学位論文要旨



No 117419
著者(漢字) 吉川,直樹
著者(英字)
著者(カナ) ヨシカワ,ナオキ
標題(和) 直接的触媒的不斉アルドール反応の開発
標題(洋)
報告番号 117419
報告番号 甲17419
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第983号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴崎,正勝
 東京大学 教授 小林,修
 東京大学 教授 福山,透
 東京大学 講師 眞鍋,敬
 東京大学 講師 金井,求
内容要旨 要旨を表示する

 アルドール反応は、異種または同種のカルボニル化合物二分子を出発原料とし、生成物としてβ−ヒドロキシカルボニル化合物(または、その脱水体であるα,β−不飽和カルボニル化合物)を与える、有機化学を代表する反応のひとつである。この反応は、一工程で、炭素−炭素結合が生成すると同時に、連続する二つの不斉点が新たに生じることから、炭素鎖骨格を構築する非常に有用な方法として広く用いられてきた。ケトンやエステルをエノールシリルエーテルに変換した後に、それを不斉触媒の存在下にアルデヒドへ付加させる方法、すなわち触媒的不斉向山型アルドール反応は、素晴らしい例が数多く報告され、ほぼ完成の域に達している。一方当研究室では1997年、触媒的不斉アルドール反応における新たなアプローチとして、ケトンをエノールエーテルへと変換せずにそのまま基質として用いる、直接的触媒的不斉アルドール反応を初めて報告した1。この反応は、当研究室で開発された多機能複合金属不斉触媒2によって促進され比較的高い選択性で進行するものの、触媒活性に大きな問題点を残していた。1999年筆者らは、heteropolymetallic catalyst (1、Chart 1)を開発することで、触媒活性を大幅に向上させることに成功したが3 (Scheme 1)、依然として、基質がメチルケトン(3)に限られるといった問題点を抱えており、二つの不斉点を一挙に構築するというアルドール反応の最大の利点の一つが発揮されていなかった。そこで筆者は、本反応を複雑な分子の合成に応用可能なものとするべく、より広い範囲の基質に適用可能な触媒反応系の開発研究に着手した。

1.金属アルコキシド部位を有する新規複合金属不斉触媒の開発と、それを用いる非修飾ケトンの直接的アルドール反応4

 上述のようにメチルケトン以外のケトンでアルドール反応が進行しないのは、基質と触媒が立体障害により反発するためと考え、従来よりも広い反応場を提供する触媒の開発を計画した。この目的のために、中心金属とBINOL配位子の比を従来の1:3から1:2に変更し、また、ブレンステッド塩基性を増大させるべく金属アルコキシドを触媒に共有結合によって直接導入することを計画した。種々の触媒を合成し反応の検討を行った結果、新規触媒5 (Chart 2)がメチルケトンのアルドール反応に有効であることが分かった。特に、基質としてアルデヒド6、アセトフェノン(7a)を用いた時に、3 mol%の触媒の存在下反応は速やかに進行し、目的のアルドール成績体(8a)を収率66%、63%eeで与えた(Table 1, entry 1)。芳香族ケトンのみならず、酸性度がより低いと思われるジアルキルケトンでも反応が進行することが分かった(Table 1, entries 2-5)。一方、触媒調製に用いる金属の種類を変えたり、用いる金属試薬の量を減じたりすると、反応速度の大幅な低下が観察された。

 次に、この触媒を用いてアルデヒド9と3−ペンタノン(10)の反応(Scheme 2)を行ったが、141時間攪拌してようやく15%収率で目的の成績体(11)が得られるのみだった。そこで、触媒の側鎖アルコキシド部位の求核能を低下させ、かつ、塩基性をさらに増す目的でかさ高い金属アルコシドを有する新規触媒12 (Chart 2)を合成した。この触媒を用いて同様の反応を行ったところ、収率38%で成績体が得られたが不斉はほとんど誘起されなかった。種々検討した結果、ヨウ化リチウムを添加することで、化学収率は低下したものの、初めての不斉誘起に成功した(Scheme 2)。

2.Heteropolymetallic catalystを用いるグリシンエステル類のアルデヒドに対する直接的不斉アルドール反応とアミノ酸合成

 グリシンエステルSchiff塩基とアルデヒドとの反応は、生物学的に興味深い化合物であるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸誘導体を与えることから合成化学的に重要である。また、α−位にヘテロ原子を有するカルボニル化合物は触媒と特別な相互作用を起こす可能性が高いことから、アルドール反応を開発していく上で、メカニズムの面からも興味深い。種々検討を行った結果、LLB・LiOH触媒を用いたときに、ケチミン14とアルデヒド13の反応が効率的に進行することが分かり、収率100%、70% ee(anti)にて目的のアミノ酸エステル(15)を得ることに成功した。これは、グリシンエステルSchiff塩基をそのまま用いる直接的触媒的不斉アルドール反応の初めての成功例である。

