学位論文要旨



No 117418
著者(漢字) 横島,聡
著者(英字)
著者(カナ) ヨコシマ,サトシ
標題(和) (+)−ビンブラスチンの全合成
標題(洋) Total Synthesis of (+)-Vinblastine
報告番号 117418
報告番号 甲17418
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第982号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 海老塚,豊
 東京大学 助教授 夏苅,英昭
 東京大学 講師 徳山,英利
内容要旨 要旨を表示する

 ビンブラスチン(1)はCatharanthus roseusから見い出されたアルカロイドであり、現在、悪性リンパ腫、絨毛性腫瘍の有効な治療薬として使用されている1。またビンブラスチンは、上下2種類の異なるインドールユニットが結合した特異な構造を有することから、合成化学的にも非常に興味深い化合物であり、多くの合成研究が行われている2。しかしながら下部ビンドリン部位でさえも、これまで報告されている全合成法はビンブラスチン合成研究への化合物供給という意味では不十分であった。したがって、数例達成されているビンブラスチンの合成はいずれも天然物であるビンドリン(2)を原料として用いている。優れた薬効が期待されるビンブラスチンをリード化合物とした新規医薬品の創製のためには、系統的な誘導体合成は有効な手段であり、そのためにもビンドリンをも含めたビンブラスチンの全合成は合成化学者が解決すべき重要な課題である。今回、当研究室で開発されたο−アルケニルチオアニリドのラジカル環化反応を用いた新規2,3−二置換インドール合成法3を用いて、ビンブラスチンを構成する上下2つのインドールユニットを合成し、それらをカップリングすることにより(+)−ビンブラスチンの全合成を達成した。下部ビンドリンの合成に関しては共同研究者らにより既に報告がなされている4。私は上部ユニットの合成およびビンドリンとのカップリングに関して検討を行った。

ビンドリンの導入における立体化学

 上部インドールユニットとビンドリンとのカップリング反応において、2つのインドールユニットの結合の立体化学の制御が重要な問題となる。例えば3に対してビンドリンを導入すると、望みとは逆の立体選択性で反応が進行することが知られている2d。そのため望みの立体化学でビンドリンを導入するためには、上部ユニットの骨格を適当な形へと変換し、ビンドリンを導入しなくてはならない。計算化学的な考察を行った結果、4のような11員環化合物は、その安定コンフォメーションにおいて、紙面下側の方が空いていることが明かとなった。またSchillらは4に対するビンドリンの導入は、望みの立体化学で進行することを報告している5。そこで私は5のような11員環化合物を合成し、ビンドリンとのカップリング反応を試みることとした。

上部インドールユニットの合成

 5を合成するにあたって、次のような逆合成解析を行った(Scheme 1)。11員環形成を合成の終盤で行うとすると、6のような2,3−二置換インドールが前駆体となる。このインドールは当研究室のインドール合成法を用いると7のようなチオアニリドから合成でき、7はイソチオシアネート8に対するエステル9のエノラートの付加により得ることができる。そこでまず9を次のように合成した(Scheme 2)。

 ブチルアルデヒド(10)から2工程で得られるアルコール11を、Claisen-Johnson反応を用いて増炭し、続いて加水分解を行いカルボン酸12を得た。12に対しオキサゾリジノン型不斉補助基を導入し、得られたイミド13を不斉Michael反応の条件に付したところ、反応は高ジアステレオ選択的に進行し、14を与えた6。不斉補助基の還元的除去、生じた水酸基の保護の後、15を水素化ジイソブチルアルミニウムを用いて還元し、得られたアルデヒドをオキシム16へと変換した。16を次亜塩素酸ナトリウムで処理したところ、ニトリルオキシドの生成、引き続く分子内1,3−双極子付加環化が進行することにより、イソキサゾリン17を単一異性体として与えた。17のN-O結合を還元的に開裂しヒドロキシケトン18とし、続いてBaeyer-Villiger反応を行いラクトン19を得た。ラクトン環を開裂した後、水酸基を保護し目的とするエステル20を得た。

