学位論文要旨



No 117436
著者(漢字) 横山,英志
著者(英字)
著者(カナ) ヨコヤマ,ヒデシ
標題(和) 長鎖DNA(6−4)光産物の三次元構造と抗体による認識機構
標題(洋)
報告番号 117436
報告番号 甲17436
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1000号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,能雅
 東京大学 教授 嶋田,一夫
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 原田,繁春
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

 DNAは紫外線の照射により様々な損傷を受け,損傷が突然変異や細胞の癌化を生ずる。そのような損傷DNAの1つである(6-4)光産物は,隣接する2つのピリミジン塩基のC6位とC4位が共有結合した特異な化学構造を有している(Fig. 1)。そして高い突然変異の誘発能を持ち生体に重篤な影響を及ぼす損傷DNAであるにも関わらず,ジヌクレオチドdT(6-4)Tのみならず(6-4)光産物を内包する長鎖のDNAに関する三次元構造の知見はほとんど得られていなかった。

 (6-4)光産物を認識するマウス由来の抗体64M-2と64M-5はそれぞれIgG2a(κ)とIgG1(κ)のサブクラスに属し,(6-4)光産物に対し64M-5の方が約100倍高い親和性を示す。抗体の抗原結合フラグメントFabは可変領域VLとVHと定常領域CLとCH1の4つのドメインからなる。修士課程で抗体64M-2のFabとdT(6-4)Tのとの複合体構造を明らかにしたが(1),これらの抗体はdT(6-4)Tだけでなく,T(6-4)T部位を含む長いDNA鎖,および二本鎖DNAとも結合する。

 長鎖DNA(6-4)光産物の三次元構造と,抗体による認識機構の解明を目的としてT(6-4)T部位を内包するテトラヌクレオチドdTT(6-4)TT,および二本鎖DNAについて抗体Fabとの複合体のX線結晶構造解析を行った。

【X線結晶構造解析】

 64M-2 FabのdT(6-4)Tとの複合体に基づいて,dTT(6-4)TTとの複合体(2)の構造を解析した(Table 1)。二本鎖(6-4)DNAと64M-5 Fabとの複合体については,結晶化剤液として12%ポリエチレングリコール3350,0.1M酢酸マグネシウム,10mM [Co(NH3)6]Cl3,0.1M Tris-HCl pH8.0を用いることで,平板状の結晶が得られた。64M-5 Fabを初期構造とする分子置換法により複合体構造を決定した(Table 1)。

【64M-2 FabとdTT(6-4)TTとの複合体構造】

 dTT(6-4)TTの4つのthymidineを5'末端からT1, T2, T3, T4と示す。T(6-4)T部位は5'-thymine塩基(T2)と3'-pyrimidone塩基(T3)とが(6-4)結合して環状の構造をとっている(Fig. 2)。T2塩基は半いす型,T3塩基はほぼ平面状のコンフォメーションをとっている。これら2つの塩基がつくる平面は77°とほぼ直交している。このような特徴は64M-2 FabとdT(6-4)T(以下d2mer)との複合体構造(1)でも共通して見られる。T(6-4)T部位の2つの塩基はそれぞれArg95HとHis 35Hの塩基性側鎖と水素結合している。またT2塩基の近くにはTyr 100iHが位置し,T3塩基はTrp 33Hのインドール環とほぼ平行に位置しvan der Waals(vdW)相互作用している。このような相互作用はd2mer複合体にも同様な配置で存在する。

 T(6-4)Tの先の5'側のリン酸基にはHis 27dLが静電相互作用しており,3'側のリン酸基にはSer 58Hが水素結合している。T1塩基にはTyr 32LとLys 50Lが水素結合し,Tyr 100iHがvdW接触している。一方,T4塩基には近傍のアミノ酸残基との密な接触は認められない。64M-2 Fabは,d2merよりもd4merに対して高い親和性を示し,T(6-4)T部位の両端のリン酸基と5'末端の塩基との相互作用がこの高親和性に寄与している。

