学位論文要旨



No 117422
著者(漢字) 大槻,真紀子
著者(英字)
著者(カナ) オオツキ,マキコ
標題(和) EGF刺激依存的な小胞輸送におけるN−WASPの役割
標題(洋)
報告番号 117422
報告番号 甲17422
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第986号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 北,潔
 東京大学 助教授 高崎,誠一
内容要旨 要旨を表示する

1 序論

小胞のエンドサイトーシスは、厳密に制御されたカスケードにより形成されており、それぞれの段階において実に多くの蛋白質および脂質の関与が報告されている。小胞が形成されるためにはその場の細胞骨格が適切に再構成される必要があり、したがってアクチン細胞骨格系もエンドサイトーシスに重要な働きを担っていると考えられる。最近、アクチン細胞骨格系の制御因子の1つであるN-WASP(neural Wiskott-Aldrich syndrome protein)がエンドサイトーシスに関与していることを示唆する報告が相次いでなされた。N-WASPはヒト遺伝性免疫疾患であるWiskott-Aldrich症候群の原因遺伝子であるWASPのホモログである。EGF刺激等によるシグナル伝達の結果、Rhoファミリー低分子量G蛋白質Cdc42やイノシトールリン脂質のphosphatidylinositol (4,5) bisphosphates (PIP2)と結合することにより活性化される。その結果、Arp2/3複合体を介してアクチン重合を促進し、糸状仮足やアクチンコメットの形成や細胞の浸潤など多くの現象に寄与している。N-WASPが実際にエンドサイトーシスにおいてどのような機能を果たしているのか、その作用機序はまだ明らかではない。そこでこの点を解明すべく、主にEGF刺激依存的なレセプターのエンドサイトーシスにおけるN-WASPの機能解析を、細胞生物学的な手法を用いて行なった。

2 N-WASPはEGF刺激依存的にraftへ移行する

 EGF刺激によって活性化されたEGFレセプターは主にclathrinを被膜蛋白質とする小胞(clathrin coated vesicles : CCVs)により細胞内に取り込まれる。このエンドサイトーシスは細胞膜上のraftと呼ばれるコレステロールやスフィンゴリン脂質に富んだ領域において行われる。そこで、EGF刺激したHeLa細胞の細胞抽出液をスクロース密度勾配を利用して、raft画分、early endosomeのmarkerであるEarly Endosome Antigen 1 (EEA1) positiveな画分、およびその他の蛋白質(rest)の画分に分画した。各画分をSDS-PAGEで分離し、ウェスタンブロットを行って含有される蛋白質を同定した。EGF刺激により活性化されて取り込まれるEGFレセプターを抗リン酸化チロシン抗体を用いて検出した。この結果、EGF刺激前にはrest画分に存在していたN-WASPは、EGF刺激後速やかにraft画分へ移行し、その後リン酸化されたEGFレセプターと同様に細胞内に取り込まれていく様子が観察された(図1)。CCVsの主な構成蛋白質であるclathrinやdynaminも同様の局在変化を示した。これよりN-WASPはEGF刺激によりraftに移行し、リン酸化されたEGF受容体を含むCCVsと共に細胞内に取り込まれていく可能性が示唆された。

3 N-WASPはdynaminとコンプレックスを形成する

 そこで実際にN-WASPが直接CCVsのコンプレックスと結合しているのかどうかを確認した。EGF刺激したHeLa細胞抽出液に抗N-WASP抗体を添加して免疫沈降を行った結果、dynaminの共沈が確認されたため、dynaminとN-WASPがコンプレックスを形成することが判明した。さらにこのコンプレックスはEGF刺激後1.5分から5分にかけて増大し、その後消失したが、この時間変化はN-WASPがraftへ移行する時間変化とほぼ一致した。この結果から、N-WASPとdynaminはraftにおいてEGF刺激依存的にコンプレックスを形成することが明らかになった。

 dynaminはCCVsのエンドサイトーシスに必要不可欠な蛋白質である。したがって、N-WASPがraftにおいてCCVsのエンドサイトーシスに関与している可能性が高い。実際、N-WASPを過剰発現させたCOS7細胞では、テキサスレッドでラベルしたEGF(EGF-TexRed)の取り込みに対して、約50%の細胞において取り込み阻害効果が認められ、N-WASPがCCVsのエンドサイトーシスに関与していることが示唆された。Arp2/3複合体活性化に必要なverprolinホモロジードメインを欠損させた変異体(N-WASPΔV)およびプロリンリッチ領域を除くN末端のドメインすべてを欠損させた変異体(N-WASPΔN)を過剰発現させた場合にもEGF-TexRedの取り込みは阻害されたが、プロリンリッチ領域のみを欠損させた変異体(N-WASPΔP)では阻害効果がみられなかった。したがって、N-WASPの過剰発現によるEGF-TexRedの取り込み阻害にはプロリンリッチ領域が必要であると考えられる。