 このようにして合成したエステル20のエノラートをイソチオシアネート21に対して付加し、チオアニリド22を得た(Scheme 3)。22のラジカル環化反応は室温下速やかに進行し、インドール23を与え、続いて保護、脱保護を行いトリオール24へと導いた。11員環の構築に関しては、2−ニトロベンゼンスルホンアミド(Nsアミド)のアルキル化反応を用いる中大員環合成法が有効であった7。まず24の1,2−ジオールの1級水酸基を選択的にトシル化し、加熱することによりエポキシド25へと変換した。残った1級水酸基に対し光延反応によりNsアミドを導入し環化前駆体26へと導いた。26を炭酸カリウム存在下、加熱条件に付したところ、位置選択的に中員環形成反応が進行し、11員環化合物27を与えた。続いて脱保護、保護を行いカップリング前駆体28へと導いた。

ビンドリンの導入および全合成の完遂

 28に対して、次のようにして(−)−ビンドリン(2)を導入した(Scheme 4)。まずt−ブチルハイポクロライトを用いてインドールの3位を塩素化しクロロインドレニン29とした後、ビンドリン存在下、トリフルオロ酢酸で処理することにより、望みの立体化学でビンドリンが導入された31を、単一異性体として得ることに成功した。クロロインドレニン29の酸処理により活性な中間体30を与え、立体的に空いている下側からビンドリンが反応することにより、31が得られたものと考えられる。続いてトリフルオロアセチル基、2−ニトロベンゼンスルホニル基(Ns基)を除去し、最後にピペリジン環の構築を行うことにより(+)−ビンブラスチン(1)の全合成を達成した。得られた1の各種スペクトルデータは、天然物のものと一致した。

参考文献

1) a) Noble, R. L.; Beer, C. T.; Cutts, J. H. Ann. N. Y. Acad. Sci. 1958, 76, 882. b) Svoboda, G. H.; Neuss, N.; Gorman, M. J. Am. Pharm. Assoc. Sci. Ed. 1959, 48, 659.

2) a) Mangeney, P.; Andriamialisoa, R. Z.; Langlois, N.; Langlois, Y.; Potier, P. J. Am. Chem. Soc. 1979, 101, 2243. b) Kutney, J. P., Choi, L. S. L.; Nakano, J.; Tsukamoto, H.; McHugh, M.; Boulet, C. A. Heterocycles 1988, 27, 1845. c) Kuehne, M. E.; Matson, P. A.; Bornmann, W. G. J. Org. Chem. 1991, 56, 513. d) Magnus, P.; Mendoza, J. S.; Stamford, A.; Ladlow, M.; Willis, P. J. Am. Chem. Soc. 1992, 114, 10232.

3) Tokuyama, H.; Yamashita, T.; Reding, M. T.; Kaburagi, Y.; Fukuyama, T. J. Am. Chem. Soc. 1999, 121, 3791.

4) Kobayashi, S.; Ueda, T.; Fukuyama, T. Synlett 2000, 883.

5) Schill, G.; Priester, C. U.; Windhovel, U. F.; Fritz, H. Helv. Chim. Acta 1986, 69, 438.

6) Evans, D. A.; Urpi, F.; Somers, T. C.; Clark, J. S.; Bilodeau, M. T. J. Am. Chem. Soc. 1990, 112, 8215.

7) Fujiwara, A.; Kan, T.; Fukuyama, T. Synlett 2000, 1667.

Scheme 1

Scheme 2

 Reagents and conditions: (a) formalin, Me2NH・HCl, Et3N, H2O, 60℃, 60%; (b) LiAlH4, Et2O, 0℃, 81%; (c) CH3C(OEt)3, EtCO2H, 135℃; KOH, EtOH-H2O, rt, 83%; (d) PivCl, Et3N, Et2O, 0℃; n-BuLi, (R)-4-benzyl-2-oxazolidinone, THF, -78℃, 89%; (e) (i-PrO)TiCl3, i-Pr2NEt, acrylonitrile, CH2Cl2, 0℃, 73%; (f) NaBH4, THF-H2O, rt, 92%; (g) TBDPSCI, imidazole, DMF, rt, 92%; (h) DIBAL, CH2Cl2, -78℃; (i) H2NOH・HCl, NaOAc, EtOH, rt; (j) NaClO aq, CH2Cl2, rt, 61% (3 steps); (k) Zn, AcOH, 66%; (l) mCPBA, AcOH, rt; (m) K2CO3, MeOH, rt, 80% (2 steps); (n) TESCI, imidazole, DMF, rt; TMSCI, rt, 92%.

