学位論文要旨



No 117432
著者(漢字) 細田,直
著者(英字)
著者(カナ) ホソダ,ナオ
標題(和) 翻訳終結とmRNA分解の共役因子として機能する酵母G蛋白質GSPT
標題(洋)
報告番号 117432
報告番号 甲17432
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第996号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 野本,明男
内容要旨 要旨を表示する

 翻訳の最終段階においては、伸長過程にあるリボソームが終止コドンを認識し、ペプチジルtRNAを加水分解することにより新生ポリペプチドをリボソームから解離させる。この翻訳終結反応の過程にはtRNA類似構造をとることにより終止コドンを認識するeRF1と、当教室において単離したGSPT/eRF3の2種類の因子が介在する。GSPT/eRF3は翻訳伸長因子であるEF-1αと相同性の高いG蛋白質であり、eRF1をリボソーム上の終止コドンまで運搬する機能を担う。

 しかしながら、GSPT/eRF3にはEF-1αと類似した構造に加えて、eRF1との結合に関与しない約200アミノ酸の特徴的なN末端領域が存在し、このN末端領域を介し翻訳終結以外の何らかの機能をもつことが推定された(Fig.1)。当教室では先に酵母Two-Hybrid系によるスクリーニングからGSPT/eRF3のN末端領域がpoly(A)鎖結合蛋白PABPと相互作用することを明らかにしている。PABPはmRNAのpoly(A)鎖結合することによりmRNAの安定化に寄与することから、GSPT/eRF3は翻訳終結反応のみならず、終結と共役してmRNA分解過程をも制御する可能性が考えられる。

 本研究では、真核生物のモデル系である酵母S.cerevisiaeを実験材料とし、酵母GSPTであるGST1/SUP35のN末端領域過剰発現株、温度感受性変異株、遺伝子破壊株におけるmRNA動態について解析を行い、GSPTのN末端領域がPABPを介してmRNAの分解を制御するという新しい知見を得た。

1.酵母GSPTはpoly(A)-binding protein(Pab1p)と相互作用する

 哺乳動物で見出されたGSPTとPABPとの結合が、酵母においても観察されるどうかについてまず検討を行った。内在のGst1p、Pab1pを検出する目的から、染色体上への相同組み換えを利用して、Gst1p、Pab1pのC末端部位にそれぞれMycタグ、HAタグ配列を導入し、抗HA抗体による免疫沈降法により検討した結果、酵母Gst1pとPab1pは結合することが明らかとなった(Fig.2)。さらにGst1pのN末端領域を過剰発現させることによりこの結合は阻害されたことから、Gst1pはN末端領域でPab1pと結合することが示唆された。GSPTとPABPは酵母においても相互作用することが確認された。

2.酵母GSPTのN末端領域は翻訳終結に直接関与しない

 ナンセンス変異をもつCATレポータ遺伝子のナンセンスサプレッション、すなわちCAT遺伝子翻訳領域内にある終止コドンのread-throughを指標に、制限温度下(37℃)においてGST1の機能が喪失する温度感受性変異株(gst1)を用いて翻訳終結過程について検討した。この株では制限温度下(37℃)において翻訳終結反応に異常が見られるが、酵母GST1遺伝子を導入することにより回復し、この効果はGST1のN末端領域欠失変異体の導入によっても観察された(Fig.3)。翻訳終結反応にはGST1のC末端領域のみで十分であることが示唆された。

3.酵母GSPTの温度感受性変異株で見られるmRNA分解の異常

 PABPはmRNA poly(A)鎖に結合しmRNAの分解制御に機能することが知られている。酵母Gst1pとPab1pの相互作用が見られたことから、GSPTはmRNA分解に何らかの効果を及ぼすことが推測される。そこで、Fig.3に示した制限温度下においてGST1遺伝子の機能が喪失する、酵母GSPTの温度感受性変異株gst1におけるmRNA動態について検討行った。非制限温度26℃で対数増殖期まで増殖しさせた温度感受性変異株を、37℃制限温度下で1時間培養することによりGST1の機能を喪失させた後、RNA porymeraseの阻害剤であるthiolutinを添加し、mRNAの分解の経時変化を追った(Fig.4)。破線で示す酵母野生株と比較して、温度感受性変異株では半減期は長くなり、mRNA分解に異常が認められた。この株にGST1遺伝子の全長を導入することにより野生型と同程度にまで回復した。しかしながら、N末端が欠失したGST1遺伝子の導入においてはこの効果は認められなかった。酵母GSPTのN末端領域はmRNA分解に関わることが示唆された。

