学位論文要旨



No 117439
著者(漢字) 秋田,英万
著者(英字)
著者(カナ) アキタ,ヒデタカ
標題(和) 肝臓における一次性能動輸送担体を介した胆汁酸挙動変動機構の解析
標題(洋) Analysis of the mechanisms for the altered hepatic disposition of bile acids under cholestatic conditions
報告番号 117439
報告番号 甲17439
学位授与日 2002.03.29
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1003号
研究科
専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 教授 新井,洋由
 東京大学 教授 松木,則夫
 東京大学 助教授 鈴木,洋史
 東京大学 助教授 漆谷,徹郎
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 胆汁酸の腸肝循環を維持する上で、血液から胆汁への肝実質細胞を介した胆汁酸の極性輸送は重要な役割を果たす。胆汁酸はタウリンあるいはグリシンなどのアミノ酸により抱合を受けた一価胆汁酸と、さらに硫酸あるいはグルクロン酸抱合を受けた二価胆汁酸に大きく分類される。これら胆汁酸の経細胞輸送には、肝血管側膜上に存在する取込みトランスポーターとしてNa+-dependent taurocholate tansporting polypeptide (Ntcp)やOrganic anion transporting polypeptides (Oatp)が、また、胆管側膜上の排出トランスポーターとして、一価胆汁酸に対してはBile salt export pump (Bsep)が、二価の胆汁酸に対してはMultidrug resistance-associated protein 2 (Mrp2)が関与している事が示唆されてきた。Bsepを介した胆汁排泄は胆汁酸依存性の胆汁流形成に重要であるが、その一方で胆汁うっ滞時には胆汁酸動態の変動が報告されている。本研究では、胆汁うっ滞時における胆汁酸の肝胆系移行変動機構を、特にBsep/Mrp2および肝血管側膜上に誘導されるMrp3に焦点をあてて解析を行った。

【胆管側膜を介した胆汁酸排出機構の解析】

 Sprague-Dawley (SD)ラットおよびMrp2を遺伝的に欠損したEisai hyperbilirubinemic rat (EHBR)より調製した胆管側膜小胞(canalicular membrane vesicle: CMV)および、ラットMrp2、BsepのcDNAをバキュロウイルスを用いて感染させたSf9発現細胞より調製した膜小胞における各種胆汁酸のATP依存的な取り込みを評価した。なお、ATP依存性の膜小胞への取り込みはinside-out膜小胞において観察される事から、この取込みは生理的条件下では、細胞からの排出に対応している。その結果、一価の胆汁酸はBsep、硫酸抱合胆汁酸はMrp2によってそれぞれ厳密に振り分けられて胆汁排泄を受ける事が確認され、本in virto実験系の妥当性が示された。

 一方、肝硬変などに伴う胆汁うっ滞時においては、血中硫酸抱合型胆汁酸濃度の10倍程度の上昇が認められているが、この上昇は肝内濃度上昇を反映するものと考えられる。そこで、硫酸抱合胆汁酸によるBsep機能に対する阻害効果について解析を加えた。硫酸抱合胆汁酸であるtaurochenodeoxycholate-sulfate (TCDC-S)及びtaurolithocholate-sulfate (TLC-S)は、Bsepを介したATP依存的な[3H] taurocholate (TC)の膜小胞への取込みを濃度依存的に阻害するものの、その阻害の程度は用いた膜によって異なり、SDラットより調製したCMVにおけるIC50値(TCDC-S: 4.6μM、TLC-S: 1.2μM)はEHBRより調製したCMV (TCDC-S: 68μM、TLC-S: 66μM)及びBsep発現Sf9細胞(Sf9-Bsep)より調製した膜小胞(TCDC-S: 59μM、TLC-S: 62μM)における値に比較して有為に小さいことが示された。また、BsepとMrp2を共発現させたSf9細胞(Sf9-Bsep/Mrp2)より調製した膜小胞におけるIC50値は、SDラットより調製したCMVと同程度であった(TCDC-S: 3.5μM、TLC-S: 1.0μM)(図1)。このことを説明しうる一つの可能性として、これら硫酸抱合体がBsepの機能をcis側(基質認識ドメイン側)からのみでなく、Mrp2によって小胞内に濃縮された後にtrans側(細胞外ドメイン側)からも阻害をかける、trans-inhibitionのメカニズムが考えられる(図2)。また、Bsep発現Sf9細胞及びBsep/Mrp2の共発現Sf9細胞から調製した膜小胞に対してあらかじめTCDC-S及びTLC-SをATPと共にプレインキュベーションすると、Bsep/Mrp2の共発現系においてのみ、Bsepを介した[3H] TCの取り込み活性の低下が認められ、また、この阻害効果はプレインキュベーション時間依存的である事が示された(図3)。これらの結果は、硫酸抱合胆汁酸によるtrans-inhibitionの仮説を支持するものであり、生体内においては、硫酸抱合胆汁酸はMrp2により胆汁中に排泄後、胆管側からもBsep機能を阻害する事を示唆する。これまで胆汁うっ滞時においては、Bsepの肝臓における発現低下、細胞内小胞への内在化による胆管側膜上のBsep発現量の低下などが報告されているが、本結果からさらに、硫酸抱合胆汁酸によるtrans-inhibitionによりBsep機能の低下を引き起こされる事が示唆された。このようなBsepの機能低下がさらに胆汁うっ滞を悪化させる因子である可能性が示唆された。