【二本鎖(6-4)DNAとFabとの複合体の調製】

 紫外線を照射した一本鎖DNAを抗体64M-2のFabとの複合体とする。複合体から6M ureaと熱処理によりFabを除いた後,相補鎖のDNAを加えて二本鎖(6-4)DNAとする。一本鎖(6-4)DNAと64M-2 Fabとの複合体,および二本鎖(6-4)DNAは,それぞれDEAE陰イオン交換クロマトグラフィーにより目的のピークを分取することで精製した。

14塩基対と18塩基対と21塩基対の二本鎖(6-4)DNAと抗体64M-2または64M-5のFabとの複合体の形成能をDEAEおよびゲルろ過クロマトグラフィーなどにより検討したところ,18塩基対の二本鎖(6-4)DNA(ds18)と64M-5のFabを用いた場合に複合体が得られることが分かった。そして複合体の結晶化用試料を大量に調製するため,Fig. 3のスキームを考案して複合体を調製した。様々な配列,鎖長のDNAを用いて複合体の結晶化を行ったところ,Table 2のds18Cの配列の二本鎖(6-4)DNAと64M-5 Fabとの複合体サンプルからX線解析に適する結晶が得られた。

【二本鎖(6-4)DNAとFabとの複合体構造】

 T(6-4)T部位を含む中央の5塩基とそれらの相補鎖は塩基対を形成しておらず,これら5塩基と相補鎖との間にFabの相補性決定領域CDRのL1ループが貫入している(Fig. 4)。DNA二本鎖はこの部位で約90°折れ曲がっている。両端側の5'側の5塩基と3'側の7塩基はB型の二本鎖DNA構造を形成している。

 T(6-4)T部位はFabの結合ポケットの底部に埋もれたように結合している。64M-5 FabによるT(6-4)T部位の認識にはHis 35HとArg 95Hの塩基性側鎖による水素結合,およびTrp 33HとTyr 100iHの芳香性側鎖とのvdW接触などが64M-2 Fabと共通して見られる(Fig. 5)。さらに64M-5では,T9塩基(DNAのnumberingはTable 2参照)とTyr 97H側鎖がvdW接触し,リン酸基とHis 93L側鎖が静電相互作用している。

 T(6-4)T部位の5'側に存在するリン酸基にはHis 27dLが静電相互作用し,3'側のリン酸基にはThr 58Hが水素結合している。A8塩基はTyr 30LとTyr 100iHの芳香性側鎖に挟まれており,Tyr 32L側鎖と水素結合している。A11塩基はHis 93L側鎖とほぼ平行に位置し,vdW接触している。このA11に相当する相互作用は64M-2では見られない。これら4ヌクレオチドのみがFabと密な原子間接触を成している。

 18塩基対のds18二本鎖(6-4)DNAと64M-5のFabの複合体は,ゲルろ過クロマトグラフィーによっても解離しないが,ds18は64M-2 Fabから解離して溶出された。64M-2には存在しない64M-5でのT(6-4)T部位の3'側のA塩基(A11)との相互作用が,長鎖の二本鎖(6-4)DNAに対する64M-5の高い親和性に寄与していると考えられる。

 14塩基対のds14二本鎖(6-4)DNAにFabを加えてゲルろ過クロマトグラフィーを行うと,各々のFabから相補鎖が解離し,一本鎖(6-4)DNAとFabとの複合体と相補鎖が溶出される。これは,14塩基対長ではT(6-4)T部位を含む5塩基の両端側で形成される塩基対数が少なく,二本鎖としての会合が弱いためだと考えられる。二本鎖(6-4)DNAのT(6-4)T部位両隣りの塩基(A8とA11)は64M-5 Fabの芳香性側鎖とvdW接触し,それらと相補鎖の塩基間での相互作用が弱められる。抗体64M-5による長鎖DNAの損傷部位の特異的認識には,ループの挿入と芳香性側鎖によるT(6-4)T部位両隣りの塩基との相互作用が重要であると考えられる。

