学位論文要旨



No 117473
著者(漢字) 前田,大輔
著者(英字)
著者(カナ) マエダ,ダイスケ
標題(和) マクロファージレクチン(MGL)を発現する細胞がCyclooxygenase-2介在性に接触過敏症の感作の成立を補助する可能性
標題(洋)
報告番号 117473
報告番号 甲17473
学位授与日 2002.04.10
学位種別 課程博士
学位種類 博士(薬学)
学位記番号 博薬第1007号
研究科 薬学系研究科
専攻 機能薬学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 入村,達郎
 東京大学 教授 関水,和久
 東京大学 教授 杉山,雄一
 東京大学 助教授 仁科,博史
 東京大学 講師 東,伸昭
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 接触過敏症は、低分子化合物(ハプテン)などによって生じるT細胞介在性の免疫応答であり、遅延型過敏症に分類される。この症状を解析する実験モデルとして、マウスの腹部や上腕などにハプテンを塗布して免疫記憶を誘導し(感作過程)、その後、同一のハプテンを耳に塗布して(惹起過程)耳の腫脹を測定し、感作の成立を評価する方法が確立されている(図1)。

 感作においては、皮膚に付着したハプテンが表皮のタンパク質に結合したものを、表皮に局在するランゲルハンス細胞が取り込み、表皮から所属リンパ節へ遊走する。リンパ節において、この抗原を特異的に認識するリンパ球に抗原提示を行うことによって感作が成立すると考えられている。

 ハプテン塗布後にマクロファージGal/GalNAc特異的C型レクチン(MGL)陽性細胞は、真皮から移動し所属リンパ節に集積する。惹起時の耳の腫脹と、所属リンパ節へのMGL陽性細胞の集積の度合いとの間には相関が認められ、MGL陽性細胞の移動を阻害すると耳の腫脹は抑制される。MGL陽性細胞による感作の成立を補助する機構を明らかにすることを目的として、リンパ節においてMGL陽性細胞の産生する液性因子等の遺伝子発現を調べた。リンパ節に移動したMGL陽性細胞の機能の一つとして、この細胞がCOX-2介在性に感作の成立を補助していることを示唆する知見を得た。

【方法と結果】

1.感作時の所属リンパ節において、液性因子および関連酵素の遺伝子発現は変化しているか

 ハプテン(acetone:dibutylphthalate=1:1(v/v)に溶解させたFITC)塗布後MGL陽性細胞が集積する時期に、所属リンパ節細胞全体でマクロファージ系細胞の産生する主要な液性因子等の遺伝子発現を調べた。その結果、IL-1α、IL-1ra、IL-6、IL-12p40、TNF-α、COX-2の遺伝子発現が未感作のリンパ節に比べて増加していることがわかった。

2.MGL陽性細胞において発現が高い、液性因子および関連酵素の遺伝子は何か

 感作時にリンパ節で発現が増加する上記の遺伝子に関して、MGL陽性細胞で優位な発現があるかどうかを調べた。ハプテン塗布24時間後のリンパ節細胞から、抗MGL抗体LOM-14によってMGL陽性細胞を得た。リンパ節細胞106個あたり、0.3-1.2x104個のMGL陽性細胞を取得した。ハプテン塗布がないとき、MGL陽性細胞はほとんど取得されない。フローサイトメトリー分析によると、MGL陽性細胞は、DEC-205陽性、MHC class II陽性、CD11b陽性、CD45陽性、CD14弱陽性、MOMA-1とCD11cはごく一部が陽性、F4/80、CD86陰性の細胞であった。MGL陰性細胞の95%はリンパ球であった。

 MGL陽性細胞とMGL陰性細胞における遺伝子発現を半定量RT-PCRで比較した。感作時にリンパ節で発現が増加する上記の遺伝子のうち、COX-2、IL-1α、IL-1ra遺伝子が、リンパ節MGL陽性細胞においてMGL陰性細胞よりも高く発現されていた。非リンパ球濃縮画分においても、ほぼ同様の結果を得、MGL陽性細胞で発現が高かった遺伝子はCOX-2(4.0倍)、IL-1α(2.9倍)、IL-1ra(1.6倍)であった(図2)。

