学位論文要旨



No 117413
著者(漢字) 関根,章博
著者(英字)
著者(カナ) セキネ,アキヒロ
標題(和) 医薬生物活性化合物の触媒的不斉合成を指向した新規不斉反応触媒の開発
標題(洋)
報告番号 117413
報告番号 甲17413
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第977号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 長野,哲雄
 東京大学 講師 眞鍋,敬
 東京大学 講師 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

(1)4-Demethoxydaunomycinの触媒的不斉合成

 Daunomycin (1)やadriamycin (2)に代表されるアントラサイクリン系抗生物質はこれまでに強い抗癌活性を発現することが報告されている。しかしながら同時に強い心臓毒性を有しており、副作用を低減するために多くのアナログ分子が合成されてきた。Daunomycin (1)の4-demethoxyアナログである4-demethoxydaunomycin (3)は抗癌活性の高さに比べ副作用が少ないことから臨床への応用が期待されており、これまで不斉合成を含む種々の合成法が報告されている。アントラサイクリン系化合物の抗癌活性は9位の炭素の立体配置に強く依存することが知られており、より効率的な合成のためには触媒的不斉反応を鍵工程とする合成法の開発が求められてきたものの、これまでほとんどその報告はされていなかった。そこで筆者は4-demethoxydaunomycin (3)のより効率的な触媒的不斉合成法の開発を達成すべく研究に着手した。

合成計画

 Danishefskyらは4-demethoxudaunomycin aglycon (4)がベンゼンボロネート5から三工程65%収率と、効率良く変換できることを報告している。そこで筆者はベンゼンボロネート5を光学活性化合物として合成することを計画した。ベンゼンボロネート5は、1、4-ベンゾキノンから三工程で得られる対称エポキシドに対し触媒的不斉開環反応によって得られる光学活性アリルアルコール7からScheme 1に示すルートによって合成することとした。

芳香族アミンによる触媒的不斉エポキシド開環反応

 まず、対称エポキシドから触媒的不斉反応を用いて光学活性アリルアルコールを合成する方法として種々検討の結果、最終的にScheme 2に示す通り、エポキシドを芳香族アミンにより開環して光学活性アミノアルコールを得てヨウ化メチルにより四級アンモニウム塩に変換後、ホフマン脱離反応により光学活性アリルアルコールを合成する方法を採用した。

これまでアミンによるエポキシドの触媒的不斉開環反応については、ルイス酸金属触媒を用いて芳香族あるいは脂肪族アミンについて検討がされているもののいずれも基質一般性がやや低いという問題点があった。そこで筆者はより基質一般性の高い反応を開発すべく検討を開始した。当初アミンが強い塩基性のためにルイス酸金属の配位場を占めて触媒を失活させることが問題点として知られていたが、当研究室のこれまでの知見をもとに、希土類元素はその強いルイス酸性と配位場を多く持つという特性からこの問題を克服できると考え、まずルイス酸として希土類イソプロポキシド、不斉配位子としてBINOLの組合わせについて試みることにした。(Table 1)

希土類イソプロポキシドとBINOLをTHF中混合した後に溶媒を除去することによって得られる錯体を触媒として用いて、シクロヘキセンオキシド9のp-アニシジンによるエポキシド開環反応について検討した。その結果、金属としてランタンあるいはプラセオジムを用いたときに不斉収率は若干低かったものの、β-アミノアルコールが収率よく光学活性体として得られることがわかった。プラセオジムイソプロポキシドとBINOLの比率について検討した結果、(Table 2) Pr(O-i-Pr)3とBINOLの比が1:1.5あるいは1:2の時に最も高い不斉収率が得られた(Entry5,6)。また配位性のアディティブの効果について検討したところアディティブとしてトリフェニルホスフィンオキシドを添加した時に若干の化学収率あるいは不斉収率の向上がみられた。(Entry 8)

次にこの最適化条件において数種の基質について反応を行ったところ(Table 3)、不斉収率としては満足のいく結果は得られなかったが、基質一般性の点からはいずれの基質に対しても30% eeから50% eeと、これまで他のグループにより報告されている方法と比べ、より一般性の高い結果が得られた。そこで今回の4-demethoxydaunomycin (3)の合成の基質であるエポキシド8についてp-アニシジンによる開環反応を行ったところ、最高80%収率、65% eeで目的のアミノアルコール14が得られた。(Scheme 3)このアミノアルコール14は一回の再結晶により95% eeまで光学純度を高めることができた。