3.2−ヒドロキシケトンを基質に用いる直接的触媒的不斉アルドール反応:anti-1,2−ジオール合成への展開

 1,2−ジオールは、生理活性を有する天然物や不斉配位子の分子構造中に見いだされるように、有機合成において非常に重要なキラルビルディングブロックである。1,2−ジオールの触媒的不斉合成には従来、Sharplessらによって開発されたオレフィン類の触媒的不斉ジヒドロキシル化反応が一般に用いられてきた。この反応はtrans−オレフィンを高選択的に酸化し、対応するsyn-1,2−ジオールを高い光学純度で与える。しかしながら、cis−オレフィン類の反応における選択性は必ずしも高いものではなく、anti-1,2−ジオールを高い光学収率で与える低分子触媒は今までほとんど存在しなかった5。そこで筆者は、直接的アルドール反応の方法論により、ヒドロキシケトンとアルデヒドから直接的にanti-1,2−ジオールを触媒的不斉合成する方法の開発を目指し研究に着手した。

 先に述べたheteropolymetallic catalyst (1)を用い、アルデヒド(16)と2−ヒドロキシアセトフェノン(17)の反応を検討した(Table 2)。メチルケトン類とのアルドール反応に有効であったα,α−二置換アルデヒドを基質に用いたとき、反応は非常に遅く不斉もほとんど誘起されなかった。これに対し、α位に置換基を有しないアルデヒドを用いた時に、望みのanti−体を優先的に、非常に高い光学異性体過剰率(ee)にて得ることに成功した。この触媒系は、さまざまなα−無置換アルデヒドに適用可能であり、それぞれ対応するanti-α,β−ジヒドロキシケトンを高選択的に与える6 (Table 2)。得られた成績体はバイヤー・ビリガー反応によって対応するエステル類に変換することができたことから7、本反応はanti-1,2−ジオールを与える数少ない例の一つとして反応機構的に興味深いだけでなく合成化学的にも意義深いと言える。

 反応機構を解析するために生成物のジオール部分の立体配置を調べたところ、すべてのanti−ジオールについて、β位の反応立体選択性がメチルケトンの反応の場合と逆であることが分かった(Scheme 1 vs Table 2)。さらに、syn−体の立体化学についても詳細な調査を行ったところ、興味深いことに、α位の立体配置がanti−体とsyn−体で同一であることが分かった(Table 2)。このことは、2−ヒドロキシケトンから生じたエノラートが触媒の中心金属(La)に対して二座配位子としてふるまい、BINOL配位子による立体的遮蔽効果によって、アルデヒドから受ける攻撃がsp2平面の片方に限定されていることを強く支持するものである(Figure 1)。

参考文献

1.Yamada, Y. M. A.; Yoshikawa, N.; Sasai, H.; Shibasaki, M. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1997, 36, 1871-1873.

2.(a)Shibasaki, M.; Sasai, H.; Arai, T. Angew. Chem., Int. Ed. Engl. 1997, 36, 1236-1256. (b)Shibasaki, M.; Yoshikawa, N. Chem. Rev. 2002, 102. in press.

3.Yoshikawa, N.; Yamada, Y. M. A.; Das, J.; Sasai, H.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 1999. 121, 4168-4178.

4.Yoshikawa, N.; Shibasaki, M. Tetrahedron 2001, 57, 2569-2579.

5.Notz, W.; List, B. J. Am. Chem. Soc. 2000, 122, 12003-12004.

6.Yoshikawa, N.; Kumagai, N.; Matsunaga, S.; Moll, G.; Ohshima, T.; Suzuki, T.; Shibasaki, M. J. Am. Chem. Soc. 2001, 123, 2466-2467.

7.Yoshikawa, N.; Suzuki, T.; Shibasaki, M. A full account submitted for publication.

Chart 1.Proposed Structure of a Heteropolymetallic Catalyst Consisting of LLB and KOH

Scheme 1.Direct Aldol Reaction Promoted by a Heteropolymetallic Catalyst

Chart 2.Alkoxide-based Heterobimetallic Catalysts (Proposed Structures)

Table 1.Direct Aldol Reaction Promoted by Alkoxide Catalyst 5

Scheme 2.Direct Aldol Reaction of 3-Pentanone

Scheme 3.Synthesis of Amino Acids Using the Direct Aldol Reaction of Imino Esters

Table 2.Diastereo- and Enantioselective Direct Catalytic Aldol Reaction of 2-Hydroxyacetophenones with Aldehydes : Catalytic Asymmetric Synthesis of anti-1,2-Diols

Figure 1.Proposed Transition States for the Direct Aldol Reaction of 2-Hydroxy Ketones (a) and Methyl Ketones (b).