4 N-WASPはendophilin Aと結合する

 N-WASPとdynaminは直接結合しないため、このN-WASP/dynaminコンプレックスは第三の蛋白質によって介在されていると考えられた。N-WASPのファミリーであるWAVE1のプロリンリッチ領域をベイトに用いた酵母のtwo-hybrid systemにおいて、endophilin AのhumanホモログSHGL3のSrcホモロジー3(SH3)ドメインが単離・同定された。endophilin Aはlysophosphatidic acid acyl transferase(LPA-AT)活性部位をもち、clathrin coated-pitの首の部分においてdynaminと結合し、clathrin coated-pitを細胞膜からくびり取る過程を制御していることがすでに明らかにされている蛋白質である。WAVE1のプロリンリッチ領域はN-WASPと非常に高い相同性があることから、N-WASPとdynaminをつなぐ蛋白質はendophilin Aではないかと考えた。そこでendophilin AのGlutathione S-Transferase (GST)融合蛋白質を作製し、細胞抽出液を用いてプルダウンアッセイを行なった結果、endophilin AのSH3ドメインとN-WASPのプロリンリッチ領域が結合することがわかった。In vivoに置いても、Mycタグ付きのendophilin AとN-WASPの双方を過剰発現した細胞抽出液を用いて抗Myc抗体または抗N-WASP抗体で免疫沈降行ったところ、いずれの抗体を用いた場合においてもN-WASPとendophilin Aとdynaminの共に免疫沈降物に含まれていた(図2)。したがって、この三者がコンプレックスを形成しうることが確認された。endophilin Aは生体内でも安定したホモおよびヘテロ二量体を形成しており、endophilin Aの二量体のうち、一方のSH3ドメインにおいてdynaminと、もう片方のSH3ドメインでN-WASPとが結合することによりコンプレックスを形成していると考えられる。この時、endophilin Aのみを過剰発現させた細胞抽出液を用いた場合には、endophilin Aとdynaminの共沈はみられなかったことから、二量体endophilin Aの一方のSH3ドメインにN-WASPが結合している方が、もう片方のSH3ドメインにdynaminが結合しやすくなるのではないかと予想される。

5 endophilin AはN-WASPのアクチン重合活性を増強する

 N-WASPは様々な蛋白質と結合することにより活性化され、Arp2/3複合体を介したアクチン重合を促進する。そこでピレンラベルしたG-アクチンを用いて、N-WASPのアクチン重合活性に対するendophilin Aの影響を測定した。この結果、endophilin A自身にはアクチン重合活性は無いが、N-WASPのアクチン重合活性を増強することが判明した。endophilin AのSH3ドメイン単独でも増強効果がみられた。また、N-WASPの主な活性化因子であるPIP2と、endophilin AのLPA-AT活性の基質であるLPAおよび生成物であるPAの影響を測定したところ、N-WASP単独に対しては、PIP2>PA>LPAの順に活性増強効果が見られたが、endophilin A存在下では、PIP2よりもPAの方がより強い増強効果が示された。したがって、clathrin coated-pitの首の部分、つまりendophilin A/N-WASP/dynaminのコンプレックスが形成されており、かつendophilin AのLPA-AT活性によって豊富にPAが存在している場においては、N-WASPによるアクチン細胞骨格系の制御が生じている可能性が高いと考えられる。

6 N-WASPのraftへの移行にはendophilin Aによって制御されている

 一般的にEGF刺激によりチロシンキナーゼが活性化され、その結果、レセプターの細胞内ドメインにアダプター蛋白質であるAsh/Grb2やclathrin adaptor complex AP2が結合し、clathrinがリクルートされると考えられている。clathrin coated-pit形成されていくためにEpsinがENTHドメインを介してAP2と結合することが必要である。したがって、EpsinΔENTHを細胞内に過剰発現すると、比較的早い段階でclathrin coated-pit形成が阻害される。また、endophilin AのSH3ドメインを過剰発現した場合には、dynaminと内在性のendophilin Aとの結合が阻害され、clathrin coated-pitは形成されるが、細胞膜から解離することができない。このようにEpsinΔENTHやendophilin AのSH3ドメインを過剰発現させてエンドサイトーシスを阻害した場合には、N-WASPのEGF依存的なraftへの移行が生じないことを細胞染色の結果から明らかにした。

