学位論文要旨



No 117416
著者(漢字) 三橋,和人
著者(英字)
著者(カナ) ミツハシ,カズト
標題(和) ドーパミン酸性代謝物の高感度分析法の開発ならびに腎におけるドーパミン代謝へのCOMT及びMAOの寄与評価系への応用
標題(洋)
報告番号 117416
報告番号 甲17416
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第980号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 今井,一洋
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 三田,智文
 東京大学 助教授 夏苅,英昭
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

【序論】

 ドーパミンはノルアドレナリンやアドレナリンの生合成中間体としてだけでなく、それ自身も脳や腎などにおいて、生体機能の調節に重要な役割を果たしていることが知られている。腎においては、腎皮質の近位尿細管細胞で生成され、D1レセプターを介したNa+-K+-ATP ase活性の阻害により、Na+利尿作用を示すと言われている。また腎は、ドーパミン代謝酵素であるcatechol-Ο-methyltransferase (COMT)及びmonoamine oxidase (MAO)の活性が全身の中で最も高い臓器の一つである。私はドーパミンの代謝過程が、尿量調節に寄与しているのではないかと考え、既知の2つの代謝経路を評価できる分析系を確立することを目的とした。ドーパミンの代謝経路は、MAOによる代謝を受け3, 4-dihydroxyphenylacetic acid (DOPAC)を生成し、その後COMTによる代謝を受けてhomovanillic acid (HVA)を生成する経路と、COMTによる代謝を受けて3-methoxytyramine (3-MT)を生成し、その後MAOによる代謝を受けてHVAを生成する経路の2つがある(図1)。ドーパミン代謝過程を把握するためには、これらの4種の分子を分析する必要がある。ドーパミン、3-MTの2種については既に当研究室で開発した高感度分析法を用い、残る2種の酸性代謝物DOPAC及びHVAの高感度分析法の開発を試みた。測定対象試料として、腎局所での代謝を反映すると考えられるマイクロダイアリゼイトと、腎局所と共に全身の代謝を反映すると考えられる尿試料を選択した。

【実験方法・結果・考察】

1.ラット尿中DOPAC及びHVAのDBD-PZ誘導体化による高感度分析方法の開発

 従来、酸性代謝物のHPLCの検出には電気化学検出が用いられてきた。しかし、高感度である反面、耐久性に乏しく多数の検体を連続測定する場合問題が生じる。そこで、DOPAC、HVAをカルボン酸用標識試薬4-(N, N-dimethylaminosulfonyl)-7-piperazino-2, 1, 3-benzoxaziazole (DBD-PZ)により誘導体化後、HPLC−蛍光検出する高感度分析法の開発を試みた。しかし、尿は多数の夾雑物質を含むため、そのままでは誘導体化に適さない。そこで、尿試料のDBD-PZ誘導体化前処理方法、誘導体化後処理方法、HPLC条件の3項目について検討を行った。

1-1)誘導体化前処理方法の検討

 尿試料から、DOPAC及びHVAを同時に固相抽出する方法を検討した。各種固相について抽出条件を検討した結果、DOPAC、HVAの有するフェノール性水酸基に注目し、フェノール類やカルボン酸の保持に選択的なShodex SPEC EDS-1 (100mg)を用いたところ、目的物質の保持とメタノールによる回収に優れていた(>90%)。

1-2)誘導体化後処理方法の検討

 DBD-PZ蛍光誘導体化後の固相抽出による精製方法として、逆相固相、順相固相、イオン交換相と逆相固相との混合相による精製の3通りを検討した。その結果、オクチル基とトリメチルアミノプロピル基の混合相であるBond Elut certify IIが40%メタノールでの洗浄効果が高く、1%酢酸含有60%メタノールでDOPAC、HVAを高い回収率で回収(>90%)できることが判明した。

