学位論文要旨



No 117474
著者(漢字) 小島,孝之
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,タカユキ
標題(和) 極超音速エアブリージングエンジンの制御に関する研究
標題(洋)
報告番号 117474
報告番号 甲17474
学位授与日 2002.04.12
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第5289号
研究科 工学系研究科
専攻 航空宇宙工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 棚次,亘弘
 東京大学 教授 梶,昭次郎
 東京大学 教授 久保田,弘敏
 東京大学 教授 安部,隆士
 東京大学 教授 川口,淳一郎
内容要旨 要旨を表示する

 地上を離陸し、マッハ6程度の極超音速まで作動(加速)する極超音速エアブリージングエンジンが開発されると、従来の地上間輸送機としての利用のみならず、新たに宇宙往還機用推進機関としての利用が可能となる。宇宙往還機に極超音速エアブリージングエンジンを利用する場合、離陸後目標速度まで加速飛行を行う特性のため、制御系に対して固有の要求が発生する。本研究は、加速機関として作動する宇宙往還機用極超音速エアブリージングエンジンに着目した実験研究を行っている。

 超音速で飛行するエアブリージングエンジンの特性は、大気から空気を取り込むインテークの特性(全圧回復率および流量捕獲率)に大きく依存する。図1に示す極超音速飛行用のインテークは、一般的に、流路の幾何形状が同一であっても、内部流路入口部の流れの状態によって、始動状態と不始動状態という2つの流れモード(衝撃波構造)が存在する。インテークの全圧回復率は、始動から不始動へ遷移する限界において最も高くなり、また、始動から不始動への遷移はカタストロフィックに起こり全圧回復率は数分の1まで急激に低下する。さらに、2つのモードの遷移にはヒステリシスな現象が見られる。

 宇宙往還機に用いられるエアブリージングエンジンは、離陸から目的の速度まで常に機体を加速することが目的であるため、(1)常に最大推力を発生するためインテークの全圧回復率が常に最大になるよう制御し、不始動へ遷移する限界で作動すること、(2)インテークが不始動へ遷移した場合には、直ちに再始動させ、エンジン推力を回復する必要があることが特徴である。本研究は、これら宇宙往還機用極超音速エアブリージングエンジンに固有の観点から、主流の空気流速が急速に変化する条件下のインテークの不始動回避制御と、不始動遷移後の迅速な再始動制御について研究を行っている。

インテーク始動時の不始動回避制御

 宇宙往還機のような急加速に対する制御を行うために、通風中にマッハ数が変化する超音速風洞において、可変軸対称インテークの制御実験を行った。制御方法として、インテークスロートより下流の情報はスロートのマッハ数には影響を及ぼさないことに着目し、インテークの制御をスパイク(中心体)によるスロートマッハ数制御と背圧調整プラグによる終端衝撃波位置制御に分割する制御則を提案した。終端衝撃波位置制御系は、H∞制御則を用い設計した。実験は、機体加速を想定しマッハ数が連続的に変化する超音速風洞(主流マッハ数M2.2〜M3.6、スイープ時間18sec)において行い、全圧回復率・流量捕獲率双方の性能指標を、各マッハ数における最高到達性能の90%以上に制御することに成功した(図2)。想定している宇宙往還機の加速度は、毎秒0.014程度マッハ数が上昇するが、本実験における加速度は、毎秒0.078程度マッハ数が上昇するため、宇宙往還機よりも加速度が約5倍大きい。これにより、宇宙往還機のような急加速条件でもインテークの制御が十分可能であることを示した。

 さらに制御実験では、極超音速エアブリージングエンジンに用いられる可変軸対称インテークの制御課題を抽出し、制御方法の提案および風洞実験による検証を2項目行った。

(1)スパイクとカウルが前後移動する軸対称インテークにおいて、終端衝撃波位置の制御を行う壁面に対向する壁面では、自由に終端衝撃波が移動するよう抽気方法の配慮を行う必要がある。対面側の壁面では抽気による衝撃波位置の安定化は行うべきではない。

