学位論文要旨



No 117435
著者(漢字) 宮元,俊輔
著者(英字)
著者(カナ) ミヤモト,シュンスケ
標題(和) 酵母VMA1遺伝子由来エンドヌクレアーゼによる基質二本鎖DNAの特異的認識と切断の機構に関する構造生物学的研究
標題(洋) Structural study of the cleavage and the sequence-specific recognition of the double-stranded DNA substrate by VMA1-derived endonuclease
報告番号 117435
報告番号 甲17435
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第999号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 久保,健雄
 東京大学 助教授 原田,繁春
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 酵母のVMA1(Vacuolar membrane ATPase subunit 1)遺伝子は,その中間にVDE (VMA1-derived endonuclease)遺伝子が内包されている。VMA1は1本のポリペプチド鎖のVMA1産物として翻訳され,このVMA1はプロテインスプライシング反応によってエンドヌクレアーゼVDEとVMA1サブユニットを生ずる。VDEは自己の遺伝子を欠失したVMA1ΔVDE遺伝子を31塩基長にわたって認識し,互いに4塩基長離れた2か所で切断する。切断された箇所にVDE遺伝子が挿入されることにより,VDEは自己の遺伝子を酵母のゲノム中に伝播する。このような自己の遺伝子の伝播機構は,遺伝子ホーミングと呼ばれている。本研究ではVDEの認識配列を含んだ二本鎖DNAと,VDEとの複合体の三次元構造をX線構造解析の手法を用いて解析し,VDEによる遺伝子の配列の特異的な認識と二本鎖DNAの切断の機構を考察した。

【方法・結果】

 大腸菌BL21(DE3)pLysS発現系より調製したVDEと,図1に示す34塩基対からなる基質DNAとの複合体を形成させた。複合体の動的光散乱を測定したところ,推定分子量が6万4千の単分散を示した。複合体は1分子のVDE(分子量5万1千)に対して1分子の基質DNA(分子量2万1千)が安定な複合体を形成しているものと考えられる。

 34塩基対からなる基質DNA,およびその2ヶ所の切断部位の一方のみをあらかじめ切ってある2種類の二本鎖DNAが,VDEにより切断されるか否かを,ゲルろ過クロマトグラフィーにより観察した。その結果,コード鎖の+3位と+2位の間をあらかじめ切っておいた二本鎖DNAについてのみ,二本鎖の切断が生じなかった。したがって,VDEによる二本鎖の切断において,相補鎖の切断にはコード鎖における切断の有無が強く関与するのに対して,コード鎖の切断には相補鎖の切断の有無は関与しないと考えられる。

 VDEにより特異的に認識される塩基配列をもち,鎖長の異なる49種類の二本鎖DNAを調製し,切断活性に必須なMg2+の非存在下で各々とVDEとの複合体を形成させた。図1において太字で示す,19塩基長からなるDNA鎖(S鎖)と31塩基長からなるDNA鎖(A鎖)が形成する2本鎖のDNAとVDEとの複合体より,ポリエチレングリコール3350を結晶化剤とする蒸気平衡拡散法を用いて,結晶を析出させた。その結晶学的パラメーターを(表1)に示す。

 100Kに保持した結晶に波長0.75Aのシンクロトロン放射光X線を照射して,2.5A分解能までの回折データを収集した。DNAと複合体を形成していない(非複合体)VDEの構造を探索分子とする分子置換法により位相を決定し,プログラムCNSを用いて結晶学的構造精密化を行った(表2)。非対称単位中の2分子における主鎖Cα原子の根二乗平均差異は0.6Aである。差異は結晶中で分子同士が接触する領域に多く生じている。

 精密化された複合体の構造において,二本鎖DNAはA鎖の3'末端より19塩基長にわたって塩基対を形成しており,塩基対を形成している部分はほぼ直線状のB型DNAの構造をとっている(図2)。19塩基長のDNAの領域は,その表面積の53%にあたる3,700A2の接触面積にわたって,43ヶ所において,VDEとvan der Waals接触している。また,VDEと二本鎖DNAの空隙には27個の水分子が両者を水素結合で橋渡ししている。VDEのプロテインスプライシング反応の活性残基であるN末端,C末端の両残基は,二本鎖DNAとは接触していない。