1-3)HPLC条件の検討

 移動相としてメタノール/水系を基本としてグラディエント溶離を適用し分離条件を詳細に検討した結果、DOPACとHVAのピークの分離検出の可能性が出てきた。

2.腎マイクロダイアリゼイト中のDOPAC及びHVAのエチレンジアミン蛍光誘導体化による高感度分析法の開発

 腎マイクロダイアリゼイト中DOPAC及びHVAは、低濃度のため、更に高感度な分析法が必要である。そこで、カテコール環がエチレンジアミンと選択的に反応し蛍光を有することに着目し、当研究室でこれまでに開発されたカテコールアミン−エチレンジアミン蛍光誘導体化法を改良し、これに適用することを考え、ドーパミン酸性代謝物の高感度自動分析計の開発の検討を行った。

2-1)誘導体化条件の検討

 DOPACを指標として誘導体化反応温度、反応コイル長さ(反応時間)について検討した結果、誘導体化反応は30m(内径0.5mm)の反応コイル中120℃、約7分間とすることに決定した。

2-2)電気化学的酸化条件の検討

 DOPAC及びHVAを同時分析するために、3位がΟ−メチル化されたHVAを電気化学的に酸化し、Ο−キノン体とした。酸化電圧0.4VでHVAは最大蛍光強度を示し、DOPACは酸化による影響を受けなかった。

2-3)オンラインでのDOPAC及びHVAの抽出条件の検討

 移動相10mMリン酸緩衝液(pH3.2)で、注入したDOPAC及びHVAを強陰イオン交換前処理カラムに保持させることができた。DOPAC及びHVAは8分から12分に溶出し、この画分をODSカラムヘ供し両者の分離を行った。

2-4)高感度自動分析計の開発

 以上の検討より、図2に示す高感度自動分析計を開発した。これを3での実験で得られた試料に適用したところ、DOPAC及びHVA濃度は、それぞれ5nM、13nM程度であることが判明した。直線性、検出感度、真度、精度ともに良好であり、本方法がラット腎マイクロダイアリゼイト中DOPAC及びHVA定量に適用可能な方法であることが示された。

3.ドーパミン灌流法による腎でのドーパミン代謝へのCOMT及びMAOの寄与評価

 先ず、ラット腎皮質にBAS社製リニアプローブLM-5を装着し、リンゲル液を氷冷下流速2μL/minで灌流した。安定化後回収されたマイクロダイアリゼイト中の各代謝物(DOPAC, 3-MT, HVA)濃度を2で開発した方法、及びカテコールアミンとそれらの3−Ο−メチル代謝物分析計で定量した。また、透析膜の回収率から、透析膜周辺の間質液中各代謝物濃度を算出すると、DOPAC 130nM, 3-MT 6nM, HVA 390nMであった(DOPAC/3-MT/HVA=22/1.0/65)。算出した濃度には、細胞間質液中に漏出する原尿中の各代謝物の影響も含まれると考えられ、腎のみのCOMT及びMAOによるドーパミン代謝を直接反映しないと考えた。そこで、透析膜周辺の間質液中に内在性のドーパミンに比べて過剰量のドーパミンを段階的に灌流し、透析膜周辺間質液中の各代謝物濃度の変化率を比較すれば、腎でのCOMT及びMAO代謝の寄与を反映することが出来ると考えた。安定化後リンゲル液に溶解したドーパミン溶液(0.5, 1, 2.5, 5, 10μM)を氷冷下流速2μL/minで灌流した。灌流液のドーパミン濃度を上昇させると、濃度依存的に3-MT、DOPAC濃度は上昇した(図3)。直線性が見られたドーパミン灌流濃度0.5-2.5μMの範囲で、DOPAC、3-MT、HVAそれぞれについて、濃度変化率を算出した。その結果、DOPAC/3-MT/HVA=2.2/1.0/9.8であった。リンゲル液灌流時の値と比較すると、ドーパミン代謝へのCOMTの寄与(3-MT, HVA生成)が高く評価されている。

