣り合う保育園児の母親との各尺度測定値の比較、および、各尺度に影響を及ぼす要因の比較を行った。その上で、慢性疾患入院児の母親の各尺度測定値への入院児関連要因を含めた影響要因の解明を行い、次の結果を得ている。

1.尺度の開発

 (1)役割ストレス尺度の開発の結果

 4つの構成概念から成る全19項目の尺度は、内的整合性および安定性ともに良好であった。構成概念のデータへの適合度は良好であった。

 (2)ソーシャルサポート尺度の日本語版開発の結果

 オリジナル尺度同様の構成概念が確認され、尺度の内的整合性および安定性はともに良好であった。

2.慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能、ソーシャルサポートについて保育園児の母親との比較

 慢性疾患入院児の母親は保育園児の母親に比し、役割ストレスに差は認められなかった。しかし、役割遂行不十分感が有意に高く、家族機能への満足度が有意に低く、ソーシャルサポートの保有感が有意に低いという測定結果であった。

3.慢性疾患入院児の母親と保育園児の母親それぞれの役割ストレス、家族機能、ソーシャルサポートに影響を与える要因の比較

 慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートに共通して影響を与えていた要因は家族形態であった。この他、入院児の母親の役割ストレスには母親の年齢と第一子の年齢が関与し、家族機能への満足度とソーシャルサポートには職業が影響を与えていた。保育園児の母親では、3つの尺度に共通する影響要因は認められず、役割ストレスには母親の年齢、家族機能には職業が関与し、ソーシャルサポートには家族形態、末子の年齢および子ども数が関与していた。

4.慢性疾患入院児の母親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートに影響を与える要因

 影響要因に入院児関連の要因を加えた解析を行った結果、役割ストレスは母親の年齢、第一子の年齢、家族形態のほかに1日24時間の付添い、および付添いの交替の有無が影響要因として認められた。家族機能への満足度には職業、母親の年齢、退院の見通しの有無、1日24時間の付添い、入院回数が影響を与えていた。ソーシャルサポートの保有感には第一子の年齢が影響を与えていた。

 以上、本論文では、いまだ明確にされることのなかった慢性疾患入院児の母親の役割ストレスに着目した点に独創性が認められる。さらに、慢性疾患児の入院とその家族に焦点を合わせ、親の役割ストレス、家族機能およびソーシャルサポートについて明確で新しい知見を得ている。また、影響要因の分析によって、入院児の家族に配慮した小児医療のあり方や入院環境整備に関する重要な示唆を得ている。よって、本論文は、将来における慢性疾患入院児の医療および福祉の分野において重要な貢献をなすと考えられる点で、学位の授与に値するものと認められる。

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