学位論文要旨



No 117469
著者(漢字) 原田,健太郎
著者(英字)
著者(カナ) ハラダ,ケンタロウ
標題(和) 長尺アンジュレーターを持つ超低エミッタンス放射光源の設計研究 : Super SORリングのラティスとオプティクス
標題(洋) Design Study of the Ultra-Low Emittance Light Source with Very Long Undulators : The Lattice and Optics of the Super-SOR Ring
報告番号 117469
報告番号 甲17469
学位授与日 2002.04.08
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4231号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 横谷,馨
 東京大学 教授 柿崎,明人
 東京大学 助教授 木下,豊彦
 東京大学 助教授 溝川,貴司
 東京大学 教授 森,義治
内容要旨 要旨を表示する

 挿入光源からの光の質を重要視して設計される放射光源加速器を、第3世代の放射光源と呼ぶ。この論文では、30m級の長尺アンジュレータが利用可能な周長約250mの第3世代VUV/SX放射光源の設計を行う。なお、この設計はSADを用いて為され、結果は東京大学柏キャンパスに建設されるSuper SOR Ringに採用される予定である。

 設計されたリングのオプティックスには2つのモードがあり、それらは極低エミッタンスモード(1GeV,0.7nmrad)と低エミッタンスモード(1GeV,2.2nmrad:1.6GeV,5.6nmrad)である。マッチングセクションを含めると直線部分は12箇所存在し、うち2本は29mである。その一方には27m長尺アンジュレータが挿入され、また、もう一方は同時使用可能な4本の5m級挿入光源を挿入する為、saw-tooth(鋸の歯)状になっている。リングの主たる特徴は、極低エミッタンスモードの実現と、27m長尺アンジュレータの挿入である。すなわち、およそ100eV以下の光において回折限界に達しており、27mアンジュレータからの光の最高輝度はおよそ1020photons/s/mm2/mrad2/0.1%b.wである。

 これらの特徴を実現するため、ノーマルセルとして理論最小エミッタンス型が採用され、4カ所の長直線部が設計粒子に対して透明になるようなオプティックスが採用された。すなわち、六極磁石の非線形力に対してリングは24回対称性(直線部抜きの円形リングと同じ)を保っている。以下に、設計の概要と、ダイナミックアパーチャについてのまとめを述べる。

ノーマルセル

 挿入光源からの光の質を向上させる為には、電子ビームのエミッタンスを小さくすることが必要である。そこで、以下の式で表される理論最小エミッタンスが実現可能なノーマルセルを採用した。ただし、Jxはダンヒングパーティションナンバーである。理論最小型ラティスを用いることで、到達可能な最小エミッタンスはDBAラティスの値の3分の1となる。ノーマルセルの長さは5.3mであり、リング全体では24セルが用いられている。また、ノーマルセルと直線部両方の色収差を補正する為に、ノーマルセルに2ファミリーの6極磁石が導入されている。(24回対称性と直線部の透明性が重要である為、ハーモニックな6極を直線部に導入することは逆効果である。)

長直線部

 6極磁石内の粒子の運動方程式は以下のように書ける。これらの方程式はx→x、y→yという変換に対して不変である。ラティスにおいてこれらの変換は、水平方向のチューンの進みが整数、垂直方向が半整数であることに等しい。すなわち、強い6極磁石の使用下で大きなダイナミックアパーチャを得るためには、長直線部のチューンの進みをこの値にあわせ、非線形力に対して透明にする必要がある。

 具体的なラティスとしては、図1に示した様にマッチングセクション入口のSD-QD-SFの部分(長直線部に至る最後の六極磁石端;図の赤矢印の部分)までを完全にノーマルセルと同一とし、その下流に、BH端で分散関数を消す為の四極磁石を加え、長直線部とそれを挟む2箇所のマッチングセクションとをあわせた部分(SD中央からSD中央まで)のチューンの進みをとすればよい。ただし、nは水平方向の場合は整数、垂直方向の場合は半整数である。これにより、設計粒子に対してはオプティックスの24回対称性が保たれることとなる。実際には、垂直方向、水平方向ともn=1としてオプティックスが設計された。

磁石誤差とその影響

 磁場誤差によって、閉軌道の歪み(COD)、η(分散関数)の歪み、β関数の歪み、チューンシフトなどが生じる。低エミッタンスモードにおいては、CODのみ補正すれば、ダイナミックアパーチャは誤差無しの場合とほぼ同程度まで回復する。極低エミッタンスモードにおいては、補正磁石を用いてCOD、ηの歪みを補正し、その後、四極磁石を用いてβの歪みと周回チューンのずれを補正すれば、ダイナミックアパーチャは理想的な場合と同程度まで回復する。これは、CODとηの補正によりリングのオプティックスの疑似24回対称性が回復し、βを補正することで、長直線部の非線形力に対する透明性が回御した為である。