ベンゼンボロネート5の合成

 ほぼ光学的に純粋なアミノアルコール14はヨウ化メチルにより四級アンモニウム塩に変換した後、n-ブチルリチウムで処理することにより若干のeeの低下はみられたものの、アリルアルコール7を90% eeで与えた。(Scheme 4)アリルアルコール7はメタノール中酢酸水銀と反応させたところ、基質の水酸基の立体電子効果により水銀が立体選択的にオレフィンに付加しメタノールによるオキシ水銀化反応が進行した。さらに反応溶液を水素化ホウ素ナトリウムで処理することでβ-メトキシアルコール15がジアステレオ選択的に得られた。

 β-メトキシアルコール15に対しDess-Martin試薬による酸化を行い、得られたケトン6に塩化セリウム存在下アセチレンの付加を行ったところ、このステップにおいても完全にジアステレオ選択的に反応が進行し、9位の炭素上の置換基が望みの立体配置をとる化合物16を得ることができた。化合物16にその後の骨格上の官能基変換を行うことで、三工程で目的の絶対配置を持つ文献既知の重要合成鍵中間体ベンゼンボロネート5の合成に成功した。

(2) 新規相間移動触媒の設計とアルキル化反応によるα-アミノ酸の合成

 α-アミノ酸は生体内でタンパク質やペプチドの構成成分として重要なだけでなく、医薬品原料としても用いられるため、特に非天然型のα-アミノ酸の触媒的不斉合成のための触媒的不斉反応の開発が求められてきた。これまでいくつかのアプローチが報告されてきており、不斉相関移動触媒を用いてアルキル化反応等により合成する方法は、触媒が安定で取り扱いことと、金属を含まないことから環境に及ぼす影響が少ないことが大きな利点としてあげられる。しかしながらこの方法はこれまでほとんどの場合quinineを始めとするcinchona alkaloidを原料とする触媒を用いており、基質に特殊な修飾を必要とするなど、必ずしも一般性が高いとは言えなかった。そこで、本論文ではより基質の適用範囲を広げるべくScheme 5に示すように新規に相間移動触媒Aを設計しアルキル化反応に適用した。この触媒は原料に酒石酸を用いており、両鏡像体が比較的安価に手に入ることと、C2対称な構造をしているため構造計算の結果から、より広い範囲の基質で面選択が可能になると期待された。まずこれまでに多くのグループにより検討された基質19を用いてベンジル化反応に付したところ、塩基として固体の水酸化セシウムまたはフッ化セシウムを用いた時に48-60% eeと中程度の不斉収率で目的のベンジル化体20が得られた。

 さらに、Scheme 6に示すように、アルドイミンを原料とするα、αジアルキルアミノ酸の合成を検討した結果、イミン部位の芳香環上のオルト位に水酸基を有する基質22を原料に用いた時、不斉収率に有意な向上が見られた。

 現在、このタイプの基質に対して、収率および不斉収率の向上をめざし、さらなる条件の検討を行っているところである。

1)Sekine, A.;Ohshima, T.;Shibasaki, M. Tetrahedron 2002, 58, 75-82.

Figure 1.Structure of selected anthracycline antibiotics

Scheme 1.Retrosynthetic analysis of 4-demethoxydaunomycin (3)

Scheme 2.Catalvtic asvmmetric ring opening route

Table 1. Catalytic asymmetric ring opening reaction with arylamine.

Effect of the Metal

Table 2.Catalytic asymmetric ring opening reaction with p-anisidine.

Effect of the ratio of (R)-BINOL to Pr and additives.

Scheme 3.Catalytic asymmetric ring opening reaction of 8 with p-anisidine.

Table 2.Catalytic asymmetric ring opening reaction with p-anisidine.

Effect of the ratio of (R)-BINOL to Pr and additives.

Scheme 4.Synthesis of the key intenmediate 5

Scheme 5.Design of the phase transfer catalyst and application to the reaction (alkylation)

審査要旨 要旨を表示する

関根章博は「医薬生物活性化合物の触媒的不斉合成を指向した新規不斉反応触媒の開発」のプロジェクトのもと、以下の2点を主に達成した。

(1)4-Demethoxydaunomycinの触媒的不斉合成

 Daunomycin (1)やadriamycin (2)に代表されるアントラサイクリン系抗生物質はこれまでに強い抗癌活性を発現することことが報告されている。しかしながら同時に強い心臓毒性を有しており、副作用を低減するために多くのアナログ分子が合成されてきた。Daunomycin (1)の4-demethoxyアナログである4-demethoxydaunomycin (3)は抗癌活性の高さに比べ副作用が少ないことから臨床への応用が期待されており、これまで不斉合成を含む種々の合成法が報告されている。アントラサイクリン系化合物の抗癌活性は9位の炭素の立体配置に強く依存することが知られており、より効率的な合成のためには触媒的不斉反応を鍵工程とする合成法の開発が求められてきたものの、これまでほとんどその報告はされていなかった。この背景のもと、関根は4-demethoxydaunomycin (3)のより効率的な触媒的不斉合成法の開発を達成すべく、Danishefskyらが報告している合成ルートの鍵中間体である4(Scheme 2)を、エポキシドの触媒的不斉開環反応により合成することを計画した。