【バキュロウイルス発現系を用いたヒト及びラットMrp3の機能比較】

 上記のように、胆汁うっ滞時においてBsep機能の低下が認められるが、それと共にヒト及びラットにおいて、肝実質細胞の血管側膜上へのMrp3の誘導が報告されている。ここで、ラットMrp3は、硫酸抱合胆汁酸などのMrp2基質と共に、Bsep基質である一価胆汁酸も基質とする事から、Mrp3は肝細胞から血管に胆汁酸を排出することにより肝細胞の保護に寄与するという仮説が挙げられた。本研究ではまず、バキュロウイルス発現系を用いてヒトのMrp3の機能解析を行い、ラットMrp3の機能との比較検討を行った。その結果、ヒトMrp3はラット同様、硫酸抱合胆汁酸のみでなく、一価の胆汁酸についても輸送する事が明らかとなったが、ラットにおいては、[3H] TCの方が[14C] glucocholate (GC)に比べ輸送活性が高いのに対して、ヒトにおいては、[14C] GCの方が[3H] TCに比べ輸送活性が高いという、基質特異性における種差が観察された(図4)。この事は、生理的な胆汁酸組成が、ヒトにおいてはグリシン抱合体が主であるのに対し、ラットにおいてはタウリン抱合体が主である事を考えると合理的である。また、さらにグルクロン酸抱合体やグルタチオン抱合体などの5種のアニオン性化合物を用いた解析を行った結果、ヒト、ラット供にこれら抱合体を基質とし、また、両者の輸送特性は上記の[3H] TC及び[14C] GCに対する輸送以外は類似する事が示された。

【肝潅流系を用いたMrp3誘導ラットにおける胆汁酸の血管側排出クリアランスの評価】

 Mrp3が実際に生体内で血中への胆汁酸排出輸送担体として機能する事を示すため、ratにおいて顕著な輸送活性が見られた[3H] TCを基質に用いて肝潅流実験を行った。本実験では、SDラットおよびEHBR、phenobarbital (PB)処理ラットを解析に用いた。これは、SDラットと比較して、EHBRやphenobarbital (PB)処理ラットにおいてはMrp3が誘導されているのに対し、NtcpやOatpなどの胆汁酸取り込みトランスポーターについてはこれらラット間で発現レベルが同程度であり、Mrp3の機能を評価しやすいためである。最初に[3H] TCを40分間潅流して肝内にプレロードを行い、その後、胆汁及び潅流液より回収される[3H] TC量を評価した。潅流液中より回収される[3H] TC量はSDラットに対しEHBRにおいて有意に多く、潅流液中への蓄積分泌量を肝内AUCで除する事で算出された見かけの排出クリアランス(PSnet,eff)はEHBRで2.5倍に有為に上昇している事が示された。このクリアランスは真の血管側排出クリアランス(PSeff)と、肝への取り込みクリアランス(PSinf)のハイブリッドパラメーターであり、得られたPSnet,effの上昇はPSinfの減少によっても説明が可能となる。そこで、PSinfをSD、EHBR間で比較評価するため、multiple indicator dilution法を用いて解析を行った。その結果、PSinfにEHBRとSD間で差は認められず、この値を用いて算出されたPSeffはEHBRで有為に高い事が示された(表1)。同様な解析をPB処理ラットについても行い、得られた結果を整理することにより、Mrp3の発現量とPSeffに良好な相関が認められた事から、Mrp3が胆汁酸の血管側膜を介した輸送に関与することが示唆された(図5)。

