No | 117437 | |
著者(漢字) | 吉谷,直栄 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヨシタニ,ナオエイ | |
標題(和) | 受精に関与する糖鎖認識分子の多価糖鎖プローブを用いた研究 | |
標題(洋) | ||
報告番号 | 117437 | |
報告番号 | 甲17437 | |
学位授与日 | 2002.03.29 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(薬学) | |
学位記番号 | 博薬第1001号 | |
研究科 | ||
専攻 | ||
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 生体に存在する「糖鎖」は数多くの生理的プロセスに関与しており、それらの糖鎖が有する機能を充分に理解するためには、糖鎖構造およびそれをリガンドとして結合する糖鎖認識分子の双方の詳細な理解が必須である。糖鎖を介した細胞間相互作用の代表的なものに精子と卵の相互作用があり、精子上に存在する糖鎖認識分子が卵透明帯上の糖鎖を認識して結合すると考えられている。卵透明帯の詳細な糖鎖構造については、当研究室などによりブタで最も早く明らかにされ、糖鎖構造に立脚した研究が可能になっている。 本研究では、多価糖鎖プローブ(後述)を用いて、ブタ精子に存在が示唆されていた複数の糖鎖認識分子が頭部に存在することを明らかにし、それらの糖鎖認識分子の受精への関与を検討した。また、多価糖鎖プローブを固相化したプラスチックプレートを用いて、電気泳動による糖鎖認識分子のバンドの特定を試みたので、その結果も合わせて報告する。 (1) ブタ精子に存在する糖鎖認識分子の検出と受精への関与についての検討 ブタ卵透明帯の非還元末端糖鎖構造の概要をFig.1にまとめた。N結合型、O結合型糖鎖ともにシアロもしくはアシアロのN−アセチルラクトサミン構造を有しており、N結合型糖鎖はすべてが複合型であった。またこの他に、種々のフコース残基による修飾が存在していた。従って、ブタ精子にはN−アセチルラクトサミン構造、およびフコース残基を含めた構造を認識する分子が存在し、それらが卵との相互作用に関わっていることが予想された。 私は修士課程において、糖鎖認識分子の探索や解析に極めて有用であると考えられる天然型糖鎖を組み込んだ糖鎖プローブの作製法を開発しており、これを解析に利用した。プローブ作製に用いた糖鎖の構造をFig.2にまとめて示した。 受精能獲得後のブタ精子を種々の蛍光標識した多価糖鎖プローブで染色したところ、フェツインおよびアシアロフェツイン由来のN結合型糖鎖を組み込んだプローブ(Fet-Dex, AsFet-Dex)、およびLewis x構造を組み込んだプローブ(LNFP III-Dex)によりブタ精子頭部先端領域が非常に強く染色された(Fig.3)。また、採取直後の受精能を獲得していない精子の場合は、Fet-Dex, AsFet-Dexではごく弱く、LNFP III-Dexでは中程度に染色された。それに対して、末端のシアル酸およびガラクトースを酵素消化により除いてN−アセチルグルコサミンを露出させたフェツインN結合型糖鎖からなるプローブ(AgFet-Dex)、およびLewis xと類似構造のLewis a (LNFP II-Dex)とtype 1H (LNFP I-Dex)からなるプローブでは、精子頭部はほとんど染色されなかった。また、オボアルブミン由来のN結合型糖鎖(主に高マンノース、混成型)からなるプローブ(Ova-Dex)の場合においても、精子頭部はほとんど染色されなかった。さらに、N結合型糖鎖の非還元末端のN−アセチルラクトサミン構造だけからなる糖鎖プローブ(LNnT-Dex)ではほとんど染色されなかったことから、N結合型糖鎖の分岐構造などを認識していることが示唆された。なお、カルシウムイオノフォアA23187によって人為的に先体反応を誘導した場合では、いずれのプローブでも精子頭部は染色されなかった。