学位論文要旨



No 117408
著者(漢字) 実吉,岳郎
著者(英字)
著者(カナ) サネヨシ,タケオ
標題(和) アフリカツメガエル初期発生におけるIP3−Ca2+シグナル伝達系の作用機序の解析
標題(洋)
報告番号 117408
報告番号 甲17408
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2016号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 三品,昌美
 東京大学 教授 児玉,龍彦
 東京大学 教授 清水,孝雄
 東京大学 教授 井原,康夫
 東京大学 助教授 中福,雅人
内容要旨 要旨を表示する

 細胞外の刺激に対しフォスファチジルイノシトール(PI)の代謝回転が活性化されるとフォスファチジルイノシトール4、5リン酸が水解され、イノシトール1, 4, 5三リン酸(IP3)ジアシルグリセロールが生成される。IP3は細胞内小器官の小胞体膜上に存在するIP3受容体に作用して細胞内貯蔵庫からのカルシウム(Ca2+)放出を制御する情報伝達物質である。IP3受容体は、ほぼ全ての組織、細胞に存在し多彩な生命現象に関与していると考えられている。

 IP3-Ca2+シグナル伝達経路は、以下のような事実から体軸形成に関与していると考えられている。(1)アフリカツメガエルにおいて中胚葉誘導の始まる時期とされる32-64細胞期にIP3含量の一過的上昇が観察される。(2)イノシトール代謝酵素の阻害剤であるリチウムをアフリカツメガエル(以下ツメガエル)やゼブラフィッシュ、ヒドラへ曝露させると胚が背側化する。なお、この現象はイノシトールの注入で見られなくなる。(3) 32-64細胞期でのIP3含量上昇がリチウムによって消失する。(4)背側でイノシトール代謝を活性化すると胚が腹側化する。(5) IP3受容体に対する特異的な機能阻害抗体を腹側割球へ注入すると背側化が観察される。これらの結果は、IP3-Ca2+シグナル伝達経路が腹側化シグナルとして機能していることを強く示唆する。

 これまでに多くの背側化因子および腹側化因子が同定されているが、いずれもIP3-Ca2+シグナル伝達経路との関連は明らかでない。そこで本研究は脊椎動物初期発生における体軸形成の分子機構を明らかにするために、IP3-Ca2+シグナル伝達経路の上流のシグナル、つまりIP3産生を誘導する分子、および下流のシグナルである、IP3により上昇した細胞質Ca2+により制御され腹側化を誘導する分子の同定を試み、それぞれの作用メカニズムについての解析を行った。

 Ca2+シグナルは、細胞内Ca2+濃度の一過的上昇、持続的上昇、Ca2+濃度の上昇と降下を繰り返すCa2+振動など多様な濃度変化の様式を持ち、複数の転写調節因子がCa2+振動の頻度の違いをそれぞれの活性の使い分けに利用している。このようなCa2+シグナルを解読しうる転写調節因子の一つ、nuclear factor of activated T-cell (NF-AT)はCa2+/カルモデュリン(CaM)依存性脱リン酸化酵素のカルシニューリン(Cn)の制御を受ける転写因子である。Cn/NF-AT経路はT細胞活性化を中心に解析されてきたが、神経系でIP3受容体の発現を調節しているほか、心肥大や骨格筋の分化に関与していることも報告された。このように多様な機能を持つCn/NF-AT経路であるが、ツメガエルでのCnおよびNF-AT分子の存在の報告はなく、当然どのような機能を持つかは全く不明である。そこで、CnおよびNF-ATのツメガエル相同遺伝子を単離し、時空間的発現、Ca2+依存性、体軸形成に与える影響を調べることによりCn/NF-AT経路が腹側化シグナルとして機能するかを検討した。

 Cn A subunit (CnA)のツメガエル相同遺伝子(XCnA)をツメガエル卵母細胞cDNAライブラリーよりマウスEST clone(mouse CnA断片)をプローブに用いプラークハイブリダイズ法により単離した。XCnAは、マウスやヒトCnAとアミノ酸レベルで全長では93%以上の相同性を示し、母性因子のタンパク質として未受精卵から各発生段階で一定量発現していた。自己阻害領域を欠損させることによりCa2+非依存的な酵素活性を示すXCnA (XΔCnA)を作成し強制発現させたところ、背側中胚葉誘導因子であるアクチビンによる予定外胚葉外植体の伸長反応が部分的に阻害された。腹側化因子は背側での伸長運動を阻害することが知られており、このことからCnが腹側化活性を持つことが考えられた。

次にツメガエル卵母細胞cDNA libraryよりマウスNF-ATcl Rel domainをプローブにしたプラークハイブリダイズ法によりツメガエルNF-AT相同遺伝子XNF-ATを単離した。XNF-ATもXCnAと同じく母性因子としてタンパク質、RNAともに存在し、発生段階を通じて一定量発現していた。培養細胞に発現させたXNF-ATはカルシウムイオノフォアA23187刺激もしくはXΔCnAの共発現により脱リン酸化され、核内へ移行した。XNF-ATはCn活性およびAP1依存的にNF-AT結合サイトを含むマウスIL-2プロモーターを活性化させた。以上、XNF-ATは、1)母性因子として存在すること、2) Ca2+/Cn依存的な転写因子であることから腹側化シグナルとしてのIP3-Ca2+シグナルの下流で働きうる分子であることが示唆された。