【まとめ】

 本研究では肝臓における一次性能動輸送担体を介した胆汁酸輸送について解析を行い、以下の事を明らかにした。すなわち、胆汁うっ滞を悪化させるメカニズムの一つとして、Mrp2によって胆汁排泄を受けた硫酸抱合胆汁酸によるBsep機能のtrans-inhibitionが示唆された。また、胆汁うっ滞時に血管側に誘導させるMrp3の機能について検討したところ、ヒト、ラット間でMrp3の機能は類似しているものの、ラットにおいては[3H] TCの方が[14C] GCに比べて輸送活性が高いのに対し、ヒトにおいては[14C] GCの方が[3H] TCに比べ輸送活性が高い事が示された。さらにラットを用いた解析の結果、肝臓から血中への[3H] TCの排出クリアランスにMrp3の発現量との良好な相関が認められ、Mrp3が胆汁酸の血液中へのfluxの上昇に実際に関与する事が示唆された。近年、胆汁うっ滞時においては取り込み側トランスポーターであるNtcpやOatpあるいは胆汁酸合成の律速段階を触媒するcytochrome P450 7aの発現低下が報告されており、これらの協調的な発現調節により肝内胆汁酸濃度の維持が行われていると考えられる。本研究結果は胆汁うっ滞の成因およびその治療法を考える上で重要な知見を与えるものと考えられる。

【参考文献】1)Akita H et al., Biochim. Biophys. Acta. 1511:7-16 (2001). 2)Akita H et al., Pharm. Res. 18:1119-1125 (2001). 3)Akita H et al., Pharm. Res. 19:In press. (2002)

図1 Inhibitory effect of TCDC-S and TLC-S on the ATP-dependent uptake of [3H] taurocholate by CMVs (SD and EHBR) and membrane vesicles isolated from Sf9-Bsep and Sf9-Bsep/Mrp2

図2 Schematic diagram illustrating the possible hypothesis for the inhibitory effect of sulfate conjugates on the function of Bsep

図3 Preincubation time-dependent inhibitory effect of TCDC-S and TLC-S on the ATP-dependent uptake of [3H] TC a p<.05 (by Student's t test) b p<.01 (by Student's t test)

図4 Time profiles for ATP dependent uptake of bile acids via human and rat Mrp3

● Mrp3 ATP ■ GFP ATP ○ Mrp3 AMP □ GFP AMP

表1 Kinetic parameters for taurocholate determined in the washout experiment

図5 Correlation between the PSeff value and hepatic expression of Mrp3

審査要旨 要旨を表示する

胆汁酸の腸肝循環を維持する上で、血液から胆汁への肝実質細胞を介した胆汁酸の極性輸送は重要な役割を果たす。胆汁酸はタウリンあるいはグリシンなどのアミノ酸により抱合を受けた一価胆汁酸と、さらに硫酸あるいはグルクロン酸抱合を受けた二価胆汁酸に大きく分類されるが、これら胆汁酸の経細胞輸送には、肝血管側膜上に存在する取込みトランスポーターとしてNa+-dependent taurocholate transporting polypeptide (Ntcp)やOrganic anion transporting polypeptide (Oatp)が、また、胆管側膜上の排出トランスポーターとして、一価胆汁酸に対してはBile salt export pump (Bsep)が、二価の胆汁酸に対しては、Multidrug resistance-associated protein 2 (Mrp2)が関与する事が示されている。一方で、Mrp2のホモログとしてクローニングされたラットMrp3においては、黄疸あるいは胆汁うっ滞時において肝血管側膜上に誘導され、硫酸抱合胆汁酸や有機アニオンなどのMrp2基質と共に、Bsep基質である一価胆汁酸も基質とする事が報告されており、血管側への排出トランスポーターとして機能するという仮説が挙げられている。本研究では胆汁うっ滞時における胆汁酸の肝胆系移行変動機構を、特にBsep/Mrp2および肝血管側膜上に誘導されるMrp3に焦点をあてて解析を行っている。