これらの結果から、末端にシアル酸およびガラクトースを有する複合型N結合型糖鎖、およびLewis x構造に対して特異的に結合する分子が精子頭部に存在していることが示された。また、これらの糖鎖結合分子が主に形質膜上に存在し、細胞内部にはほとんど存在しないことも明らかにした。 このように、糖鎖結合活性が受精能力の獲得とともに増大し先体反応とともに消失するという事実は、この糖鎖認識分子の精子−卵初期結合への関与を強く示唆するものである。精子−卵初期結合への関与という点に関しては、ブタではデキストラン硫酸やフコイジンなどの硫酸化多糖が結合を顕著に阻害することが知られており、続いてこれらについての検討を行った。 プラスチックプレートに固相化したブタ精子細胞膜へのビオチン標識したFet-Dex, AsFet-DexおよびLNFP III-Dexの結合に対する種々の硫酸化多糖の効果を調べた。その結果、ごく低濃度(1μg/ml程度)のデキストラン硫酸およびフコイジンによってFet-Dex, AsFet-Dexの結合がほぼ完全に阻害されることがわかった(Fig.4)。一方、LNFP III-Dexについては、Fet-Dex, AsFet-Dexとは若干異なり、デキストラン硫酸で強く阻害され、フコイジンによる阻害は弱かった。なお、いずれのプローブもへパリンではほとんど阻害を受けなかった。へパリンは、ブタ精子−卵初期結合を阻害しないことが知られている。以上の結果より、ブタ精子−卵初期結合には主に複合型N結合型糖鎖を認識する分子が関与していると考えられる。一方、Lewis x構造を認識する分子については、透明帯にLewis x構造が存在していることから、副次的な作用を有している可能性も考えられる。また、Lewis x構造を認識する分子は複合型N結合型糖鎖を認識する分子とは若干異なり、精子採取直後からすでに充分な結合活性を持っていることから、精子と卵の初期結合以外にも重要な役割を担っている可能性も考えられ、これらに関しては今後の検討課題である。 なおこれとは別に、同様な系でオリゴ糖を用いた阻害実験を行ったところ、複合型N結合型糖鎖とLewis x糖鎖の結合部位は独立に存在していることを確認した(Fig.5)。 (2)電気泳動による糖鎖認識分子バンドの特定 私は、種々の多価糖鎖プローブを固相化したプラスチックプレートを利用した電気泳動による簡便な糖鎖認識分子検出法を開発しており、それを用いてブタ精子に存在する糖鎖認識分子の特定を試みた。 単離したブタ精子細胞膜を1% Tritonにより可溶化し、遠心上清をウェルに加えた。洗浄後、ウェルに結合しているタンパク質をビオチン化した後に回収し、ウェスタンブロッティングにより検出した。その結果、Fet-Dex, AsFet-DexおよびLNFPIII-Dexを固相化したウェルに対して特異的に結合する同一のバンドが複数検出された(Fig.6、矢印)。なお、これらの結合は対応するオリゴ糖によって特異的に阻害された。以上の結果から、複合型N結合型糖鎖を認識する分子およびLewis x構造を認識する分子が何らかの複合体を形成していることが示唆された。 まとめ 天然型糖鎖を組み込んだ多価糖鎖プローブにより、ブタ精子頭部に2種類の異なった糖鎖認識分子が存在し、複合型N結合型糖鎖を認識する分子が精子−卵相互作用に関与している可能性が強いことを示すことができた。また、それらの糖鎖認識分子を含むいくつかのバンド群を電気泳動で確認することができた。今後、これら分子の同定により、受精に関与する糖鎖認識分子群の研究がさらに進展するものと期待される。 参考文献 1.Yoshitani, N., and Takasaki, S. (2000) Anal. Biochem., 277, 127-134. 2.Mori, E., Yoshitani, N., and Takasaki, S. (2000) Arch. Biochem. Biophys., 374, 86-92. 3.Yoshitani, N., and Takasaki, S. (2001) Glycobiology, 11, 313-320. Fig.1.ブタ透明帯糖鎖の非還元末端構造 Fig.2.プローブ作製に用いた糖鎖の構造 Fig.3.蛍光標識多価糖鎖プローブによるブタ精子の染色 Fig.4.硫酸化多糖による結合の阻害 Fig.5.オリゴ糖による結合の阻害 Fig.6.糖鎖プローブ固相化プレートを利用した糖鎖認識分子の検出 | |
