学位論文要旨



No 117427
著者(漢字) 高根沢,康一
著者(英字)
著者(カナ) タカネザワ,ヤスカズ
標題(和) I型滑脳症原因遺伝子産物LIS1結合蛋白質NUDE,NUDELの機能解析
標題(洋)
報告番号 117427
報告番号 甲17427
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第991号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 西山,信好
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 LIS1はI型滑脳症の原因遺伝子として同定され、脳の形態形成時における神経細胞移動に機能することが明らかになっている。LIS1は進化的に非常によく保存されており、これまでLIS1ホモログがカビ(NUDF)、C. elegans (cLIS1)、Drosophila (dLIS1)で同定され、分裂核の移動(カビ)、細胞分裂(C. elegans, Drosophila)に関与することが示されている。さらに、カビを用いた遺伝学的解析から、LIS1 (NUDF)は、Dynein-Microtubule系の上流で機能することが報告されている。しかしながら、LIS1がどのようなメカニズムでDynein-Microtubule系を制御し、最終的に、核・細胞の移動、細胞分裂に関与するかという点については不明な点が多い。当研究室ではLIS1に結合する分子としてI型PAF-AHの触媒活性サブユニットα1、α2以外に2つの新規蛋白質(NUDE、NUDEL(NUDE-like))を同定している。この分子はカビの核移動変異株の原因遺伝子の中でLIS1 (NUDF)の下流に位置する遺伝子の哺乳類ホモログであり、LIS1 (NUDF)-NUDE系はカビから哺乳類に至るまで保存されているマシナリーであることがわかった。本研究では、NUDE、NUDELの相違点に着目し、その機能について解析を行った。

【方法と結果】

1.NUDE、NUDELの組織、細胞における発現

NUDEとNUDEL機能の手がかりを得るため、まず、特異的モノクローナル抗体を用い、ウエスタンブロティング法によりNUDEとNUDELの組織分布を調べた。Adultマウスにおいて、NUDELは脳(大脳、小脳、延髄)と精巣に高い発現が見られ、一方、NUDEは脳における発現は低く、さらに脳以外の組織においても発現が見られた(Fig. 1)。次に、両蛋白質の発現が見られた脳の発生段階における発現をin situ hybridiazation法により調べた。NUDEは脳の発生初期に発現が高く、特に分裂の盛んな脳室層に顕著に見られた。またP7において小脳の外顆粒層に、P14では内顆粒層に強い発現が見られた。その後成長するに従ってその発現は減少した。一方、NUDELは脳室層と共に外套層に発生初期から発現し、その発現は成体においても強く見られた(Fig. 2)。次に、培養細胞における両蛋白質の発現を調べた。その結果、NUDEは調べた全ての細胞において発現が見られたのに対し、NUDELは神経系の細胞であるNS-20Y細胞やPC12細胞といった限られた細胞にしか発現が見られなかった。以上の結果から、NUDEはほとんど全ての組織、培養細胞に発現し、普遍的な細胞機能、特に細胞分裂への関与が予想された。一方、NUDELは脳の発達に関与することが予想された。

2.細胞周期におけるNUDEの解析

そこで、細胞周期におけるNUDEの変化を想定した。NUDEのみの発現が確認されたHeLa細胞を用いて、細胞周期を同調させた後、各ステージの細胞を回収しウエスタンブロティング法によりNUDEの変化を調べた。その結果、細胞分裂期(M期)にのみ一過的なバンドのシフトが見られた。NUDEのシフトしたバンドは、アルカリホスファターゼ処理により間期のバンドと同じ位置に戻ることから、NUDEはM期特異的にリン酸化されることが分かった(Fig. 3)。実際、NUDEはM期に活性化されるCyclin dependent kinase 1 (CDK1)によりin vitroでリン酸化されることがわかった。さらに、NUDEの細胞内局在を調べたところ、細胞質画分の他、中心体への局在が確認できた。LIS1も同様に中心体に一部存在する。一方、NUDEをCHO細胞に過剰発現させたところ、LIS1を過剰発現させた場合と同様に、多核化、中心体の分散を伴う細胞分裂異常が観察された。これらのことから、NUDEは中心体機能を調節することによって細胞分裂に関与することが示唆された。