審査要旨 要旨を表示する

 アルドール反応は、異種または同種のカルボニル化合物二分子からβ−ヒドロキシカルボニル化合物を与える、有機化学を代表する反応のひとつである。ケトンやエステルをエノールシリルエーテルに変換した後に、それを不斉触媒の存在下にアルデヒドへ付加させる触媒的不斉向山型アルドール反応は、素晴らしい例が数多く報告されている。一方、吉川直樹の業績は、新規触媒の創製を含めて、当研究室で発表されたケトンをそのまま基質として用いる直接的触媒的不斉アルドール反応の適用範囲を複雑な分子の合成に応用可能なものとするべく拡張した点である。

1.金属アルコキシド部位を有する新規複合金属不斉触媒の開発と、それを用いる非修飾ケトンの直接的アルドール反応

 Chart 1に示す従来のheteropolymetallic catalyst 1ではメチルケトン以外のケトンでアルドール反応が進行しなかった。その理由として基質と触媒が立体障害により反発するためと考え、従来よりも広い反応場を提供する触媒の開発を計画した。中心金属とBINOL配位子の比を従来の1:3から1:2に変更し、また、ブレンステッド塩基性を増大させるべく金属アルコキシドを触媒に共有結合によって直接導入することとした。種々の触媒を合成し反応の検討を行った結果、新規触媒2が有効であることが分かった。特に、基質としてアルデヒド4、アセトフェノン(5)を用いた時に、3 mol%の触媒の存在下反応は速やかに進行し、目的のアルドール成績体(6)を収率66%、63%eeで与えた。芳香族ケトンのみならず、酸性度がより低いと思われるジアルキルケトンでも反応が進行することが分かった。また、触媒の側鎖アルコキシド部位の求核能を低下させ、かつ、塩基性をさらに増す目的でかさ高い金属アルコシドを有する新規触媒3にヨウ化リチウムを添加することで、エチルケトン8を用いた初めての直接的不斉アルドール反応に成功した(Scheme 1)。

2.Heteropolymetallic catalystを用いるグリシンエステル類のアルデヒドに対する直接的不斉アルドール反応とアミノ酸合成

 グリシンエステルSchiff塩基とアルデヒドとの反応は、生物学的に興味深い化合物であるβ−ヒドロキシ−α−アミノ酸誘導体を与えることから合成化学的に重要である。また、α−位にへテロ原子を有するカルボニル化合物は触媒と特別な相互作用を起こす可能性が高いことから、アルドール反応を開発していく上で、メカニズムの面からも興味深い。種々検討を行った結果、LLB・LiOH触媒を用いたときに、アルデヒド10とケチミン11の反応が効率的に進行することが分かり、収率100%、70%ee(anti)にて目的のアミノ酸エステル(12)を得ることに成功した(Scheme 2)。これは、グリシンエステルSchiff塩基をそのまま用いる直接的触媒的不斉アルドール反応の初めての成功例である。

3.2−ヒドロキシケトンを基質に用いる直接的触媒的不斉アルドール反応:anti-1,2−ジオール合成への展開

 1,2−ジオールは、生物活性を有する天然物や不斉配位子の分子構造中に見いだされる非常に重要なキラルビルディングブロックである。1,2−ジオールの触媒的不斉合成には従来、Sharplessらによって開発されたオレフィン類の触媒的不斉ジヒドロキシル化反応が一般に用いられてきたが、cis−オレフィン類からanti-1,2−ジオールを高い光学収率で与える低分子触媒は今までほとんど存在しなかった。それに対して吉川の開発した反応では、直接的アルドール反応の方法論により、ヒドロキシケトン14とアルデヒド13から直接的にanti-1,2−ジオール15を触媒的不斉合成することができる。すなわち、heteropolymetallic catalyst(1)を用い、α位に置換基を有しないアルデヒドを用いた時に、望みのanti−体を優先的に、非常に高いeeにて得ることに成功した。この触媒系は、さまざまなα−無置換アルデヒドに適用可能であり、それぞれ対応するanti−α,β−ジヒドロキシケトンを高選択的に与える(Scheme 3)。得られた成績体はバイヤー・ビリガー反応によって対応するエステル類に変換することができたことから、本反応はanti-1,2−ジオールを与える数少ない例の一つとして合成化学的にも意義深い。

 生成物の立体化学から、2−ヒドロキシケトンから生じたエノラートが触媒の中心金属(La)に対して二座配位子としてふるまい、BINOL配位子による立体的遮蔽効果によって、アルデヒドから受ける攻撃がsp2平面の片方に限定されていることが示唆された(16)。

以上の研究成果は、有機合成化学、触媒化学、薬学の分野に広く貢献するものであり、博士(薬学)の学位に値するものと判定した。

Chart 1.Proposed Structure of a Heteropolymetallic Catalyst Consisting of LLB and KOH

Scheme 1.Direct Aldol Reaction Promoted by Alkoxide Catalyst 2 or 3

Scheme 2. Synthesis of Amino Acids Using the Direct Aldol Reaction of Imino Esters

Scheme 3

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