学位論文要旨



No 117468
著者(漢字) 渡邉,裕
著者(英字)
著者(カナ) ワタナベ,ユタカ
標題(和) 27,29,31Al+197Auの核融合反応励起関数の測定
標題(洋) Measurement of fusion excitation functions of 27,29,31Al+197Au
報告番号 117468
報告番号 甲17468
学位授与日 2002.04.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4230号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 下浦,享
 東京大学 助教授 宮武,宇也
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 教授 大塚,孝治
内容要旨 要旨を表示する

 重イオン反応では核子あたり10MeV程度以下の低エネルギー領域においても入射粒子のド・ブロイ波長が標的核の核半径よりも小さく、古典的な粒子軌道を考えることができるため、衝突径数によって核反応が分類され得る。核力の影響が無視できる程度に衝突径数が大きい場合にはクーロン散乱やクーロン励起が起き、衝突径数が小さくなるにつれて準弾性散乱や深部非弾性散乱が観測される。さらに衝突径数が小さくなると入射粒子と標的核の重なりが大きくなり、核融合反応が起こる。本研究は、核融合反応に焦点をあわせて低エネルギーにおける重イオン反応の反応機構を解明することを目的とする。

 重イオン核融合反応の断面積は、クーロン障壁より高いエネルギー領域では古典的なポテンシャル模型による計算と良く一致する。クーロン障壁以下のエネルギー領域では古典的には核融合反応は禁止されるが、実験により有限の断面積が観測されている。クーロン障壁以下での核融合反応は部分的にはポテンシャルのトンネル効果として理解されるが、観測される断面積の大きさは一次元的な障壁透過による計算に比べて数桁大きく、この核融合反応断面積の増大現象を説明する模型として様々な模型が提案されてきた。巨視的な模型としては、零点振動による核表面の揺らぎに起因するポテンシャルの変化や、多次元の巨視的自由度を持った液滴模型によるネック形成などがある。一方、現象論的手法としてクーロン障壁が単独なものではなく連続的に分布していると考える模型があり、Stelsonは本来のクーロン障壁を中心として特定の幅で広がる一様な障壁分布を提案し、クーロン障壁以下での核融合反応断面積を説明した。この模型では障壁分布の低エネルギー側の縁が中性子分離エネルギーと相関を持ち、中性子分離エネルギーの大小が断面積の増大に大きく影響を与える。これらの巨視的な模型とは別に微視的な立場からチャネル結合の効果としての説明が試みられてきた。結合チャネル模型ではクーロン障壁以下での断面積の増大は複合核に至る戸口状態の多寡により説明され、戸口状態として非弾性散乱チャネルや核子移行チャネルなどが考えられる。チャネル結合はポテンシャルの立場ではクーロン障壁の多分化に相当し、結合チャネルが多いと先の現象論的な連続した障壁分布に至る。

 近年の不安定核ビームの進展はクーロン障壁以下での核融合反応の研究に新たな関心を呼び起こしたが、中性子過剰核に固有の特徴からクーロン障壁以下での断面積の更なる増大の可能性が考えられている。中性子スキンやハローと呼ばれる特異な核構造が示す中性子分布の広がりによるポテンシャルの変化や、弱く束縛された価中性子とコア核との振動として記述されるソフトE1励起のチャネル結合、および中性子解離チャネルの結合による断面積の増大が理論的に議論されている。また不安定核ビームを用いると中性子分離エネルギーの広範な領域にわたる測定が可能であり、先に述べた一様な障壁分布との関連から断面積の増減に興味がもたれる。

 これまで、わずかに中性子ハロー核11Beとスキン核6Heについての実験研究があるが、クーロン障壁以上、以下ともに一致した結果が得られておらず、また反応機構の解明という点でも統一された見解は無い。そこで我々は、中性子分離エネルギーの広い領域での中性子過剰核ビームを使った初めての本格的な実験研究を行い、クーロン障壁以下での核融合反応の異常増大の問題を調べた。