4.酵母GSPTの過剰発現によるmRNAの安定化

 Fig.2に示すように、Gst1pのN末端領域の過剰発現は内在のGst1pとPab1pの結合を阻害するが、この結合阻害はmRNA分解にどのような影響を及ぼすだろうか。酵母GST1遺伝子およびその欠失変異体遺伝子をもつ多コピー発現ベクターを酵母野生株に導入することにより過剰発現させた後、半減期の異なる2種類のmRNA(PGK1、MFA2)の分解の経時変化を追った。いずれのmRNAにおいても、GST1全長およびN末端領域の過剰発現ではコントロールと比較して顕著な安定化が認められた(Fig.5)。酵母GST1のN末端領域の過剰発現により、Gst1pとPab1pの結合は解離し(Fig.2)、mRNA分解に異常が生ずることが示唆された。

5.酵母GSPTのN末端領域欠失株ではmRNAは安定化する

 酵母GSPTのN末端領域の直接的な効果を検討することを目的として、GST1-N末端領域の欠失変異株を作製した。相同組み換えにより酵母GST1を破壊した後、GST1遺伝子上流のプロモーター配列、GST1全長およびN末端欠失変異体遺伝子をもつシングルコピーベクターYCp-GST1[Full or △N]を導入した。Northern blot法により、野生株・N末端欠失変異株で同程度のGST1mRNAの発現を確認した。さらにこれらの株において酵母の生育に差異は見られなかったことは、GSPTのN末端領域は酵母の生育に必須である翻訳終結反応に直接関与しないという結果を支持している。

 次にGST1-N末端領域欠失変異株において、MFA2及びPGK1 mRNAの分解について野生株との比較により検討した結果、いずれのmRNAにおいても安定化が観察された(Fig.6)。GSPTのN末端領域はmRNA分解を制御し、この機構はmRNAがもつ固有の半減期に依存しない普遍的なメカニズムであることが明らかとなった。

6.酵母GSPTのN末端領域欠失株ではpoly(A)鎖の短縮化に異常が見られる

 出芽酵母のmRNAは通常50〜80塩基のpoly(A)鎖をもっている。mRNAが分解されるときには、まず脱アデニル化酵素によりpoly(A)鎖が10塩基程度まで短縮した後、エキソヌクレアーゼの働きにより5'、3'両側からの分解を受ける。このmRNA分解過程の律速段階はpoly(A)鎖の短縮化であることから、Gst1pのN末端領域とPab1pの相互作用はこの過程に何らかの効果を及ぼす可能性が高い。GST1野生株、N末端欠失変異株におけるpoly(A)鎖の短縮化について検討したところ、野生株においてはRNA合成を止めてから約10分以内にpoly(A)鎖の短縮化が完了し、その後急速にmRNAは分解を受ける一方、GST1-N末端欠失変異株においてはpoly(A)鎖の短縮化が阻害され、それに伴いmRNA分解も遅くなっていた(Fig.7)。GSPTのN末端領域はpoly(A)鎖の短縮化を促進することによりmRNAを分解させる機能を担うことが示唆された。

7.翻訳に依存したmRNAの分解を促進する酵母GSPT

 酵母、哺乳動物細胞いずれにおいても、mRNAは翻訳に伴い分解が促進される現象が知られている。この知見は翻訳阻害剤の添加によりmRNAが安定化する、5'-非翻訳領域にstem-loop構造をもつ翻訳が起こらないmRNAは安定化する、などの報告がその根拠であるが、その詳細な分子メカニズムについては未解明である。この翻訳とmRNAの共役において、翻訳終結因子であるGSPTが介在する可能性について検証した。