(2)高マッハ数領域で混合圧縮形態を有する軸対称インテークは、マッハ数が低いときに圧縮形態が外部圧縮となる。このようなインテークにおいて、マッハ数が上昇し外部圧縮から混合圧縮へ変化する時は、内部流路入口に発生する剥離泡を除去する必要がある。

インテーク不始動からの再始動制御

 インテーク不始動状態から、素早く再始動し推力を回復する再始動制御を行うために、軸対称インテークとターボジェットエンジンより構成される極超音速エアブリージングエンジンの制御実験を行った。インテーク始動時における制御は、スロートマッハ数、終端衝撃波位置、回転数、燃焼ガス温度の4つの制御量が存在する。本研究では、スロートマッハ数制御、終端衝撃波位置制御、コアユンジン制御の3つのフィードバック制御に分割する始動時の制御則を提案した(図3)。提案した制御則を用い、超音速風洞(主流マッハ数M3.0、通風時間90sec)において再始動制御実験を行った。制御実験により、インテーク不始動状態でエンジン着火後、インテークを再始動させ、始動後には全圧回復率、回転数、燃焼ガス温度を最大とする自動制御に成功した(図4、5)。これにより、インテーク不始動後も迅速な再始動が可能であることを示した。実験では、アクチュエーターの制約によりインテークを再始動させ、推力を回復するまで約25secの時間を要した。アクチュエーターの改善によりさらなる時間短縮は十分可能であると思われる。

 制御実験では、以下に示すインテーク不始動時における極超音速エアブリージングエンジンの制御課題を3項目抽出し、制御方法の提案を行った。

(1)コアエンジンにターボジェットエンジンを採用するエアブリージングエンジンは、インテークが不始動になることによりタービン入口温度の上昇および圧縮機のサージが発生する危険性を指摘した。これは、当量比の増加による燃焼ガス温度の上昇、タービン仕事の増加による回転数の上昇のためである。さらに、燃焼ガス温度の急激な上昇によりタービン損傷が発生する危険性を指摘した。

 対する制御方法として、インテークが不始動になった直後には、燃料流量指令はフィードバック制御を行うことを一時的に中断し、強制的に燃料を遮断することを提案し、不始動による温度上昇を軽減できることを示した。

(2)インナークバズが発生すると、火炎が消炎しうることを指摘し、バズ回避の重要性を示した。さらに、バズ回避のための制御方法として、圧縮機回転数を可能な限り高く保つことが有効であることを指摘した。これは、圧縮機修正流量を増やすことにより、インテーク捕獲流量が増大するためである。

(3)バズ発生に対する危険度をバズマージンという値で定義することを提案した。インテーク不始動時における制御目的の一つであるバズ回避に対して、バズマージンの制御を行うことによって、より積極的な制御が可能になる。極超音速エアブリージングエンジンは、従来のエンジンと比較した場合、始動時と不始動時の流れの変化が顕著であるにもかかわらず、インテーク形状は始動時の衝撃波構造を最適形状にするように設計を行う。このため、インテーク設計時には、不始動時のバズ回避に関しては考慮されない。よって、極超音速エアブリージングエンジンは、インテーク不始動時にバズが発生する可能性は非常に高く、バズ発生を回避する制御を行わなくてはならない。バズマージンとは、インテーク出口における圧力、温度、流量の状態で流れが閉塞する仮想的なスロート面積を、バズが発生する仮想スロート面積に対する比で表現したものである。これは、バズ現象は内部流路入口部で発生するにも関わらず、発生条件はインテーク出口部のスロート面積に依存する事に起因している。

図1 混合圧縮型可変軸対称インテーク

図2 不始動回避制御履歴(全圧回復率)

図3 提案した制御則

図4 再始動制御履歴(回転数・燃焼ガス温度)

図5 再始動制御履歴(全圧回復率・当量比)

