学位論文要旨



No 117481
著者(漢字) 高野,勝弘
著者(英字)
著者(カナ) タカノ,カツヒロ
標題(和) 全血における血小板マイクロパーティクルの産生機構
標題(洋)
報告番号 117481
報告番号 甲17481
学位授与日 2002.04.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2019号
研究科 医学系研究科
専攻 内科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴田,洋一
 東京大学 助教授 渡辺,俊樹
 東京大学 講師 林,泰秀
 東京大学 講師 米山,彰子
 東京大学 講師 高市,憲明
内容要旨 要旨を表示する

 【序文】血小板が刺激をうけて活性化されると、細胞膜の一部が遊離し微小な膜小胞体が生成される。これは血小板マイクロパーティクル(plateletmicroparticle、PMP)と呼ばれ、Procoagulant活性を有し凝固カスケードに関与し、血栓形成、特に動脈血栓に関与すると考えられている。実際、PMPは臨床検体における検討でも、心筋梗塞、脳梗塞、糖尿病、血栓性血小板減少性紫斑病(TTP)、閉塞性動脈硬化症(ASO)、artery bypass surgery、血液透析、病的流産、等の血栓が関係すると思われる疾患において著明に産生されているとされている。PMPはまた、白血球、内皮細胞との接着分子を発現しており、炎症、動脈硬化に関与していると考えられている。

 In vitroでは血小板浮遊液やチトラート採血のplatelet-rich plasma(PRP)を用いた報告が多くなされているが、臨床検体における報告と矛盾することに、PMP産生のためには高濃度のthrombin+collgenやcalcium ionoPhoreなど、非常に強力な刺激あるいは非生理的な刺激が必要とされている。Thrombin単独では中等量のPMP産生をひきおこすが、collagenは単独ではあまりPMPを産生させず、thrombinとともに用いることでthrombin惹起PMP産生を増強させるとする報告が多い。一方、ADPやエピネフリン等、血小板のweakagonist(s)でのPMP産生の報告は非常に少ない。近年、2種類のADP受容体P2Y1及びP2Y12がクローニングされ、それぞれの機能が解析されてきているが、これら受容体とPMP産生との関係を研究した報告はほとんどない。

 PMP産生と血小板Procoagulant活性は非常に密接に関連している。血小板procoagulant活性とは、血小板の活性化にともない細胞膜の内膜に局在している陰性荷電のリン脂質(phosphatidylserine(PS)、phosphatidylethanolamine(PE)等)が外膜に移動し、プロトロンビナーゼ複合体を結合させ凝固カスケード進展の場を提供するという現象であるが、このPS、PEの細胞膜外側への移動はアポトーシスのさい一般細胞においても見られる。caspase、calpalnはアポトーシスに関与する重要なCa依存性細胞内プロテアーゼであるが、これらプロテアーゼ、特にcalpainの活性化がPMP産生と密接に関連するという報告があり、PMP産生の主要なメカニズムのひとつとして注目される。In vivoでのPMP産生の実際の機序や、どの受容体への刺激が関与しているかを明らかにすることは、動脈血栓、動脈硬化症が関わる疾患の予防/治療を考えるうえで大きな意義を持つと思われる。

 【方法】フローサイトメーターによる全血、PRPからの血小板およびPMPを定量する測定系を確立した。よりin vivoでの条件に近づけるため、サンプル血液にチトラートではなく、抗thrombin剤であるアルガトロバン(0.2mg/ml)採血のものを使い、生理的細胞外カルシウム濃度を保つようにした。血小板/PMPのマーカーとしてFITC標識抗CD41抗体(annexinVの実験の時はPerCP標識抗CD61抗体)を使用、procoagulant活性はFITC標識annexinVの結合率を測定することで評価した。血小板刺激は、過度の凝集を避けるため静的な系で行った、Calpainの活性はウエスタンプロッティング法で評価した。