Scheme 3

 Reagents and conditions: (a) LDA, THF, -78℃; 21, -78 to 0℃, 76%; (b) Bu3SnH, Et3B, THF, rt, 73%; (c) Boc2O, Et3N, DMAP, CH2Cl2, rt, 87%; (d) AcOH-H2O (95:5), 80℃, 63%; (e) TsCl, Bu2SnO, Et3N, CH2Cl2, rt, 83%; (f) NaHCO3, DMF, 80℃, 91%; (g) NsNH2, DEAD, Ph3P, toluene, rt, 76%; (h) K2CO3, DMF, 90℃, 85%; (i) TFA, CH2Cl2, rt, 68%; (j) TsCl, Me2N(CH2)3NMe2, CH3CN-toluene, rt, 85%; (k) TFAA, pyridine, CH2Cl2, rt, 88%.

Scheme 4

 Reagents and conditions: (a) t-BuOCl, CH2Cl2, 0℃; (b) (-)-vindoline (2), TFA, CH2Cl2, 0℃ to rt, 80%; (c) Et3N, MeOH, rt, quant.; (d) HSCH2CH2OH, DBU, CH3CN, rt, 76%; (e) NaHCO3, i-PrOH-H2O, rt, 66%.

審査要旨 要旨を表示する

 ビンブラスチン(1)は、現在、悪性リンパ腫、絨毛性腫瘍の有効な治療薬として使用されている。またビンブラスチンは、上下2種類の異なるインドールユニットが結合した特異な構造を有することから、合成化学的にも非常に興味深い化合物であり、多くの合成研究が行われてきた。しかしながら、幅広い誘導体合成に適用可能な全合成法は皆無であった。優れた薬効が期待されるビンブラスチンをリード化合物とした新規医薬品の創製のためには、系統的な誘導体合成は有効な手段であり、ビンブラスチンの全合成は合成化学者が解決すべき重要な課題である。横島はビンブラスチンの上部ユニット3を合成し、共同実験者により合成されたビンドリン(2)と立体選択的なカップリングを行うことによりビンブラスチンの全合成を達成した。

 まず横島は次のようにして上部ユニット3の立体選択的合成を行った(図2、3)。市販のn−ブチルアルデヒド4より4段階で合成したイミド5に対し、ジアステレオ選択的にシアノエチル基の導入を行った。オキシム7に変換した後、次亜塩素酸ナトリウムで処理しニトリルオキシドを発生させ、分子内1,3−双極子環化付加反応を行い、2環性のイソキサゾリン8を単一異性体として得た。N-O結合の還元的開裂の後、得られたケトン9をBaeyer-Villiger反応に付しラクトン10とし、開環、保護を経てエステル11へと導いた。このようにして合成したエステル11のエノラートをイソチオシアネート12に対して付加し、チオアニリド13を得た。13を当研究室で開発されたインドール合成法の条件、すなわちラジカル条件に付し、インドール14へと変換した。続いて保護、脱保護を行いトリオール15を得た。次にこれら3つの水酸基を巧みに区別し、11員環化合物18へと導いた。まず15の1,2−ジオールの1級水酸基を選択的にトシル化し、加熱することによりエポキシド16へと変換した。残った1級水酸基に対し光延反応によりNsアミドを導入し環化前駆体17とした後、炭酸カリウム存在下、加熱条件に付すことにより11員環化合物18を得た。続いて脱保護、保護を行い上部ユニット3へと変換した。

 以上のようにして合成した上部ユニット3に対して、次のようにして(−)−ビンドリン(2)を導入した(図4)。まずt−ブチルハイポクロライトを用いてインドールの3位を塩素化しクロロインドレニン19とした後、ビンドリン存在下、トリフルオロ酢酸で処理することにより、望みの立体化学でビンドリンが導入された21を、単一異性体として得ることに成功した。続いてトリフルオロアセチル基、2−ニトロベンゼンスルホニル基(Ns基)を除去し、最後にピペリジン環の構築を行うことにより(+)−ビンブラスチン(1)の全合成を達成した。

 以上のように、横島はビンブラスチンの効率的全合成を達成することにより、広汎な誘導体合成への道を開いた。従って、薬学研究に寄与するところ大であり、博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

図1

図2

図3

図4

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