3.神経細胞におけるNUDELの機能解析

NUDELの発現が見られたPC12細胞を用いてNUDELの機能を検討した。PC12細胞は神経栄養因子NGF刺激により突起を伸長させ、神経細胞様の形態を示す。この際のNUDELの発現を経時的に観察したところ、NUDELはNGF刺激後1日からPC12細胞の突起伸長に伴い発現増加が見られ、7日後には約7倍もの発現増加が見られた。一方、NUDE、LIS1、I型PAF-AH触媒活性サブユニットα2、Tubulin、Dynein IC、ダイナクチン複合体の構成分子p150 gludの発現には変化が見られなかった(Fig. 4)。突起伸長したPC12細胞における細胞内局在を検討したところ、NUDELは突起の先端に強く局在していた。β-tubulinとの二重染色の結果NUDELは微小管の先端付近で発現しており、微小管の伸長に伴う重合反応あるいは維持に関与しているのではないかと予想された。突起伸長におけるNUDELの役割を明らかにする目的で、アンチセンス法を行った。PC12細胞をアンチセンスオリゴヌクレオチドで処理後、NGF刺激したところ、NUDEL蛋白質の発現減少とともに有意な突起伸長抑制効果が見られた(Fig. 5)。この結果から、NUDELは突起伸長において非常に重要な分子であることが明らかになった。次に、初代培養の神経細胞を用いてNUDELの発現を調べたところ、PC12細胞と同様に神経突起の先端において発現が観察された。さらに、神経細胞においては神経突起の中間から先端にかけてもNUDELの発現が見られた。Microtubule associated protein-2 (MAP2)との二重染色の結果、MAP2の発現の低い神経突起にNUDELは局在していた。MAP2は神経細胞の樹状突起に主に局在することが知られており、NUDELは主に軸索に局在していることが示唆された。

【まとめと考察】

本研究により、まずNUDEに関して、1)全ての培養細胞で発現が見られた。2)脳の発生段階において分裂の盛んな細胞に発現が高い。3)中心体に局在し、過剰発現細胞において中心体の分散が観察された。4)細胞分裂期特異的なリン酸化が見られた。以上のことが明らかになり、LIS1との結合を介して、細胞分裂の際に機能する分子であることが強く示唆された。LIS1の細胞内局在や、過剰発現細胞のフェノタイプの類似性からも、NUDEが細胞分裂においてLIS1と共に中心体機能を調節することが考えられた。

次に、NUDELに関して、1)神経系の培養細胞にのみ発現が見られた。2)脳の発生段階において神経細胞移動の盛んな外套層に発現が見られ、成体においても発現が高い。3)PC12細胞の突起伸長時に発現増加が見られ、NUDELの発現抑制により突起伸長が抑制された。4)神経細胞の突起の先端あるいは軸索の中間から先端にかけて発現が見られた。これらの結果より、NUDELは脳の形成から成熟にかけて機能する分子であることが示唆された。NUDELは成体においても発現が高く神経細胞移動時だけでなく、移動後のネットワーク形成あるいはその維持に重要な機能を担っている可能性を考えている。