審査要旨 | 受精の初期過程においては、精子と卵との特異的結合が認められる。この結合には糖鎖認識反応が関わっていることが示唆されている。しかし、現在までのところ、卵との結合に関与する糖鎖認識分子は同定されていない。一方、卵透明帯の詳細な糖鎖構造については、すでにブタで最も早く明らかにされ、糖鎖構造に立脚した研究が可能になっている。 そこで本研究では、卵透明帯糖タンパク質の糖鎖の構造情報に基づいて多価糖鎖プローブを作製し、これらを用いてブタ精子側の糖鎖認識分子の存在と受精への関与を検討した。また、多価糖鎖プローブを固相化したプラスチックプレートを用いて、電気泳動による糖鎖認識分子の検索を行った。 (1)ブタ精子に存在する糖鎖認識分子の検出、特異性と受精への関与 卵透明帯糖タンパク質の糖鎖の非還元末端と同一、あるいは類似の構造を有する天然型糖鎖を組み込んだ種々の多価糖鎖プローブのビオチンあるいは蛍光標識体を作製し、これらを用いた細胞化学的方法によりブタ精子の糖鎖認識分子の解析を行った。その結果、受精能を獲得した精子の頭部先端領域がシアロもしくはアシアロのN−アセチルラクトサミン構造を有する糖鎖プローブ、及びフコース含有Lewis x構造を有する糖鎖プローブによって強く染色されるが、他のプローブ(糖鎖の末端がGlcNAc、Man、type 1H構造 あるいはLewis a構造等)では染色されないこと、この糖鎖結合活性は、採取直後の受精能を獲得していない精子の場合には微弱あるいは中程度であり、受精能の獲得とともに増大し先体反応とともに消失すること等が判明した。また、糖鎖結合分子が主に形質膜上に存在し、細胞内部には殆ど存在しないことも明らかにした。 プラスチックプレートに固相化したブタ精子細胞膜へのビオチン標識糖鎖プローブの結合に対するオリゴ糖の阻害実験から、N−アセチルラクトサミン構造を有する糖鎖とLewis x糖鎖の結合部位は独立に存在していることを示した。また、配偶子間の結合の阻害剤として知られている多糖(デキストラン硫酸およびフコイジン)の添加によって、固相化した精子細胞膜への糖鎖プローブの結合が用量依存的に阻害され、その程度はLewis x糖鎖プローブよりもN−アセチルラクトサミン構造を有するプローブにおいてより顕著であることを認めた。以上から、ブタ精子−卵初期結合過程には主としてN−アセチルラクトサミン構造を認識する分子が関与していることを示唆した。 (2)糖鎖認識分子の検索 本研究の過程で、種々の多価糖鎖プローブを固相化したプラスチックプレートを利用した電気泳動による簡便かつ高感度な糖鎖認識分子検出法を開発し、これを用いてブタ精子に存在する糖鎖認識分子の特定を試みた。その結果、単離したブタ精子細胞膜のTriton可溶化物の遠心上清中に、N−アセチルラクトサミン構造やLewis x構造を有するプローブを固相化したウェルに対して特異的に結合する同一のバンドを複数検出した。なお、これらの結合は対応するオリゴ糖によって特異的に阻害されたことから、N−アセチルラクトサミン構造を認識する分子およびLewis x構造を認識する分子が複合体を形成している可能性を示唆した。 以上、本研究はブタ精子頭部には少なくとも2種類の異なった特異性を持つ糖鎖認識分子が存在し、中でもN−アセチルラクトサミン構造を認識する分子が精子−卵相互作用に主に関与していることを示した。また、糖鎖認識に関わるいくつかの候補分子を指摘した。これらの知見は糖鎖生物学、生殖生物学の発展に寄与する有用な知見を提供するものであり、博士(薬学)の学位に値すると判定した。 | |
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