学位論文要旨



No 117421
著者(漢字) 後藤(梅津),牧子
著者(英字)
著者(カナ) ゴトウ(ウメヅ),マキコ
標題(和) リゾホスファチジン酸産生酵素リゾホスホリパーゼDの精製および性状解析
標題(洋)
報告番号 117421
報告番号 甲17421
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第985号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 リゾホスファチジン酸(LPA)はグリセロール骨格のsn-1位あるいは2位にアシル基、3位にリン酸基をもつ生理活性脂質である。その単純な構造にも関わらず、LPAが示す生理的機能は細胞増殖促進、血小板凝集、血圧変動など多岐に渡り、最近では癌や動脈硬化といった病態への関与も指摘されている。近年、LPA特異的受容体Endothelial cell Differentiation Gene(EDG)2、4、7が同定された。EDG受容体はG蛋白質共役型受容体(GPCR)である。LPAが示すさまざまな生理活性はこれらEDG受容体と、それぞれ異なるG蛋白質を介して起こると考えられており、LPAの作用機序については序々に明らかにされつつある。しかし、その一方でLPAの産生機構についてはいまだ不明な点が多く残されている。

 LPAには大別して(1)細胞が合成・分泌する系と(2)体液中で産生される系の2つの経路が想定されている。(1)は活性化血小板や繊維芽細胞などの細胞膜上に存在するホスファチジン酸(PA)にホスホリパーゼA1あるいはA2が働いてLPAを産生する系であり、(2)は血小板が活性化した際に生じたリゾホスファチジルコリン(LPC)、あるいは血中に存在するLPC(肝臓やリポ蛋白質由来で数100mMという高濃度で存在する)に血中のリゾホスホリパーゼD(lysoPLD)が作用することにより産生される系である(Fig.1)。lysoPLDは血中LPA産生のkey enzymeであると考えられるが、現在までその同定には至っていなかった。本研究において私はlysoPLDの精製およびcDNAクローニングを行い、本酵素の性状解析を行った。

2.lysoPLDのcDNAクローニング

 最終精製標品をTCA沈殿した後、SDS-PAGE、CBB染色を行い、約100kDaの位置のバンドを切り出した。リジルエャドペプチダーゼ処理を施した後、3つのペプチドについてMALDI TOF MASSで分子量を測定し、エドマン分解で部分アミノ酸配列を決定した。その結果、3つのペプチド配列を得た。この配列をもとにデータベースサーチを行い、RT-PCR法により本酵素をコードすると考えられるcDNAをクローニングした。cDNAから予想されるlysoPLDのアミノ酸配列のN末側には疎水性配列が見いだされ(12〜30番アミノ酸)、本酵素は分子量約100kDaのII型膜蛋白質であると予想された(Fig.4)。

しかし、C末にmyc-tagを付けたコンストラクトを作成し、CHO-K1細胞に一過的にトランスフェクトすると、C末側約800アミノ酸に相当する部分が効率よく培養上清中に放出されることがわかった。そこで培養上清を用いてlysoPLD活性を調べた。その結果、一過的にトランスフェクトしたCHO-K1細胞の培養上清中のlysoPLD活性が上昇していることが確認され、得られたcDNAがlysoPLDをコードしていることが示された(Fig.5)。

3.lysoPLDの性状解析

 次に、lysoPLDの性質について検討した。lysoPLDの至適pHは約9.0であり、カルシウムイオン存在下で酵素活性が上昇することがわかった。基質特異性について検討したところ、LPCは分解したが2本のアシル鎖をもつPCはほとんど分解しなかった(Fig.6A)。LPCの脂肪酸種による違いをみると、14:0-LPCが最もよい基質となり、次いで12:0、18:2-LPCの順に分解した。20:0-LPCはあまり分解しないが、20:4-LPCはegg-LPCと同程度分解することがわかった

(Fig.6B)。

【方法と結果】

1.lysoPLDの精製

 lysoPLD活性測定は、LPCを基質とし、遊離してくるコリンをコリンオキシダーゼで処理し、産生される過酸化水素を定量する方法を改良して行った。

 各種動物由来の血漿や血清中の活性を測定した結果、検討した全ての動物種でlysoPLD活性が検出された。中でも最も比活性が高かったウシ胎児血清(FCS)を出発材料としてlysoPLDの精製を行うことにした。精製は5〜10%ポリエチレングリコール(PEG)沈殿、Blue Sepharose、Con A Sepharose、Bio-Assist Q(イオン交換)、Heparin Sepharose、RESOURCE PHE(疎水性カラム)、Hydroxyapatiteカラムの順に計6本のカラムクロマトグラフィーにかけて行った。カラムクロマトグラフィーの各段階において、活性は単一のピークとして検出されたため、FCS中のlysoPLD活性を担っている酵素は1種類であると考えられた(Fig.2)。最終的に約4,400倍の精製標品が得られ(Table 1)、SDS-PAGEの結果、約100kDaの位置に活性と挙動を共にするバンドが検出された。最終段階のHydroxyapatiteカラムの活性フラクシあるいはFCSをゲル濾過カラムクロマトグラフィー(Superdex 200)にかけた場合にも、共に活性は単一のピークとして検出され、その分子量は約100kDaであると算出された(Fig.3)。これらの結果から、約100kDaのバンドがlysoPLDの候補と考えられたので、次に部分アミノ酸配列を決定を行っLPC以外にsn-3位にホスホコリンをもつ脂質(血小板活性化因子(PAF)やLyso PAF、スフィンゴシルホスホリルコリン(SPC))についても、LPCと比較すると低めではあるが分解活性を示した(Fig.6C)。