 本研究ではA1の同位体27,29,31Alに関して標的核197Auを用いて核融合反応断面積の系統的測定を行った。27・29,31Alの二中性子分離エネルギーはそれぞれ24.4MeV、17.2MeVおよび12.9MeVと広範に渡り、Stelsonの模型の立場から中性子移行の寄与に関する知見が得られるものと期待される。核融合反応を同定するのに我々は測定の利便性から核融合-核分裂反応を選択した。カスケード計算によるとAl+Auの系では複合核のほぼ100%が核分裂を起こし、また標的の加工の容易さから標的核としてAuを用いた。

 中性子過剰核29,31Alの実験は理化学研究所の入射核破砕片分離装置RIPSを用いて行った。一次ビーム40Arと標的核9Beとの入射核破砕反応により得られる中性子過剰核29,31Alを二次ビームとして197Auの標的に入射させ、核分裂片を多心比例計数箱(以下MWPC)で検出した。二次ビームとして生成される不安定核ビームは強度が弱く、エミッタンスが大きい上、エネルギーの広がりが大きいという欠点をもつ。とくに本測定ではエネルギー減衰板を用いてクーロン障壁近傍までビームを減速させるため、エネルギーの広がりは更に大きくなる。そこで大きいサイズの標的を用いることで大きなエミッタンスに対処し、10枚の標的をビーム軸上に並べることで強度の弱さを補った。また、ビーム軸の左右に片側二層、計四枚のMWPCを配置することにより、検出効率を高めている。ビームのエネルギーの広がりについては個々の入射粒子について飛行時間を測定することでエネルギーを定めた。標的はMWPCと共に検出ガスが封入された一つの容器に納められており、ビームは標的とガスにより減速される。ビームのエネルギーの広がりと各標的上でのエネルギーのずれを利用して、広いエネルギー領域での励起関数の測定を一括して行うことが可能である。核分裂片は、MWPCでのエネルギー損失や片側二層のMWPCにより得られる飛跡の情報を用いて弾性散乱等のバックグラウンドから選別する。シミュレーションにより求めた測定装置の検出効率を考慮して、Al同位体29,31Al+197Auの核融合反応の励起関数を得る。

 安定核27Alの実験は不安定核の実験で用いられた検出装置を使用して過去に行われているが、断面積の絶対値の規格化に問題があったため、新たに別の手法で測定を行った。日本原子力研究所のタンデム加速器により供給される27Alビームを散乱槽の中のAu標的に照射し、核分裂片を�僞-E検出器で検出する。本検出器は共通の電離箱と八つのSi半導体検出器(以下SSD)から構成され、各SSDは15°おきに水平に設置されている。電離箱で測定されるエネルギー損失とSSDで測定される全エネルギーの情報から核分裂片を同定し、各SSDでの収量から核分裂片の角度に関する微分断面積が得られる。ビーム量は別個のSSDにより弾性散乱を測定し、ラザフォード散乱の断面積を用いて規格化した。タンデム加速器の終端電圧を変えることでビームのエネルギーは125MeVから157MeVの間で8点取り、核融合反応断面積の励起関数を求めた。

 得られた三核種の核融合反応励起関数の比較を行ったところ、クーロン障壁以下のエネルギー領域で中性子過剰核29,31Alの断面積は安定核27Alに比べて大きな値を示すことが確認された(Fig.1)。

 この同位体間の断面積の変化の要因を調べるために、いくつかの模型による計算値と比較を行った。まず一次元的な障壁透過による計算と比べると、三核種ともにクーロン障壁以下のエネルギー領域で計算値に対して断面積の増大が見られ、量子トンネル効果では説明できない断面積の増大機構が関与していることが分かる。そこで入射核と標的核の集団運動励起を考慮したチャネル結合計算と実験値を比較した。チャネル結合計算の結果は一次元透過モデルの計算値に比べて断面積の増大が見られるが、その度合は三核種とも実験値より小さく、測定値が計算値を一桁程度上回っていた。恣意的に結合の強さを変化させて測定データを再現させると、許容できない程度の大きな集団性を要求することになり、適切な範囲内では実験データを説明できない。この計算とのずれは非弾性散乱チャネル以外の効果が重要であることを示唆しているが、特に中性子移行の寄与を考察するため、Stelsonの一様な障壁分布の模型による計算と実験値との比較を行った(Fig.2)。先に述べたようにこの模型は障壁分布の立上りを二中性子分離エネルギーから求めるが、これはそのポテンシャルに対応する核間距離おいて中性子移行を介して核融合反応が誘起されることを意味している。本模型による計算は先の非弾性散乱チャネルの結合計算に比べてより大きな断面積の増大を示し、実験データに見られる大きな障壁のシフトと一致する。このように中性子移行による障壁のシフトがクーロン障壁以下での断面積に大きく寄与すると考えられるが、当領域において依然として実験値との差異が存在し、本模型では説明できない要因が示唆される。

