学位論文要旨



No 117434
著者(漢字) 堀口,昌邦
著者(英字)
著者(カナ) ホリグチ,マサクニ
標題(和) α−トコフェロール輸送蛋白質(α−TTP)の細胞内動態についての解析
標題(洋)
報告番号 117434
報告番号 甲17434
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第998号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 堅田,利明
 東京大学 教授 岩坪,威
 東京大学 助教授 青木,淳賢
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 α−トコフェロール輸送蛋白質(α-TTP)は、血中のビタミンE(α−トコフェロール)レベルを規定している蛋白質として当教室で発見された。α-TTPは主に肝臓に発現しており、血液中から肝臓に取り込まれたビタミンEを再び血液中に分泌する過程に関与することが分かっている。ビタミンEを含む血漿リポ蛋白質が肝細胞にエンドサイトーシスされ、さらに後期エンドソームやライソソームといった酸性コンパートメントで分解された後、遊離したビタミンEが細胞質に存在するα-TTPへと受け渡される。その後、肝細胞内の何らかの輸送機構によってα-TTPに結合したビタミンEが血中へ分泌されるリポ蛋白質へと受け渡されると考えられるが(Fig.1)、これまでのところ、その具体的なメカニズムについてはほとんど分かっていない。

 私は、α-TTPによるビタミンE輸送機構を解明する目的で、肝細胞系、非肝細胞系におけるα-TTPの動態や機能について解析した。

【方法と結果】

1.α-TTPの後期エンドソームへの局在化とその機構についての解析

 これまでに当教室では、ラット肝臓癌由来細胞株McARH7777にα-TTPを発現させた細胞株(McA-TTP細胞)を用いて、α-TTPがビタミンEの肝細胞からの放出を促進すること、この放出が細胞内酸性コンパートメントを中性化するクロロキンで阻害されること、及び、その際に通常は細胞質に一様に分布しているα-TTPが細胞内で局在化することを見出していた。私は、α-TTPの肝細胞内での挙動を解明する上でこの現象に着目し、クロロキン処理によるα-TTPの細胞内局在化部位についてさらに検討した。

 McA-TTP細胞に蛍光標識蛋白質FITC-BSAをエンドサイトーシスさせ、経時的にα-TTPとの二重蛍光染色を行ったところ、エンドサイトーシス開始から4時間程度まではクロロキンによるα-TTPの局在化部位はFITC-BSAとは一致しなかったが、12時間後にはこれらがほぼ完全に一致してきた。こうした結果から、α-TTPの細胞内局在化部位は後期エンドソームであると考えられた(Fig.2)。

 次にα-TTPの後期エンドソームへの局在化の機構について解析した。クロロキンとは別の機構で酸性オルガネラを中性化するV-type ATPase阻害剤バフィロマイシンA1でも、クロロキンと同様のα-TTPの局在化が観察された。このことから、α-TTPの後期エンドソームヘの局在化は、酸性コンパートメントの内腔側酸性pHが中性化することで引き起こされていることが強く示唆された。また、α-TTPの後期エンドソームヘの局在化に対する様々な因子の影響について調べたところ、2-deoxy-D-glucoseとNaN3を細胞に添加して細胞内のATPを枯渇させるとα-TTPの局在化が見られず、この現象がATP依存的であることが示唆された。

2.α-TTPの局在化に必要なドメインについての解析

 次に、α-TTP分子中における後期エンドソームへの局在化に必要なドメインの同定を試みた。α-TTP分子を単純にdeletionすると、ほとんどのコンストラクトが不安定になった。そこで、α-TTPと相同性を持つがMcARH7777細胞ではクロロキン処理によっても細胞質に留まったままの性質を持つレチナール結合蛋白質CRALBPとのキメラ蛋白質を作製し、後期エンドソームへの局在化、及びビタミンE結合能について検討した。

 その結果、N末端から21アミノ酸をCRALBPに置き換えたキメラ蛋白質CT1では、クロロキン処理による局在化が見られたが、N末端から50アミノ酸をCRALBPに置き換えたキメラ蛋白質CT6ではビタミンE結合能を有するが、クロロキン処理による局在化は見られなかった。(Fig.3)。このことから、α-TTPの後期エンドソームへの局在化には、α-TTPのN末端から21〜50番目までの極性アミノ酸に富んだ領域が必要であること、それよりもC末端側の疎水性アミノ酸に富んだ領域がビタミンEとの結合に必要であることが明らかになった。