【総括】

 本研究において、DBD-PZ誘導体化前後でのラット尿試料中DOPAC及びHVAの精製方法を検討し、今後それらの精製に最適な固相を開発する上での基礎となる情報を得た。また、HPLC条件を検討し、DOPAC及びHVAの分離検出の可能性について示唆を与えた。

 次に、エチレンジアミン蛍光誘導体化法を用いてラット腎マイクロダイアリゼイト中DOPAC及びHVAの高感度自動分析法を開発した。オンラインでの前処理カラムの選択性を高める工夫によって、腎マイクロダイアリゼイト以外の試料にも適用可能になると考えられる。

 また、ドーパミンの灌流によってプローブ周辺組織のドーパミン濃度を一定にし、その濃度を変化させた時のCOMT及びMAO代謝物濃度の変化率を算出することで、COMT及びMAOによるドーパミン代謝状態の評価を試みた。その結果、ドーパミン代謝は速やかにCOMT及びMAOによる代謝を受けること、また、リンゲル液灌流の結果から見積もられるよりもドーパミン代謝へのCOMT代謝の寄与が大きいことが示唆された。今後COMT及びMAO阻害剤投与をドーパミン灌流法と組み合わせることによって、2つの代謝過程の優先順位についても示唆が得られると考えられる。ドーパミン灌流法は、灌流するドーパミンの総量も少なく、毛細血管への透過が生じても全身に与える影響は少ないと考えられ、局所のCOMT及びMAO代謝の状態を議論する方法として今後の応用が期待される。

図1.ドーパミンの代謝経路

図2.高感度自動分析計

図3.ドーパミン灌流時の各代謝物の初期濃度からの変化

審査要旨 要旨を表示する

 ドーパミンはノルアドレナリンやアドレナリンの生合成中間体と同時に、脳や腎などにおいて、生体機能の調節に重要な役割を果たしていることが知られている。腎においては、腎皮質の近位尿細管細胞で生成され、D1レセプターを介したNa+-K+-ATP ase活性の阻害により、Na+利尿作用を示すと言われている。ドーパミンは、monoamine oxidase (MAO)による代謝を受け3,4-dihydroxyphenylacetic acid (DOPAC)を生成し、その後catechol-Ο-methyltransferase (COMT)による代謝を受けてhomovanillic acid (HVA)を生成する経路と、COMTによる代謝を受けて3-methoxytyramine (3-MT)を生成し、その後MAOによる代謝を受けてHVAを生成する経路の2つがある。本研究はドーパミンの代謝過程の尿量調節への寄与を調べるため、まず尿中ならびに腎マイクロダイアリゼート中のこれら代謝物の定量法を確立し、ついで代謝経路を評価することを試みた。ドーパミンおよび3-MTは既に報告した高感度分析法を用いて定量し、本研究では酸性代謝物DOPACおよびHVAの高感度分析法の開発を試みた。

1.ラット尿中DOPAC及びHVAのDBD-PZ誘導体化による高感度分析法の開発

 従来、酸性代謝物のHPLCの検出には電気化学検出が用いられてきたが、高感度ではあるが、耐久性に乏しく多数の検体を連続測定することは困難であった。そこで、申請者はDOPAC、HVAをカルボン酸用標識試薬4-(N,N-dimethylaminosulfonyl)-7-piperazino-2, 1, 3-benzoxadiazole (DBD-PZ)により誘導体化後、HPLC−蛍光検出する高感度分析法の開発を試みた。ところで、尿は多数の夾雑物質を含むため、直接誘導体化することは困難である。そこで、尿試料のDBD-PZ誘導体化前処理方法、誘導体化後処理方法、HPLC条件の3項目について検討を行った。

1-1)誘導体化前処理方法の検討

 各種固相を用いて、尿試料からDOPACおよびHVAの同時抽出について検討した。フェノール類やカルボン酸の保持に選択的なShodex SPEC EDS-1が、DOPAC、HVAの保持とメタノールによる回収に優れていた。

