学位論文要旨



No 117482
著者(漢字) 上田,章子
著者(英字)
著者(カナ) ウエダ,アキコ
標題(和) ヒト網膜芽細胞腫Y79に対するオルニチン脱炭酸酵素阻害剤の増殖抑制作用およびその機構の解明
標題(洋)
報告番号 117482
報告番号 甲17482
学位授与日 2002.04.24
学位種別 課程博士
学位種類 博士(医学)
学位記番号 博医第2020号
研究科 医学系研究科
専攻 外科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 名川,弘一
 東京大学 教授 鶴尾,隆
 東京大学 助教授 真船,健一
 東京大学 助教授 川島,秀俊
 東京大学 講師 中川,恵一
内容要旨 要旨を表示する

 ポリアミンは細胞の増殖、分化など多彩な機能にかかわる低分子の非蛋白性の窒素化合物であり、オルニチンからオルニチン脱炭酸酵素(ODC)の作用により生成される。代表的なポリアミンとしてプトレシン、スペルミジン、スペルミンがある。ポリアミンとODCは細胞増殖および細胞周期の制御に重要な役割を果たしていると考えられている。また、様々な癌においてボリアミンとODCレベルが上昇しており、発癌および癌の浸潤転移においても重要な役割を果たしている。細胞内ポリアミン量はODCにより制御されている。ODCの特異的阻害剤であるDL-α-difluoromethylornithine(DFMO)は種々の細胞の増殖、転移を抑制する。DFMOはp21やp27などのCDKインヒビターの発現を増強し、retinoblastomaprotein(pRb)の脱リン酸化による細胞周期のG1期停止を誘導する。

 Rbファミリーと転写因子E2Fファミリー蛋白質は細胞増殖、細胞周期制御において重要な分子である。Rb遺伝子は網膜芽細胞腫の原因遺伝子として発見された。1986年にDryjaとWeinbergのグループによりRb遺伝子は初めてクローニングされ、1989年にはサイタリン依存性キナーゼ(CDK)によりpRbはリン酸化され、増殖抑制能を失うことが示された。1991年には転写因子E2FがpRbと結合することによりその活性が抑制されることが発見された。さらにp107が1991年に、p130が1993年にそれぞれクローニングされ、pRbと類似した構造をもつことが明らかになり、pRb、p107、p130がRbファミリーと呼ばれるようになった。pRbファミリー蛋白を過剰発現させるとG1期停止が誘導されることが報告されている。また、最近、p107の過剰発現によ冠りGlだけでなくS期における停止もおこることが報告されている。

 DFMOはpRbの脱リン酸化と細胞周期のG1期停止を引き起こすとの報告がある。しかし、pRbを発現していない細胞の増殖および細胞周期に対するDFMOの効果は今までに報告がない。そこで本研究ではpRbを発現していないヒト網膜芽細胞種(Y79)に対するDFMOの増殖抑制効果およびその機構について解析した。