 N-WASPはもともとアダプター蛋白質Ash/Grb2のSH3ドメインと結合する蛋白質として単離・同定された蛋白質であり、このAsh/Grb2によってEGFレセプターにリクルートされてくると考えられていた。実際にSH3ドメインに結合できないN-WASPΔPはraftへ移行できなかった。しかし、EpsinΔENTHを過剰発現させても刺激依存的なチロシンキナーゼの活性化は正常に生じていると考えられるにもかかわらず、EpsinΔENTHを過剰発現させたCOS7細胞では、N-WASPのraftへのリクルートは観察されなかった。したがって、N-WASPのraftへの移行にはAsh/Grb2だけではなくclathrin coated-pitが正常に形成されることが必要であり、N-WASPはプロリンリッチ領域においてclathrin coated-pitの構成蛋白質と相互作用することによりraftへの移行が制御されていると考えられる。また、endophilin AのSH3ドメインを過剰発現させた場合にもN-WASPのraftへの移行は観察されなかったことから、N-WASPのraftへのリクルートはendophilin AのSH3ドメインとの結合によって制御されていることが示唆された。

7 結論

 本研究において私はArp2/3複合体を介したアクチン重合による細胞骨格系の制御因子であるN-WASPがEGF刺激依存的にraftに移行し、clathrin coated-pitの細胞内への取込みに必須なdynaminとコンプレックスを形成していることを明らかにした。N-WASPを細胞内に過剰発現させると、EGF-TexRedの取り込みが阻害されたことから、N-WASPがCCVsの取り込みに関与していることが示唆された。このN-WASP/dynaminコンプレックスはendophilin Aによって介在されていると考えられ、実際にN-WASPとdynaminとendophilin Aがコンプレックスを形成することを示した。endophilin AはSH3ドメインにおいてN-WASPのプロリンリッチ領域と結合し、N-WASPのアクチン重合活性を増強することを明らかにした。さらにendophilin AのSH3ドメインによってN-WASPのraftへの移行が制御されている可能性が示唆された。

また、endophilin Aを過剰発現させて免疫沈降を行なった結果、N-WASPを共に過剰発現させた場合にendophilin Aとdynaminの共沈が検出されたことから、N-WASPはclathrin coated-pitを細胞膜から切断する過程に必要不可欠なendophilin Aとdynaminの結合の安定化に寄与していると考えられる。clathrin coated-pitは多様な蛋白質からなるコンプレックスであり、その構成蛋白質間の相互作用が時間的にも空間的にも極めて精緻に制御された一連の反応により形成されている。N-WASPは多くのドメイン構造を持っており、多種多様な蛋白質およびリン脂質と結合できる。この性質によりN-WASPは、CCVsのエンドサイトーシスにおいてclathrin coated-pitが安定に存在できる足場を提供する、いわゆるscaffolding proteinとして重要な役割を担っているのではないかと考えられる。

図1 N-WASPはEGF刺激依存的にraftへ移行する

EGF刺激(100ng/ml)したHeLa細胞抽出液をスクロースの密度勾配を用いてraft画分とearly endosome (EEA1)画分およびその他(rest)の画分に分画した。それぞれの画分をSDS-PAGEにて分離し、抗リン酸化チロシン抗体、抗clathrin抗体、抗dynamin抗体、および抗N-WASP抗体を用いてウェスタンブロットを行なった。抗リン酸化チロシン抗体は活性化されたEGFレセプターの検出に用いた。左の時間はEGF刺激後細胞抽出液を回収した時間を示している。

図2 N-WASPはEGF刺激依存的にdynaminと結合する

HeLa細胞をEGF(100ng/ml)刺激した後TGHバッファーで可溶化した細胞抽出液に抗N-WASP抗体加えて免疫沈降を行なった。得られた沈降物をSDS-PAGEにて分離し、抗dynamin抗体および抗N-WASP抗体を用いてウェスタンブロットを行なった。上の数字はEGF刺激後細胞抽出液を回収した時間を示している。EGF刺激後1.5分から5分にかけてdynaminの共沈が確認された。

図3 N-WASPとdynaminとendophilin Aはコンプレックスを形成する

Mycタグ付endophilin A(Myc-EA)とN-WASPを過剰発現させたCOS7細胞抽出液に、抗N-WASP抗体(左)、抗Myc抗体(右)を用いて免疫沈降を行った。それぞれのコントロール抗体として未免疫ウサギ血清(control serum)、未免疫マウス抗体を(control IgG)を用いた。得られた免疫沈降物をSDS-PAGEにより分離し、抗N-WASP抗体、抗Myc抗体、抗dynamin抗体を用いてウェスタンブロットを行なった。