1.胆管側膜を介した胆汁酸排出機構の解析

本研究では、まず、胆管側膜を介した胆汁酸の胆汁排泄機構に着目しており、肝硬変などに伴う胆汁うっ滞時において血中に上昇する硫酸抱合型胆汁酸がBsepを阻害する事が胆汁うっ滞をさらに悪化させるという仮説のもと、硫酸抱合胆汁酸であるtaurochenodeoxycholate-sulfate (TCDC-S)及びtaurolithocholate-sulfate (TLC-S)を阻害剤に用い、Bsep機能への影響を観察している。具体的にはまず、Sprague-Dawley (SD)ラットおよびMrp2を遺伝的に欠損したEisai hyperbiiirubinemic rat (EHBR)より調製した胆管側膜小胞(canalicular membrane vesicle: CMV)、およびラットMrp2、BsepのcDNAをバキュロウイルスを用いて感染させたSf9発現細胞より調製した膜小胞における取り込み活性を評価する事で、一価の胆汁酸はBsep、硫酸抱合胆汁酸はMrp2によってそれぞれ厳密に振り分けられて胆汁排泄を受ける事を確認し、本in virto実験系の妥当性を示している。また、TCDC-S及びTLC-SによるBsepを介したATP依存的な[3H] taurocholate (TC)の膜小胞への取込みに対する阻害効果を解析したところ、その阻害の程度は用いた膜によって異なり、SDラットより調製したCMVにおけるIC50値は、EHBRより調製したCMV及びBsep発現Sf9細胞(Sf9-Bsep)より調製した膜小胞における値に比較して有為に小さいことが観察され、また、BsepとMrp2を共発現させたSf9細胞(Sf9-Bsep/Mrp2)より調製した膜小胞におけるIC50値は、SDラットより調製したCMVと同程度である事を示している。この現象を説明しうる一つの可能性として、これら硫酸抱合体がBsepの機能をcis側(基質認識ドメイン側)からのみでなく、Mrp2によって小胞内に濃縮された後にtrans側(細胞外ドメイン側)からも阻害をかける、trans-inhibitionメカニズムの存在を示唆しており、この仮説は生体内においては、硫酸抱合胆汁酸はMrp2により胆汁中に排泄後、胆管側からもBsep機能を阻害する事を意味する。

2.バキュロウイルス発現系を用いたヒト及びラットMrp3の機能比較

つづいて、本研究では肝血管側膜を介した胆汁酸輸送に着目し、胆汁うっ滞時に肝血管側膜上に誘導されるヒト及びラットMrp3の機能を解析する目的で、バキュロウイルスを用いて両タンパクのSf9発現系を作成し、検討を行っている。その結果、ヒトMrp3においてもグルクロン酸抱合体やグルタチオン抱合体などの有機アニオンの他に、硫酸抱合胆汁酸や一価胆汁酸を基質とする事が明かとし、また、ラットにおいては、[3H] TCの方が[14C] glycocholate (GC)に比べ輸送活性が高いのに対して、ヒトにおいては、[14C] GCの方が[3H] TCに比べ輸送活性が高いという、基質特異性における種差を見出している。

3.肝潅流系を用いたMrp3誘導ラットにおける胆汁酸の血管側排出クリアランスの評価

さらに、Mrp3が実際に生体内で血中への胆汁酸排出輸送担体として機能する事を実証するため、本研究ではratにおいて顕著な輸送活性が見られた[3H] TCを基質に用いて肝潅流実験を行い、肝細胞から血管側への真の排出クリアランス(PSeff)を評価している。本実験では、コントロールとしてSDラットを、また、Mrp3誘導ラットとしてEHBR、phenobarbital (PB)処理ラットを解析に用いているが、その結果、Mrp3の発現量とPSeffの値に良好な相関が認められた事から、Mrp3が胆汁酸の血管側膜を介した輸送に関与することを示唆している。

以上、本研究においては肝臓における一次性能動輸送担体を介した胆汁酸輸送について解析を行い、以下の事を明らかにしている。まず、胆汁排泄過程においては、胆汁うっ滞を悪化させるメカニズムの一つとしてMrp2によって胆汁排泄を受けた硫酸抱合胆汁酸によるBsep機能のtrans-inhibition機構を示唆している。また、血管側膜に注目し、胆汁うっ滞時に誘導させるMrp3の機能について検討したところ、ヒトMrp3においてもラットMrp3同様、硫酸抱合胆汁酸や一価胆汁酸を輸送する能力を有する事を明らかとしている。また、ラット肝潅流系用いた解析の結果、肝臓から血中への[3H] TCの排出クリアランスにMrp3の発現量との良好な相関が認めており、Mrp3が胆汁酸の血液中へのfluxの上昇に実際に関与する事を示唆している。胆汁酸の主なクリアランス臓器が肝臓である事を考えると、本研究で得られた知見は、胆汁うっ滞時の血中胆汁酸濃度の変動機構、および胆汁うっ滞の成因あるいはその治療法を考える上で重要な知見を与えるものと考えられる。以上の結果から、本研究は博士(薬学)の学位を授与するに値すると認めた。

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