 抗体Fabと結合した二本鎖(6-4)DNAは,二本鎖DNAが約90°折れ曲がっていること,および損傷部位を含む5塩基が相補鎖と塩基対を形成せずDNA二重鎖の外側を向いていること,など特徴的な構造を示している。このDNAモデルをDNA修復酵素photolyaseの予想される結合部位に仮想的に当てはめてみると,photolyaseの予想される結合部位は分子内部にあるため,このように特徴的な構造のDNAではphotolyaseと立体障害を起こすことなくDNAは結合できると考えられる。

(1) Yokoyama, H., Mizutani, R., Satow, Y., Komatsu, Y., Ohtsuka, E. & Nikaido, O. (2000). J. Mol. Biol. 299, 711-723.

(2) Yokoyama, H., Mizutani, R., Satow, Y., Sato, K., Komatsu, Y., Ohtsuka, E. & Nikaido, O. submitted.

Table 1.X線回折データ収集と結晶構造の精密化

Fig.2.64M-2 FabとdTT(6-4)TTの複合体の抗原結合部位(ステレオ図,点線は水素結合)

Table 2.調製した二本鎖(6-4)DNAの一部

Fig.3.複合体調製スキーム

Fig.4.二本鎖(6-4)DNAと64M-5 Fab(リボンモデル)の複合体構造

Fig.5.64M-5 Fabと二本鎖(6-4)DNAの複合体の抗原結合部位(ステレオ図)

審査要旨 要旨を表示する

 DNAは紫外線の照射によって様々な損傷を受け,損傷したDNAによって突然変異や細胞の癌化が生ずる。損傷DNAの1つである(6-4)光産物は,隣接する2つのピリミジン塩基のC6位とC4位が共有結合した特異な化学構造を有し,突然変異の誘発能が高く,生体に重篤な影響を及ぼす。(6-4)光産物を認識する抗体として樹立されたマウス由来の64M-2と64M-5の抗体は,損傷部位のT(6-4)Tのみならず,T(6-4)T部位を含む長い一本鎖の(6-4)DNAと二本鎖の(6-4)DNAに結合する。しかしながら,T(6-4)T部位を内包する長鎖のDNAに関する詳細な三次元構造の知見は全く得られておらず,蛋白質による(6-4)光産物の認識に関する構造知見も得られていなかった。本論文の研究では,長鎖DNA(6-4)光産物の三次元構造と,抗体による認識機構の解明を目的として,T(6-4)T部位を内包するテトラヌクレオチドdTT(6-4)TTと抗体Fabの複合体,および,二本鎖DNA(6-4)光産物と抗体Fabの複合体を調製し,X線結晶構造解析によりそれぞれの三次元構造を明らかにしている。

 研究では,まず,抗体64M-2について,分子量約4万5千の抗原結合部位フラグメントのFabを調製し,dTT(6-4)TTとの複合体の結晶を得た。そのX線解析を行い,以下の構造知見を得た。

 T(6-4)T部位では,5'チミン塩基の6位と3'ピリミドン塩基の4位の炭素原子が(6-4)結合を形成し,このジヌクレオチド部分は環状の構造をとっている。5'チミン塩基は半いす型,3'ピリミドン塩基はほぼ平面状のコンフォメーションを示し,これら塩基の近似平面は77°とほぼ直交している。5'チミン塩基はArg 95H(Lは軽鎖,Hは重鎖のアミノ酸残基を示す)の側鎖,3'ピリミドン塩基はHis 35Hの側鎖とそれぞれ水素結合を形成している。また,5'チミン塩基の近くにはTyr 100iHが位置し,3'ピリミドン塩基はTrp 33Hのインドール環とほぼ平行に位置し,van der Waals(vdW)相互作用が認められる。このような特徴は,先に構造を決定している64M-2 FabとジヌクレオチドdT(6-4)Tとの複合体の構造にも共通することを指摘している。