 FMO(0,1,5mM)のY79細胞の増殖に対する効果をトリパンブルー法で解析したところ、濃度依存的にY79細胞の増殖を抑制した。そこで本研究ではDFMO5mMを用いた。DFMO1・2無添加(コントロール)、5mMDFMO、5mMDFMOおよび20μMプトレシンを添加した3群を比較して増殖抑制効果を解析した。72時間後および96時間後に5mMDFMO群の細胞数はコントロールに比して65.5%,46.7%と有意に抑制された(p<0.01)。この効果は20μMプトレシン添加により完全に回復し、DFMOの増殖抑制効果がポリアミン特異的に引き起こされていることが示された。生存率はいずれの群においても変化はなかった。すなわちDFMOは細胞死を引き起こさなかった。そこで、DFMOによる細胞周期への効果を解析した。48時間後および72時間後にDFMO(5mM)は細胞周期のG1期およびS期停止を引き起こした。そこで細胞周期を制御する主要なファミリーであるCDKインヒビターおよびpRbファミリー蛋白の発現の変化を調べた。CDKインヒビターのうちp27の発現がDFMOにより増加していることが確認された。pRbがY79において発現していないことをウエスタンプロットで確認した。次にPIO7の発現について解析したところ、DFMOはP107の脱リン酸化を引き起こした。P130についてはリン酸化、発現量ともに変化はみられなかった。P107は転写因子E2F4、c-Myc、B-Mybと結合してそれらの転写活性を抑制することにより細胞周期を制御すると考えられている。そこで、E2F-4、c-Myc、B-Mybとの複合体につき免疫沈降法で調べた結果、P107とE2F-4との複合体がDFMO処理により増加していることがわかった。なお、P107とc-MycおよびB-Mybとの複合体は検出できなかっだ。また、P107とE2F-1,2,3,5の結合についても解析したが、いずれの複合体も検出できなかった。さらに、ゲルシフト法にてE2F結合配列へのp107-E2F-4複合体の結合の増加を確認した。またE2Fプロモーター活性への効果をレポーターアッセイにより解析したところ、E2Fプロモーター活性がDFMOにより有意に抑制されていることが判明した。また、pRbファミリー蛋白はMCM7/CDC47と結合することでDNA複製を直接抑制するとの報告がある。そこでP107とMCM7との結合を解析した結果、P107とMCM7との複合体はDFMO処理により増加していないことが判明した。

 これらの結果より、pRbが発現していないY79細胞においてもDFMOが増殖抑制効果をもち、それが細胞周期のG1およびS期停止により起こっていることを示した。またその細胞周期制御にp107/E2F-4複合体の増加が関与していることを明らかにした。

審査要旨 要旨を表示する

 本研究ではポリアミン生成の律速酵素であるオルニチン脱炭酸酵素(ODC)の阻害剤であるα-dinuoromethylomithine(DFMO)のpRbを発現していない細胞の増殖および細胞周期に対する効果およびその機構についてヒト網膜芽細胞種(Y79)を用いて初めて解析したものであり、下記の結果を得ている。

1.DFMO無添加(コントロール)、5mMDFMO、5mMDFMOおよび20μMプトレシンを添加した3群を比較して増殖抑制効果を解析した。72時間後および96時間後に5mM、DFMO群の細胞数はコントロールに比して有意に抑制された。この効果は20μMプトレシン添加により完全に回復し、DFMOの増殖抑制効果がポリアミン特異的に引き起こされていることが示された。生存率はいずれの群においても変化はなかった。すなわちDFMOは細胞死を引き起こさなかった。そこで、DFMOによる細胞周期への効果を解析した。48時間後および72時間後にDFMO(5mM)は細胞周期のG1期およびS期停止を引き起こした。

2.細胞周期を制御する主要なファミリーであるCDKインヒビターおよびpRbファミリー蛋白の発現の変化を調べた。CDKインヒビターのうちp27の発現がDFMOにより増加していることが確認された。pRbがY79において発現していないことをウエスタンプロットで確認した。次にp107の発現について解析したところ、DFMOはP107の脱リン酸化を引き起こした。P130についてはリン酸化、発現量ともに変化はみられなかった。

3.P107は転写因子E2F-4、c-Myc、B-Mybと結合してそれらの転写活性を抑制することにより細胞周期を制御すると考えられているためE2F-4、c-Myc、B-Mybとの複合体につき免疫沈降法で調べた結果、P107とE2F-4との複合体がDFMO処理により増加していた。なお、P107とc-MycおよびB-Mybとの複合体は検出できなかった。また、P107とE2F4,2,3,5の結合についても解析したが、いずれの複合体も検出できなかった。

4.ゲルシフト法にてE2F結合配列へのp107-E2F-4複合体の結合の増加を確認した。またE2Fプロモーター活性への効果をレポーターアッセイにより解析したところ、E2Fプロモーター活性がDFMOにより有意に抑制されていることが判明した。

 以上、本論文はDFMOがpRbを発現していない細胞の増殖を抑制することを初めて報告したとともに、その細胞周期制御においてpRbによらない新しい機構を提唱するものであり、今後の研究に大きく貢献するものと考えられ、学位の授与に値するものと考えられた。

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