審査要旨 要旨を表示する

 修士(工学)小島孝之提出の論文は、「極超音速エアブリージングエンジンの制御に関する研究」と題し、4章からなっている。

 将来の水平離着陸型宇宙往還機の実現に向けて、マッハ6程度の極超音速飛行まで作動するターボジェット系のエアブリージングエンジンの開発研究が進められている。超音速飛行用のエアブリージングエンジンの推力は、大気を取り込むインテークの性能(全圧回復率および流量捕獲率)に大きく依存する。一般的に、極超音速の空気流を取り込むインテークは、幾何学的な流路形状が同一であっても、内部流路入口部の流れの状態によって始動と不始動状態の2つのモードが存在する。インテークの全圧回復率は、始動から不始動状態へ遷移する限界において最大になり、また、その遷移はカタストロフィックに起こり、全圧回復率は急激に低下する特性を持つ。更に、2つのモード間の遷移にはヒステリシス的な現象が見られる。

 宇宙往還機用のエアブリージングエンジンでは、離陸から最終の目的速度まで常に機体を加速することが要求される。すなわち、エンジンは常に最大推力を発生し、インテークが不始動へ遷移した場合には、直ちに再始動させなければならない。また、ほとんどが巡行飛行する航空機と異なり、常時加速飛行する宇宙往還機では、インチークヘ流入する空気流速は非定常的に変化する。

 本論文では、上述のような宇宙往還機に用いられる極超音速エアブリージングエンジンに固有の観点から、主流の空気流速が急速に変化する条件下におけるインテークの不始動回避制御と、不始動遷移後の迅速な再始動制御について研究を行っている。

 第1章は序論であり、本研究の背景として極超音速エアブリージングエンジンに用いられるインテークの形態と、宇宙往還機用エンジンの制御を行う上での問題点を総括し、本研究の目的と全体構成を示している。

 第2章は「インテーク始動時における不始動回避制御」と題し、宇宙往還機の加速飛行状態を模擬するため、通風中にマッハ数が連続的に変化する風洞条件(主流マッハ数M2.2〜M3.6、スイープ時間18sec)下で実験を行い、インテークの性能指標である全圧回復率と流量捕獲率を各マッハ数における最高性能の90%以上に制御出来ることを実証している。本実験より、宇宙往還機のような急加速条件においても制御が可能であることを示し、本研究において提案したインテークのスロートマッハ数制御と終端衝撃波位置制御の方法が有効であることを示している。この実験では、終端衝撃波の位置制御系に外乱を発生させないようなインテークスロート部の抽気方法を提案するとともに、外部圧縮から混合圧縮へとインテークの圧縮形態が移行するときに、内部流路入口部に発生する剥離泡を取り除くことが必要であることを指摘し、インテークの中心体を強制的に移動する制御方法を提案している。

 第3章は「インテーク不始動状態からの再始動制御」と題し、軸対称インテークと小型ターボジェットエンジンを組み合わせた超音速エアブリージングエンジンシステムにおける再始動制御の手法を構築し、超音速風洞試験によって、この手法を実証している。飛行中にインテークが不始動に遷移し、ガスジェネレーターが失火した状態を想定して、ターボジェットエンジンが着火し、インテークが再始動した後、全圧回復率、回転数、燃焼ガス温度を定格値まで回復させる再始動の制御を実証し、インテーク不始動遷移後の迅速な再始動および推力回復が可能であることを示している。また、ここでは、インテークの不始動遷移過程において、不始動遷移直後のエンジンシステムの応答性を明らかにし、不始動遷移によるタービンの破損を防止するため、不始動遷移直後に燃料を遮断する制御ロジックの有効性を示している。さらに、インテーク不始動時のバズの発生による火炎の失火現象を明らかにし、バズ回避に有効なバズマージンという制御量を提案している。

 第4章は結論であり、本研究で得られた結果を要約している。

 以上要するに、本論文では、ターボジェット系のエアブリージングエンジンを離陸からマッハ6程度まで加速する宇宙往還機の推進系に応用する観点から、その特性と問題点を風洞実験から明らかにし、宇宙往還機の推進系に固有の要求を満足するための新たな制御方法を提案しており、航空宇宙工学上貢献するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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