 複合体中のVDEの構造と非複合体VDEの構造を,ドメインIIを中心に重ね合わせると,複合体中においては非複合体に比べ,ドメインIのDNA認識領域を構成する部分がドメインIIより遠ざかる方向に約5A移動している。また,複合体のドメインIにおける52番から72番にかけての残基が形成するループ構造は,非複合体の同じ部分の構造に比べて大きく変化することによって,DNAとの相互作用を形成している。これら非結合体に比べて構造の変化が大きい領域では,VDEのアミノ酸残基は直接DNAとの間に水素結合を形成している。

 +3位とグアノシンの塩基部分と+4位のリン酸基は,ドメインIIのアミノ酸残基との間に水素結合を形成している。+5位から+9位のリン酸基骨格部分は,ドメインIとドメインIIのプロテインスプライシング領域との間に7本の水素結合を形成している。+15位から+21位のmajor grooveはドメインIIのDNA認識領域の3つのβシートとの間に,7本の水素結合を形成している。

【考察】

 複合体の構造中,VDEのドメインにおいてDNAと相互作用を形成している領域のうち,

DNA認識領域はDNAの塩基部分と4本の水素結合を形成しており,基質の塩基配列の認識を行うと考えられる。とくに,+16位,+18位,+19位の3つの塩基対の,いずれかひとつでも別の塩基対に変異させた二本鎖DNAはVDEによって切断されなくなることが知られている。S鎖の+18位のグアニン塩基のO6の原子はArg94のNη1と,N7はやはりNη1と水分子を介しても水素結合を形成している。A鎖の+19位のチミン塩基のO4はArg94のNη2と,+18位のシトシン塩基のN4はGlu 103のOε1と水を介して水素結合を形成している(図3)。Glu 103 Oε2はArg 94 Nεと水素結合している。この水素結合はネイティブ体には見られず,塩基との水素結合によって生じる。+16位の塩基対の認識にはArg 90, His 170が寄与している。

 ドメインIにおけるプロテインスプライシング領域において,VDEはDNAの塩基部分と直接の水素結合を形成していない。したがって,VDEの,+5位から+14位にかけての塩基配列に対する認識の特異性は低いであろう。

 S鎖の+3位と+4位の塩基配列は,両方のグアノシンのO6原子とLys 340 Nζとの水素結合により認識されている。この水素結合は,コード鎖の切断部位にあたる+3位のグアノシンのリン酸基をVDEの活性部位に配置している。

 複合体の構造より,VDEは主として,特異的な認識配列においてS鎖の3'末端側に位置するmajor grooveと,コード鎖が切断される部分の塩基配列を特異的に認識している。

 VDEの認識配列は31塩基長にも及ぶが,塩基の構造が特異的に認識される部分は限られている。VDEは認識配列中に配列特異性の低い部分を有するために,基質配列に微小な変異の入った場合でも切断が妨げられずに遺伝子ホーミングを生じることができると考えられる。

 二本鎖DNAの切断に二価イオンを必要とするEcoRIやEcoRVでは,アスパラギン酸のOε原子に配位した二価イオンが,求核攻撃をうけるリン酸基の負電荷を安定化すると考えられている。VDEにおいて同様の切断機構を仮定すると,コード鎖の+3位のグアノシンのリン原子と相補鎖の−3位のシチジンのリン原子が求核攻撃を受ける。

 VDEによる二本鎖DNAの切断機構を考察するために,+2位から−10位までの二本鎖DNAを,直線状のB型DNAの構造をとると仮定して,複合体の構造に継ぎ足したモデルを作った。このモデルにおいてコード鎖の+3位のグアノシンのリン原子は,Asp 326のOδ2原子から4A離れた位置にあり,このアスパラギン酸がコード鎖の切断反応の活性残基であることを示唆している。一方,相補鎖の−3位のシチジンのリン原子は,どの酸性のアミノ酸残基のOδ原子からも8A以上離れているため,このモデルのコンフォーメーションを保ったまま,切断反応が進行するとは考えにくい。