 【結果/考察】検討したアゴニストでは、collagen刺激において最も著明なPMP産生が見られており、collagen受容体の細胞内シグナルがPMP産生に大きな意味を持つことが示唆される。PMPはconvulxinでcollagenと同様に著明に産生され、rhodocytinでほとんど産生されないこと、またcollagenによるPMP産生はPP1によってほぼ完全に抑制されることから、特にGPVlを介するシグナルが重要と思われる。この顕著なPMP産生には、生理的濃度の細胞外カルシウムの存在が重要であり、抗凝固剤としてEGTA、チトラートを用いるとPMP産生は著明に減少した。一方、PAR1へのSFLLによる刺激では、PMP産生は非常に弱いものであった。Dormannらの報告でもSFLL刺激では血小板procoagulant活性は非常に弱く、thrombinによるprocoagulant活性の強い増加にはGP lbからのシグナルも同時におこることが重要であるとしており(Blood96、2469-2478、2000)、PMP産生に関してもこういったthrombinとSFLLの違いを考える必要があると思われる。Dormannらは、thrombinによるprocoagulant活性にはGP lbのthrombin結合領域が関与しvWF結合領域は関与していないと報告しているが、今回の実験ではTM60、GUR20-5の方がAjvW2よりもより顕著ではあったが、ともに抑制効果は有為であり、collagenによるPMP産生にはthrombin結合領域、vWF結合領域ともに関与していると考えられた。

 また、20μg/mlcollagenと100μMSFLLでは血小板凝集は同程度であり、PMP産生と血小板凝集が必ずしも相関しないことが示唆された、血小板凝集はGllb/IIIaの活性化に伴う立体構造の変化により起こるが、GPllb/IIIaをブロックするとPMP産生が著明に抑制されるという報告は多く、今回の実験でもRGDSによりPMP産生は著明に減少している。RGDSにより血小板凝集も大きく減少しているが、血小板凝集とPMP産生が必ずしも相関しないことを考慮すると、このPMP産生抑制は血小板凝集が減少した結果ではなく、GPllb/IIIaのoutside-inシグナルをブロックしたためにおこっていると考えられる。

 collagen刺激によるPMP産生は、全血とPRPとで大きな差がみられた。PRPに赤血球を加えると濃度依存性にPMP産生増加がみられ、全血での顕著なPMP産生には赤血球の存在が重要であると考えられた。PRPを少量のADPとcollagenで刺激するとcollagen単独刺激にくらべPMP産生は著しく増加し、全血にADPスカベンジャーを加えるとPMP産生は抑制され、赤血球はADPの供給源として作用しPMP産生増加をおこしていることが示唆された。ADP単独でもある程度のPMP産生が認められるが、上記の結果からは、ADPはin vivoでは(赤血球から供給される)少量がcollagen作用増強に働いていることが示唆される。このADP作用におけるP2Y1、P2Y12の関与につき、それぞれの特異的阻害剤A3P5P及びAR-C69931を用いて検討したところ、ともにcollagenによるPMP産生を著明に抑制し、両方を用いると抑制効果はさらに強まったことから、collagen作用の増強に関しては両受容体は相乗的に働いていると考えられた。

 今回の実験では、calpainの活性化はPMP産生が顕著であるPRPでのADP+collagenでは見られなかった。calpainの特異的インヒビターであるcalpeptinを用いてもPMP産生の抑制はみられず、calpainは、この系ではあまり重要でなく、in vivoでのPMP産生のメカニズムを考えた場合、他の因子を考える必要があると思われる。PMP産生はprocoagulant活性と一致して見られており、PS/PEの細胞膜内側での維持、あるいは細胞膜表面への露出に関与すると考えられている物質、例えばamlnophosphollpld translocase(flipase)、scrambiaseなどがPMPを産生させるメカニズムとして働いている可能性がある。今回、他のProteaseとしてcaspaseについても検討したが、2種のinhibitorはいずれもcallagenによるPMP産生を抑制せず、caspaseはPMP産生の主要な因子ではないと考えられた。またA23187あるいはthrombin+collagenではcalpainは活性化されており、従来の報告と一致するものであったが、これらは非生理的な血小板刺激あるいは強すぎる刺激であり、in vivoでのPMP産生を再現しているかどうかは疑問である。ただしこの結果からは、PMPが刺激により異なった機序で産生されている可能性があることが示唆された。