【まとめと考察】

 私はLPA産生酵素である血清中lysoPLDの精製、クローニングに初めて成功した。興味深いことに本酵素はII型膜蛋白質として発現したものが、切り出され血中に放出されて機能すると考えられた。CHO-K1細胞では形質膜に発現した本蛋白質のほとんどが切り出されていたが、その切り出されるメカニズムについては今後の課題である。

 血中には数100μMという高濃度のLPCが存在する。本酵素は生体内においてこのLPCを主な基質とし、LPAを産生しているものと考えられる。LPAは血清中の主要な増殖因子であり、血漿中にも1μM以下の濃度で常に存在している。lysoPLDはこの血漿中LPAレベルを維持することにおいて、重要な役割を果たしていると考えられるが、今回、lysoPLDの実体が明らかになったことで、血中に存在するLPAの生理的意義やその調節機構の解明が期待される。さらに、LPAの関与が示唆されている病態(癌や動脈硬化など)と本酵素との関係などについても今後の興味深い課題である。

Fig.1 lysoPLDの触媒反応

Fig.3 最終精製標品を用いたゲル濾過(Superdex 200)のカラムパターン

Fig.4 lysoPLDの構造

Fig.5 lysoPLDの活性確認

Fig.6 lysoPLDの基質特異性

Fig.2 最終段階Hydroxyapatiteカラムクロマトグラフィーのカラムパターン

Table 1 精製Table

審査要旨 要旨を表示する

 リゾホスファチジン酸(LPA)は、非常に単純な構造をもつ生理活性脂質であり、その生理活性は細胞増殖促進、血小板凝集、平滑筋収縮をはじめ、多岐に渡ることが知られている。また最近ではLPAがガンや動脈硬化症といった病態に関与している可能性が指摘されている。

 近年、LPA特異的受容体としてG蛋白質共役型受容体(GPCR)であるEndothelial cell Differentiation Gene (EDG) 2、4、7が次々と同定されてきた。LPAのもつさまざまな生理活性は、これらの受容体とそれぞれ異なるG蛋白質を介して発揮されることが明らかになっており、LPAの作用機序は徐々に明らかになりつつある。しかし、その一方でLPAの産生機構についてはいまだ不明な点が多く残されている。

 LPAの産生には、大きく分けて2つの機構(細胞由来および体液系由来)が存在すると考えられている。1つは血小板や繊維芽細胞、脂肪細胞などの細胞膜上で産生されたホスファチジン酸が、ホスホリパーゼA1(PLA1)あるいはPLA2の作用によりLPAに変換され、細胞外に放出される系であり、もう1つは細胞外で血液中のリゾホスファチジルコリン(LPC)がLPAに変換される系である。血液中には肝臓やリポ蛋白質、活性化血小板に由来するLPCが常に数100μMという高濃度で存在している。これらのLPCは血液中に存在するリゾホスホリパーゼD (lysoPLD)と呼ばれる酵素により、LPAに変換されると考えられている。

 lysoPLDは、LPCの極性頭部のコリンを遊離させ、LPCをLPAに変換する酵素である。本酵素はLPA産生においてキー・エンザイムであると考えられており、いくつかの性状解析はなされてきたが、これまでその同定には至っていなかった。「リゾホスファチジン酸産生酵素リゾホスホリパーゼDの精製および性状解析」と題した本論文においては、ウシ胎児血清中からのlysoPLDの精製を行い、本酵素の実体を明らかにし、その性状について検討を行っている。

1.lysoPLDの精製およびcDNAクローニング

 本論文ではまず、ウシ胎児血清を出発材料としてポリエチレングリコール沈殿の後、Blue Sepharose、Con A Sepharose、BioAssist Q(イオン交換)、Heparin Sepharose、RESOURCE PHE(疎水性カラム)、Hydroxyapatiteカラムの順に6本のカラムクロマトグラフィーを用いてlysoPLDの精製を行っている。その結果、最終的に約4,400倍の精製標品が得られた。

 精製標品を用いて、lysoPLDの候補と思われるバンドのアミノ酸配列を決定したところ、既知のヌクレオチド代謝酵素であるAutotaxin (ATX)であることが明らかとなった。

2.lysoPLD/ATXの基質特異性

 次にラットのlysoPLD/ATXのcDNAクローニングを行い、CHO-K1細胞に一過的に過剰発現させ、その培養上清を用いてlysoPLD/ATXの基質特異性について検討している。その結果lysoPLD/ATXは1本の脂肪酸鎖のみをもつLPCは、検討した全ての脂肪酸についてその種によらず基質としたが、2本の脂肪酸鎖を有するジアシル型のホスファチジルコリン(PC)は基質としないことがわかった。また、本酵素はLPC以外のホスホコリン含有脂質であるスフィンゴシルホスホリルコリン、血小板活性化因子(PAF)、lysoPAFも基質とすることがわかった。

 さらに、lysoPLD/ATXには2つのホモログ分子(NPP-1およびNPP-3)が存在し、5'-ヌクレオチドピロホスファターゼ/ホスホジエステラーゼファミリー(NPPファミリー)を形成することが知られているが、これらホモログ分子はlysoPLD活性を持たないことがわかった。

 以上を要するに、本研究は細胞外のLPA産生機構において重要と考えられてきた酵素lysoPLDの実体を初めて明らかにし、生理的基質が不明なままであったヌクレオチド代謝酵素ATXにおいて脂質性分子という新たな生理的基質の候補を示している。本研究は、血液中のLPA産生機構解明に大きな前進をもたらすだけでなく、LPAの生体内における存在意義やその調節機構の解明、さらにはLPAが関与すると考えられる病態の研究においても大変重要な意味をもつと考えられ、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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