 次にドメインIに沿うように湾曲した+2位から−10位までの二本鎖DNAを,複合体の構造に継ぎ足したモデルを作った(図2)。二本鎖DNAの湾曲を仮定したモデルにおいて,コード鎖の+3位のグアノシンのリン原子の位置は先のモデルと大きく変化しないが,相補鎖の−3位のシチジンのリン原子は,Asp 218のOδ1原子から4.5A離れた場所に位置する。このモデルにおいて相補鎖の−3位のシチジンのコンフォーメーションが,コード鎖の+3位のグアノシンのコンフォーメーションに及ぼす影響は小さいと考えられる。

 さらにAsp 218のOδ1, Asp217のO,相補鎖の−3位のシチジンのO2Pのそれぞれから約2.3A離れた位置に1つのMg2+を,また,Asp326のOδ2, Ser325のO,コード鎖の+3位のグアノシンのO2Pのそれぞれから2.3A離れた位置にもうひとつMg2+をDNAの湾曲を仮定したモデルに組み込んだところ,2つのMg2+は切断反応の中間体として生じるとされる5配位のリン酸基の負電荷を安定化し,配位子の水分子がO3'原子にプロトンを与える酸として働く水分子を配位することのできる位置を占める(図4)。このモデルにおいて,求核攻撃を受ける相補鎖のリン原子はLys301のNζから6.4Aの位置に,コード鎖のリン原子はのLys403のNζから7.5Aの距離に位置する。これら2つのLys残基が,水分子よりプロトンを引き抜くことでリン原子に対する求核攻撃を開始すると考えられる。

図1.VDEの基質DNA配列

濃い字で示した部分は結晶化した複合体の二本鎖DNAの配列を表す。

表1.結晶学的パラメータ

表2.結晶学的構造精密化

図2.複合体の全体構造

*位はプロテインスプライシング部位,括弧の中の数字は残基番号,薄い線で示した部分は仮想的なモデル構造を表す。

図3.+18,+19位の塩基対の認識(DNA認識領域)

濃い線はタンパク質,薄い線はDNA,丸は水分子,点線は水素結合を表す。

図4.二本鎖DNA切断部位の周辺のモデル構造(ドメインI)2つのMg2+, A鎖のDNA, +2位のCおよび,+3位のGのリン酸基は仮想的なモデル構造である。

濃い線はタンパク質,薄い線はDNA,丸はMg2+を示す。各DNA塩基は表示していない。

審査要旨 要旨を表示する

 酵母Saccharomyces cerevisiaeのVMA1蛋白質からプロテインスプライシングで生ずる遺伝子ホーミングエンドヌクレアーゼVDE (VMA1-derived endonuclease)は,酵母のゲノム中のただ1個所に存在するDNA領域を塩基配列特異的に認識し,切断する。この酵素活性によって,自己をコードする遺伝子を酵母のゲノムへ挿入する遺伝子ホーミングが惹起される。本論文の研究では,VDEによる二本鎖DNAの認識と切断の機構を三次元構造に基づいて解明することを目的とし,認識する塩基配列の大部分を成す二本鎖DNAとVDEとの複合体の三次元構造をX線結晶構造解析の手法により明らかにしている。

 VDEを過剰に産生する大腸菌から,VDEを大量に調製して結晶化用の試料としている。認識配列の一部を含み,鎖長が異なる二本鎖DNAとして,48種類を調製し,各々についてVDEとの複合体の形成能を調べている。結晶化条件の探索を行った結果,19塩基長のコード鎖と31塩基長の相補鎖が形成する二本鎖DNAを用いることによりVDEとの複合体の良質な結晶が得られた。この結晶からのX線回折強度データをシンクロトロン放射光を用いて収集し,VDE単体の構造を探索モデルとする分子置換法により初期構造を求めて分解能2.5Åで結晶学的に構造を精密化している。