 続いて恒常的活性化型XNF-ATと顕性不活性XNF-ATを用いた機能獲得実験および機能喪失実験によりXNF-ATの背腹軸形成への関与を検討した。Cnによる脱リン酸化部位およびCn結合部位を欠損させたXNF-AT ΔSPは培養細胞において刺激の有無に関わらず核内に局在し、Cn非依存的にIL-2プロモーターを活性化させた。すなわち、XNF-AT ΔSPはCa2+刺激に対し非感受性であり、恒常的活性化型XNF-ATとして機能することを確かめた。XNF-AT ΔSP RNAを4細胞期の割球へ注入すると、前頭部構造の形成阻害が観察された。さらに、XNF-AT ΔSPの発現により予定外胚葉外植体の中胚葉誘導因子アクチビンやFGFによる伸長運動が阻害された。これらの結果は、XNF-ATに腹側化活性があることを示唆する。XNF-ATのDNA結合部位を含むC末端Rel相同領域を全て欠損させたXNF-AT ΔRelはツメガエルにおいて野生型XNF-ATによるIL-2プロモーターの活性化を濃度依存的に阻害した。このことからXNF-AT ΔRelが機能喪失型XNF-ATとして機能することが確かめられた。XNF-AT ΔRel RNAを4細胞期腹側割球への注入すると異所性の体軸(二次軸)が生成された。さらにこの二次軸は野生型NF-ATとの共発現によってレスキューされた。XNF-AT ΔRelの効果を分子マーカーの発現で確認したところ、XNF-AT ΔRelにより予定腹側帯域外植体でのオーガナイザーマーカーのgoosecoid, chordinの他、Xnr3, siamoisの発現が上昇、逆に腹側マーカーであるXvent, Xhox3の発現が消失していた。これらの結果はXNF-AT ΔRelが内在性のNF-AT活性を特異的に阻害して腹から背への運命変換を起こしたと解釈できる。以上、XNF-ATは機能獲得で腹側化、機能喪失で背側化を引き起こすことから腹側化因子であると結論した。よって、IP3-Ca2+シグナルの下流としてCn/NF-ATによる転写調節を経て腹側化が引き起こされているものと考えられる。

 XNF-AT ΔRelにより誘導されたXnr3, siamoisは背側化因子の一つであるWnt/β-catenin経路特異的な標的遺伝子産物であり、NF-AT経路の抑制がWnt/β-catenin経路を活性化したことを意味する。実際、XNF-AT ΔRelによってβ-cateninタンパク質の安定化が起きること、Xwnt8による二次軸の形成をXNF-AT ΔSPが抑制することからもNF-AT経路とWnt/β-catenin経路のクロストークが推察された。そこでWnt/β-catenin経路との作用点がどこかをXNF-AT ΔRelとWnt経路の負の調節因子(frzb,顕性不活性型Xdsh、GSK3β、顕性不活性型Tcf)との共発現により解析した。XNF-AT ΔRelによるsiamois、Xnr3の発現誘導はXGSK3βおよび顕性不活性型XTcfによって消失した。この結果はXNF-AT経路はWnt/β-catenin経路を少なくともGSK3βより上流、Xdshより下流で負に制御していることを示唆する。

 Wnt経路は現在のところその機能から二つのグループ、背側化活性を持つWnt/β-catenin、Gタンパク質を介してCa2+動員を起こすとされるWnt/Ca2+経路の二つに分けられる。Wnt/Ca2+経路の機能は不明な点が多いが、その発現により1) Wnt/β-cateninの活性を抑制する、2)予定外胚葉外植体のアクチビンによる伸長運動を阻害するなどの表現型を示し、それらはXNF-ATで得られた表現系と極めて一致する。従って、Wnt/Ca2+経路は細胞内Ca2+動員を起こすことと過剰発現による表現型の相似からNF-AT経路の上流に位置すると予想される。そこでWnt/Ca2+経路が直接Cn/NF-ATを活性化させるか否かを検討した。培養細胞においてWnt/Ca2+経路がNF-ATに依存的な転写を活性化したこと、予定外胚葉外植体におけるNF-ATの核内移行を促進したこと、さらにインビボでXwnt5Aによる表現系をXNF-ATが強調したことからWnt/Ca2+経路がNF-AT経路を活性化させる上流経路であることが強く示唆された。