 皮膚のMGL陽性細胞の移動にはIL-1βなどの関与が報告されており、IL-1β存在下で皮膚MGL陽性細胞を培養するとCOX-2遺伝子発現が上昇したことから、感作後のリンパ節におけるCOX-2遺伝子の発現増加はリンパ節に遊走したMGL陽性細胞によるものではないかと考えられた。COX-2について、さらに検討をおこなった。

3.MGL陽性細胞においてCOX-2タンパク質が発現しているか

 MGL陽性細胞においてCOX-2タンパク質が発現しているかを、組織染色によって調べた。ハプテン塗布後の所属リンパ節から取得した、MGL陽性細胞の一部においてCOX-2タンパク質が発現していることが示された。

4.MGL陽性細胞でProstaglandin(PG)E2が産生されているか

 COX経路の産物の一つであるPGE2が産生されているかどうかをELISAで定量した。MGL陽性細胞ではMGL陰性細胞に比べて約10倍高く産生されており、この産生はCOX-2選択的阻害剤NS-398によって阻害された(図3)。

 これらから、感作されたマウスのリンパ節においてMGL陽性細胞がCOX-2介在性にPGE2を産生していることが分かった。

5.COX-2選択的阻害剤NS-398の投与は感作へ影響を与えるか

 ハプテン塗布2日目までCOX-2選択的阻害剤NS-398(10mg/kg、1回/日)または溶媒のみを経口投与した(n=10)。ハプテン塗布1日後の所属リンパ節におけるPGE2産生は抑制されることを定量して確認した。また、所属リンパ節でのMGL陽性細胞の集積には違いが見られなかった。

 惹起時の耳の腫脹は溶媒のみ投与に比べ、NS-398投与群では58%にまで抑制された(図4)。

 これらの結果から、感作時に所属リンパ節においてCOX-2を介する感作の成立の補助があることが示唆された。

6.MGL陽性細胞の集積を阻害するとリンパ節でのPGE2産生は減少するか

 抗MGL抗体を皮下投与するとMGL陽性細胞の皮膚からリンパ節への遊走が抑制されることがわかっている同じ条件で、リンパ節でのPGE2産生が減少するかを調べた。ハプテン塗布2時間前および塗布8時間後に抗MGL抗体LOM-8.7またはコントロールとしてrat IgGを上腕に皮下投与した。LOM-8.7投与群におけるハプテン塗布24時間後のリンパ節でMGL陽性細胞の集積は、rat IgG投与群の40%に抑制されていた。このリンパ節細胞からの24時間のPGE2産生量は、rat IgG投与群の66%まで減少した。MGL陽性細胞のリンパ節への遊走を阻害すると、リンパ節でのPGE2産生が減少することが確認され、リンパ節に集積するMGL陽性細胞がPGE2の主要な産生源になっていることがわかった。

【結論】

 本研究において、リンパ節のMGL陽性細胞は陰性細胞に比べてCOX-2、IL-1α、IL-1raの遺伝子発現が高いことが観察された。さらに、リンパ節のMGL陽性細胞においてCOX-2タンパク質が発現しており、産物であるPGE2などを産生していること、COX-2選択的阻害剤によって感作の成立が阻害されること、またリンパ節に集積するMGL陽性細胞がリンパ節におけるPGE2産生の主要な産生源となっていることが明らかになった。MGL陽性細胞が所属リンパ節においてCOX-2介在性に感作の成立を補助することが示唆された。

図1.接触過敏症の実験モデル

図2.MGL陽性細胞とMGL陰性細胞における遺伝子発現の比較

図3.MGL陽性細胞および陰性細胞におけるPGE2産生阻害剤

図4.感作時のCOX-2選択的阻害剤NS-398投与の惹起による耳介の腫脹への影響

審査要旨 要旨を表示する

 本学位論文は、遅延型過敏症の一つである接触過敏症が起こるための第一歩である感作の過程で、真皮から所属リンパ節に移動する細胞群の機能を解析した結果を述べたものである。二つの章から成り、第一章はこの細胞群を単離して、これらがリンパ節に移動した後に産生する主にサイトカインなどの液性因子を明らかにすることによって、その機能的な特徴を捉える試みが述べられている。第二章では第一章の解析の結果、特徴的であることが明らかになった分子であるシクロオキシゲナーゼ(COX)-2及びその産物であるプロスタグランジン類が、接触過敏症の感作と因果関係を持つかどうかを検証している。