 得られた結晶構造では,1分子の二本鎖DNAと1分子のVDEが複合体を形成している。VDEの2つのドメインはともにDNAとの相互作用に関わっており,電子密度が鮮明な19塩基対の領域は,図に示すように,そのほぼ全長が水素結合とvan der Waals相互作用でVDEと接触し,直線状のB型DNA構造を保持している。図では,19塩基対の領域を濃い線で示し,基質として認識される残りの12塩基対の領域を蛋白質モデリングにより構築し,薄い線で示してある。

 複合体のVDEの構造をVDE単体のものと比較したところ,プロテインスプライシング活性を有するドメインには,二本鎖DNAとの相互作用に伴って構造が顕著に変化する部位が認められた。変化がとくに大きい部位は,アミノ酸残基の番号が52-72の部位であり,ループ状の主鎖コンフォメーションをとっている。複合体の構造では,このループのアミノ酸残基はDNAのminor groove側のリン酸基と水素結合を形成している。このループ部位は,おもに水分子を介してDNA塩基と接触していることから,塩基配列の認識には直接関与することなく複合体形成を安定化すると考察している。

 二本鎖DNAの原子とVDEの原子が水分子を介さずに直接的に水素結合している領域も存在し,塩基部分が水素結合している領域は19塩基対の両末端に局在している。コード鎖の3'末端側に位置する7つの塩基対は,プロテインスプライシング活性を有するドメインのうち,アミノ酸残基90-103, 126-130および168-170の部位と相互作用している。とりわけ,Arg94との間で2本の水素結合を形成している隣接する2塩基対は近接するGlu 103との間にも水分子を介して水素結合している。Arg 94とGlu 103の間の水素結合はVDE単独の構造においては見られず,二本鎖DNAとの結合に伴って生じたもので,これらの空間的な配置が塩基配列の特異的な認識に寄与している。

 複合体構造でのコード鎖の5'末端のリン原子は,コード鎖の切断が生じる際に求核攻撃を受けると考えられる。この5'末端および隣接するグアノシンのO6原子はともにLys340のNζ原子と水素結合している。19塩基対長の二本鎖DNAは,このように塩基が直接的に認識される部分と,水分子を介して間接的に認識される部分から成ることが明らかになった。

 34塩基対から成る二本鎖DNAの基質を用いると,DNAは4塩基離れた位置の2箇所で切断される。これはVDEが活性部位を2個有することを強く示唆する。研究では,切断部位の一方のみがあらかじめ切断された中間体様のDNAを調製し,VDEによる切断を調べている。その結果,コード鎖を切断した中間体様基質はその相補鎖の切断を阻害することが明らかになった。複合体構造中のコード鎖の5'末端側に12塩基対の二本鎖DNAを継ぎ足したモデルを構築したところ,継ぎ足した二本鎖DNAの部分がVDEのエンドヌクレアーゼドメインに沿っておよそ50°湾曲すると考えられ,コード鎖の切断はこの湾曲に影響を与えて他方の切断を阻害していると考察している。活性に関与するアミノ酸残基としてはAsp218とLys301などから成る組と,Asp326とLys403などから成る組を指摘している。エンドヌクレアーゼドメインは三次元構造からは2つのサブドメインに分割でき,これらの活性残基の組は,2つのサブドメインにそれぞれ分かれて偽2回対称の配置にあること,二本鎖DNAの切断部位がこの組にほぼ合致する位置に来ることを見い出している。

 以上のように,本論文では,遺伝子ホーミングエンドヌクレアーゼVDEとその認識配列の大部分を成す長鎖の二本鎖DNAとの複合体の三次元構造を解明し,基質DNAの塩基配列に対する特異的および非特異的な認識の機構の存在を明らかにしている。複合体構造に基づいて,VDEは結合した二本鎖DNAに構造の変化を引き起こし,非対称的な切断を行う機構も提示している。これらは,遺伝子ホーミングにおけるエンドヌクレアーゼの役割と,蛋白質による遺伝子の制御について重要な知見をもたらす。よって,本論文は,構造生物学および分子生物学の面から薬学の進歩に貢献するところが大きく,博士(薬学)の学位の授与に価すると判定した。

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