挿入光源とその影響

 挿入光源の最低次(線形成分)の影響は、横方向(水平、垂直)への集束力である。

 この集束力は磁場の形状に依存し、上向き放物線であれば集束力、一定であればなし、下向き放物線であれば発散力となる。長直線部の透明性を保つ為には、この集束力の大きさを正確に計算し、補正することが必要である。(5m級の円偏光挿入光源の場合、カップリングは無視できる大きさである。)

 RADIAによる3次元の磁場計算結果、水平偏光アンジュレータは理想的な一様磁場を持つ為、ビームに対する影響は垂直方向の集束力のみであることが分かった。一方、円偏光の場合はフィッティングにより正確な横方向分布を求める必要があり、その結果、ビームに対して水平方向には発散力、垂直方向には集束力が働くことが分かった。線形成分のみを考慮に入れた場合、運転モードに依らず、補正後のダイナミックアパーチャは挿入光源なしの場合とほとんど変わらない。理想的な一様磁場の場合に対して非線形成分を考慮に入れた場合、指数関数的な磁場分布の仮定により、磁極付近で磁場が急激に増大する為にダイナミックアパーチャは減少し、物理口径と同程度となる。

 リングのオプティクスを図2に、平面図を図3に示す。

共鳴とダイナミックアパーチャ

 ダイナミックアパーチャは破壊的な非線形の共鳴現象によって決定される。ある共鳴線を仮定した上で、その周囲で展開した振動解を求める方法は存在するものの、あるラティスとオプティクスを与えて、チューンダイアグラム上のどの共鳴線が破壊的かを解析的に導出する手段は存在しない。従って、破壊的な共鳴線の存在はビームトラッキングによってのみ知ることができる。ノーマルセルのみからなる真に円形のリングの場合、ある共鳴線が設計粒子のダイナミックアパーチャを決めたとすると、運動量がずれた粒子のダイナミックアパーチャも同じ共鳴線によって決められる。これは、オプティクスの対称性が運動量に依らない為であり、四極を結合型偏向磁石とし、六極を四極だと思って線形オプティクスを考えるとすれば、非線形力が大きく運動量に依存しない限り、運動量のずれた粒子と設計粒子の違いは、そのベータトロン振動数のみだからである。

 我々のリングの場合、長直線部の透明性は設計粒子に対してしか成立しない為、運動量のずれた粒子に対してはリングの対称性と長直線部の透明性の両方が壊れている。従って、設計粒子に対しては効かなかった共鳴が運動量のずれた粒子に対しては破壊的に効くことがあり得る。しかし、例えば、非線形共鳴が原因で落ちていると思われる粒子の軌跡を追ってみたとしても、ほぼすべての粒子がそれまでの履歴によらず数周以下で一気に落ちる為、トラッキングによって共鳴線の励起の度合いを知ることはほぼ不可能である。従って、対称性と透明性の壊れに伴う共鳴線の励起は、壊れの度合いに応じて連続的であるが、ダイナミックアパーチャという不連続な指標を用いて励起の度合いを推量することになる。

 誤差なしの場合に広い運動量アパーチャが存在することから、対称性と透明性の壊れはある態度まで許されることが分かる。この許容量を増やす為には、六極磁石の強さを弱くすればよい。ノーマルセルを伸ばすと色収差は増えるが、六極の強さは減るため、共鳴に対する耐性が増す。例えば、当初は2カ所だった長直線部を4カ所に増やした時、運動量がずれた粒子に対する対称性と透明性の破れが増大したが、六極磁石の大きさが長直線部2カ所の場合よりも小さくなるようにノーマルセルを伸ばすことで、共鳴に対する耐性を維持した。また、長直線部の色収差を減らすと、六極磁石が弱くなる他に運動量のずれた粒子に対する透明性の破れが小さくなる為、二重の効果がある。結局、ラティス及びオプティクスの最適化により、誤差や挿入光源(透明性を維持しても、運動量がずれた粒子に対する対称性と透明性の応答は変化する)に対しても、十分な許容量が存在することが分かった。

研究の特徴

 理論最小エミッタンス型のノーマルセルの採用により、既存のVUVISX光源よりも1桁小さいエミッタンス、1桁大きな輝度をもつ放射光源を設計した。特に、長直線部を非線形力に対して透明に保つという設計方針は我々独自の研究成果であり、挿入光源に対してチューンだけでなく局所的にOPTICSそのものを補正する手法や、磁場誤差に対して分散関数とβ関数の補正を系統立てて行う手法は、他の加速器施設ではまだ行われていないものである。