 【総括】

 (1)全血で生理的濃度の細胞外カルシウムが存在する条件でのPMP測定系を確立した。この系はin vivoでのPMP産生をより正確に反映していると考えられ、この条件下ではcollagenにより顕著なPMPの産生が見られた。

 (2)GPV1を介する細胞内シグナルは、GPlb、GPllb/"IIIa outside-inシグナルとともに、PMP産生にとって重要である。GPIa/lla、PAR1の刺激は、PMP産生に大きく関与しないと考えられる。

 (3)赤血球は、ADP供給源として、全血でのcollagenによるPMP産生を強めるように作用する。P2Y1、P2Y可2両受容体はともにこの増強作用に関与していると考えられる。

 (4)血小板procoagulant活性はPMP産生と強く相関する。一方、calpainの活性化は、全血でのcollagenによるPMP産生に大きく関与しないと考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究は、重要な血小板活性化マーカーのひとつとして近年注目を集めるようになってきた血小板マイクロパーティクル(Plateletmicroparticle、以下PMP)の産生機構解明を目的に、加頑voに近づけた条件での実験系における各種生理的血小板活性化物質によるPMP産生や抑制剤の影響をフローサイトメトリーを用いて検討し、下記の結果を得た。

(1)全血で生理的濃度の細胞外カルシウムが存在する条件でのPMP測定系はin vivoでのPMP産生をより正確に反映していると考えられるが、この条件下ではcollagenにより顕著なPMP産生が見られた。一方、強力な血小板活性化物質であるSFLLでは、強い血小板凝集がおこるにも関わらず、PMP産生は低いレベルにとどまった。以上より、PMP産生は、collagen受容体への刺激ではおこり、主要なthrombin受容体PAR1への刺激ではおこらないこと、PMP産生と血小板凝集の強さは必ずしも相関しないことが示された。

(2)PMP産生と2つの主要なcollagen受容体GPIa/IIaとGPVIの関連を調べるため、それぞれの受容体の刺激剤であるrhodocytin及びconvulxinを用いて検討したところ、convulxinのみで著明なPMP産生がみられ、GPVIがPMP産生に大きく関与していることが示された。また、血小板活性化反応の初期に働くと考えられるGPIb、GPIIb/IIlaとPMP産生の関係を検討するためこの両者それぞれの抑制剤を用いたところ、これら抑制剤はそれぞれPMP産生を著明に抑制し、GPIb、GPIIb/IIIaはともにPMP産生に大きく関与していることが示された。

(3)Collagen刺激によるPMP産生は、全血では顕著にみられたがPRPでは低いレベルにとどまり、PRPに赤血球を加えるとPMP産生増加がみられたことから、全血でのcollagenによる顕著なPMP産生には赤血球の存在が重要であると考えられた。全血にADPスカベンジャーを加えるとPMP産生は抑制され、PRPを少量のADPとcollagenで刺激するとcollagen単独刺激にくらべPMP産生は著しく増加し、赤血球はADPの供給源として作用しPMP産生増加をおこしていることが示唆された。また、2つのADP受容体P2Y1とP2Y12の関与につき、それぞれの特異的阻害剤を用いたところ、ともにcollagenによるPMP産生を著明に抑制し、両方を用いると抑制効果はさらに強まったことから、collagen作用の増強に関しては両受容体は相乗的に働いていることが示された。

(4)血小板procoagulant活性をAnnexein Vの結合により測定したところ、PMP産生と一致がみられ、また、PMP自体もほとんどがprocoagulant活性を有しており、PMPとprocoagulant活性は強く相関していることが示唆された。また、calpainはPMP産生の主要なメカニズムの一つとして報告されているが、collagenによるPMP産生においては、Western blottingによる検出でcalpainの活性化はみられず、calpeptinによる抑制効果もみられず、従ってcalpainはcollagenによるPMP産生には大きく関与していないことが示された。

 以上、本論文はPMP産生に関するcollagen受容体GPVIやGPIb、IIb/IIIaの役割をはじめとして上記のような種々の興味深いデータを提供するものであり、血栓性疾患の病態解明及び予防/治療、また血小板活性化機構の解明の分野においても重要な貢献をなすと考えられ、学位の授与に値するものと考えられる。

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