3.クロロキンのin vivo投与による血中ビタミンEレベルの変化

 肝細胞レベルでクロロキンがα-TTPを介するビタミンEの放出を阻害することから、クロロキンのin vivoにおける血中ビタミンEレベルへの影響について検討した。クロロキン(300mg/kg)をマウスに経口投与し、6時間後における血中ビタミンEレベルを測定したところ、正常値に比べて約半分に低下することが明らかになった。

4.非肝細胞へのα-TTPの強制発現とその作用の解析

 通常α-TTPを発現していない肝臓系以外の培養細胞に、一過的にα-TTPを発現させてクロロキン処理しても局在化は全く見られず、α-TTPの局在化は肝細胞に特徴的な現象であると考えられた。さらに、非肝臓系細胞のCHO細胞にα-TTPを恒常的に発現する細胞株の樹立を試みたが、そのような細胞は全く単離できなかった。そこで、Tetracyclin-offシステムを用いてα-TTPの発現を条件的に誘導できるCHO細胞株を樹立し、α-TTPの細胞内作用について解析した。

 その結果、Tetracyclin除去によりCHO細胞にα-TTPの発現を誘導すると、予期せぬことに細胞の形態が細長く著しく変化することを見出した(Fig.4)。このような形態変化は肝細胞由来の培養細胞においては、α-TTPの発現レベルによらず全く観察されなかった。さらに、CHO細胞におけるα-TTPによる形態変化は、リガンドであるビタミンEを培地中に添加することで完全に回復されたが、リガンドでないコレステロールや別の脂溶性抗酸化剤では抑制されなかった。すなわち、単にα-TTPがビタミンEを放出して細胞内の脂溶性抗酸化物質が枯渇したために起こる現象ではないことが示唆された。

【まとめと考察】

 α-TTPが細胞質蛋白質にも関わらずビタミンEを細胞外に放出する機能を有することを考えると、肝細胞内においてα-TTPが何らかの他の因子(おそらく蛋白質)と相互作用していることは疑いない。肝臓系培養細胞ではα-TTPの局在化が見られるが、非肝臓系の細胞では見られないことから、肝細胞特異的な標的が後期エンドソーム上に存在することが示唆される。α-TTPが後期エンドソーム膜上に局在化することの生理的意義は現在のところ不明であるが、エンドサイトーシスによって肝細胞内に取り込まれたビタミンEを酸性コンパートメントからα-TTPへと受け渡す過程を一過的に静止させた状態を見ている可能性も考えられる(Fig.1参照)。本研究により、この過程におけるα-TTP分子上のドメインが特定されたことで、後期エンドソーム膜上の標的分子の同定の手がかりになるものと考えられる。また、今回樹立したCHO細胞への肝臓由来の遺伝子導入等の手法で、エンドソーム膜のα-TTPのターゲット分子を単離できる可能性がある。

 非肝臓系細胞ではα-TTPの強制発現により形態異常等の毒性を発揮するが、ビタミンEがα-TTPに結合しているとこうした現象は起こらない。すなわち、ビタミンEが結合していないα-TTPは細胞内の何らかの因子との相互作用して毒性を示していると予想されるが、そのような因子が何であるのか、またなぜ肝細胞ではこのような現象が起こらないのかという点は、今後の興味深い問題である。

Fig.1 肝細胞内におけるα-TTPを介するビタミンEの輸送機構(仮説)

Fig.2 α-TTPはクロロキン処理により後期エンドソームに結合する

Fig.3 α-TTPのドメイン解析

Fig.4 α-TTP発現誘導によるCHO細胞の形態変化

審査要旨 要旨を表示する

 α−トコフェロール輸送蛋白質(α-TTP)は、血中のビタミンE(α−トコフェロール)レベルを規定している蛋白質として当教室で発見されたものである。α-TTPは主に肝臓に発現しており、血液中から肝臓に取り込まれたビタミンEを再び血液中に分泌する過程に関与することが分かっている。ビタミンEを含む血漿リポ蛋白質が肝細胞にエンドサイトーシスされ、さらに後期エンドソームやライソソームといった酸性コンパートメントで分解された後、遊離したビタミンEが細胞質に存在するα-TTPへと受け渡される。その後、肝細胞内の何らかの輸送機構によってα-TTPに結合したビタミンEが血中へ分泌されるリポ蛋白質へと受け渡されると考えられるが、これまでのところ、その具体的なメカニズムについてはほとんど分かっていない。本論文では、α-TTPによるビタミンE輸送機構を解明する目的で、肝細胞系、非肝細胞系におけるα-TTPの動態や機能について解析した。