 対称エポキシドから触媒的不斉反応を用いて光学活性アリルアルコールを合成する方法として種々検討の結果、最終的にエポキシド5をアニシジン6により開環して光学活性アミノアルコール7を得て

ヨウ化メチルにより四級アンモニウム塩に変換後、ホフマン脱離反応により光学活性アリルアルコール8を合成する方法を採用した(Scheme 2)。当初アミンの強い塩基性のためにルイス酸金属の配位場を占めて触媒を失活させることが問題点として考えられたが、希土類元素はその強いルイス酸性と配位場を多く持つという特性からこの問題を克服できると期待し、ルイス酸として希土類イソプロポキシド、不斉配位子としてBINOLの組合わせについてシクロヘキセンオキシドを基質として反応条件の最適化を試みた。その結果、金属としてランタンあるいはプラセオジムを用いたときに不斉収率は若干低かったものの、β-アミノアルコールが収率よく光学活性体として得られることがわかった。また配位性のアディティブの効果について検討したところトリフェニルホスフィンオキシドを添加した時に若干の化学収率あるいは不斉収率の向上がみられた。そこで今回の4-demethoxydaunomycin (3)の合成の基質であるエポキシド5についてp-アニシジンによる開環反応を行ったところ、最高80%収率、65% eeで目的のアミノアルコール7が得られた。(Scheme 1)このアミノアルコール7は一回の再結晶により95%eeまで光学純度を高めることができた。

 ほぼ光学的に純粋なアミノアルコール7はヨウ化メチルにより四級アンモニウム塩に変換した後、n-ブチルリチウムで処理することにより若干のeeの低下はみられたものの、アリルアルコール8を90% eeで与えた(Scheme 2)。アリルアルコール8はメタノール中酢酸水銀と反応させたところ、基質の水酸基の立体電子効果により水銀が立体選択的にオレフィンに付加しメタノールによるオキシ水銀化反応が進行した。さらに反応溶液を水素化ホウ素ナトリウムで処理することでβ-メトキシアルコール9がジアステレオ選択的に得られた。β-メトキシアルコール9に対しDess-Martin試薬による酸化を行い、得られたケトン10に塩化セリウム存在下アセチレンの付加を行ったところ、このステップにおいても完全にジ

アステレオ選択的に反応が進行し、9位の炭素上の置換基が望みの立体配置をとる化合物11を得ることができた。化合物11にその後の骨格上の官能基変換を行うことで、三工程で目的の絶対配置を持つ文献既知の合成鍵中間体ベンゼンボロネート4の合成に成功した。

(2) 新規相間移動触媒の設計とアルキル化反応によるα-アミノ酸の合成

 α-アミノ酸は生体内でタンパク質やペプチドの構成成分として重要なだけでなく、医薬品原料としても用いられるため、特に非天然型のα-アミノ酸の触媒的不斉合成のための触媒的不斉反応の開発が求められてきた。これまでいくつかのアプローチが報告されてきており、不斉相関移動触媒を用いてアルキル化反応等により合成する方法は、触媒が安定で取り扱いことと、金属を含まないことから環境に及ぼす影響が少ないことが大きな利点としてあげられる。今回、関根は基質の適用範囲を広げるべくScheme 3に示すように新規に相間移動触媒Aを設計しアルキル化反応に適用した。この触媒は原料に酒石酸を用いており、両鏡像体が比較的安価に手に入ることと、C2対称な構造をしているため構造計算の結果から、より広い範囲の基質で面選択が可能になると期待された。まずこれまでに多くのグループにより検討された基質14を用いてベンジル化反応に付したところ、塩基として固体の水酸化セシウムまたはフッ化セシウムを用いた時に48-60% eeと中程度の不斉収率で目的のベンジル化体15が得られた。さらに、アルドイミンを原料とするα、αジアルキルアミノ酸の合成を検討した結果、イミン部位の芳香環上のオルト位に水酸基を有する基質16を原料に用いた時不斉収率に有意な向上が見られ、四置換不斉炭素が48% eeで構築できることを明らかにした。

以上の研究成果は、有機合成化学、触媒化学、薬学の分野に広く貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

Figure 1.Structure of selected anthracy cline antibiotics

Scheme 1.Catalytic asymmetric ring opening reaction of 5 with p-anisidine.

Scheme 2.Synthesis of the key intermediate 4

Scheme 3.Design of the phase transfer catalyst and application to the reaction (alkylation)

UTokyo Repositoryリンク