 翻訳が起こらないmRNA動態の解析を目的として、5'-非翻訳領域にstem-loop構造をもつLuciferase発現ベクターを作製した。これらの発現ベクターを酵母細胞に遺伝子導入することによりLuciferase遺伝子を発現させ、mRNA動態の解析を行った。Fig.8にはLuciferase mRNAの発現をNorthern blotにより検討した結果とLuciferaseタンパク質の生合成量を蛍光発光を指標に定量した結果を示す。酵母野生株において、stem-loop構造をもつmRNAの発現は見られるにも関わらず、翻訳は完全に阻害された。さらに、このstem-loop構造をもつ翻訳されないLuciferase mRNAの分解の経時変化を追ったところ、コントロールmRNAと比較してstem-loop構造をもつmRNAでは半減期が長くなっていた。翻訳されないmRNAにおいて安定化が認められたという以上の結果は、翻訳に依存してmRNA分解を促進する機構の存在を示唆している。

 次にこの翻訳に依存したmRNA分解におけるGSPTの関与について検討することを目的として、先のGST1野生株、N末端領域欠失変異株におけるstem-loop構造をもつmRNAの動態について検討した。コントロールのLuciferase mRNAでは、内在のPGK1、MFA2などのmRNAで見られたときと同様に、GST1-N末端欠失株においては野生株と比較してmRNAの安定化が認められた。しかしながら、stem-loop構造をもつLuciferase mRNAでは、GST1野生株とN末端欠失株でほぼ同様の分解過程をたどった。(Fig.9)。すなわち、翻訳されないmRNAにおいては、GST1のN末端領域によるmRNA分解の促進は認められない。以上の結果から、GSPTは翻訳と共役したmRNA分解に介在するということが明らかとなった。

8.まとめ

 mRNAは翻訳の頻度が増加すると、poly(A)鎖の短縮化を受け分解されるが、そのメカニズムについては今まで不明であった。本研究ではGSPTが翻訳終結だけでなくmRNA分解の律速段階であるpoly(A)鎖の短縮化にも介在すること、すなわち翻訳過程と共役したmRNA分解を制御する機能を担うことを明らかにした。この分解制御はPABPとの相互作用を介し、poly(A)鎖をもつmRNAにおいて普遍的な機構であることが示唆された。

Fig.1 GSPTのドメイン構造

Fig.2 酵母PABPはGSPTのN末端領域を介して相互作用する

Fig.3 酵母GSPT N末端領域は翻訳終結反応に直接関与しない

Fig.4 酵母GSPT温度感受性変異株におけるmRNA分解の異常

Fig.5 酵母GSPT N末端領域過剰発現によるmRNAの安定化

Fig.6 酵母GSPT N末端欠失変異株におけるmRNAの安定化

Fig.7 酵母GSPT N末端欠失変異株におけるpoly(A)鎖短縮化の異常

Fig.8 翻訳されないmRNAは安定化する

5'-非翻訳領域にstem-loop構造をもつmRNA動態の解析

Fig.9 翻訳されないmRNAではGSPT N末端欠失変異株におけるmRNA安定化効果が消失する

5'-非翻訳領域にstem-loop構造をもつmRNA動態の解析

Fig.10 GSPTによる翻訳終結と共役したmRNAの分解制御モデル

審査要旨 要旨を表示する

 転写に加えて翻訳とmRNA動態の制御は、広義の遺伝子発現にとって重要な調節機構と考えられる。翻訳の最終段階においては、リボソームが終止コドンを認識し、新生ポリペプチド鎖をリボソームから解離させるが、この終結反応には、tRNAに類似し、終止コドンを認識するeRF1と最近eRF3として同定されたGSPTの2種の因子が介在する。eRF3/GSPTは翻訳伸長因子であるEF-1αと相同性の高いG蛋白質であり、eRF1をリボソーム上の終止コドンまで運搬する役割をもつ。しかしながら、GSPT/eRF3にはEF1α類似領域に加えて、eRF1との結合には関与しない約200アミノ酸のN末端領域が存在し、その領域はpoly(A)鎖結合蛋白PABPと相互作用することが示された。PABPはmRNAのpoly(A)鎖に結合することによりmRNAの安定化に寄与することから、GSPTは翻訳終結反応のみならず、終結と共役してmRNAの分解過程をも制御する可能性が考えられた。「翻訳終結とmRNA分解の共役因子として機能する酵母G蛋白質GSPT」と題する本論文では、真核生物のモデルとして出芽酵母を利用し、酵母GSPTであるGST1/SUP35のN末端領域過剰発現株、温度感受性変異株、遺伝子破壊株のmRNA動態について詳細に解析し、GSPTのN末端領域がPABPを介してmRNAの分解を制御することを明らかにしている。