 以上の結果より、ツメガエルにおいて背腹軸形成時にIP3-Ca2+シグナル伝達系はCn/NF-ATを介して腹側化シグナルとして働く事が示された。その作用機構はWnt/Ca2+経路を上流とし、背側化シグナルであるWnt/β-cateninの活性を阻害することで腹側化シグナルとして機能していると推察できる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は脊椎動物初期発生における体軸形成の分子機構を明らかにすることを目的とし、アフリカツメガエルをモデル系に用い腹側化シグナルであるinositol 1, 4, 5-trisphosphate (IP3)-Ca2+シグナル伝達経路の上流のシグナル、つまりIP3産生を引き起こし細胞内Ca2+上昇を誘導する分子の同定、および下流のシグナルである、細胞質Ca2+により制御され腹側化を誘導する分子の同定を試み、下記の結果を得ている。

 1.Ca2+/カルモデュリン依存性脱リン酸化酵素calcineurinとその基質の転写因子nuclear factor of activated T-cell (NF-AT)が腹側化シグナルを担う分子であるかを検討した。はじめにcalcineurinおよびNF-ATのアフリカツメガエル相同遺伝子を単離し、時空間的発現変化を検討した。ノーザンブロット法およびウェスタンブロット法により両分子とも未受精卵から発生段階を通じて一定量発現が認められ母性因子として存在している事が示された。培養細胞およびアフリカツメガエルに発現させたXNF-ATはcalcineurinの活性によりNF-AT依存的な転写を活性化させたことからcalcineurin/NF-ATは、Ca2+シグナルによって活性化する分子であることを示した。さらにカルシウムキレート剤であるBAPTAの微量注入によりカルシウムイオンを枯渇させた場合、およびcalcineurin阻害剤であるFK506によってcalcineurinを不活化させた場合に内在性XNF-ATタンパク質がリン酸化型に変化したことから、XNF-ATタンパク質は定常状態がリン酸化型でありカルシウムによって積極的に脱リン酸化されている分子であることが示された。

 2.初期発生期におけるXNF-ATの機能を知るため、loss-of-functionおよびgain-of-function変異体を作成しXNF-ATΔRel、XNF-ATΔSPとそれぞれ命名した。XNF-ATΔRelは、腹側に発現させると異所性の体軸すなわち二次軸を誘導した。この結果は、腹側の細胞運命を背側に変換したことを意味しXNF-ATが腹側化活性を持つことを示唆する。XNF-ATΔSPを背側で発現させると、一次軸の形成を阻害し腹側化させた。これらの結果はXNF-ATが腹側化に必要十分な分子であることを意味する。また、XNF-ATΔSPはアフリカツメガエルIP3受容体(IP3R)に対する機能阻害抗体の微量注入による背側化を救出した。すなわち、XNF-ATがIP3-Ca2+シグナルの下流で腹側化活性として機能する分子であることが示唆された。

 3.IP3産生を介し細胞内Ca2+上昇を引き起こすことが報告されていることと胚に与える影響の相似から、Wnt/Ca2+経路が腹側化シグナルとしてのIP3-Ca2+, calcineurin/NF-ATの上流の候補の一つとして考えられた。そこで、Wnt/Ca2+経路がcalcineurin/NF-ATを直接活性化させるかを検討した。具体的には培養細胞による転写活性、予定外胚葉外植体におけるNF-ATの核内移行、初期発生に及ぼす影響を解析した。培養細胞ではWnt/Ca2+経路の活性化はNF-AT依存的な転写を活性化した。予定外胚葉外植体内においてXNF-AT分子は、単独では細胞質に局在しているが、Xwnt5A/Rfz2と共発現させると核内にも局在が観察された。さらに、Xwnt5Aによる表現型がXNF-ATの共発現によって強調された。これらの結果は、Wnt/Ca2+経路がcalcineurin/NF-ATを活性化したと考えられる。すなわち、calcineurin/NF-ATの上流にWnt/Ca2+経路が機能する可能性が示唆された。

 4.XNF-AT変異体の及ぼす影響をRT-PCR法により各種マーカー遺伝子の発現動態について検討したところ、XNF-AT ΔRelの強制発現は予定腹側域外植体のみならず予定外胚葉外植体でもWnt/β-catenin経路を活性化した。この作用点を、Wnt/β-catenin経路の陰性調節因子であるXfrzb, dominant negative Dsh, XGSK3β, dominant negative Xtcf3とそれぞれ共発現させて検討し、β-cateninより上流、GSK3βよりも下流であることを示した。また、Xwnt8による二次軸誘導をXNF-ATΔSPの共発現によって救出できた。すなわち、XNF-ATΔRelによりWnt/β-catenin経路を活性化、XNF-ATΔSPが抑制したことから、NF-ATは初期発生時にWnt/β-catenin経路を抑制することで、腹側化シグナルとして機能していることが考えられた。

 以上、本論文はアフリカツメガエルにおいてcalcineurin/NF-ATが腹側化活性を持つ分子カスケードであること、およびWnt/β-catenin経路とWnt/Ca2+経路との接点にcalcineurin/NF-ATが機能している可能性を示した。本研究は初期発生時のみならず、器官形成等の複雑なシグナル伝達系経路のクロストークの理解に重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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