 また、我々の設計手法は、ダイナミックアパーチャの定性的な説明とともに、長直線部を持つリングすべてに適用できるものであり、エナジーリカバリーライナックやダンピングリングなど、長直線部が必要な次世代の加速器を簡便に設計する手段として役に立つことが期待される。

問題点と今後の課題

1、誤差の補正におけるβ関数の測定精度

 βの測定誤差が1%程度存在すると、β関数の補正の効果は見られない。従って、透明性を回復させるためには、高精度のβ測定法か、長直線部のチューンの進みを直接測定する方法が必要である。または、マシンスタディの時に長直線部のチューンサーベイを行う必要がある。

2、挿入光源の正確な磁場形状計算

 透明性を保つためには正確な磁場計算が必要であるが、現在の3次元の磁場計算結果はMaxwell方程式を十分な精度では満たしていない。より精度の高い計算か、マシンスタディにおいて、挿入光源の各偏光度に対してギャップとチューンシフトの関係を求め、集束力を計算する必要がある。

図1:マッチングセクションと長直線部

図2:リングのオプティクス

左:0.7nmradモード、右:2.2nmradモード

図3:リング平面図

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、第3世代の放射光源用として30m級の長いアンジュレータが挿入可能な加速器の設計研究を記述したものである。その結果は東京大学柏キャンパスに建設されるSuper SOR Ringに適用される予定になっている。第1章では既存の放射光源のまとめ、本加速器の設計目標の記述を行い、第2章ではノーマルセル構造の設計、第3章では直線部の設計が説明されている。以下、第4章で磁石誤差の効果、第5章で挿入光源による軌道への効果、第6章でその他の問題が議論されている。全体の結論は第7章にまとめられている。

 最近の放射光光源は高輝度の要請のために極めて小さなエミッタンスを目標とするようになっている。その際問題になるのは、どのようにして設計上の小さなエミッタンスを得るか、パンチ内散乱によるビーム寿命減少を避けるための大きな力学口径を得られるか、各種の誤差にどう対処するか、というような点である。

 設計上の小さなエミッタンスに関しては、本論文はいわゆるTME(Theoretical Minimum Emittance)の構造を採用することで、従来のものより小さいエミッタンスを得ている。既存の放射光用加速器にはChasmann-Green構造が多いが、これは多数の無分散直線部を作れる利点をもつ一方、エミッタンスはTME構造より大きい。Super SOR Ringでは長いアンジュレータの挿入が最も重要な点であり、曲線部の多数の挿入装置は必要ない。これがTMEを採用する動機である。TMEの概念そのものは以前からあるが、これによって建設された放射光源はまだ存在しない。

 大きな力学口径を得るという問題に関しては、本論文は、曲線部に高い対称性をもたせて問題となる共鳴線の数を減らすこと、挿入光源を含む直線部がこれを乱さないように、かつ非線形効果に対して透明になるように設計する、という理念で解決している。具体的には、直線部の位相の進みを360度の整数倍乃至半整数倍にすることにより、6極磁石の非線形効果に対し、直線部を透明にしている。これにより、直線部を含むリング全体が6極磁石の効果も含めて、24回対称性をもつように設計されている。目標とするエミッタンスが微小になるにつれて、パンチ内散乱によるビーム寿命減少は深刻になり、要求される力学口径は非常に大きくなるが、上記の設計方針により十分な値を得ている。放射光源における対称性および透明性の方法は新しいものであり、これが本論文の中心的なテーマである。透明性は厳密には設計エネルギーからずれた粒子に対しては成り立っていないが、この効果が許容範囲内であることを、計算機によるビームトラッキングで確かめている。挿入光源自身による同様な問題も計算機プログラムを開発し既存のプログラムに接続して計算している。挿入光源の正確な磁場を取り入れる点に関してはさらに研究の余地がある。

 磁石誤差に関しては、同様に、対称性・透明性を回復するという理念による軌道補正アルゴリズムを提案しており、これも本論文の新しい点である。これは、通常行なわれる閉軌道および軌道分散の補正に加えて、ベータ関数を測定しそのゆがみを補正することで対称性・透明性を回復するものであり、これにより誤差のない場合に近い力学口径を得ている。

 対称性・透明性の重視は応用範囲が広く、これから建設される各種の加速器に用いられる可能性がある。

 なお、本論文の第2・3・5章は、佐藤政則、高木宏之、小関忠、中村典雄、神谷幸秀、小林幸則各氏との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析・検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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