1.Poly(A)-binding protein(Pab1p)と結合する酵母GSPT

 哺乳動物で見出されたGSPTとPABPとの結合が、生理的条件下の酵母においても観察されるかについて先ず解析された。染色体上への相同組み換えによって酵母Gst1p、Pab1pのC末端部位にそれぞれMycとHAタグ配列を導入し、抗HA抗体を用いて免疫沈降した結果、酵母Gst1pとPab1pの結合が確認された。さらにこの結合はGst1pのN末端領域を過剰発現すると阻害されることから、Gst1pはそのN末端領域でPab1pと結合することが示された。

2.酵母GSPT/N末端領域欠失株における種々のmRNAの安定化

 酵母GSPT/N末端領域の直接的な役割を解明するために、相同組み換え及びN末端欠失変異体遺伝子をもつシングルコピーベクターの導入によって、GST1 N末端領域のみを欠失させた変異株を作製した。このGST1 N末端領域欠失変異株と野生株を、種々のmRNA分解(半減期の短いmRNAの代表例であるMFA2、半減期の長いmRNAの代表例であるPGK1)について比較検討した結果、いずれにおいても変異株でmRNA分解の安定化が観察された。すなわち、GSPTのN末端領域はmRNA分解の促進に寄与しており、この機構は種々なmRNAに普遍的なメカニズムであることが明らかにされた。

3.酵母GSPTのN末端領域欠失株におけるpoly(A)鎖長短縮の抑制

 一般にmRNAは、脱アデニル化酵素によりpoly(A)鎖長が10塩基程度まで短縮された後、5'→3'エキソヌクレアーゼによって分解されることが知られている。このmRNA分解過程の律速段階は、poly(A)鎖の短縮化にあることから、GST1 N末端領域欠失変異株におけるpoly(A)鎖の短縮化について検討された。その結果、変異株では野生株と比較して、定常状態における各種mRNAのpoly(A)鎖は長くなる傾向があり、さらにpoly(A)鎖の短縮化が阻害される現象が認められた。すなわち、GSPTのN末端領域はpoly(A)鎖の短縮化に作用して、mRNAの分解を促進する機能をもつことが明らかにされた。

4.翻訳に依存した酵母GSPTを介するmRNA分解の促進

 mRNA分解と翻訳との連関を探る目的で、5'-非翻訳領域にstem-loop構造を導入したmRNAの動態を解析した。このmRNAからの翻訳は完全に阻害されると共に、mRNAの分解は顕著に抑制された。すなわち、翻訳に依存してmRNA分解を促進する機構の存在が示唆された。次にこの翻訳に依存したmRNA分解に対するGSPTの関与について、先のGST1 N末端領域欠失変異株を用いて検討した結果、翻訳されないmRNAの安定化は観察されなかった。すなわち、GSPTのN末端領域は翻訳と共役してmRNA分解を促進することが明らかにされた。

 以上を要するに、eRF3として先に同定されたGSPTは、翻訳終結だけでなくmRNA分解の律速段階であるpoly(A)鎖の短縮化に介在することにより、翻訳過程と共役してmRNA分解を促進する機能をもつことを本論文で明らかにしている。このmRNA分解の制御は、PABPとの相互作用を介したpoly(A)鎖をもつmRNAにおいて普遍的な機構であることが示されている。これらの研究成果は、翻訳の頻度に応じてmRNA分解が促進される現象、すなわちmRNAの寿命を規定する現象の分子機構を提唱しており、博士(薬学)の学位として十分な価値があるものと認められる。

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