1-2)誘導体化後処理方法の検討

 DBD-PZ蛍光誘導体化後の試料について、逆相固相、順相固相、イオン交換相と逆相固相との混合相による3通りの精製法を検討した。その結果、オクチル基とトリメチルアミノプロピル基の混合相であるBond elut certify IIが40%メタノールでの洗浄効果が高く、1%酢酸含有60%メタノールでDOPAC、HVAを高い回収率で回収できることが判明した。

1-3)HPLC条件の検討

 移動相としてメタノール/水系を基本として勾配溶離を適用し分離条件を詳細に検討した結果、DOPACとHVAのピークの分離検出が可能となったが、尿試料中の夾雑物からの完全分離は困難であった。

2.腎マイクロダイアリゼート中のDOPACおよびHVAのエチレンジアミン蛍光誘導体化による高感度分析法の開発

 腎マイクロダイアリゼート中DOPACおよびHVAは、低濃度のためさらに高感度な分析法が必要である。そこで、当研究室で既に開発されているカテコールアミン−エチレンジアミン蛍光誘導体化法を改良・適用することを考え、ドーパミン酸性代謝物の高感度自動分析計の開発を試みた。

2-1)誘導体化条件の検討

 DOPACを指標として誘導体化反応温度、反応コイル長さ(反応時間)について検討した結果、誘導体化反応は30m(内径0.5mm)の反応コイル中120℃、約7分間とすることに決定した。

2-2)電気化学的酸化条件の検討

 DOPACおよびHVAを同時分析するために、3位がΟ−メチル化されたHVAを電気化学的に酸化し、Ο−キノン体とする条件を検討した。酸化電圧0.4VでHVAは最大蛍光強度を示し、DOPACは酸化による影響を受けなかった。

2-3)オンラインでのDOPAC及びHVAの抽出条件の検討

 移動相10mMリン酸緩衝液(pH 3.2)で、注入したDOPAC及びHVAを強陰イオン交換前処理カラムに緩やかに保持させることができた。DOPAC及びHVAは8分から12分に溶出し、この画分をODSカラムヘ供し両者の分離を行った。

2-4)高感度自動分析計の開発

 以上の検討を基に高感度自動分析計を開発した。これを後述の腎マイクロダイアリゼート試料に適用したところ、DOPACおよびHVA濃度は、それぞれ5nMおよび13nMであることが判明した。本法の直線性、検出感度、真度、精度はともに良好であり、本方法がラット腎マイクロダイアリゼート中DOPACおよびHVA定量に適用可能な方法であることが示された。

3.ドーパミン灌流法による腎でのドーパミン代謝へのCOMT及びMAOの寄与評価

 ラット腎皮質にリニアプローブLM-5(BAS社製)を装着し、安定化後リンゲル液に溶解したドーパミン溶液(0.5、1、2.5、5、10μM)を氷冷下流速2μL/minで灌流した。回収した試料を2で開発した方法、およびカテコールアミンとそれらの3−Ο−メチル代謝物分析計で定量した。灌流液のドーパミン濃度を上昇させると、濃度依存的に3-MTおよびDOPAC濃度は上昇した。両者の初期濃度からの上昇の程度はCOMT代謝物(3-MT)がMAO代謝物(DOPAC)を上回っていた。

 以上、本研究は、ラット尿中および腎マイクロダイアリゼート中のDOPACおよびHVAの精製法の検討ならびに高感度定量法の開発を行い、これを用いて、ドーパミン灌流による腎マイクロダイアリシスプローブ周辺組織のCOMTおよびMAO代謝物濃度の変動を検討し、ドーパミン代謝経路の評価を試みている。本研究は緒についたばかりであり、薬学に於ける分析化学への寄与度は大きいとは言えないが、今後、本法を利用したドーパミン代謝の尿量調節への寄与検討への一つの道を示したものと考えられ、博士(薬学)に適うものと認めた。

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