表1 核移動と神経細胞移動・細胞分裂において想定される機能分子

Fig. 1 Adultマウスにおける組織分布

Fig. 2 発生段階におけるマウス脳のin situ hybridization

Fig. 3 NUDEのM期特異的なリン酸化

Fig. 4 PC12細胞におけるNUDELの特異的な発現増加

Fig. 5 NUDELアンチセンスによる突起伸長の抑制効果

審査要旨 要旨を表示する

 LIS1はI型滑脳症の原因遺伝子として同定され、脳の形態形成時における神経細胞移動に機能することが明らかになっている。LIS1は進化的に非常によく保存されており、カビを用いた遺伝学的解析からLIS1は、Dynein-Microtubule系の上流で機能することが報告されている。しかしながら、LIS1がどのようなメカニズムでDynein-Microtubule系を制御し、最終的に、核・細胞の移動、細胞分裂に関与するかという点については不明な点が多い。当研究室ではLIS1に結合する分子として2つの新規蛋白質(NUDE、NUDEL (NUDE-like))を同定している。この分子はカビの核移動変異株の原因遺伝子の中でLIS1の下流に位置する遺伝子の哺乳類ホモログであり、LIS1-NUDE系はカビから哺乳類に至るまで保存されているマシナリーであることがわかった。本研究では、NUDE、NUDELの相違点に着目し、その機能について解析を行った。

1.NUDE、NUDELの組織、細胞における発現

 まず、NUDE、NUDELの成体マウスにおける組織分布を調べた。NUDEはほとんど全ての組織に発現しており、NUDELは脳と精巣といった限られた組織にのみ高い発現が認められた。両者の発現が見られた脳の発生段階における発現をin situ hybridiazation法により詳細に調べたところ、両者は発現時期、発現部位が異なっていることがわかった。NUDEは脳の発生初期に発現が高く、脳室層や小脳の外顆粒層といった特に分裂の盛んな部位に顕著な発現が認められた。その後は脳の発達に伴い発現は減少した。一方、NUDELは脳室層と共に外套層に発生初期から発現し、その発現は成体においても強く見られた。両者の発現は培養細胞においても異なっており、NUDEは調べた全ての細胞において発現が見られたのに対して、NUDELはNS-20Y細胞やPC12細胞といった神経系の細胞にしか発現が認められなかった。以上より、NUDEは全ての組織、培養細胞に発現し、普遍的な細胞機能、特に細胞分裂への関与が予想され、一方、NUDELは脳の発達に関与する分子であることが予想された。

2.細胞周期におけるNUDEの解析

 細胞周期におけるNUDEの変化を想定し、NUDEのみの発現が確認されたHeLa細胞の細胞周期を同調させ、各ステージにおけるNUDEの変化を調べた。その結果、細胞分裂期(M期)にのみ一過的なバンドのシフトが見られ、NUDEはM期特異的にリン酸化されることが分かった。実際、NUDEはM期に活性化されるCyclin dependent kinase 1によりリン酸化されることが確認できた。さらに、NUDEの細胞内局在は、LIS1と同様に細胞質画分の他、中心体への局在が確認され、NUDEをCHO細胞に過剰発現すると、LIS1を過剰発現させた場合と同様に、多核化、中心体の分散を伴う細胞分裂異常が観察された。これらのことから、NUDEは中心体機能を調節することによって細胞分裂に関与することが示唆された。

3.神経細胞におけるNUDELの機能解析

 PC12細胞は神経栄養因子NGF刺激により突起を伸長させ、神経細胞様の形態を示すが、この突起伸長に伴いNUDELが特異的に発現増加することを見い出した。またNUDELは、突起の先端にある微小管の先端付近に強く局在しており、微小管の伸長に伴う重合反応あるいは維持に関与しているのではないかと予想された。次に、NUDELの役割を明らかにする目的で、アンチセンス法を行った。アンチセンスオリゴヌクレオチドによりNUDEL蛋白質の発現減少とともに有意な突起伸長抑制効果が見られた。この結果から、NUDELは突起伸長において非常に重要な分子であることが明らかとなった。NUDELは海馬初代培養の神経細胞では神経突起の中でも特に軸索に優位に発現が認められ、さらに軸索の先端である成長円錐にも局在していることが明らかになった。これらの結果から、NUDELは神経細胞の軸索の伸長反応あるいはその維持に関わる分子であることが示唆された。

 以上、本研究はLIS1新規結合蛋白質(NUDE、NUDEL)の機能を生化学的、細胞生物学的手法により解析し、NUDE、NUDELが役割分担をして機能していることを明らかにしただけでなく、細胞分裂、神経突起の伸長といった現象を理解する上で有益な手掛かりを与えており、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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