 免疫応答は分子の相互作用だけでなく、種類の異なる免疫細胞の局在や時空的なありかたと相互関係、いわゆる細胞交通、によって制御されている。この制御機構には、細胞表面の糖鎖と糖鎖認識分子が重要な役割を果たしている例が多い。細胞表面レクチンであるmacrophage galactose-type C-type lectin(MGL)を発現しているマクロファージ系細胞の免疫学的な機能が注目されるのは、この糖鎖認識分子がこれを発現する細胞をナビゲートしている可能性があるからである。接触過敏症の感作においては、表皮に局在するランゲルハンス細胞が抗原を取り込み、表皮から所属リンパ節へ遊走することが知られているが、MGL陽性細胞も真皮から所属リンパ節に移動することが最近明らかになった。感作が成立していれば、耳介に抗原を塗布すると耳の腫脹が見られるが、感作時の所属リンパ節におけるMGL陽性細胞数の増加の度合いはこれと相関しており、MGL陽性細胞の移動を阻害すると耳の腫脹は減少する。学位申請者による本研究では、感作成立に到る過程でMGL陽性細胞の機能の一つが、リンパ節に移動した後にCOX-2によってプロスタグランジンを産生することであることを示唆した。

 本研究では先ず、抗原を皮膚に投与した後の所属リンパ節において、どのような液性因子の遺伝子発現が変化しているかを調べた。その結果、IL-1α、IL-6、IL-12p40、TNF-α、induciblenitricoxidesynthase(iNOS)、COX-2の遺伝子発現が、ハプテンを塗布した後の所属のリンパ節に比べて増加していることが示された。リンパ節から細胞を回収して浮遊液とし、抗MGL抗体によってMGL陽性細胞を得た後に同様な比較を行なうと、COX-2、IL-1α、IL-1ra遺伝子が、高発現であった。これらの遺伝子発現の変化が皮膚からリンパ節に遊走したMGL陽性細胞に発現しているためと考えられた。

 第二章では、それらの内のCOX-2に注目した。蛋白質が実際に発現していることを免疫組織化学的に示し、産物であるPGE2が産生されていることをELISAで定量して示した。これらから、経皮的に抗原感作されたマウスのリンパ節においてMGL陽性細胞がCOX-2介在的にPGE2を産生していることが示された。抗MGL抗体を皮下投与するとMGL陽性細胞の皮膚からリンパ節への遊走が阻害されることが知られていたので、この条件下で抗原投与後のリンパ節でのPGE2産生が減少するかどうかを調べた。抗体を投与すると、抗原投与24時間後のリンパ節でのMGL陽性細胞数は、コントロール群の40%であった。このリンパ節細胞からの24時間のPGE2産生量は66%であり、すなわち遊走阻害によってPGE2産生が減少した。そこで次に、COX-2選択的阻害剤であるNS-398を投与して、リンパ節へのMGL陽性細胞遊走数と、抗原を耳介に塗布して過敏症を惹起させた時の耳の腫脹にどのような影響があるかを検証した。投与群では細胞遊走数には影響がないが、七日後に抗原を投与した時の耳の腫脹は58%に減少した。以上から、遅延型過敏症の感作時に所属リンパ節において感作の成立がCOX-2によるプロスタグランジンの産生を介して増強されていることが明かとなった。

 遅延型過敏症モデルにおいて、MGL陽性細胞が抗原感作に伴って皮膚からリンパ節に移動し、ここにおいてPGE2を産生し、おそらく他の免疫細胞にシグナルを伝えることによって、感作の成立を補助し、増強することが示された。このような免疫応答の初期にCOX-2及びプロスタグランジンが介在することはこれまで全く知られていなかった。このように免疫学と薬物治療学に大きく貢献する本研究を行った学位申請者である前田大輔は博士(薬学)は学位を得るにふさわしいと判断した。

UTokyo Repositoryリンク