1.α-TTPの後期エンドソームへの局在化とその機構についての解析

 これまでに当教室では、ラット肝臓癌由来細胞株McARH7777にα-TTPを発現させた細胞株(McA-TTP細胞)を用いて、α-TTPがビタミンEの肝細胞からの放出を促進すること、この放出が細胞内酸性コンパートメントを中性化するクロロキンで阻害されること、及び、その際に通常は細胞質に一様に分布しているα-TTPが細胞内で局在化することを見出していた。そこで本論文では、α-TTPの肝細胞内での挙動を解明する上でこの現象に着目し、クロロキン処理によるα-TTPの細胞内局在化部位についてさらに検討した。McA-TTP細胞に蛍光標識蛋白質FITC-BSAをエンドサイトーシスさせ、経時的にα-TTPとの二重蛍光染色を行ったところ、エンドサイトーシス開始から4時間程度まではクロロキンによるα-TTPの局在化部位はFITC-BSAとは一致しなかったが、12時間後にはこれらがほぼ完全に一致してきた。こうした結果から、α-TTPの細胞内局在化部位は後期エンドソームであることを明らかにした。次にα-TTPの後期エンドソームへの局在化の機構について解析したところ、細胞内のATPを枯渇させるとα-TTPの局在化が見られず、この現象がATP依存的であることを示唆した。

2.α-TTPの局在化に必要なドメインについての解析

 次に、α-TTP分子中における後期エンドソームへの局在化に必要なドメインの同定を試みた。α-TTP分子を単純にdeletionすると、ほとんどのコンストラクトが不安定になった。そこで、α-TTPと相同性を持つがクロロキン処理による局在化は起こらないレチナール結合蛋白質CRALBPとのキメラ蛋白質を作製して解析を行った。その結果、α-TTPのN末端から21〜50番目までの極性アミノ酸に富んだ領域が必要であることが明らかになった。また、この領域はビタミンEとの結合には必要でないことから、この領域よりもC末端側の疎水性アミノ酸に富んだ領域がビタミンEとの結合に必要であることが明らかになった。

3.クロロキンのin vivo投与による血中ビタミンEレベルの変化

 肝細胞レベルでクロロキンがα-TTPを介するビタミンEの放出を阻害することから、クロロキンのin vivoにおける血中ビタミンEレベルへの影響について検討した。クロロキンをマウスに経口投与し、6時間後における血中ビタミンEレベルを測定したところ、正常値に比べて約半分に低下することが明らかになった。

4.非肝細胞内へのα-TTPの強制発現とその作用の解析

 通常α-TTPを発現していない肝臓系以外の培養細胞でα-TTPの局在化が起こるかを、Tetracyclin-offシステムを用いてα-TTPの発現を条件的に誘導できるCHO細胞株を樹立して解析した。その結果、Tetracyclin除去によりCHO細胞にα-TTPの発現を誘導してクロロキン処理してもα-TTPの局在化は見られず、α-TTPの局在化は肝細胞に特異的な現象であることが示唆された。更に、予期せぬことに、α-TTPの発現により細胞の形態が細長く著しく変化することを見出した。このような形態変化は肝細胞系の培養細胞においては、全く観察されなかった。更に、CHO細胞におけるα-TTPによる形態変化は、リガンドであるビタミンEを培地中に添加することで完全に回復されたが、リガンドでない脂質や別の脂溶性抗酸化剤では回復されず、単にα-TTPがビタミンEを放出して細胞内の脂溶性抗酸化物質が枯渇したために起こる現象ではないことが示唆された。

 以上、本研究では通常は細胞質に存在するα-TTPが、酸性コンパートメントである後期エンドソームの内腔側pHが中性化すると、後期エンドソーム膜に局在化するという非常に興味深い現象を見出した。この現象は、エンドサイトーシスによって肝細胞内に取り込まれたビタミンEを酸性コンパートメントからα-TTPへと受け渡す過程を一過的に静止させた状態を見ている可能性も考えられる。本研究により、この過程におけるα-TTP分子上のドメインが特定されたことで、後期エンドソーム膜上の標的分子の同定の手がかりになるものと考えられる。また、今回樹立したCHO細胞への肝臓由来の遺伝子導入等の手法で、エンドソーム膜のα-TTPのターゲット分子を単離できる可能性がある。今回の知見は、これまでほとんど解明されていない脂質の細胞内輸送を知る手がかりとなると考えられ、博士(薬学)の学位論文として十分な価値があるものと認められる。

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