 64M-2抗体はdT(6-4)TよりもdTT(6-4)TTに対して高い親和性を示す。dTT(6-4)TT複合体の構造では,T(6-4)T部位の5'側のリン酸基とHis 27dLとの静電相互作用,3'側のリン酸基とSer 58Hとの水素結合,5'末端のチミン塩基とTyr 32LとLys 50Lとの水素結合,Tyr 100iHとのvdW接触が存在する。一方,3'末端のチミン塩基については,近傍のアミノ酸残基との密な接触は認められない。そこで,T(6-4)T部位の両側のリン酸基と5'末端の塩基との相互作用がdTT(6-4)TTへの高親和性に寄与していると考察している。

 次に,二本鎖(6-4)DNAと抗体Fabとの複合体の構造解明に向けて,二本鎖(6-4)DNA複合体試料の大量調製法を開発している。DNAに紫外線を照射して生ずる光産物を,抗体との複合体とすることで,(6-4)光産物を選択的に精製することを可能とした。調製した様々な鎖長の二本鎖(6-4)DNAと抗体Fabとの複合体の形成能を実験的に検討し,テトラヌクレオチド(6-4)光産物に対して64M-2抗体よりも約100倍高い親和性を示す64M-5抗体のFabを用いれば,18塩基対の二本鎖(6-4)DNAとの安定な複合体が得られることを見い出した。X線解析に適した複合体の結晶を得るため,塩基配列と鎖長が異なる様々なDNAを用いて複合体の結晶化を展開し,17塩基対の両端にそれぞれ1塩基を付加したoverhang配列の二本鎖(6-4)DNAを用いることにより,64M-5 Fabとの複合体の結晶を得ている。結晶からX線回折強度データを収集し,64M-5 Fabを初期構造とする分子置換法解析を経て,複合体の結晶構造を明らかにし,以下の知見を得た。

 図に示すように,DNA二本鎖はT(6-4)T部位の両側で約90°折れ曲がり,両側の5'側の5塩基と3'側の7塩基はB型の二本鎖構造を形成している。T(6-4)T部位を含む中央の5塩基とそれらの相補鎖は塩基対を形成しておらず,これら5塩基と相補鎖との間に,抗体の相補性決定領域CDRのL1鎖がループ状になって貫入し,T(6-4)T部位両隣りの塩基が芳香性側鎖がvdW接触している。抗体64M-5による特異的認識には,T(6-4)T部位両隣りの塩基との相互作用とCDRループの貫入が寄与すると考察している。

 抗体の抗原結合ポケットの底部にT(6-4)T部位が埋もれるように結合し,T(6-4)T部位と抗体の相互作用として,His 35HとArg 95Hの塩基性側鎖との水素結合,Trp 33HとTyr 100iHの芳香性側鎖とのvdW接触などが64M-2抗体と共通して存在することを見い出している。5'チミン塩基とTyr 97H側鎖とのvdW接触,リン酸基とHis 93L側鎖との静電相互作用が64M-5複合体では認められ,T(6-4)T部位の両隣りのヌクレオチドと抗体の原子間にも密な接触が存在する。その5'側隣りに位置するリン酸基はHis 27dLと静電相互作用し,そのアデニン塩基がTyr 30LとTyr 100iHの芳香性側鎖に挟まれながらTyr 32L側鎖と水素結合している。3'側隣りのリン酸基はThr 58Hと水素結合し,そのアデニン塩基はHis 93L側鎖とほぼ平行に位置し,vdW接触している。このような3'側隣り塩基に相当する相互作用は64M-2複合体では見られず,二本鎖(6-4)DNAに対する64M-5抗体の高い親和性には,3'側隣りの塩基との相互作用が寄与していると考察している。

 本論文の研究は,二本鎖DNA(6-4)光産物が約90°折れ曲がり,損傷部位を含む5塩基が相補鎖と塩基対を形成せずに二重鎖から外側へ向くことなど,DNA(6-4)光産物の三次元構造を初めて明らかにし,また,抗体による認識の機構も併せて解明し,損傷DNAと結合する蛋白質の認識機構に関して重要な知見を与えている。よって,本論文は,損傷DNAと蛋白質の構造生物学および構造化学の面から薬学の進歩に貢献するところが大きく,博士(薬学)の学位の授与に価すると判定した。

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