審査要旨 要旨を表示する

N-WASP(neural Wiskott-Aldrich syndrome protein)は、ヒト遺伝性免疫疾患であるWiskott-Aldrich症候群の原因遺伝子であるWASPのホモログであり、アクチン細胞骨格系の制御因子の1つである。N-WASPはRhoファミリー低分子量G蛋白質Cdc42やイノシトールリン脂質のphosphatidylinositol (4,5) bisphosphates (PIP2)によって活性化され、Arp2/3複合体を介してアクチン重合を促進し、糸状仮足やアクチンコメットの形成や細胞の浸潤など多くの現象に寄与している。最近、N-WASPが小胞のエンドサイトーシスに寄与している可能性を示唆する報告が相次いでなされたが、N-WASPがどのような機能を果たしているのか、その作用機序はまだ明らかではない。「EGF刺激依存的な小胞輸送におけるN-WASPの役割および機能」と題する本論文では、細胞生物学的な手法により、EGF刺激依存的なclathrin coated vesicles (CCVs)のエンドサイトーシスにおいてN-WASPがdynaminやendophilin Aとの相互作用を介して寄与していることを明らかにした。

N-WASPはEGF刺激依存的にraftへ移行し、dynaminと結合する

 N-WASPが実際にエンドサイトーシスのどの段階において機能しているのかを調べるため、EGF刺激によるN-WASPの細胞内局在変化を、スクロース密度勾配分画法によって調べた。EGF刺激により活性化されたEGFレセプターは、細胞膜上のraftと呼ばれるコレステロールやスフィンゴリン脂質に富んだ領域においてCCVsにより細胞内に取り込まれる。細胞抽出液からraft画分、early endosome (EEA1)画分をそれぞれ分画した結果、N-WASPはEGF刺激後速やかにraft画分へ移行し、その後リン酸化されたEGFレセプター及びCCVsの主な構成蛋白質であるclathrinやdynaminと同様にEEA1画分に移行することが観察された。これよりN-WASPはEGF刺激依存的にraftに移行し、リン酸化されたEGF受容体を含むCCVsと共に細胞内に取り込まれることが明らかにされた。HeLa細胞を用いた蛍光抗体による細胞染色の結果からもEGF刺激依存的にN-WASPがraftへ移行することが明らかにされた。

抗N-WASP抗体を用いて免疫沈降を行なった結果、N-WASPはEGF刺激依存的にdynaminと複合体を形成することが判明した。dynaminはCCVsのエンドサイトーシスに必要不可欠な蛋白質であり、実際にN-WASPを過剰発現させた場合には約50%の細胞においてテキサスレッドでラベルしたEGFの取り込み阻害効果が認められた。これらの結果から、N-WASPがraftにおけるCCVsのエンドサイトーシスに寄与していることが示唆された。

N-WASPはendophilin Aと結合する

 N-WASPとdynaminは直接結合しないため、このN-WASP/dynamin複合体は第三の蛋白質によって介在されていると考えられた。endophilin Aはdynaminと結合し、clathrin coated-pitを細胞膜からくびり取る過程を制御していることがすでに明らかにされている蛋白質である。実際にin vitroにおいてendophilin AのSH3ドメインとN-WASPのプロリンリッチ領域が結合することが判明した。in vitroにおけるアクチン重合活性測定の結果、endophilin AもCdc42やPIP2と同様にN-WASPのアクチン重合活性を増強することも明らかにした。さらにendophilin Aを過剰発現させて免疫沈降を行なった結果、N-WASPを共に過剰発現させた場合にendophilin Aとdynaminの共沈が検出されたことから、N-WASPはendophilin Aとdynaminの結合の安定化に寄与していることが示唆された。つまりN-WASPは、いわゆるscaffolding proteinとして重要な役割を担っていると考えられた。

N-WASPのraftへの移行にはendophilin Aによって制御されている

endophilin AのSH3ドメインを過剰発現させた細胞では、N-WASPのEGF依存的なraftへの移行が生じないことを細胞染色の結果から明らかにした。スクロース密度勾配分画法によって、SH3ドメインに結合できないN-WASPのプロリンリッチ領域欠損変異体はraftへ移行しないことも判明した。したがってN-WASPはプロリンリッチ領域においてendophilin AのSH3ドメインと相互作用することによりraftへの移行が制御されていることが示唆された。

以上、本研究はN-WASPがEGF刺激依存的にraftに移行し、clathrin coated-pitの細胞内への取込みに必須なdynaminと複合体を形成することによりCCVsの取り込みに関与していることを明らかにした。さらにこのN-WASP/dynamin複合体の形成にはendophilin Aが介在する可能性を示唆し、実際にN-WASPとdynaminとendophilin Aが複合体を形成することを明らかにした。以上の知見はエンドサイトーシスの複雑な制御機構におけるN-WASPの機能を解明する上で意義深いものであり、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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