 以上に述べたように、本研究では27,29,31Al+197Auに対してクーロン障壁以下のエネルギー領域までの核融合反応断面積の系統的測定を行い、クーロン障壁以下での同位体間の断面積のずれを確認した。非弾性散乱チャネルとのチャネル結合計算、および中性子移行と関連づけられる一様な障壁分布模型による計算との比較を行ったところ、依然として計算では説明できない断面積の増大が見られるものの、中性子移行がクーロン障壁以下のエネルギー領域において重要な役割を果たしていることが示唆された。

Figure1:27,29,31Al+197Auの核融合反応励起関数。

横軸は重心系でのエネルギーを示し、縦軸は核融合反応断面積を示す。

Figure2:測定された核融合反応励起関数と一様な障壁分布の模型による計算との比較。

実線は計算値を示す。破線は用いられた障壁分布D(B)を示す。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文(「27,29,31Al+197Auの核融合反応励起関数の測定」)は、クーロン障壁以下のエネルギー領域における重イオン核融合反応での中性子の役割を明らかした研究である。特に、中性子過剰Al同位元素のクーロン障壁以下で融合反応断面積に大きな増大があることを実験的に見出した。そしてこの増大が、単純なポテンシャルバリア透過や非弾性散乱ではなく、主に中性子移行反応の寄与によることを示した。つまり、中性子過剰核のクーロン障壁以下の核融合反応では、中性子移行反応が融合反応の誘引となることを明らかにした。

 本研究実験は、理化学研究所加速器研究施設のRIビーム分離器(RIPS)を用いて、中性子過剰不安定核ビーム29,31Alを生成分離し、Au標的の置かれた反応検出器に入射して行われた。27,29,31Al+197Auの核融合反応から生成される2つの核分裂片を同時測定し、融合反応断面積を導出した。ここで、薄いAu箔の標的を複数用いることにより、同反応の励起関数を一度に計測することを可能とした。2つの核分裂片の同時測定には、エネルギー損失を最小限にした2層のMWPCを駆使して行った。また、入射核様核破砕反応から生成した二次ビームはエネルギー分解能が良くないが、TOF測定や標的の多重化などで励起関数の十分なエネルギー精度を得ることに成功している。

 得られた三核種の核融合反応励起関数は、中性子過剰核29,31Alの断面積が安定核27Alのそれに比べて、クーロン障壁以下のエネルギー領域で、はるかに大きな値を示すことを実験的に示した。三核種の実験値はともに、量子トンネル効果や集団運動励起では説明できない断面積の増大機構が関与していることが分った。中性子移行反応の寄与をStelsonの現象論的模型で解析を行い、断面積の増大の主要な部分を説明できることを示したが、中性子のより過剰な29,31Alでは、Stelsonの模型では、尽くせない増大があることが分かった。

 結論として、重イオン物理の核融合反応の研究を中性子過剰不安定核を利用することで、分離エネルギーの広い範囲で研究することを可能とし、核融合反応のメカニズムを解明する上で、中性子の役割を明らかにする重要な手がかりを得た。特に、中性子過剰核のクーロン障壁以下では、中性子移行反応が強く融合反応を誘引することを初めて系統的に見出し、低エネルギー領域における核融合反応機構研究に新しい知見を得た。

 なお、本論文は、理化学研究所RIPSグループの共同研究の一環であるが、論文提出者が主体となって、実験の立案から、遂行、データ解析、及び理論解析まで、一貫して行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断できる。

 以上より、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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